Mountain of Snow Woman 【リレー④】

長編9
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Mountain of Snow Woman 【リレー④】

千夏は、誰も居ない部屋の中で独り、目を覚ました。起き上がってみると、腰が痛い。こんな冷たいフローリングの上に放って置かれたからだろう。

将来腰痛持ちになったらどうしてくれる。コンチクショウ。

悪態を吐きながら辺りを見渡す。どうやら、さっきの部屋から動かされていないらしい。

いきなり現れて抱き締めて凍らせた挙げ句に放置とは、どういうことなのだろう。

「…………春美。」

口をついて出たのは親友の名前だ。薄くぼんやりとした意識の中で、彼女の声を最後に聞いた。

『待って!千夏は…………千夏は渡さない!!』

あの時、目はどうしても開けられなかったし、身体も動かなかったが、意識そのものが無かった訳ではない。けれど、彼女が助けを呼びに行ってくれたことは分かった。そして、戻って来て、あの何だか訳分からん白い女から守ろうとしていてくれたことも。右手に手袋の感触がしたから、きっと連れ戻そうとしてくれたのだろう。

まぁ、直後にアホッキーが何か叫びながら乱入して、結局彼女は連れて行かれてしまったのだが。そして私は見捨てられ、この屋敷に残されたのだが。

けれど、あのアホにしては比較的まともな判断だったとも思う。あんな化物に春美が立ち向かったところで勝算は無いし、あの時の私は生死不明の状態だったのだから。寧ろ、よくぞ春美を連れて逃げてくれたと言えよう。よくやったアホ。グッジョブアホ。ナイスアホ。

……………………とは言えども。

「どうしたもんかなぁ。」

二人をこれから追うのは、恐らく不可能だろう。手掛かりも無いし、下手をすれば折角助かった命を無駄にしかねない。

「ふむ。」

窓の外を見ると、雪はいつの間にか止んでいた。これならばあの二人もある程度は大丈夫だろう。

懐からスマートフォンを取り出すと、中央に大きな穴が開けられている。先々月買い換えたばかりだったのに、なんてこったい。

「連絡が取れないように…………か。」

電波の届かない場所ならば、こんなことをする必要は無い。即ち、此処は電波の通じる場所なのだろう。素晴らしきかな電脳文明。二人が無事ならば、スマホを使って助けを求めることも可能かもしれない。

ならば、私はどうするか。考える必要はない。端から答えは一つだ。

「春美を守る。」

口に出して宣言し、思わず苦笑した。私、さっきから春美のことしか考えてない。

「けど、いいよね。」

今は独りだ。体裁を気にすることは無い。

…………そう、私は春美のことしか考えていない。それ以外はどうでもいい。自分の身でさえも。そう思って生きていたのだ、ずっとずっと。

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幼い頃は、それなりに自分の生い立ちにコンプレックスを感じていた。

日本有数の大企業の令嬢。有り余る金とコネ。両親からの愛情も、十二分に受けてきた。私ほど恵まれた環境で育てられた子供も、珍しいと思える程に。けれど、家の中でどんなに幸せでも、一歩外へ出るだけで世界は違った。

《金持ちだから》という理由だけで私を避け、憎み、疎む人達。石を投げ付ける人、囁かれる陰口。そして、擦り寄って来る人間は、欲に目が眩んだ者ばかり。私自身を見てくれる人は誰も居ない。けれど、こんなに恵まれているのだからと諦めて、もっと不幸な人もいるのだと飲み込んで、勝手に外面だけをどんどん完璧にしていった。

明るくて、外交的で、太っ腹で、優しい。いつの間にかそんな自分が出来上がっていて、それが何よりも嫌だった。本当の私は根暗で、内向的で、せせこましくて、狡いのに。ただでさえ疎まれて然るべき人間なのに、その上で皆を裏切りながら生きているのが、堪らなく嫌だった。

私を外から守る為に作った壁は、私を外から隔離するものに他ならなかった。気付いた時には、もう壊せなくなっていた。高く、強固で、それがある限り、私は永遠に誰とも心から笑うことは出来ない。そう思っていた。

全部、過去形の表現だ。彼女が現れたから。

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彼女との出逢いについて、敢えて私は思い出さないよう、意識しないようにしている。昔は昔、今は今だ。大切なのは、今、私は彼女の親友だということ。そして、どんなことが有ろうと、彼女は幸せにならねばならないということ。

「取り敢えずは、この館を探索しようかな。」

迎えに来てくれるという、望みも込めて。

うん、と力を込めて小さく頷く。あと、トイレを探さなくては。そろそろ膀胱が限界。

そして、私達の身に何が起こっているのか。あの雪女は一体何だったのか。それも調べる必要が有る。対抗策も。

「さて、行こうか。」

頭の隅を、遠い夏の日の記憶が過る。

下りていく遮断機。飛び込もうとする私。掴まれた手。その暖かさと、優しさ。

失わせる訳にはいかない。

千夏は静かに立ち上がり、ドアを開けた。

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トイレを見付け、無事用を済ませると(水は流れなかったが、この際甘んじるべきであろう)、真っ先にさっきまでいた暖炉の有る部屋へと向かった。

「冬弥、無事?」

恐る恐る部屋のドアを開けると、誰も居ない。彼も逃げたか捕まったかしたのだろう。考えても仕方が無い。そして、正直興味も無い。今は自分に出来ることをするのみだ。

「…………それにしても、見れば見るほど洋風の屋敷。」

雪女というより、雪の女王が住んでいそうである。本当に、これが噂話の屋敷なのだろうか。そもそも、雪女が住んでいる家なのに、どうして暖炉が有るのだろう。体が溶けてしまわないのだろうか。シャワーなど浴びようものなら、一緒に排水溝に流されてしまう気がするのだが。

というか、実は此処は只の空き家か何かで、さっきの雪女は…………いや、しかし、私達はまるで導かれるようにこの屋敷に来て、屋敷に着いて一時間と経たない内に、奴は私に襲い掛かってきた。偶然にしては、出来過ぎている。

「考えれば考える程謎だらけ。」

大きな溜め息を一つ吐き、千夏は何か使えそうな物が無いか、辺りを物色し始めた。

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厨房で見付けた刺身包丁、薪置き場に有った手斧とバール。古ぼけた箱に入れられたマッチ数本、少なくとも一階に有った使えそうな物は、それぐらいだった。

「次は二階か。」

切れ味の悪そうな包丁は捨て、利き手である右の手に手斧、もう片手にバールを握り、階段を上がる。

「それにしても、この家、本当に人の住んでた気配が無いなぁ。」

埃でまみれた階段は、一段一段登る度に黒々とした靴の跡が残った。

「何か良いもの、有るといいんだけど。」

呟いてみるも、勿論誰からも返事は無く、辺りには只コツコツと靴の音のみが響いていた。

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千夏は最終的に、一枚のドアの前に立った。

「残るは此処だけか。」

二階の一番奥の部屋、分厚くて重々しい扉達の中で、そのドアだけが妙に薄っぺらかった。けれど、同じように年月を経ている様子ではある。後から取り付けた訳ではなさそうだ。

「執務室か何かかな。」

ドアノブに手をかけて回そうとすると、回す途中で抵抗があった。鍵が掛かっている。

「この部屋だけ…………?」

他の部屋は軒並み開いていたのに、此処だけ施錠してある。明らかに怪しい。

…………これがゲーム等なら、きっと鍵を探す展開になるのだろう。然し、今、私の手には手斧とバールが有る。そして、鍵を探すのは正直めんどい。ならば、するべきことは一つだ。私は一旦バールを床に置き、手斧を両手を使って思い切り振りかぶった。

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破壊されたドアの向こう側を見て、私は絶句した。

天蓋付きベッドと、小さな机だけが置かれた部屋。その壁一面に、恐らく新聞のものらしい切り抜きや、走り書きのメモ、写真がびっしりと貼られていたのだ。

「何…………これ。」

古ぼけた物が殆どで、文字は掠れて日に焼けている。写真もそうだ。随分と昔の物らしい。

写真は壁から外し、辛うじて読めそうな切り抜きとメモからは単語を浚ってみる。

《温泉発見》《観光》《バス開通》《雪光財閥ホテル営業へ》

雪光…………今でも有名な製薬会社だ。財閥解体が行われたのは1945年。成る程、戦前の記事なのか。古い筈だ。

《一年と経たず雪光財閥ホテル閉業》《製薬業へ転身か》

どうやら観光事業には失敗したらしい。それにしても、どうして突然製薬業を始めようと思ったのか。

今度は古そうなメモを読む。

《***軍*命*****罌***薬**》《阿***》《**新種****青***粟ノ***》

所々滲んでしまっている。けれど、話が何やらきな臭くなって来たのは分かった。僅かに緊張しながら、次の切り抜きへと手を伸ばす。

《製薬会社に蔓延る汚染、社員が新たな麻薬製造か》《モルヒネの流出》《女性社員数名がモルモットに》《社員の **** さん(32)が未だ意識不明の昏睡状態》《引き裂かれた幸せ 新婚女性社員を襲った魔の手》《大手製薬会社の闇!昏睡状態の社員が消えた!!》

割かし最近の記事だ。それでも十数年前の物だが。…………確か、まだ未解決の事件だった筈。でも、どうしてこんな記事が有るのか。雪女と雪光製薬、何か関係しているのだろうか。

「もう手に負えなくなってきたかも…………ん?」

一枚だけやたら新しい切り抜きが有る。

《女児行方不明 誘拐か?》

「行方不明…………?」

今から丁度十年前の記事だ。

《八月十日未明、幸姉地方の別荘にて宿泊中だった 江夏 葵 ちゃん(4)が、行方不明となった。連れ去られた現場には何故か雪が残っており、警察は誘拐事件との見解を示し、捜索を…………》

「幸姉…………って、ユキアネだよね。此処、こんな字になるんだ。てっきり、降る雪の方かと思ってた。」

現場の雪。彼女ももしかして、雪女に拐われたのかも知れない。まだ見ぬ少女に僅かな親近感を感じながら、文字列をなぞる。江夏と千夏。名前まで似ている。

「さて、次は…………メモだ。あ、結構新しい。」

どうやら、最初に見たメモとは書いた人物も違うようだ。几帳面そうな細い文字。

《呪ってやる》《殺してやる》

最初からまた穏やかじゃない。

《子供も産めず死ぬ》《この身が果てても呪う》《殺す》《こんな身体になったのも、あいつらの所為だ》《子供が欲しい》《独りは寂しい》《お腹の子を返せ》《私の子を返せ》《返せ》

どうやら、書いた人物は妊婦だったらしい。死産か何かしたのだろう。

《山神様》《御告げが来た》《見付けた》

山神様?見付けた…………?一体何を

《私の子が帰ってきた》《葵》《幸せ》《また御告げが》《もっと》《もっと》

葵。先程の少女の名前だ。背中をいく筋も冷たい汗が滑り落ちる。

「これってどういう……………………」

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「起きたのね。」

後ろから突然、楽しげな女の声がした。振り向くと、忘れたくても忘れられないような美貌。

雪女が、立っていた。

「元気になって良かった…………。前回みたいに死んじゃったのかと心配していたの。ほら、帰りましょう。」

此方に伸ばされる手を、後ろに飛び退いてかわす。

前回?さっき抱き締められたときのことだろうか。なんだか言い回しが可笑しい気もするが…………。どちらにせよ、ピンチなことには変わりない。

…………バールは金属だ。冷気が伝わる。柄が木で出来ている斧の方が、まだ勝機が有るか。両手で柄を握り直し、手斧を構える。此処で、もし私が勝てば、もう春美達は安全だ。

クスクスと雪女が笑う。

「なぁに?反抗期かしら?」

足元に冷たい空気が溜まっていくのが分かった。肌が強烈な冷気でピリピリと痛む。目を開けるのが辛くなって、睫毛が凍るのが分かる。

…………手斧でも、勝機無いかも。

ふっ、と過った不安を打ち消すように、宣言してみせる。

「覚悟なさい、雪女。」

夏の日差しの下で掴まれた左手。凍り付く冷たい腕の中から助けて貰った右手。斧を掴む両手に力を込める。

雪女は相も変わらず微笑を浮かべている。女の私でも惚れ惚れするような完璧な笑い方だ。優美で、可愛げも有り、それでいて上品。蠱惑的にすら思える。

「あらあら。そんな呼び方しないで?雪女だなんて、他人行儀だわ。」

目元が細められ、口角が一気に上がる。雪女が満面の笑みを浮かべたのだ。

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「お母さん、でしょ?」

その笑顔はひたすらに優しげで、まるで聖母のようだった。

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りこさんへ
コメントありがとうございます。

お誉め頂き光栄です。軍という言葉に、なんだかグッと来てしまう紺野です。雪光製薬が本当に現代も国と繋がっているのか・・・暈しつつ、素朴な疑問を書いてみました。

女性像に関しましては、単に身の回りにおしとやかな女性が見事に居ないというだけです。あ、勿論このサイトにいらっしゃる皆さんは、皆、紳士淑女ですけれどもね。

お読み頂き有り難う御座いました。

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鏡水花さんへ
コメントありがとうございます。

有り難う御座います。なんとか時間内に書き上げることが出来ました。

お誉め頂き光栄です。遅筆なもので大して話を進めることは出来ませんでしたが、箸休めとでも思って頂ければ幸いです。

前にコメントで千夏ちゃん推しとお話しましたが、よもや此処まで千夏ちゃんまみれになるとは誰が予想したであろうか・・・。千夏ちゃんの命運と共に春美ちゃん達の存在感がピンチ。

それでは、読んで頂き有り難う御座いました。

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さえ♪さんへ
コメントありがとうございます。

有り難う御座います。皆様のお陰でなんとか完走することが出来ました。

固まりかけた世界観をまた転がしてしまった気もしますが、書きたいものを思いっきり書かせて頂きました。まだまだたくさん後の人も居ますし、大丈夫…………ですよね?

さて、役目も終わりましたし、僕も沿道に回ることにします。
「mamiすわぁぁーーーーん」(*´▽`*)ノシ

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にゃんさんへ
コメントありがとうございます。

お褒め頂き光栄です。日本有数のお嬢様という設定を活かそうとしてこうなりました。いや、どうしてこうなった。

さて、彼女の正体は・・・なんて、殆どバレている気もしますが、僕なりの伏線を張ってみました。悪役として終始徹するのか、それとも・・・?
彼女がこれからどう動くのか、とても楽しみでワクワクしています。

千夏がどうなるかは、後の皆さん次第ですね。戦うも良し、捕まるも良し、誰かが助けに来るも良し、です。

此方こそ、読んで頂き有り難う御座いました。

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さすがです!
つい、次走者と忘れて、物語に引き込まれていきました。面白かった‼
このまま、5番手も走り抜けていただきたい…

うーん…5番手で伏線を回収しない…というのはアリでしょうか…

さぁ‼自他とも認める、紺野さんも公認の【紺野さんのストーカーmami】
なんとか…ヘロヘロながらも繋がせていただきます!
行ってきます‼

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紺野さま♫
第4走者、お疲れ様でしたヽ(*゚∀゚*)ノ
本当…
『流石っっっ(・∀・)!!』
と、只々、感嘆の声が漏れてしまいました( *´艸`)

話に一気に重みが出始めましたねヽ(≧▽≦)ノ

人物像もスポットライトを浴びたかの如く、活き活きしています(*゚д゚*)

やはり、沢山ファンの方のいる紺野さまのリレー作品です(*^^*)

本当に面白かったぁ〜+゚。*(*´∀`*)*。゚+ 

続きが楽しみ♫

マミちゃーんପ(´‘▽‘`)ଓ♡⃛

待ってるよぅー⁽⁽٩(๑˃̶͈̀ ᗨ ˂̶͈́)۶⁾⁾

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紅茶ミルク番長さんへ
コメントありがとうございます。

こんばんは。せっかく素敵な表紙や写真を御用意して頂いたのにも関わらず、画面真っ黒で申し訳ございません。何故か表紙を変えるとデータが飛ぶんです。三回ほどチャレンジしてはみたのですが、駄目でした。申し訳御座いませんでした。時間が無くて録に顔も出すことが出来ず、失礼しました。

気に入った子が居ると、本当にその子ばかり贔屓してしまって・・・。しかも性格も大分固定してしまいましたし。嗚呼、性癖が!!バレる!!

勿体無い御言葉です。此方こそ、この度は僕のような若輩者をお誘いくださり、有り難う御座いました。
推薦してくださった皆さんにも、この場を借りて厚くお礼申し上げます。

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裂久夜さんへ
コメントありがとうございます。

妖怪は怖さを出すのが難しいですね。試行錯誤してはみたのですが、此れで良かったのか心底不安です。僕の投稿から一気に読者さん達が離れて行ったらと考えると怖くて仕方がありません。

三人の運命や如何に!!どんどん影の薄くなる主人公、春美の存在感や如何に!!
僕もとても楽しみです。

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紺野さん ごきげんよう!
お姿が見えず変な心配をしておりました、心配性の番長ですw

すごいすごい!引き込まれちゃいました!
まさか千夏にはそんな過去が…
なんてことでしょう!千夏はこんな立派な子だったなんて!
(↑キャラ生みの親とは思えない発言)

やはり読み手様から強い推薦があっただけあります!
お忙しい中お疲れ様でした!

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マガツヒさんへ
コメントありがとうございます。

有り難う御座います。グダグダとなってしまいましたが、なんとか走りきることが出来ました。これも一重に皆様のお陰と存じます。心よりお礼申し上げます。

千夏が抱いている感情に関しましては、もう後半の人に任せます。ライクでもラブでもお好きなように。
僕は単にリア充の発生を阻止したまでです。

前半で拗らせ過ぎた気もしますが、皆さんならきっと話を着地させることができると信じていますよ!
後半の皆様、応援しています!!マガツヒさんも頑張ってくださいね!!

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フレールさんへ
コメントありがとうございます。

話を纏めようとすればするほどなんだか偉いことになってしまって・・・。
後半の皆さんの力を信じることにします。

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