今回は麻雀のお話です。
実は職場の先輩の黒川さんは麻雀が大好きでした。
とはいっても、フリー雀荘に通ったりするわけではなく、年に何回か仲間内で遊んだり、取引先との接待で打ったりする程度でした。
しかし、麻雀漫画はかなり愛読しており、本人曰く熱い勝負が漫画を読むことで体験できると言っていました。
そして、黒川さんの麻雀は結果として勝っていることが多いのですが、強いのかどうかというとよく分からないというのが感想でした。
一応、好きなだけあって基本のところは問題ないのですが、打ち方に関して直感や流れといったものに大いに頼っていました。
そのため、なぜ勝ったのか私レベルでは理解できないことが多々ありました。
また、本人もそれはなんとなくは感じているようで、ネット麻雀ではゲーム中の雰囲気が読み取れず勝率が落ちるそうです。
ネット麻雀だと対戦相手との心のやり取りができづらいと言っていました。
麻雀中の心のやり取りとは麻雀漫画の受け売りらしいのですが、本人はいたく気に入っているフレーズのようです。
nextpage
「先生の仕事」の事件の後、約束していた絵梨花さんとの食事に行くことになったのですが、その前に何かして遊ぼうということになり、事務所の上の住居部分で麻雀をすることになりました。
メンバーは私と黒川さん、それに絵梨花さんとその旦那でした。
黒川さんは私的な遊びの場なのでいつものスーツ姿とは違い、白と黒の縞々のTシャツと灰色のパーカー、ジーンズと超ルーズな格好で来ました。
nextpage
ゆるい私服の黒川さんもいいなあと思いつつ、漫然と打っていたのですが
「あ、それ当たりね、ロン、リーチ、役役、赤赤、ドラ・・・
失礼、裏裏も乗って一本場で16300」
「ええっ、な、なんですかその役」
私は黒川さんに大きな手を直撃されました。
「おまけになんでその手でカンチャン待ちリーチなんですか」
「・・・なんとなく、リーチかけても出そうだったから、それにさっきの局で親のリーチに突っ張ってそのまま打って当たっても3000点しかなかったから流れはあると思ったし」
言っていることが少しも理解できません。
nextpage
「黒川さんも麻雀に関しては天然なのかな」
絵梨花さんの旦那が苦笑しながら、呟きました。
「うちの絵梨花も天然過ぎるところがあって困ってるんですよ」
「どういうことよ、私は別に天然じゃないわよ」
絵梨花さんが少しむくれました。
「たとえばどんなことがあったんですか?」
私は確かにそういうところがあるかもと思い、聞いてみました。
「今、絵梨花が出産前だからうちの実家で両親と一緒に住んでるんだけど、この前うちの親父が交通事故で左腕を怪我した事があっただろ」
この前の呪いの生霊事件のときに受けた怪我でした。
「それで左腕が不自由して危ないから、風呂のときはお袋が背中を流したりしてたんだけど、この前おふくろが用事で家を留守にしてるときがあって、そのときは絵梨花が背中流しますよって言ったんだよ」
そこまでは普通の優しいお嫁さんの話にしか聞こえません。
「でも、絵梨花が風呂場に行った後、親父のうわーって叫び声が聞こえてきて、びっくりして行ってみたら、背中を洗うだけなのになぜか全裸で風呂場に入ってるんだよ」
それは親父さんビックリしただろうなあと思いました。
「だ、だってお義母さんは裸で入ってたし」
「いや、そりゃ夫婦だから当たり前だろ」
「それに服が濡れてもいけないと思ったし、背中を流した後、一緒に入ったら光熱費の節約になるし」
確かに天然かもしれませんでした。
「おいおい一緒に入るってどういうことだよ」
「そ、そのくらいいいじゃない、減るもんじゃないし、義理とはいえ親子なんだから」
「お前の裸を他の男に見せたくないんだよ」
なんだか、いい台詞のようにも聞こえますが、そう言う彼は私の高校時代の先輩で絵梨花さんと結婚するまでは女遊びが激しかったので、ちょっと複雑な感じでした。
それにしても結婚前とはいえ一度は別れた絵梨花さんにここまで入れ込むようになるとは・・・
実はそこには隠れた要因があることが後になって分かったのですが、そのときは結婚したら人は変わるものだなあと思っていました。
そして私にとってちょっと衝撃だったのが、そんな必死の様子の旦那を見て絵梨花さんがくすっと薄く笑ったのです。
その表情を見て、私はまさか旦那を操縦するためにわざとやったんじゃないよなと多少の疑念を持ってしまいました。
nextpage
さて麻雀の方はというと、黒川さんが大物手を上がったのでこのまま彼女の好調が続くと思っていたのですが、なんだかうまくいっていないようでした。
後から聞いた話ですが、勝ちすぎているとどうしても心情的に手加減したくなるような気分になるそうです。
そして、そういう打ち方をすると、流れを手放してしまうと本人は言っていました。
そのときも最初はよかったのですが、途中からどんどん振り込むようになってしまい、遂にはラスを引くようになってしまいました。
そして、夕食に出る前の最後の半チャンの時、なんだか黒川さんが手牌を見ながらそわそわしているように見えました。
聴牌が近いのかなと思いながら進めていると絵梨花さんが黒川さんからロン上がりしました。
nextpage
「あ~もう、役満聴牌してたのに!」
悔しがりながら、黒川さんが手牌を倒して見せました。
確かに国士無双で聴牌していました。
「うわっ、あぶない、惜しかったですね」
私は惜しくも上がりを逃した黒川さんに慰めの言葉をかけながら、次の局に進みました。
すると、この局もまた黒川さんがそわそわしているような気がします。
なんだろう、まさかまた役満聴牌じゃないよねと思いながら打っていると今度は絵梨花さんの旦那が黒川さんからロン上がりしました。
「あ~もう、なんなのよ!」
イラついたように声を荒げるので、どうしたんだろうと感じたのですが、また黒川さんが手牌を倒して見せてくれました。
まさかと思いましたが、また国士無双を聴牌していました。
「ええっ、また国士聴牌ですか」
「そうなのよ、もう悔しい!」
「あ、なんか麻雀漫画で見たことありますよ、わざと流れを悪くして手配がバラバラの役満の国士を狙うってやつ」
絵梨花さんが思い出したように声をあげます。
そういえば、自分もそういう漫画を見た覚えがありました。
そうこうするうちにオーラスになりました。
珍しいこともあるものだと思い進めていたのですが、そのうちに黒川さんが私の当たり牌を出しました。
瑞季さんは今まで負けていたのでもし僅差だったら遠慮しようかと思っていたのですが、今回も彼女はラスだったので、遠慮なくロン上がりしました。
すると、瑞季さんはちょっと泣きそうな顔になり
「もう、最悪だわ」
と言ってまたまた手牌を倒して見せました。
よもやと思い手牌を見ると、三度目の国士聴牌でした。
いや、ここまでくるとちょっと怖いですよ。
霊とかそんな話ではありませんが、さすがに悪い流れっていうのはあるのかなと思いました。
それにしても瑞季さんの泣きそうな顔なんてもう二度と見ることができないかもしれないお宝です。
その状況を自分が作って見ることができたということで気持ちがかなり高揚してしまいました。
nextpage
その後、四人で夕食を食べに出て、負けた黒川さんの希望を聞いて行きつけの中華料理屋に行きました。
「はいっ、特製激辛麻婆麺おまたせね~」
中華料理屋のおやじさんが瑞季さんの注文した料理を運んできました。
ラーメンの上に麻婆豆腐が乗っている麺料理でしたが、激辛というだけあって紅色の光沢が濃い一品でした。
激辛耐性の低い私には到底食べられそうもない料理です。
「う~ん、相変わらず辛くておいしい、やっぱりおやじさんの料理は最高ね」
瑞季さんからの絶賛の声を聞いていると、本当においしいのだなあと思えました。
「瑞季ちゃんにそう言ってほしくてがんばってるよ」
おやじさんもそう言っただけあって、色々と皆が思い思いに注文した料理はどれも本当においしかったです。
しかし、瑞季さんも皆が注文した料理をちょこちょことつまんでいたせいで自分の麻婆麺を食べきる前にお腹がいっぱいになってしまったようでした。
「う~、もう食べられないなあ、でもこの量を残すとおやじさんに悪いなあ」
半分ほど残った器を私がじっと見つめていると、こちらをちらっと見て・・・
「・・・食べる?」
激辛料理で火照って汗を浮かべた艶っぽい表情で聞いて来たので何も考えず勢いでいただきますと即答してしまいました。
そしてよく考えると上の麻婆豆腐をすくう竹のレンゲは直接口を付けているので図らずも間接キスになってしまいます。
静かに興奮して食べようとした私の横から絵梨花さんの手がすっと伸びてきました。
「あっ、瑞季さん私も食べたいです、でも妊娠中だから一口だけ」
そう言って瑞季さんが口を付けていた竹レンゲでひとすくいだけ麻婆豆腐を取っていきました。
呆然と眺めていましたが、返してというわけにもいかず、うまうまと恍惚の表情で竹レンゲを味わっている絵梨花さんにこの人は根っからの変態だなあと感じると同時に私も変態の仲間入りを認識してしまった瞬間でした。
仕様がないので私は残った麻婆麺の方で間接キスを少しでもと思い、一口麺をすすったのですが次の瞬間辛いというより痛い感覚が私の喉を襲いました。
しかし、麺を吐き出しながら咳込んでしまうと気持ち悪がられて折角の間接キスの機会の麻婆麺を取り上げられる可能性があったので渾身の力で我慢しました。
そういえば勢いとはいえなんで激辛料理は慣れていないと思っていた私が激辛麻婆麺を平らげようとしているのでしょうか。
nextpage
「どう、おいしいでしょ」
胸元をパタパタやりながら聞いてくる瑞季さんにおいしいですと何とか返しました、顔色が紫になっていないか心配しながら・・・
nextpage
「まあ、流れが悪いんだから、そりゃ国士聴牌しても上がるところまではいけないわよね」
不意に先ほどの麻雀を思い出したのか、黒川さんが呟きました。
「??・・・どういうことですか?」
悪い流れと手配がバラバラの国士聴牌にはつながりがあるように思えましたが・・・
nextpage
「だって、役満上がったら、流れがいいってことなんだし」
デザートの杏仁豆腐をぱくつきながら黒川さんは一人で納得していました。
そして、瑞季さんの麻婆麺で間接キスという邪な行為を試みた私がこんな罰ゲームのような状況になるのも自然の流れなのかなあと感じました。
作者ラグト
職場の教育係である黒川瑞季、彼女との出会いによって経験する不思議な世界
エピソード9のオカルト麻雀です。
今回初めて表紙画像を自分で作ってみました、結構楽しいですね。