Mountain of Snow Woman 【リレー作品⑧】

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Mountain of Snow Woman 【リレー作品⑧】

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降り積もった深雪を踏んで、冬弥と葵は根の気配を追って神社を目指していた。

ー不意に、冬弥の後ろの足音が途絶える。

「葵?」

振り向きかけた冬弥の背中に、重みがかかる。

「…私では駄目なのでしょうか」

微かな涙声が聞こえた。

「私には分かりません。どうしてあの方じゃないといけないの?私を選べば、将来だって約束されるというのにどうして…!」

「葵」

冬弥の静かな声に、葵の興奮した気持ちは一気に宥められた。

「…そういうんじゃないんだ、君を選べないのは。」

「…。」

目を伏せた葵の表情から読み取れる事は何もなく、冬弥は再び前を向いて歩き始めた。

「…吹雪いてきたな。」

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ちらつく程度だった雪が勢いを増し、突き刺さるような冷たさが身体を襲う。

「これもお母さんの影響?」

葵は黙っていた。

急にどうしたんだ…。

冬弥が首を捻ったその時、何かに足を引っ掛けて彼は積もった雪の中に勢い良くダイブした。

幸い雪は柔らかく、怪我はない。しかし怪我どうこうの問題でないことを、彼はすぐに悟った。

「御姉様…!」

葵の震える声が、冬弥の耳に飛び込んできた。

「くそっ…。またか!」

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厄介な雪人形、葵の姉達が再び牙を剥いたのだ。

「何が何でも足止めを、という訳か…。」

心なしか彼女らの力は前回より強くなっているように感じた。

「いやぁ!」

葵が悲鳴を上げる。

彼女もまた姉達によって雪の中に引き込まれようとしていた。

「葵!」

冬弥は掴まれた足を捻って振り払い、葵の手を掴んだ。

「おい、あんたらは本当にそれでいいのか!?」

葵の華奢な手を強く握り締めたまま、冬弥は叫ぶ。

「このままじゃ同じ事がまた繰り返される。あんたらと同じ運命を辿る女が増えていくんだ!あんたらはそれを望んでいるのか!?」

その瞬間、葵の身体を押さえつけていた力がふっと緩んだ。

その勢いで冬弥は雪の中に倒れ込み、その上に覆い被さるようにして葵が倒れてきた。

「…。無事で良かった。」

「…はい。」

彼女は微かに頬を赤らめた。

二人の周りには、動きを止めた雪人形達が木偶のように立っている。

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突然、強い風が辺りを吹き抜けた。

視界が真っ白になる。思わず目を瞑った。

瞼の裏に、見知らぬ女の姿が映る。

一人ではない。複数人だ。

白い肌、黒い髪のコントラストがやけに目についた。

皆悲しげな眼差しをこちらに向けている。

その中から、一人の女が歩み出てきた。

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『この呪縛を…。断ち切れるものなら』

そう言って、深々と頭を下げた。

そのまま踵を返し、闇に消える。

「…!」

目を開くと、そこは元の吹雪の中。

雪人形も変わらず立っている。

夢でも見たのか、と思って葵を振り返るが、彼女もまた訳が分からないといった表情で立ち尽くしていた。

「どうして…。まだ私の花では…。」

「君も見たのか、あの女達を。」

葵は戸惑ったように頷いた。

「あれは御姉様…。私には分かります。」

「そうか…。」

ふと、頬を暖かい風が撫でる。

(この吹雪の中?)

冬弥が顔を上げると、周囲の雪人形達の様子がおかしいのに気付いた。

吹く風に身を溶かしていくかのように、姿が薄れてゆく。

「…あっ」

冬弥は息を呑んだ。

薄れた白い人形が、次々と人間の女の姿に変わっていったのだ。

「これは…。一体、」

「御姉様…。」

冬弥は葵に目を遣った。

彼女は泣いていた。

「分かる…。御姉様達の想いが私の中に流れ込んでくるよう…。」

「何?」

屈み込み、葵の顔を見据える。

「何が見える?葵、教えてくれ!」

葵は暫くきつく瞼を閉じていたが、やがてゆっくりと目を開いた。

その瞳には今まで見られなかったような光が宿っている。

「…『この呪縛を断ち切れるものなら、御願い致します。』」

「?葵…か?」

感じた違和感。冬弥が葵に尋ねるも、彼女はその質問には答えずに続けた。

「『運命を貴方に託します。これ以上同じ悲劇を繰り返さぬよう…。哀れな女を増やさぬよう…。』」

「お前は…。葵の言う『姉』か。」

葵…。いや、『姉』は頷いた。

「しかし、どうして前回は葵の言うことを聞かず邪魔をしたんだ?」

『姉』は済まなそうに頭を下げた。

「『そのときは雪女の力が強く、私達の自我が機能しておりませんでした。しかし現在は雪女が不安定なため、貴方の声が私達に届いた…。』」

「なるほど…。」

怪我の功名ってやつか。冬弥はにやりと笑った。

「『私達も、好きであんな事をしている訳ではありませんのよ。』」

「それは…。すまなかったな。」

頭を掻いた彼を見て、『姉』は微笑した。その顔は葵の顔とは全くの別物だった。

「分かったよ。あんたらの願いはしかと聞いた。やってやるさ。」

「『どうか御願い致します。』」

再び深々と礼をして、彼女は微笑んだ。

そして、ふらりと倒れかかる。

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「おっと…。」

その身体を支え、冬弥は葵の顔を見た。

まだ幼さの残るあの顔。元通りだ。

「葵?」

…どうやら眠ってしまっているようだ。

冬弥は彼女を背負い、短くため息をついた。

葵の案内がないと、道が分からない。かといって、彼女が起きるまで待っているという気長な事もできない。

「どうするかな…。…ん?」

視界に黒い物を見つけて、冬弥は目を擦った。

「これは…!」

丁度一本道のように、雪が溶けていた。

黒い地面が見えて、細い道を作っていたのだ。

脳裏を『姉』の微笑が過る。

「彼女らの仕業か…。」

ありがとうな、と心で呟き、冬弥は黒土の上に足を踏み出した。

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暫く歩くと、何やらピリピリと皮膚を焼くような気配を感じるようになった。

葵は未だ背中で眠っている。

神社が近いのか…。

冬弥は足を止めた。

黒土の一本道は、猛吹雪にも関わらず埋まってしまう様子を見せない。しゃがんで手を触れてみると、グローブの上からでも分かるような温かみがあった。

雪解けの後の春の温かさ。

終わらない冬はない、か…。

彼は再び歩き始めた。

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「ここか…。」

荘厳な社。吹雪の中にどっしりと構える様子は、ことの発端となった雪女の屋敷とは正反対である。

(考えてみりゃ、あそこで止めておきゃ良かったんだ。)

あのとき、おどけて執事の真似事をした自分を思い返す。

そんな自分を笑って見ていた千夏。

しかし後悔している暇はない。銀世界に映える朱色の鳥居をくぐり抜ける。

一本道はもうない。『姉』達の力がもう及ばないのか、それともここまでくればもう大丈夫という事なのか…。

なるべく後者であればいいが、と冬弥は思う。ここから迷うのは御免だ。

ぜえぜえと息をつきながら、歩みだけは止めずに進む。

ふと考える。千夏と出会った時の事。

これはいいカモが見つかった、そう思っていた。

金持ちなんて皆同じ、財力を鼻にかけたクズだ。俺のような人間に利用されてこそ、初めて価値があるというものだ。

そう、思っていた。

でも…。

でも、あいつは違った。千夏は違ったんだ。

お嬢様なんてことまるで気にせず、それどころかその肩書きを邪魔に思っているような素振りさえ見せていた。

『千夏は俺の道具に過ぎないんだ、単なる踏み台なんだ…!』

何度もそう思おうとしたのだ。

でも、できなかった。できなくなってしまったのだ。

「…俺は馬鹿だな」

どうやらクズだったのは俺の方だったらしい。

「本当…呆れる程の馬鹿だ。」

その時、背中で葵がもぞりと動いた。

「起きたのか?」

答えず、彼女は肩をぐいと掴んだ。その手は震えている。

「どうした?」

「雪女…!」

「え!?」

雪女ってのは…。

前方から異様な気配を感じた。

(まさか…。)

不吉な予感。

外れるように祈りながら、顔を上げる。

嫌な予感ほど、良く当たるものだ。

葵を下ろし、2、3歩歩み寄る。

「…千夏」

そこに立っていたのは、白装束を身に纏った千夏だった。

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しかしいつものような明るさはなく、鋭く冷たく、それこそ氷のような冷たさしか感じられない。

「遅かったのか…。」

冬弥は唇を噛んだ。

「いえ、まだです。」

葵は強い目でしっかりと千夏を見据え、言った。

「まだ雪月草の根は完全に芽吹いていません。あの状態なら何とか…!」

「…よし!」

冬弥は千夏の前に躍り出た。

「千夏!俺だ、冬弥だ!分かるか!?」

千夏は虚ろな目で冬弥を見た。

彼女はゆっくりと手を伸ばし、冬弥の胸に触れようとした。

「危ない!」

突然、葵が冬弥を突き飛ばす。

雪の上に倒れた冬弥、その頬すれすれを氷柱のような氷の刃が通る。

「完全ではないとはいえ、千夏様の中に雪月草の根があるのは確かです。お気をつけください。」

「分かっている…!」

分かっている、そんな事。

冬弥は千夏を見た。

「…笑ってやがる」

張り付いたような笑みを浮かべ、千夏は彼を見下ろしていた。

「と・う・や…。」

たどたどしく言って、不自然に首を傾ける。

何とかして千夏を正気に戻さないと。

「葵、何か分からないか?千夏を元に戻す方法。」

「え…。」

葵は口ごもってしまった。

俯いたまま何も言わない彼女の前に、冬弥は膝をついた。

「頼む!君もこんな事が続くのは嫌だろ?」

額を雪に埋めて、身体が冷えるのも気にせずに頭を下げる。

「この通りだ、彼女を助けたいんだよ…!」

「…分かりました。お話しします。」

決心したように、葵は口を開いた。

「本当か、どうすればいい?」

表情の明るくなった冬弥とは反対に、葵の表情は暗く沈んでいた。

「雪月草は、女の血を吸い上げて成長します。つまり、女の血は雪月草の源…。しかし、あの花には決定的な弱点があります。」

「それは?」

「…あの根は、芽吹く前に男一人分の血液を浴びせられると、腐り落ちてしまいます。」

「男の…。」

冬弥は頷いた。

頭の回転の速い彼には、自分のすべき事が何か分かっていた。

千夏の根はまだ芽吹いていない。

必要なのは、男一人分の血液…。

彼はにっこりと微笑んだ。

「ありがとう。葵。」

「…!」

踵を返して千夏に向かう冬弥の服の裾を、葵は思わず握り締めていた。

「…私は」

がくりと首を落とし、彼女は言った。

「私は貴方を心から…。心からお慕い申しておりました。」

始めは自分の身のためでした。

でも、自分でも分からないうちに、貴方に惹かれていたのです。

利害関係なしに、貴方と結ばれたいと思ったのですー

歯を食い縛り、零れそうな涙を堪えて話す葵の頭をぽんぽんと撫で、冬弥は微笑んだ。

「偶然だな。俺も昔、同じような気持ちになった事があるよ。」

葵には、その言葉の意味が分からなかった。

冬弥は力の緩んだ葵の手を優しく解き、再び千夏に近づいた。

彼女を助けるには、これしかない。

躊躇わずに、俺を…。

冬弥は千夏に向かって手を差し伸べた。

千夏は恐ろしいほどに美しい笑みを浮かべ、彼の胸に手を翳した。

その手に白い氷が集まっていく。

(これで終わってくれるんだな…。)

秋良、晴美と千夏を頼んだぞ。

いつもは皮肉を言ったり揚げ足を取ったりしてからかっていたが、本当は誰より頼りにしていたんだぜ?

「千夏…。」

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幸せに、なってくれ。

「いやぁぁぁ‼」

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雪山に、女の悲鳴が響き渡った。

「…?」

冬弥は閉じていた目を開いた。

目の前にいた千夏が頭を抱え、悶えている。

「っ、千夏!」

思わずその身体を抱き抱え、呼び掛ける。

「どうしたんだ千夏、おい!?」

「いやぁ…。」

冬弥の腕の中で、千夏は身を震わせていた。

「冬弥を殺すなんて…嫌ぁ…‼」

「千夏…!」

戻ってきたんだな、と、冬弥は千夏を抱き締めた。

しかし、千夏はその手を振り解く。

「駄目だよ、今の私は何するか分からないんだから…。」

「大丈夫だ。葵、千夏の中の根はまだ芽吹いていないんだろ?」

葵は頷いた。

「それならまだ間に合うんだ、ほら。」

冬弥は千夏の手を自分の胸に当てた。

「お前の中の雪月草の根は、芽吹いていない状態なら男一人の血で枯らせるんだ。」

「え、それって…。」

冬弥は頷いた。

「俺の血を使えばいい。秋良は今怪我をしていて、出血が酷いから足りないかもしれない。一番合理的な方法がこれなんだ、さあ…。」

その時、冬弥の頬に電流のような衝撃が走った。

思い切り頬を張られたのだと認識できたのは、暫く経ってからのことだった。

「馬鹿!アッキーも馬鹿だったけど、あんたも相当だったのね!」

ビンタの衝撃で頭がくらくらする。

「ど、どういうことですか…?」

すぐさまもう一発飛んできそうな気配に、思わず敬語になって尋ねる。

「あんた、自分に酔ってんじゃないわよ!『俺が犠牲になるから、お前は助かってくれ!』なんて、ドラマや小説じゃないんだからね?」

口を尖らせて怒る様子は、いつもの千夏だ。

不思議にほっとしたら、涙腺が緩んだ。

「ちょっと、何泣いてるの?痛かったの?」

「いや…。いつもの千夏だなって、思ってさ…。」

少しだけ気持ち良かったとは、死んでも言えないと冬弥は思う。

葵は、そんな彼を悲しげな眼差しで見つめていた。

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「影山さん、どうしてゆきめを放ったんです?まだ早いと申し上げた筈でしょう。」

銀縁眼鏡の縁を押し上げて、雪山にそぐわないダークスーツ姿の男は言った。

「俺の方がゆきめ様には詳しい。雪月草が根付くのは時間の問題だ。」

「そういう油断が破滅を招く。油断して人間ごときに負ける雪男なぞに、この計画の舵をとる権利はありません。」

「何だと…!」

唸り声を上げ、怒りに身を震わす影山を片手で制し、眼鏡の男は微笑した。

「何でも腕力で解決しようとするのが、あなたの悪い癖ですよ。」

「!」

素早く影山の背後に回り込み、手にしたボールペンで盆の窪を強く押し込む。

声も上げずに、しかし轟音を立てて崩れ落ちた影山の身体を、眼鏡の男は何の感情も表さずに上等な革靴の爪先で蹴った。

「…雪男か。名ばかりだな。」

「ううっ…!」

呻く影山の頭を掴み、ぐいと自分の方を向かせる。

「力の意味を履き違えるな、獣めが。」

黙って我々政府に従え。

吐き捨てるように言って、彼は社を出ていった。

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「冬弥さん、ちょっとよろしいですか?」

「ん?」

千夏に怪我がないか見ていた冬弥に、葵が声をかけた。

「手をこちらに。」

「?」

冬弥は首を捻りながら、葵の手と自分の手を重ねた。

瞬間、チクリとした痛みが指先に走る。

「痛みのあった指を千夏様の掌に。」

「こ、こうか?」

怪訝に思いながらも言われた通りにすると、ついと指先を引っ張られるような感触がした。

千夏も違和感を感じたようで、葵に尋ねる。

「これは何なの、えっと…。あなたは、」

「葵です。今、冬弥さんの血液が少し千夏様の体内に入りました。これで暫くは雪月草の成長を止められます。」

冬弥は安堵の溜息をついた。

「ありがとう、葵。」

「安心するのは早いです。あくまで一時的なものですから。」

早くお母様本体の元へ行かないと、と、葵は冬弥の手を引いた。

すると、一人になった千夏がよろけた。

「あ、千夏。大丈夫か?」

「うん…。ありがと。」

その様子を横目でちらりと見て、葵は妙に無愛想に言った。

「急がないと。のんびりしてはいられませんから。」

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吹雪の中、葵の案内で社に近づいていく三人。

ふと、葵が足を止めた。

「どうした、葵?」

「…誰かいます」

降りしきる雪の中、よくよく目を凝らすと、黒いスーツに身を包んだ人影が見えた。

人影はこちらにゆっくりと近付いてくると、ある程度の距離で歩みを止めた。

「御初にお目にかかります。」

白い雪と対照的な黒いスーツに、銀縁の眼鏡。紳士的な物腰の華奢な男は、一見脅威には見えない。

しかし、眼鏡の奥の眼は爛々として、まるで狡猾で貪欲な狼のようだった。

「…何者だ」

千夏を片手で庇いつつ、冬弥が尋ねる。

男は慇懃に礼をした。

「三神と申します。実は、ゆきめ様について色々とお話がありまして。」

三神と名乗る男は、頭を上げて微笑した。

その微笑みは、冬弥にうすら寒いような何とも言えない不気味さを感じさせるものだった。

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い、一味を小さじ一杯でお願いします!!

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よもつ先生!はやく!はやく下さい!全くのノープランですが、腹は括りまくっております!!ψ(`∇´)ψぎゃあ

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ロビン様、さあ、ラスボスだーれだゲーーーーム!v(≧∇≦)v イェェ~イ♪
できちゃいましたw
でも、ロビン様が泣きそうなので、もう少し猶予あげますw

激辛ソースは、ハバネロでよろしかったでゲスか?ψ(`∇´)ψ

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