Mountain of Snow Woman【リレー作品③】

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Mountain of Snow Woman【リレー作品③】

金は世の中で最も重要なものの一つだ。

金で買えないものが重要だという奴もいる。

それ自体を否定はしない。

だが、金があれば親父の会社がつぶれかけたとき、親父が自殺未遂をすることもなかった。

金があればお袋が食堂で働いていると子供に嘘をついて、キャバクラでホステスをすることもなかった。

だから、俺は金を、どんなことを置いても金が一番だと思うようになった。

俺の両親は命と誇りを削りながら、俺をこんないい大学に行かせてくれた。

だから、俺は今の俺の家柄で何とか狙えるお嬢様を見定めた、それが千夏だ。

千夏には金目当てだと悟られないよう、細心の注意を払って自然に接近した。

だが、千夏は地元での就職が決まってしまった。

このままでは卒業後県外の大学院に行く俺とは距離ができてしまう。

そこに思いもよらない好機が訪れた、

千夏の親友の春美が俺と同じく卒業後県外に出る秋良に告白するため旅行をセッティングしていることがわかった。

それを俺は最大限利用することを考え、うまく旅行に同行することができた。

図らずも男女二人ずつの旅だ、春美と秋良がくっついてしまえば、必然俺も千夏に自然な形でアプローチすることができる、絶好のチャンスだった。

それなのに・・・

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ずっと身体が凍ってしまったような冷たさの中にあった。

最初は動けないほどの冷たさだったが、徐々に和らいできた。

まるで温かい布団の中にいるような感覚だった。

何かゆっくりしていられないようなことがあった気がするがどうにも意識がもうろうとしていた。

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「俺は・・・どうなったんだ?」

次第に意識がはっきりして目を覚ます、頭と体がひどく重くなるのを感じた。

「ここは・・・俺は、いったい」

障子から明るい光の差し込むお座敷、温かくて寝心地の良い布団、高級そうな家具と装飾品に彩られた部屋はかなり贅をつくしたものに見える。

そして、香でも炊いているのか部屋の中にはミントのような甘く清涼感のある香りが漂っている。

「・・・起きましたね、なかなか目を覚まさないから心配しました」

白い着物を着た黒髪の少女が冬弥を見下ろしていた。

「??・・・君は?」

「私ですか、葵と申します」

「・・・ここは?」

「ここは山神様を祀る神社ですわ」

そう言うと葵と名乗った少女はにっこりと微笑んだ。

いったいどれほどの時間が過ぎているのか、なぜ自分がこんなところにいるのか全く見当もつかない。

けだるい動作で身を起こそうとする、しかし冬弥は自分が先ほどまでのスキーウェアではなく旅館の浴衣のような着物に着替えさせられていることに気が付いた。

「え・・・なんで?」

「あ、着物ですか? それはあなたがお母様の術で気を失ってしまったので、布団に寝かせるときに着替えさせたんです」

母の術? 奇怪なセリフを口にする少女の方をもう一度見たとき、冬弥は今度こそ信じられないものを見た。

葵の後ろに立つ髭面で猟師のような着物と毛皮をまとっている大男、その姿は一見するとまるで雪男のようだ。

そして、その大男には見覚えがあった。

冬弥の記憶がよみがえる。

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千夏達と四人で入った別荘、そこで暖を取っていた冬弥はトイレに出て行った春美の悲鳴を聞いた。

驚いて部屋から出てみると春美が叫びながら二階から駆け下りてきた。

冬弥が二階の方を見ると、白い着物を着た女性がぐったりとして動かない千夏を抱えていた。

そして玄関の方からは猟師のような風貌の大男が別荘に入ってきて、悲鳴を上げる春美を捕まえようとしていた。

何が起こっているのか冬弥は思考をフル回転させた。

なぜ自分たちは襲われているのか?

この別荘の持ち主が戻ってきたとしても明らかに振る舞いがおかしい。

その時だった、背後から冬弥は黒髪の少女に抱き着かれた。

少女のやわらかい感触とは反対に冬弥の身体は凍ったように冷たく固まっていく。

「千夏、春美・・・アホッキーは何やってんだよ、あの筋肉バカ」

薄れる意識の中で秋良が春美を捕まえようとする大男を殴り、彼女の手を引いて玄関から出ていくのが見えた・・・

冬弥の記憶はそこで途切れていた。

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「お、おまえは!」

目の前にいる少女は自分達を襲った奴ら、そして自分の気を失わせた少女だった。

冬弥はすぐに布団をはねのけ、立ち上がろうとするが、少女の右手が冬弥の首を抑える。

そして予期せぬ冷気が葵の手から首筋に伝わってきた。

「う、うわわっ」

「抵抗しないでくださいね、また凍ってもらいますよ」

少女は薄く笑みを浮かべる。

葵の表情は先ほどまでと露骨に変わっていた、指がぎりぎりと喉元に食い込んでくる。

氷のような冷たい笑みを浮かべた表情、冬弥は自分も少しSの気があるからわかったが、この女は筋金入りのドSだ。

どこまで本気なのかわからないが、顔を真っ青にしてもがく冬弥を笑いながら見つめている。

「葵様、もうその辺で」

大男に抑えられ、ようやく手の力が緩んだ。

冬弥はごほごほとせき込んだあと、布団の上で状況を整理しようと天井を眺めるがわけがわからなかった。

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「失礼します」

布団の敷かれたお座敷のふすまを開けて、使用人と思われる着物の男が入ってきた。

いい匂い、小さなお膳の上に料理が乗っている。

お膳は小さめだったが、その料理はまるで高級旅館の懐石料理のような豪華さだった。

「ごくろうさま、下がっていいわよ、あ、それとおまえももう護衛はいいから」

「え、それはちょっと・・・」

大男は葵の言葉にためらっているようだった。

「ん、わからないの?」

葵は意味ありげな言葉を出して大男を見上げる。

「い、いえ、なんでもありません、失礼しました」

大男は何かを察したらしく一礼をしてお座敷を出て行った。

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「お腹がすいたでしょう」

葵は冬弥の手を掴んで、半ば無理やり身を起こさせた。

どうやらおとなしくしていれば、すぐに危害は加えられることはないようだ、それどころか自分は歓待されているような気配すらある。

その時、葵と名乗った少女が再び冬弥の顔を覗き込んだ。

冬弥はあらためてじっくりと眺めた少女が恐ろしいほどの美少女であることに気が付いた。

年の頃は自分と同じ大学生か高校生・・・いや身体の細さから中学生と言われても納得するかもしれない。

外から差し込む光に浮かび上がった少女の姿は黒真珠のような美しさだった。

身に着けている着物はよく見ると神社と言っただけあって白を基調にした巫女装束のようだった。

しかし、布には細かい装飾も施されていて、非常に高価な着物に見えた。

どうも自分が来ている寝間着の着物もとても上質な感触がする。

葵はお膳の料理を冬弥の口に運んでくれた。

ふざけるなと少女の手を払いたかったが、少年時代の貧乏生活を経験していた冬弥は食べ物を無駄にしないというポリシーを持っていた。

しかもこんな高級そうなお膳の料理を食べ残すわけにはいかなかった。

されるがままに料理を口にし、さらに観察していると装束の下に下着も肌襦袢も着ていないのか葵の白衣脇のスリットから小さな胸がちらちらと見えていることに気が付いた。

驚きながらもこの神社ではこういうものなのかもしれないので、指摘してもいいものかもやもやしているうちに下半身がもぞもぞしてくる。

その感触に居心地を悪くしていると自分も身に着けているのは寝間着の着物一枚で下着を何もはいていないことに気が付いた。

この少女に着替えさせられたのだろうか、どちらにしてもここでは下着はつけない決まりなのかもしれない。

それにしても、今の状況を整理してみると謎だらけだ。

すべては狐に化かされている幻といった方がよっぽど説明がつきそうだ。

少なくともこの目の前の少女には尻尾は生えていないようだが・・・

「あ、あの」

葵を刺激しないようにおずおずと冬弥はつぶやいた。

「なんでしょう?」

「いくつか質問しても・・・いいですか?」

「・・・どうぞ」

「君達は何者なんですか?」

「この山で山神様を祀っている神社とあなた方が侵入した別荘を管理しているものです」

「俺と一緒にいた三人はどうなったんでしょう?」

「えっと、逃げた二人は知りませんけど、お母様が捕まえた女性はたぶんまだ別荘にいるんじゃないでしょうか」

捕まえられた女性というのは千夏のことだ、だがどうも葵の口調から今すぐ死ぬような目にはあってはいないようだ。

ということは、自分達はただ無断侵入した別荘の持ち主にとらえられただけなのだろうかとも一瞬思ったが、それでもこの状況は全く不可解なままだ。

「ちょっと外を見ても、いいですか?」

「いいですよ」

冬弥は立ち上がり、外につながる障子を開けてみた。

座敷の中は不自然なほど暖かかったが、障子を開けると冬の雪山の冷たい風が着物一枚の身体に突き刺さる。

先ほどまでの吹雪は止んでいるようだ。

部屋の外の廊下に出てみると冬弥の連れてこられた神社の周りは一面の青い花の茂った湿地の中に建てられていた。

見ると神社のすぐ上の山に開いた洞窟の中から細い滝のように水が出て、神社の周りの雪混じりの湿地に流れ込んでいる。

神社の建物は洞窟の中にも続いているようだ。

洞窟から出てくる水は少々地熱で温度が高めなのか、湯気らしきものが立ち上っている。

それが神社と周りの湿地を覆い隠し、外界からこの場所を見えづらくしているようだった。

やはり明らかにおかしい、この神社、着物、食事、山の上のものにしては豪華すぎる、それだけの金をかける何かがここにはあるということでないと辻褄が合わない。

「・・・ここはいったい、たかが神社に仰々しすぎる」

「・・・気が付きましたか、さすが私の気に行った人ですね、頭の回転が速い」

葵の冬弥を見つめる表情は本当にうれしそうだ、室外にいたままではさすがに凍えてしまうので、二人は再び部屋の中に戻った。

「・・・説明してくれますか?」

冬弥の言葉に葵はこの神社の成り立ちを少しずつ語り始めた。

「この神社は元々ここの湿地に生息する青い花、雪月草を管理するための国の施設です」

「セツゲツソウ? 国の施設、たかが花に?」

「この花は強力な精力剤、媚薬の原料になるんです、それも心臓の負担などの副作用はほぼなしの」

強力な精力剤、媚薬・・・若い冬弥にはまだ実感はわきかねるが、時の権力者や金持ちからすればそんなものが存在するのならば確かに金に糸目をつけずに手に入れたがるだろう。

「・・・いや、それでもおかしい、そんな価値のあるものだったら、わざわざこんなところで栽培せずに量産するだろう」

「・・・だめなんです、今まで国の研究機関が色々試したらしいのですが、この花はこの山のこの沢でしか育たないんです」

葵の言葉にそんな馬鹿なと思ったが、仮にそうだとしてもまだ疑問が残る。

「・・・にわかには信じられない話だけど、でもなんで国は君達のような神社関係者なんかにその管理を任せているんだ?」

花が仮にここでしか育たないとしても、神社よりも研究所の方が適切に思える。

「・・・それがこの花をめぐる私たち一族の因縁なんです」

「因縁?」

「この花はあの洞窟の中にある湖におられる山神様に生贄の女性を捧げることで授けられているのです」

「はあ、生贄? そんな非科学的な!」

冬弥の信じられないといった叫びに葵は悲しそうな表情を浮かべる。

「実際、近代になって生贄を捧げることをやめたこともあるんです、でもその途端花はしおれだしました」

「・・・国が乗り出して調べてもそれか・・・それは人間に含まれる何らかの栄養素がこの沢の水に含まれることで・・・」

冬弥が話していた途中だったが、葵が制止した。

「結局、何をやっても駄目だったんです、だから私達、生贄の一族がここを管理しているんです」

「き、きみたちの・・・」

「私のお姉様だけでなく、山に迷い込んだ若い女性が何人も山神様に捧げられました」

葵の身体は恐怖の記憶からか細かく震えている。

「国の役人達にはただ生贄の女性が洞窟の湖に沈んでいくようにしか見えないようですが、私達には巨大な山神様に生贄の女性が飲み込まれていくのがはっきりと見えるんです」

国の役人達には見えない山神という超常的な存在、この現代でそんなバカげたことが・・・

「もしかして、いわゆる霊的な能力を君達は持っているのか」

「・・・はい、私やお母様の氷雪の幻術も山神様の巫女として授けられた力です」

氷雪の幻術・・・先ほど冬弥や別荘で千夏がかけられた術のようだ。

「・・・まるで山神と生贄の女の淫気が流水に溶け込んであの花を咲かせているような気すらするよ」

冬弥は吐き捨てた。

情緒の感じられない辛辣な冬弥の表現に葵は少々不快そうな顔も見せたが・・・

「本当に・・・そうですね、山神様の望まれる生贄の神託が今はお母様に降りて、その人間が捧げられているんです」

そこまで聞いて、冬弥の頭にあるいやな予感が浮かび上がった。

「ちょっと待て、今、山神様の望む生贄の神託が君の母親にくだるといったな、それってもしかして」

冬弥の言葉に葵の表情が曇る。

「はい・・・多分この山に入ってきた、あの二人の女性のうちのどちらかです」

驚きづくめで少々感覚が鈍っていた冬弥もこれには衝撃を受けた。

千夏と春美が危ない。

しかし次の瞬間、狼狽える冬弥に突然葵は抱き着き、布団の上に押し倒した。

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「・・・選択してください、雪森冬弥さん」

「・・・なんで俺の名前を?」

「調べさせました」

こんな短時間で・・・なんて諜報力だ、国の管理地と言うのもうなずける。

「ここから逃げ出すか、それとも私達の一族の一員になるか」

「・・・何言ってるんだ、そんなの逃げて千夏達を助けに行くにきまってるじゃないか」

「ただ、ここから逃げてお友達を助けに行っても、お母様やお姉様から奪い返せるかはわかりません」

葵は続ける。

「冬弥さん、私と夫婦になってください、一目会った時から気に入ってしまったんです」

葵の真剣な目が冬弥の瞳を覗き込む。

「そ、そんな一目でなんて・・・」

「私達の一族は何百年もこうやってきたせいでどうも自分と相性がいい男性を直感で感じるようなんです」

なるほど、外界との接触が少ないこの山の中では少ない機会で遺伝子を見極める能力が発達するのかもしれない。

「私達の一族は山神様の呪いなのか女の子しか生まれません、そのためこうやって気に入った男性を伴侶にしているんです」

葵の言葉に驚きながらも冬弥は苦笑した。

ユキアネ山の雪女に認められた恋は叶う・・・どこで話がねじ曲がったんだか。

「女は神社でその夫は私達の一族の表の顔である製薬会社の役員として働いています」

「・・・製薬会社?」

「雪光製薬といいます、聞いたことありませんか?」

聞いたことないわけない、国内製薬会社の最大手だ。

「冬弥さんなら、そこで手腕を発揮できると思います」

そこまで言うと葵は体を起こした。

「さあ、選択してください」

葵の話は本当だろうという漠然とした思いはあった。

先ほどのお膳の料理はおいしくいただいたが、この据え膳は・・・

彼女の希望は自分が一族に入ることを望んでいることは間違いなかった。

冬弥は思考が麻痺してきていた、頭の中に霞がかかったようなぼんやりとした感じ、それでいて体の上に乗っかった葵のやわらかい感触に下半身には力が充満している。

一種の高揚感にみなぎり始めていた。

冬弥は自分の体の変化に戸惑いながらもなんとか思考をめぐらせようと頑張った。

この体の昂ぶり・・・何か変だ。

冬弥は気が付いた。

ここで目が覚めた時から座敷に漂う清涼感のある甘い香り、よく見ると部屋の隅に薄く青い煙を発する香炉が置いてある。

「・・・雪月草!」

精力剤、媚薬の効果がある秘伝の薬が既に使用されていたようだった。

そして、下着を身に着けていない自分と目の前の少女・・・なるほど何から何まで用意周到じゃないか。

「あまり時間はありません、早く決めてください」

葵が叫ぶ。

千夏と葵、どちらを選んでも待っているのは困難な未来だった。

それならいっそ・・・

「・・・わかった、俺は君と・・・」

そう言いかけた瞬間、千夏の笑顔が一瞬頭をよぎって消えた。

「あ・・・」

なんてことだろう、目の前に千夏の会社と同等の大企業の御令嬢という選択肢が据え膳で用意されているというのに・・・

結局、いつの間にか、俺の方が惚れてたってことか・・・

「・・・俺は・・・君とは結婚しない」

重苦しい雰囲気の中、冬弥は口を開いた。

もう、その言葉を発するだけで精いっぱいだった。

冬弥はどんな仕打ちでもうける覚悟でこぶしを握り締めた。

しかし、その言葉を聞いた葵はすっと立ち上がった。

「・・・わかりました」

そう言うと葵は部屋から出て行った。

冬弥は困惑する、間違いなくひどい仕打ちを受けると思っていたのだが。

しばらくして、葵は冬弥のスキーウェアを持って部屋に戻ってきた。

「どうぞ、着替えてください」

「え・・・なんで?」

「・・・逃げたくないんですか?」

葵は冬弥から目をそらしながら独り言のようにつぶやいた。

その言葉を聞いた冬弥はゆっくりとスキーウェアを身に着けた。

「ついて来てください」

それだけ言うと、葵は身をひるがえして部屋から出て行った。

信じていいのか不安だったがついていく他なく、冬弥は彼女の後を追って部屋から出て行った。

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神社の外に出ると、一面真っ白の雪山だったが、山の中腹付近であることぐらいはわかった。

冬弥の連れてこられていた神社はその山の斜面を削って作られていた。

葵は冬弥を神社の裏手の方に誘導する、そこにはせり出した崖の上に作られた道が下に向かって伸びていた。

おそるおそる道の下を覗き込むが、下から冷たい風が吹きあがってきている。

「ここをまっすぐ下れば、あなたたちの最初にいた別荘に続いています」

「千夏たちはまだそこに?」

「お母様達はまだ社に戻ってきていませんから、おそらくまだ別荘の方だと思います」

秋良と春美がうまく奴らから逃げていてくれるなら、少なくとも千夏はまだ別荘にいる可能性は高かった。

「それと先ほどは言いませんでしたが・・・」

葵が口を開いた。

「山神様の生贄には私たち一族がなる血の生贄と山神様が時折選ぶ水の生贄があります」

血、水・・・生贄に二つの区分がある?

冬弥は一つの有名なことわざを思い出した。

「Blood is thicker than water、血は水よりも濃い・・・か」

「はい」

ふざけた使い分けだった、血は生贄になることが宿命とも読める血の表現、そして水とはそれを薄める存在、つまり神の気紛れということだ。

「・・・ということは逆に考えると千夏たちは宿命ではないということか」

「そうですね、うまくお母様達から逃れることができれば助かるかもしれません」

その説明を聞いて幾分希望が湧いて来た。

「葵・・・ありがとう、でも君は大丈夫なのか、こんな裏切るような真似をして・・・」

「まあ、なんとでもなりますよ」

少女は冷たく答える。

そして崖の道を行こうとする冬弥に葵が別れの言葉をかけた。

「もし、今日あったことを誰かに話したら、そのときはあなたの美しい命は終わってしまいましょう」

「・・・しばらくは情報が洩れていないか、行政機関の監視が付くということか・・・」

「もう! せっかくロマンチックにお別れしようと思ったのに・・・でもそんなところもやっぱり好きなのかも・・・」

葵の氷のような冷たい表情が緩み、頬も少し赤くなったように見えた。

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そのとき、強い衝撃が二人の身体を駆け抜けたかと思うと、二人の乗っていた雪の道が崩れ始めた。

「うわっ」

「きゃあ、な、なに?」

一瞬、体が宙に浮く感覚が起こったかと思うと、二人は崖の下になすすべもなく落下していった。

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手足に感じる痛みに冬弥は目を覚ました。

「う・・・」

ぼんやりとした視界に不気味な静寂に包まれた雪山が映る。

そして、その中には雪の上に倒れている葵の姿もあった。

幸い雪はやわらかく、軽い打撲程度で済んだようだ。

冬弥はよろよろと立ち上がり、倒れている葵に歩み寄った。

「・・・葵、大丈夫か?」

冬弥の呼びかけにも少女は答えなかった。

表情は静かだったが、唇から血が細く流れ出して彼女の白い頬と首筋を飾っていた。

華奢な手首をつかむ。

壊れた人形のような冷たい感触だった。

脈は感じ取れない。

「・・・いや、脈は感じ取りづらいか」

冬弥は自分に言い聞かせながら、今度は心音を確認しようと胸に手を当ててみる。

やわらかい感触とともにかすかに反応が感じられた。

よく見ると、冬弥のスキーウェアを取りに行っていたときに着込んだのか、さっきは付けていなかった肌襦袢やタイツも身に着けている。

こちらのほうが本来の装束なのだろう。

取り敢えずは生きているようだったが、強く身体を打ち付けてしまったのか、葵は気を失ったままだ。

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「どうする」

冬弥の頭の中を様々な思考が駆け巡る。

崖の上を見あげて、上の道が伸びている方向は確認できた。

その方向に進めばここからでも千夏のとらえられていると思われる別荘にはいけそうだった。

そのとき、冬弥の中に葵を使って人質交換という考えが浮かんだ。

この少女は自分を逃がしてくれたとはいっても自分たちを襲った奴らの一員である。

葵を切り札に千夏達の解放を要求するというのはとてもいいアイデアに思えた。

しかし、冬弥はその案をひとまず頭の隅に追いやった。

「・・・どうもこういう嫌な思考はあらためないといけないな」

そうつぶやくと冬弥は葵の身体を抱き上げて、背中に背負った。

冬弥は背中の少女に千夏とはまた違った愛おしさを感じ始めていた。

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mami様~、頑張りました、抜け殻状態です、今夜はゆっくり休みます。
mami様の五番手の役割については番長様が本当に良い助言をされていますね、やっぱり素晴らしいです。
個人的にはちょうど真ん中に近いわけですし、拡げてもまとめてもどちらでも違和感はないんじゃないでしょうか。
え、適当すぎます?
いえいえ、番長様のアドバイスが見事すぎるのですよ。

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鏡水花様、申し訳ありませんでした。
雪女のイメージについては日本のおとぎ話に出てくる着物の雪女さんしか思い浮かびませんでした。
背景画像を普通に読み取るなら「雪の女王」の方ですよね、いったい今までの見事な背景の何を見ていたんだろうという思いで、恥ずかしさいっぱいです。
それなのに後から投稿した私のために背景の差し替えのご提案までしていただけるとは、もうなんとお言葉を返してよいやら・・・
鏡水花様の言われる通り、これからの作者様の展開にもよるとは思うのですが、読者の皆さんが違和感なく読み進めることのできる背景になるのなら、その方が適切だろうとは思います。
本当に優しいお言葉感謝します。

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ぉおっと!?
なんですかこの私の予想の遥か上をいく展開は!?
私じゃこんな壮大なストーリーを思いつける頭がないので出来ません…w
湯気が出てプスプス言い出しますよ絶対w
ラグトさんの個性が全力で出ていますね!

さてこの後どうなるのか…
全く想像もつきませんw
次は固定ファンの多い紺野さんですね!
楽しみに待つことにしますw

第三走、お疲れ様でした!

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ラグト様、お疲れ様でした。
うんうん、段々すごいことになってきましたね…
さて…どうしよう…
紺野さん、これ以上ひっくり返したりするのかなぁ…
ヤバイです…段々怖くなってきました…
5番手って、まだ広げていいんですかねぇ?それとも、回収派?
もし、何も浮かばなかったら…私もたぁくさん広げて逃げよう…

今夜はゆっくりお休み下さいね。

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