【夏風ノイズ】雨天の怪異

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【夏風ノイズ】雨天の怪異

「雨の日の怪異とかよくあるなぁ。」

そう言ったのは俺だった。

「とにかく怖かったんです!どうすればいいでしょうか…」

神原怪異探偵事務所を訪ねてきた少女は怯えた表情で言った。

神原怪異探偵事務所とは、俺が世話になっている呪術師の神原零(通称ゼロ)の営む怪異専門の探偵事務所のようなものだ。

ゼロは朝からお祓いの仕事で遠出をしているため、今日は不在。

本来ならば、城崎がここに座る予定なのだが、彼女も今日は外せない用事があり、消去法で俺が番をすることになった。

事務所は古い木造で、中は薄暗くぼんやりとしている実に不気味な場所だ。

今日は雨、夏の暑さと雨の日特有のじめじめ感で兎に角蒸し暑い。

そんな中、少女は怖いことがあったとここへ駆け込んできた。

「そっか、場所はどの辺?」

「ここを出て、ずっと左に進んだところです。おうちの近くなんです。」

「何があったのか、詳しく説明できる?」

「う~ん、なんか丸っこいやつに追いかけられました。黒い、サッカーボールよりちょっと小さいくらいのやつに。」

俺が質問し、少女が答える。

その声だけが事務所内に響いている。

「わかった。じゃあ、今から一緒にその場所まで行ける?怖ければ俺一人で行くけど。」

「い、いきます。ここに一人でいるのも怖いし。」

少女は中学1年生で、髪型はショートボブ。可愛らしい感じの子だった。

傘をさし、事務所に鍵をかけ、そこから左に真っ直ぐ歩いて行く。

「ここから追いかけられました!」

少女は立ち止まり、一本の大きな木の下を指差した。

しかし、そこをよく見てみるも、特に悪いものは見えなかった。

「何処かへ行ったのか。それとも…」

過去にこれと同じようなことがあったらしい。

まだそれと同じものと断定は出来ないが、可能性はあるかもしれない。

「それとも、なんですか?」

「いや、なんでもない。それより、この場所からどの辺りまで追いかけられた?」

「えっと、こっちです。」

少女に連れられ、来た道を戻る。

「ここらへんです。ここまで走ってきたら、急に消えちゃいました。」

そこは、事務所から三メートルほど離れた地点だった。

ちょうど事務所を中心に張った結界がそこまで届いている。

「なるほど、消えたのか。どんな感じで?」

「さぁ…ずっと後ろでコロコロ音がしてて、ここまで来たら急に音が止んだので、あれ?って思って後ろを見たらなくなってました。」

だめだ。まだ情報が不十分でハッキリしない。

「そうか…よし、とりあえず俺が調べておくから、君はもうお帰り。」

「あ、そういえば、初めましてですよね?ゼロさんのお知り合いの方ですか?」

今更かとも思ったが、そんなことより、この少女がゼロのことを知っているということに驚いた。

「ああ、まぁ知り合いだな。なんだ?君、ゼロと知り合いか?」

「はい、時々会いますから。私、ちょっと霊感みたいなのあるので、よくゼロさんに助けてもらってるんです。」

「そういうことだったのか。」

この少女に霊感があったとは…

それなら、今回のようなことも初めてでは無いのだろう。

「それじゃあ、お兄さんもお祓いできるんですか?」

「まぁ、お祓い紛いのことは出来るがな。まだまだ未熟者だ。」

俺がそう言うと、少女は不安げな表情を浮かべた。

「そうですか…ほんとに大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ俺に任せろ。俺だってこれでもじゅじゅず師やってるんだ。」

「…言えてませんけど。」

また大事なところで言えなかった。

「と、兎に角、俺がなんとかするしか無いだろう。さぁ、家まで送ってあげるから。」

「はい、帰ります…」

少女はそう言うと溜め息をついた。

俺はなんだかハズレ扱いされているようで少し悲しくなった。

 少女の家が近くなってきた頃、俺は何か嫌なものを感じた。

「ひぃっ…」

突然、隣の少女が声を上げる。

「どうした!?」

少女が指差す方向を見ると、そこでは、木の下で黒いボールのような何かが小刻みに揺れていた。

「あれか?君の言っていたものは。」

「ひ…」

少女は俺の後ろに隠れ震えている。

黒いボールとの距離は約五メートル程しかない。

俺がそれをどうにも出来ずに凝視していると、不意にそれと目が合ったような気がした。

無論、それに目のようなものなどは付いていないが、その時、確かに目が合ったように感じたのだ。

すると、それはコロコロとこちらにゆっくり近付いてきた。

コロコロ…

四メートル

コロコロ…

三メートル

コロコロ…

ニメートル

俺は少女の手を引いて反対方向へ走り出した。

「えっ、ちょっ!退治してくれないんですか!?」

少女が驚いたように言った。

「ちょっと今は無理だ。相手が何なのかさっぱりわからない。」

「それどういう意味です?」

「あれの正体がわからん。とりあえず潰す!」

俺は咄嗟に足を止め、追ってくる黒いボールの方を向き直った。

それに釣られて少女も足を止め、俺の後ろに隠れた。

黒いボールはあれから速度を上げていないのか、少し距離があった。

ボールはコロコロとゆっくり転がってくる。

俺もボールに向かって歩き始めた。

「え、えぇ!?あの!」

少女はその場に立ち尽くし、俺の行動に戸惑っている。

「安心しろ、俺が潰す。」

俺はボールの前まで行くと、それを右手で掴み、思いっきり握り潰した。

瞬間、ドロドロとした黒い液体が手からこぼれ落ちていった。

「なんだ、案外弾けなかったな。」

そんな俺の様子を見て、少し離れた位地に立っていた少女が駆け寄ってきた。

「潰すって言って本当に潰しちゃったんですか!?」

少女は俺の手から流れるドロドロとした液を気持ち悪そうに見ながら言った。

俺はとりあえず手に付着した黒い液をティッシュで拭き取り、それを所持していたコンビニの空袋に入れた。

「なんでビニール袋なんて持ってるんですか?ティッシュもたくさん。」

「アレルギー性鼻炎だ。」

俺はそう一言だけ言った後、また自分のしたことに後悔した。

なぜ、素手で潰したのだろう。

知らないうちにまた人格が変わっていたのだろう。

そうでなければ、おそらくあれを潰すことは出来ない。

少し自分の手の臭いが気になり、鼻に近付けて嗅いでみた。

臭いは全く無かった。

「どうかしましたか?」

と、少女が問い掛ける。

「いや…何も臭わない。」

「良いじゃないですか、臭くなくて。」

「そうじゃないんだ。あれが霊や物怪の類いなら、必ず特有の臭いを発する。だが、こいつに臭いは無い。」

そこで俺は確信した。

「呪詛か。」

誰かがこの少女、或いは少女の家族を呪ったのだろう。

それが関係しているに違いない。

「お兄さん…」

少女に呼ばれてそちらを向くと、何やら顔を引き攣らせている。

「どうした、何か心当たりでもあるのか?」

少女は俺の問いにコクりと頷き、それについて話し始めた。

以下、少女の話。

この前、友達と遊んだ帰りに、お気に入りのメモ帳を無くしてしまったことに気付き、心当たりのある場所を探していた。

すると、突然中年の男に話しかけられた。

「君が探しているのはこれかな?」

男はそう言うと、私が探していたメモ帳を見せた。

「これです!ありがとうございます!」

「そこのベンチに落ちていたよ。持ち主が見つかってよかった。」

その時はいい人だなと思い、私はもう一度その男に礼を言い、家に帰った。

夜、金縛りに合うようになったのはその日からだった。

以上が少女の話だ。

しかし、金縛りに合うだけで他には何もなく、毎日そうなるわけでもないため、あまり気にしていなかったのだそうだ。

原因はメモ帳なのだろうか?

しかし男は何のために?

俺は少女と家まで行き、そのメモ帳を見せてもらった。

そのメモ帳からは、特に悪意のようなものは感じられなかった。

それよりも、メモ帳の中から何かを感じたのだ。

悪意とは違う何か、霊的なものを。

「中、見ても大丈夫か?」

俺が少女に問うと、少女はコクりと頷いた。

俺はメモ帳の最後のページを開いた。そこから何かを感じたのだ。

ページを開き、目に入り込んできたものに少しゾッとした。

それは、黒いマルだった。

メモ帳の最後のページには、ペンか何かでぐるぐると書かれたマルがあったのだ。

「君、その中年男からメモ帳を手渡された後は、メモ帳の中を見なかったの?」

「見ましたけど、最後のページは見てませんでした…あの、これ棄てた方が良いですか?」

「いや、もう少し方法を探してみよう。行ったり来たりで悪いんだけど、もう一度事務所まで来てくれるかな。」

「はい。」

俺と少女はもう一度事務所まで戻り、メモ帳をどうするかを考えることにした。

事務所にある呪術資料を見れば、何か分かるかもしれない。

事務所に着くと、ゼロが帰ってきており、椅子に座ってフランソワーズ・サガンの小説を読んでいた。

「あ、お帰りなさい。あれ?○○ちゃん(少女の名前)、何かあったの?」

ゼロはやはり少女と知り合いのようで、何があったのかを訊ねてきた。

俺と少女は、今までのことや先程起きたことを全て話した。

するとゼロは、少女のメモ帳を拾った中年男について追及してきた。

「その、中年男の特徴ってわかる?」

「えっと、背が高くて、眼鏡をかけていて、ダンディーでかっこいい人でした。あ、でも和服着てた。今時珍しいなと思いましたね。」

それを聞いたゼロは「なるほど」と言い、少し考えてから口を開いた。

「たぶん、いや、あの人に違いないね。」

「おい、ゼロの知ってるヤツなのか?」

「はい、御影って男です。かなり危険な人ですよ。」

どうやら、その御影という男がメモ帳を通じて少女に呪詛をかけたらしい。

だが何のためにそんなことをしたのだろうか。

「なぁ、その御影って男は、そんな危険なヤツなのか?それに何のためにこの子に呪詛なんて。」

「それはわかりません。でも、今あの男には、呪術師が一人潜入捜査しているので、いずれ分かるかもしれませんね。それより、そのメモ帳。」

ゼロは少女の持つメモ帳を見て、難しい表情を浮かべた。

少女はゼロにメモ帳を手渡し、

「もう無理ですかね…?」

と言った。

ゼロは首を横に振った。

「いや大丈夫、それより、これにかけられた呪詛があまりにも単純で、本当に全く何をしたかったのかわからない。」

そう言うとゼロは、メモ帳の黒いマルが書かれた最後のページだけを契り、マッチに火を着けて燃やしてしまった。

その後、最後のページだけが無くなったメモ帳を少女に返してこう言った。

「ごめんね、最後のページ無くなっちゃったけど…これで呪いは解けた。」

「いえ!ありがとうございます!大切にします!」

少女はそう言うと、嬉しそうにバッグの中にそのメモ帳を仕舞った。

「よかった。でも、もうあの男には関わらないようにね。一度縁を持ってしまった相手だから、また何かされるかもしれないけど。」

「はい、気を付けます!」

最後に少女は俺の方を向くと、

「今日は本当にありがとうございました!」

と頭を下げ、事務所を出て帰っていった。

 少女が帰った後、俺はゼロに一つ気になっていたことを訊いた。

「なぁゼロ、その御影って男のところに潜入捜査をしてる呪術師って、何て名前のヤツだ?」

「北上 昴(きたかみ すばる)、義眼の呪術師です。しぐるさんと同級ですよ。」

「そうか、ありがとう。」

別に、その呪術師に心当たりがあったわけではない。無論、北上昴なんて名は初耳だ。

ただ、俺は知りたいと思った。

この世には、俺が知らないだけで、まだ霊感の類いを持つ人間が大勢いる。

そんな人間と話して、俺がまだ知らないことや、俺との共通点、そんなことを知りたいと思ったのだ。

勿論、その御影という男にも興味がある。

いつか、この二重人格の霊力差の謎も、解ける日が来るのだろうか。

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