中編3
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夫婦旅行

結婚1周年を迎えた年に、私と夫は熱海へ夫婦旅行に出かけた。

元・千葉県民の夫は熱海へ行くのは初めてだったようで、この夫婦旅行を楽しみにしていた様子。

その日は朝から、早く行こうとソワソワ落ち着かなかったくらいである。

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現在はすでに運行してないが、夫婦旅行で行った時はまだマイクロバスによる観光案内があった。

1日乗り放題の乗車券を買えば、時間の許す限り熱海のあちこちを回れる。

観光案内のコースは2コースあって、山側を巡るコースと海側を巡るコースがあり、私と夫は熱海城等を回れる海側コースへ。

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マイクロバス車内で1日乗り放題の乗車券を買った際に貰えるパンフを見ながら、夫と熱海城へ行ってみることにした。

バスは海沿いを走り、やがて自殺の名所である錦ヶ浦へ。

私は何度も熱海には遊びに来ていたので、錦ヶ浦は幽霊を視やすい場所であることは分かっていた。

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錦ヶ浦の絶壁は自殺防止の高いフェンスが設置してあるが、以前、友人と来た時は当時一緒に観光案内バスに乗り合わせていた老夫婦が、こんな会話をしていたのを覚えている。

「こんなフェンスなんか付けるから、ここは自殺の名所ですって言ってるようなものだし、フェンスを乗り越えてまで自殺しようとする輩も出てくる」

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「逆に自殺を煽ってるような感じもする、ってことなのね」

実際にフェンスを設置してからも時折、自殺者は出て新聞を賑わせたりしていたようだ。

いつも、この錦ヶ浦をバスで通る時に私は海面を漂う霊体やバスの窓に貼り付く霊体等が視えてしまう。

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この時も、錦ヶ浦のバス停くらいから窓に貼り付く顔が半分崩れた男性が視えていた。

ふと、隣に座っている夫が呼吸を荒くする。

バス酔いかと思ったが、そうじゃなかった。

夫の斜め後ろにびしょ濡れのコートを着た男が立っていて、夫の背中に触れているのだ。

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私は慌ててコートの男を祓う。

とたんに夫が「はーぁっ」と大きく呼吸をした。

「大丈夫?」と私が声をかけると、

「すげぇ胸が苦しくなって息できない感じで、冷や汗は出るし、気持ち悪かった…」

そう答えてグッタリする。

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その後、熱海城で降りた私と夫は、座れるベンチを探して一休みすることにした。

「いや、なんかいるなーって気配を感じたとたんに苦しくなったから、焦ったのなんの」

霊感0の夫が霊の気配を感じるくらいなのだから、やはり自殺の名所と呼ばれるだけある。

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「祓ったから、もう大丈夫だよ」

まだ気分悪そうにしている夫の背中を摩りながら私が言うと、

「うん、知ってる。祓ってもらったら、呼吸が楽になったし」

と、夫。

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夫に私が視たままを話すと、夫は思いきり顔をしかめた。

それから、

「俺もう錦ヶ浦は通りたくないわ」

と言った。

私も、あそこまで苦しそうな夫を見たのは初めてだったので、まぁ、そうだろうなと思った。

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自殺の名所は日本中どこにでもあるが、遊び半分で行かないことに越したことはない。

ただ通っただけで霊感のない私の夫は憑かれて苦しい思いをしたくらいなのだから、遊び半分なんかで行ったら引きずり込まれかねない。

過剰な好奇心は身を滅ぼすということを知っていただけたら、と私は思う。

[おわり]

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