中編6
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初恋の女の子「牙」

小学生の頃、同じクラスに好きな子がいた。

美人ってタイプじゃなかったが、笑顔の可愛らしい子だった。大きな前歯が狭い顎に窮屈そうに納まってて行き場をなくした八重歯も含めて、笑うとたまらん可愛かった。

大好きだったのに、そこは大バカ消防男子、俺は仲間と一緒にその子にちょっかいかけまくり、「牙持ち吸血鬼」などとからかいまくり嫌われまくってた…orz

俺たちの小学校は全員同じ中学に進学するため、卒業式もそんなに感慨はない。

…はずだった。

当時サイン帳をまわして書きあうのが常だったが、俺たちバカ男子は「どーせ中学行っても同じメンツじゃんか」と、自分のサイン帳も用意しなかったし人のにも書かなかった。

だが、俺は後々死ぬほど後悔することになる。

頭の良かった牙(と彼女を呼んでいた)は私立の女子校に行ってしまった。

その後、中学も卒業間近になったとき、ふと小学校の頃のサイン帳の話になった。

友人Aがぼそっと「牙、どうしてるかな」と言った。

「俺、あいつのことちょっと好きだったw」と唐突に爆弾を落とした。

「実はサイン帳もこっそり書いたんだよね~」と追加爆撃。

更に友人Bも「俺も違う中学に行くって聞いてたから牙のサイン帳は書いたよ」と。

結局サイン帳を断ったのは俺だけだった。

それから、誰が好きだったのかの自白大会に発展し、なぜか俺は牙が好きだったとは言えないまま、その日は解散した。

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やがて別々の高校に進学した俺達は次第に疎遠になり、俺は親父の都合で地方に引越し、高校も転校、完全に故郷との連絡は途絶えた。

引っ越してしばらくした頃、夜中に試験前の付け焼刃的な勉強をしてた時、ふと気配を感じて振り返った。セーラー服姿の牙が立っていた。

背も髪も伸び大人びていたが、笑った口元の八重歯はそのままだった。

彼女は机に広げていた数学のノートを指差し、「その問3、間違ってるよ」と笑った。

「ほら、○○して△△して××だよ」と説明して消えた。

「牙!!!!!!」

呼んでみたが、既に消えた後。…俺は牙が死んだと悟った。

呆然として問3をみつめた。

あんなに苦労していたのに、牙の分かりやすい説明を聞いて理解すると何てことない問題だと分かった。俺は鼻水をたらしてボロボロと泣いた。

翌日のテストの最後の問題として、問3と同じ問題が出た。

新しく出来た友人達は「お前、あの問題できたのか?」と驚いていた。

俺は決して数学が得意じゃなかったし、みんな最後の問題でつまづいていたからだ。そこでまた鼻の奥がつんとしてきた。

号泣の予感にヤバいと思い、テキトーにごまかして慌ててその場を去った。

正直、小学生時代の初恋をずっと覚えていたわけじゃない。

何人か好きになった子はいたし、彼女がいた時期もあった。

だが、スケベ心なく純粋に相手を思うなんてことは獣のような高校生では最早ありえない、ましてもうこの世にはいない人だと思うと切なかった。

更に数年後。

俺は3流大学に進学し、3流なキャンパスライフを満喫していた。

テニス、スキー、何でもありサークルで遊びまくり、勉強もそこそこにバイトに精を出しコンパを渡り歩く毎日。バンドブームに乗っかってギターを弾いて小汚い狭いライブハウスに出るためにバイト代をつぎ込んでいた。

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ある時、些細なことからボーカルといざこざを起こした。

ライブを3日後に控えていたが、大喧嘩に発展してしまった。

俺も意地っ張りだが相手も相当なもんで、前日になっても修復はならず、ドラムやベースも呆れて解散の危機か…という時、再び牙が俺の前に姿を現した。

長い髪の先の方だけに緩やかなパーマがかかった、篠ひろ子なスタイルだった。

メイクもしていて明らかに高校の頃見たのより成長していた。

幽霊も年を取るのか?と思ってると「カッツン(俺の子供の頃のあだ名)、自分を曲げることがかっこいい場合もあるんだよ」と相変わらずの八重歯な笑顔。

一瞬ポカーンとしたが、今度こそ何か話したいと思った。

「俺は謝らないぜ」って、オイ…何言ってんだ…orz

牙はニヤリとして消えた。

「待て!牙!違うって!(何が?orz)」

俺は無性にムカつきながらも家を出た。結構夜も更けていたが、原チャリを飛ばしてバンドメンバーの家をまわった。

友人知人にチケットを押し売っていた手前、一緒に出る予定のバンドの手前、ライブハウスの手前、ドタキャンは出来ないと皆分かっていた。

ボーカルも謝るきっかけを失っていたと頭を下げてくれて、ライブには無事出演することが出来た。

バンドは就職とともに解散したが、いまだにたまに飲みに行くいい仲間として交流があり、流行のオサーンバンドをやるか?っていう話もある。

嫌なことも多々ある中、そういう楽しみを持てるのは幸せなことだ。

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その後も牙はしばしば現れた。

いつも俺が煮詰まっているときにタイミングよく。

転職するときに後押ししてもらったり、プロポーズの勇気ももらった。離婚する時も、その時に子供を引き取る決心も牙の一言に救われた。実家の両親に助けられてるとは言え、男手ひとつで女の子を育てているといくつもの困難にぶつかったが、その度に牙は的確なアドバイスをくれた。

俺も40を過ぎ、娘は小6。

困ったことはいろいろあるが、自分を抑えて娘や周りの人間とうまくやっていける術がついてきた。

気づけば長いこと牙に会っていない。

俺が大人になるまで助けてくれていたのかもなあ…。

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そんなこんなの今年の盆休み、娘を連れて旅行に出かけた。

例の高速代割引を狙ったせいでダダ混みだったが、普段あまりどこかに連れて行くこともないから、娘も機嫌よく楽しい旅だった。あるPAに立ち寄った時、俺は自分の目を疑い、固まった。

牙が居た。

いつも、夜中に俺の部屋にしか現れなかった牙が、昼の日中にこんな人混みで。

ピンポイント一言だけ発して返事も聞かずに一瞬で消えていた牙が、目の前にこんなに長く居る。

しかも…家族連れ。

イケメンの旦那にそれに似たイケメンの息子2人。

娘が「お父さん?知ってる人?」と聞く。それに押されて思わず声をかけた。

「すみません。失礼ですが、○○さんではないですか?」

牙はびっくりして俺を見たが、きょとんとしている。

しまった!他人の空似か!

俺は非常に焦ったが、牙は「はい、旧姓は○○ですけど…」とあっさり肯定した。

3人のイケメンと娘も俺を訝しげに見ている。

「ボク、K小学校で同じクラスだった□□です」

牙はしばし考え込んでいたが、「もしかして、かっつん?」と思い出し「小学校以来なのによく分かったねー!!」と懐かしそうに言ってくれた。

「生きていたのか!?」とは言わなかった。

今は大阪に居ることや、これから旦那さんの実家に帰省するところだということ、長男が高2で次男は中2ということなど、簡単に近況を聞いた。

俺が「ちっとも変わってない」とか「小学生の頃、密かに人気があった」とか言い、息子たちに「へ~!」と言わせたことに気分良くしてくれたようだった。

しばらく話して、あの変わらない笑顔で手を振り高級車に乗って去って行った。

娘はお兄さん方のイケメンぶりにはしゃいでいた。

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さて…本人は覚えがなさそうなんで何も聞けなかったが、大きな謎が残ったわけで。

数十年に渡って俺を支えてくれた牙は何だったんだ?

これから娘が思春期に突入していけば今まで以上の困難が待ってるであろうが、生身の牙に出会ってしまった後も現れてくれるのか?いや、多分これからは俺自身が自分で切り開いていくべきなんだろう。

それが出来ると判断して(誰が?w)、会わせてくれたんだろう(だから誰が?w)。

俺の妄想だったにしては、数学の問題なんかは説明つかないんだが…。

先祖か守護霊あたりが、俺が素直に言うこと聞きそうな相手の姿で現れてくれていたのか?いろいろと更に妄想は膨らむばかり…

ひとつだけ言えるのは、牙が元気で生きていてくれたことが本当に嬉しい。

それと、ありがとう。

本人には言えないのでここで。

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