長編8
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呪い

笹木さやかが交通事故で死んだという話を聞いたとき、俺の頭にあったのは「ああ、これで面倒くさい女から解放されるな」という考えだった。もちろん顔には出さなかったが。

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さやかの葬式から1ヶ月後、俺はさやかと同じ学年の後輩、大野木亮子と付き合っていた。

亮子はサッカー部のキャプテンでチームのエース、スポーツの有名大学からも引く手あまたな俺に、前から憧れていたと言った。

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今日も俺は放課後の練習の後、亮子のマンションに寄ってヤリまくっていた。

亮子の両親は海外に赴任しており、亮子は一人暮らしをしている。俺にとって実に都合がいい話だった。いつでもヤリたい時にヤレる。

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ひととおり終わった後、裸のまま二人でベッドに横たわる。身体はダルかったが、気遣いができる俺は女へのフォローを欠かさない。

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「亮子ってホント、感度いいよな。胸もデカイし、マジ俺好みだわー」

「あーセンパイさいてー。私の顔とか性格とかどうでもいいんだ。所詮カラダ目当てなんだー」

「バーカ、俺面食いだっての。いや前のカノジョとか胸はねーは、濡れにくいは、入れても痛がるはでダメダメだったし。おまけにいつもオドオドしてて、そのくせ俺にベッタリで、マジ面倒くさかったんだけど」

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亮子がクスリと嗤う。

「あー、言ってた元カノねー。事故で死んじゃった娘。それマジ面倒くさいねー。でも、その娘がいなくなってくれたからセンパイがフリーになって私付き合えたし、その点は感謝かなー。私もソッコー元カレと別れてセンパイに告ったし」

「お前もたいがいヒドイよなー」

二人して笑う。

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「でも、なんで一度はその娘と付き合ったの?センパイの好みじゃなかったんしょ?」

亮子がさりげなく食い下がってくる。俺は女の面倒くささを感じながらも、それを表には出さずに答える。

「あー、その時丁度フリーだったし。なんとなくじゃね?その時亮子が告ってきてたら絶対亮子選んでたし」

ほら、これでいいんだろ?

「えー。まあ当然だけどー」

亮子が笑う。

こいつも馬鹿だな。まあいいけど。

サバサバしている分、さやかより面倒くさくはないし。おまけにエロいし。

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適当に女を抱いて、サッカーでキッチリ結果出して、俺は大学に進む。

そこでもっと良い女がいたら、亮子と別れればいい。楽勝だろ、俺の人生。

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「あ、ねぇセンパイ――」

ふと亮子が、部屋の隅に転がしてあった俺のスポーツバックを見て声をかけてくる。

「センパイ、なんかいっぱいストラップとか付けてるけど、1個小さい黒いお守り付いてるねー。あんなのするんだねー、なんか意外ー」

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「ああ、あれは――」

あれは、さやかが事故に遭う直前に俺にくれたものだった。丁度来週行われる、俺の大事な試合に勝てるよう、願掛けしてきたんだとか。

なんとなく、付けっぱなしにしてあった。

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さやかはどうでもいいが、今後の進路を有利に進めるため、次の試合は絶対勝って、大学の視察に来てる連中にアピールしたいところだ。

そんな中で、願掛けしてあるお守りを無下に捨てるのは気が引けた。迷信だろうが、そういうのも全部引っくるめて万全を期したい。

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そんなことを説明すると、

「ふーん――」

亮子はそれだけ言って黙った。

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二日後、学校で会った亮子は肩まであった髪をバッサリ切ってショートヘアにしていた。髪色も明るく染めていた。

「髪、前から重かったから。いいっしょ?で、センパイ、美容院に行ったついでに、そばの神社でこれ買ってきたから。――ハイ」

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そう言って亮子が渡してきたのは、さやかがくれたお守りと同じ神社の名前が記された、白い袋のお守りだった。

「願掛けしといたから。ついでに」

亮子はそう言って笑う。

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髪を切るのを口実に、わざわざさやかと同じところのお守りを買ってきたのか、コイツ。

女ならではの対抗心というやつなのか、俺にはよく分からなかったが、一応ありがたくそれを頂戴した。

俺のスポーツバックには黒と白のふたつのお守りがぶら下がることになった。

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そして、試合当日。

俺は相手チームの選手との転倒に巻き込まれ、気を失い病院に担ぎ込まれた。

病室のベッドで目を覚ました俺は、選手生命どころか、日常生活にも困難をきたす程の怪我を両足に負ったことを、医者から告げられた。

俺の足は、グルリときれいに一回転して、腱と骨を全て捻切った形だったそうだ。どうしたらそうなるのか、誰もが首をかしげる程に。

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俺はベッドの上で上半身を起こし、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

――どうしてこんなことになったのだろう。

突然のことに、まだ現実感が沸いてこない。麻酔が効いていて痛みがないことも、それに拍車をかけていた。

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ふと病室の中に目を向けると、部屋の隅に――だれが持ってきてくれたのだか――俺のスポーツバックが置いてあった。

なんとなしに見ていると、バックの背後から黒い細長いものが、ずるり、と這い出てきてまた隠れたように見えた。

風に揺れるカーテンの陰だったかもしれないが。

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そのバックの側面にはストラップに混じって黒と白のお守り。

「さやか――」

その黒いお守りは、さやかがくれたものだった。

俺が軽い気持ちで付き合って、死んだら面倒事から解放された、と思った俺の元カノ。

――怒ってんのか?怨んでんのか?俺を。

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「ふざけんなよ!テメェが生きてる時に、俺なんかヒドイことしたかよ?少なくとも口にしたりはしなかったじゃねぇか!それともなんだよ、テメェが死んでから別の女と付き合ってるのが気にくわねぇのかよ?勝手に怨んで復讐かよ!ざけんなよ!」

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俺は、黒いお守りに向かって思わず叫んでいた。

それでもドロドロした感情は収まらず、バックのお守りを引きちぎってやりたかった。

しかし、足は動かない。いくら手を伸ばしてもベッドの上から届くはずもない。俺は歯噛みした。

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――ガラガラ

病室の扉が開いた。亮子が立っていた。

「センパイ……」

亮子は顔を伏せたまま、おずおずと声をかけてくる。

「おい!亮子!そこのバック取ってくれ!あの黒いお守りグチャグチャにしてぇんだ!クソっさやかの奴許せねぇ!」

突然そんなこと言われても亮子も訳がわからないだろうなとは思いながらも、感情が押さえられずに声を荒げていた。

亮子はうつむいたまま、肩を震わせていた。

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「バーーーカ」

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しかし、うつむきながら亮子が発した声は、涙に震えたものでも、沈んだものではなかった。

それは、嘲(あざけ)りだった。

顔を上げた亮子は笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。

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「センパイー、お守りって面白いですよね?

基本、縁起が良いものだっていう頭があるし、開けちゃいけないとか言われるから中身を確認なんかしないじゃないですか?

仮にですよ?お守りですぅ、って言われて渡されたもの中身が、ヤッバイ呪いのかかったモノだったとしても気付きませんよね?目に見えませんしねー?

あ、さやかのお守りは普通のお守りですよ?ヤバイのは――」

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亮子はバックから「白い」お守りをむしり取ると、袋の口を開け、中身を俺のベッドに撒き散らした。

――髪、だった。

――何かの液体が付着して固まって、束になっている髪の毛。ボロボロとした赤黒い粉。血――か?

俺は思わず両手を使ってわずかな距離、ベッドの上で身体を引いた。

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「センパイー、この髪型似合ってます?」

そう言って亮子は髪を撫でる。その左手は包帯でぐるぐる巻きにされていた。

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「ネットとか色々調べてすっごく効くっておまじないかけましたから。わざわざ髪まで切って。

でも何でしたっけ?『人を呪わば穴二つ』でしたっけ?さっきエレベーターのドアに挟まれて、私の左手もグシャグシャになっちゃいましたよー。

でもま、センパイの両足に比べたら、――ねぇ?」

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ニヤニヤ嗤いながら話す亮子に恐怖を感じながらも、俺はベッドの上から動くことができない。

当たり前だ。足が動かないのだから。だから、代わりに口が動いた。

「どう…、して…?」

途切れ途切れの声が漏れる。

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「私とさやかって、幼馴染みで親友だったんです。タイプは真逆だから、よく周りから意外がられてましたけど。」

亮子は遠い目をして言う。

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「だから、さやかがセンパイと付き合い始めたっていうことも、さやかから聞いたんです。

すごくショックだった。私、さやかのこと好きだったから。

ああ、百合的な意味でですよ?本人には言わなかったけど。

色々相談にも乗りました。センパイ、エッチの時すごく乱暴だけど、あの娘どうにか耐えてたんですよ?嫌われたくなくて。

でもね――」

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『亮子……。生理こない……』

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「あの娘、青い顔して言ったんです、私に。

センパイに言いました?言わなかったですよねぇ。

アンタなんかに言ったところで、パニクるだけだったでしょ?違います?

その直後ですよ。あの娘が事故にあったのは――」

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――さやかが?俺の?

頭の中にさやかの色々な表情がフラッシュバックする。

――気づかなかった。全く。

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「あの事故が自殺なのか、あの娘の不注意だったのか、運転手の過失だったのかは分かりません。

でも、私はあの娘のお葬式の時、涙も流さず友達とヘラヘラ笑ってたアンタのことが許せなかった。

だからカレシと別れてアンタに声をかけたんです。あっさり乗ってきましたよね。馬鹿みたいに」

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『センパーイ。私、センパイのこと前から憧れてたんです。今フリーって聞いてー。よかったら付き合ってくれませんか―?』

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「アンタとの馬鹿みたいなエッチの時も、私頑張ったんですよー?頭からゴキブリ入った袋被せられる位気持ち悪かったけど。

でも、おかげでアンタが一番嫌がることも分かったんでー。

ねー?嫌だったでしょー?」

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俺は嫌な汗を背中にびっしょりかきながら、ボロボロ涙を流していた。

――厭(いや)だ。コイツが厭だ。

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「さてと――」

亮子はバックから黒いお守りを外してポケットにしまうと、ドアに手をかけた。

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「それじゃあセンパイ、このさやかのお守りはいただいていきますから。もう要らないでしょ?

あとはせいぜい、そのねじくれた足を抱えて惨めに生きていってください。サヨウナラ」

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………

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………

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………

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「嘘ですよ」

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亮子が振り向く。

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「これで終わりだと思いました?何ぬるいこと考えてるんです?

あ、センパイにひとつ、ご報告がありまーす。

私、デキちゃいましたー。

これからお腹の子供ともども、末永くヨロシクオネガイシマース」

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そう言い残して、今度こそ亮子は病室を出ていった。

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こっ怖い…。

おくたま様、ふふふ……

お、恐ろしい…

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