Mountain of Snow Woman【リレー作品 外伝】

長編22
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Mountain of Snow Woman【リレー作品 外伝】

一羽の猛禽が黄金色に輝く太陽の下を横切っていった。

蒼穹の王者たる貫禄で飛ぶその雄姿。

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翼展長1メートルを超し、

背は灰黒色で腹は白地に細かい灰黒色の横斑、

12枚ある尾羽の内側に黒い帯が4本、

頭部を確認すれば一目瞭然、白い眉斑と黒い眼帯…

あれは日本に生息する鷹でも最も代表的な個体、オオタカだ。

雪に覆われた大地を睥睨する黄玉色の瞳。

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昼間に星座すら視認できる彼の目が、

銀世界の一角で舞い上がる白煙を捉える。

火災など物が燃焼して起こる煙ではない。

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地吹雪…いや、一番近いと思える自然現象は塵旋風か。

地表付近の大気に上昇気流が発生し、横風が加わるなどして、

渦巻状に回転しながら立ち上る突風の一種である。

つむじ風と呼ぶのが一般的であろうか。

土や砂、埃といった粉塵を激しく舞い上げることで

塵旋風の名が付けられた。

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対流混合層がよく発達した晴天で強風の日中に、

ある程度の広さを持った平地で起こりやすい。

雪上でも稀にだが、塵旋風の起こる事がある。

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オオタカは森の中から忽然と現れ、

次第に勢力を増しながら、

雪原を渡っていくそれを、高空より追っていた。

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あれは自然現象などではない。

この地へ入り込んだ人間を襲って喰らう魔物…

今まさに、渦巻き猛る凶風から必死で逃れようと走る、

5人の姿があった。

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「なんだ?森の方がおかしい」

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一列縦隊で雪原の只中を進む14人の集団があった。

全員ではないが、彼等が着込む防寒具の背中には

『ユキアネ消防団第一分団』と、黒地に白抜きの文字で記されている。

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昨日からスキーに出たまま戻らない男女四人を探しに、

地元消防団を中心に編成された捜索隊だ。

分団単位で半数が担当地区へ聞き込みを行い、

残りが町の外へ探しに出るように消防団本部から指示を受けている。

第一分団の町外捜索区域はスキー場の東側にある湿原だ。

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狩場湿原と呼ばれ、今は雪に埋もれているが、

春になればミズバショウやリュウキンカ等の野草が咲く美しい場所だ。

町名の由来となったユキアネ山の頂を左手に30分ほど進んだ時、

鳶口を杖代わりにして先頭を行く隊員が足を止める。

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「鳥がいないな」

「獣たちも…」

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後続する二人もまた異変に気がついた。

今日は朝から晴天で気温も平年より2度も高い。

こんな日であれば、澄み切った空を飛ぶ野鳥の姿を多く見られた筈だ。

食料を求めて雪の上を徘徊する兎やオコジョの姿も…

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「なにか燃えているのか?」

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ゴーグルを外し、北側に広がる森を見つめていた初老の男がつぶやいた。

ユキアネの麓に広がる森の中で、白煙が垂直に立ち上っている。

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「分隊長、あれ…なんだ?」

「火事…いや、動いているから山火事とは違うな…」

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みるみる太さと高度を増しながら木々の上を進み、

捜索隊のいる雪原に向かって移動している様だ。

分隊長と呼ばれた初老の男は、この地で過去に類似の現象があったか、

記憶を掘り起こす作業を始める。

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「風が渦を巻いているみたいだ。

 冬に出来るか知らんが…もしかして、つむじ風か?」

「似てると言えば、似てますが…」

「動画撮っておくか」

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隊員達はそれぞれスマートフォンを取り出して撮影を始める。

つむじ風程度なら大きな被害を出すことは少ないだろうが…

いやはや、危機感の無い連中だと分隊長は苦笑いする。

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「地面の方、舞い上がる雪が凄いな。

 ユキメの出る時は、必ず猛吹雪が起こるって祖母ちゃんが言ってた」

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去年、父親と代替わりして隊員となった若者が、

渦を巻く白煙にスマートフォンを向け、

隣で同じように撮影している仲間へ何気なく言った。

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ユキメとはこの地に古くから伝わる雪女の亜種的な妖怪の事である。

小泉八雲の怪談にある『雪女』と容姿や特徴で酷似する部分はあるが、

ユキメは多淫で残虐性に特化して語られていた。

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「祖父ちゃんが子供だった頃は、バックに巨大な竜巻付きで、

 吹雪の中から眷属を連れてスリラー踊りながら登場したらしい」

「マイコォ?」

「嘘だろそれ?」

「本当だって!祖父ちゃんは『ポゥ!』ってユキメが言うの

 確かに聞いたって!」

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分隊長はその言葉にすとんと腑に落ちた気がした。

自分が子供の頃、吹雪の中に家を出て消息を絶った青年がいて、

町中総出で捜索が行われたが見つからず、

三日経った町の外れにある雪原で半分喰われかけた死体が発見され、

ユキメの仕業に違いないと、大人の間で噂となった。

それを聞きつけた彼が祖父母に訊ねると、

お前も気を付けるんだよと、初めてその存在知らされた。

子供相手だからかなり婉曲な内容で教えてもらったのだが…

それでも、幼かった分隊長はユキメの話を知らされた晩、

祖父母の部屋で共に寝た。

立つことすら儘ならぬ猛吹雪の中、ユキメは男を家の外へ誘い出し、

誘惑して交合を迫り、精を吸い尽くした後、

冷たい息を吹きかけて凍死させた…

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雪女…冬に白装束を纏い現れる女性型をした雪の妖怪と類似する存在。

東北や北陸、中部、関東と日本各地に伝承があり、

雪娘、雪女子、ユキオナゴ、雪女郎、ユキアネサ等の呼び名がある。

雪女伝説の起源は古く、

室町時代の越後国(現:新潟県)で目撃談が記録されていた。

雪女の正体については地方によって様々で、山姥、歳神の一種、

山の神が季節で纏う一形態、山神の使い、月世界より降りた天女、

妊婦が死んで成るという妖怪産女…等がある。

小泉八雲が書いた『怪談』の雪女が有名になり、

現代に巷間で語られる雪女伝承の基本形と勘違いされるが、

あの話も東京都青梅市に伝わるバリエーションのひとつに過ぎない。

ユキメの伝説もまた、八雲版と同じ東日本の系譜に連なる訳だが、

どう男と交わったのか、精を吸い尽くされた男の末路が事細かに記され、

国内で語られる雪女伝説の中でも多淫性と殺戮性は特筆するものがあった。

ユキメの起源も他の雪女と同じく、

雪の中で死んだ女達の無念が妖怪へ変じたと言われるが、

雪と氷を司る季節神の眷属、または中国で信仰される道教の花神の一柱が

ユキメになったとも同時に伝えられている。

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「ユキメは己の秘密を漏らす者、侮り嘲笑う者を、

 絶対に許さないと聞いたぞ。あの風の渦がそうだったらどうする?」

「分隊長、所詮は昔話じゃないですか?」

 今日は気温が高いから、平地に上昇気流ができただけっすよ」

「この町で凍死者や変死者が出たなんて今まで聞いたことないし」

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分隊長が中学へあがるまでに幾人も道端で転がる死体が見つかった。

死んだのは全て男で、その度にユキメによって殺されたと噂が立った。

登校途中に偶然、死体を見つけたこともある。

満ち足りた笑みをデスマスクに刻みつけた、

半ば雪を被り、腸をはみ出し転がる隣に住む高校生を…

以来、ユキメに対する恐怖が分隊長の魂に植え付けられた。

奇しくも彼の死を最後に、地元住民から凍死者や行方不明者は絶たれ、

原因も結末も有耶無耶になったまま…

ユキメの話題がのぼることも無く三十年が過ぎた。

そして、若い世代ではおとぎ話か昔話の類と思い込み、

笑い話のネタとされるまでになっていた。

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「お、つむじ風の前に人がいるぞ?

 行方不明になってたとかいう大学生の4人か!?」

「なんか、5人いるな」

「一人はなんか…着物だぞ?」

「ユキメか?ユキメだったらムーンウォークやってもらおう」

「冗談は抜きでどうする、一応…確かめてみるか?」

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白く雪を舞い上げる突風から逃れようとしているらしく、

こちらへ向かってくる5人の姿が分隊長の位置からも見えた。

一人が和服であることが気になったが確認しなければ始まらない。

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「そうだな、俺と列の前から5人ついてきてくれ。

 残りは毛布を出したり、担架の用意を頼む」

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雪で覆われているが、ここは車輛を入れることのできない湿地帯だ。

分隊長が指示を飛ばすと、隊員達から弛みが一掃され緊張が漲る。

日頃から統制の取れている消防団員で捜索隊が編成されている故、

目的さえ定まれば動きは早い。

残留している隊員は分隊長に次ぐ年長者が指揮を引き継ぐ。

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「ふっふっふ、彼等の許へ行くなら私達に任せてくれたまえ!!」

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能天気な声を耳にして、何事かと振り返った分隊長の前に凄いのがいた。

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『休め』の姿勢で微動だにしない屈強で精悍な男三人を後背に従え…

殊更に胸を強調する某有名レストランの制服と、

今時の女子高生が着るブレザーの制服を足して2で割り、

大日本帝国の高級軍人みたいにモールや肩章で飾り付けた、

狂気の沙汰としか思えない衣装を着て得意気に…

立ちポーズを決めてる女がいた。

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風にはためき、太腿の付け根まで見えるほど短いプリーツスカート、

レースがあしらわれた編み上げのニーハイブーツ…

怖ろしいほど長く細く見事な脚線…

レイヤーの入ったブラウンのショートボブの下には

幼さの残る、目が大きく…猫に似た相貌。

年齢は十代半ばから後半あたりだろうか…かなりの美少女だ。

手にはオリーブ色した折りたたみ式のスコップを持っている。

分隊長は呆気にとられ、二の句も告げられず立ち尽くす。

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「誰だ貴様は!?

 もしくは…ま、まさかお前…本当に生きていたのか!?と、

 言ってくれるとすっごく嬉しいよ?」

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「いや、山のエキスパートを自称して捜索隊に志願した

 ユキアネグランドホテルに宿泊してる方でしたよね?」

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ツッコミどころ満載などと…生易しいものではない…

対峙しているだけで分隊長は恥ずかしくなった。

SAN値がみるみる下がっていく。

今すぐ家に帰って熱燗でも呑んで寝て、全てを忘れたいくらいだ。

冷たい汗が背を伝い、てのひらには変な汗までかいている。

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「………言って………」

「………………………」

ごり押ししてきた。

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懐柔するつもりか…見せつける様に

強調する割に、そんな大きくもない胸を左右に振っている。

無理だ、俺にはできん…

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「………………………」

「………………………」

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「………………………」

「………………………」

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「……おねしゃす……」

「…………………(汗)」

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分隊長に向かって女は直角に身体を折って頭を下げ、

さらに両手を合わせて懇願してきた。

これが清水の舞台から飛び降りる…

降りなくてはならない心境かと実感し…

そして、仕方なく彼は彼女に合わせてやることにした。

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「だ、誰だ貴様は!?」

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口にした途端、分隊長は赤面して訳の分からぬ屈辱感に見舞われた。

死にたい…こいつ殺して今の無かったことにして今すぐ死にたい…

それと対極的に、グランドホテルの宿泊客は

満面の笑みを貼りつけ、勢いよくスコップを振り回す。

見事なコンタクトマテリアル…

バトンを手や指でくるくると回すあれを、自慢気にやってみせてから、

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「私の名前はユミナ!

 魔法のジェージーエスディーエフパブリックインテリジェンスセンター

 略して『●っくんランド』から県知事の出動要請無しにやってきた、

 階級は二等陸尉の魔法少女ユミナだよ♪」

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媚をたっぷり含んだ甘い声で名乗りを上げた。

ステップを踏み、エーリアル…スコップを回転つけて宙高くに放つ。

ターンが入ると、スカートと生太腿とニーハイの黄金比率が乱れ、

捜索隊員達から野太いどよめきがあがった。

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「は、穿いてない!?」

「穿いてな…いだと?」

「ハイテナイ!?」

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翻るスカートの中を探しても聖なる三角形を確認する事ができない…

下腹部に集まる男共の視線を意識しながらも、にっこりと微笑むユミナ。

胸を張り、背中へまわした左手に、

回転しながら落ちてきたスコップがすとんと収まる。

人間…特に男はおかしなもので、

絶対領域と呼ばれるスカート、太腿、ニーハイの比率が

正しく守られ、且つ安定を示している時、

その内側に逆三角形をした聖偉物は必ず存在すると信じている。

しかし、その安定が一度失われ、僅かでも内部を垣間見た途端、

不安を覚え、今まであると信じていた存在の有無について、

疑問を覚えてしまうのだ。

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「あんた…寒くないのか?」

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全員の期待が篭った迂遠なツッコみだ。

当たり障りの無い質問をするならそれが限界だろう。

質問者は分隊長だから額面通りの質問かもしれんが…

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「寒いに決まってるよぉ!でも、我慢なのです!

 腰と背中と足に魔法の使い捨てカイロ貼ってるし、

 靴底には七味唐辛子を入れてるし!」

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「ドサ回りの微妙な立ち位置にいるアイドルじゃないんだから、

 無理するなよ、さっきまで着てた外套を羽織れ。

 見てるこっちまで寒くなる」

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「くしゅん!大丈夫です。これが支給された私の制服なので…

 国民の血税で贖われた…大事な官給…品…

 オールシーズンこれで通してますから気にしないで…っくしゅん!」

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彼女の背後に並ぶ三人は相変わらず『休め』の姿勢のまま動かない。

服の上からでもわかる屈強で危険な肉体の持ち主であることを。

忠実な部下…歴戦を主と共に潜り抜けてきた猟犬の様に従っている。

こいつらもアレかもしれない。国内最大の武力をもつ…アレ…

分隊長は潔く三人を無視することに決めた。

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「それから、後ろの三人は私の部下です。

 本作戦にあたり、札幌の冬戦教(冬季戦技教育隊)から引き抜きました。

 川越二曹は魔法の医官で、

 久喜と大宮は魔法の挌闘徽章と、魔法のスキー徽章を持ち、

 雪中戦と山岳戦を得意とする魔法使いです」

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「………………………」

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決めたそばから説明されてしまった。

三人とも冬季迷彩の施された防寒帽と防寒外套、防寒長靴を身に着け、

大きな背嚢を担ぎ…今になって気がついたが…

長大なライフルケースが背嚢の脇に取り付けられていた。

一人など背嚢の下に1mを超す、黒くて太い鋼の筒がぶら下がっている。

たぶん、あれは気にしたら駄目なやつだ。

玩具か何かと決めつけて絶対に触れてはいけない部分だ。

そこには絶対にツッコんではなるまいと分隊長は心に誓った。

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「久喜、大宮」

『イエス、マム!』

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「対抗部隊が現れ、処理が必要となる可能性が高い。

 説得するに適正な装備の準備をしておけ」

『イエス、マム!』

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二人はきびきびとした動作で背嚢を下ろし、ロールマットを雪の上に敷くと、

ライフルケースの中から黒光りする禍々しい形状をした二種類の…

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「鉄砲!?」

「違います。魔法の64式7.62mm小銃と、

 魔法の62式7.62mm機関銃です」

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迂闊な彼の叫びを否定し、

久喜は自●隊が近年まで採用していた銃器を赤子を扱うように取り出す。

これで自分の人生は詰んだ…と、分隊長は理解した。

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魔法の64式7.62mm小銃は、

1964年に自●隊と海上●安庁で制式採用された戦後初の国産小銃である。

米軍のM1ガーランド、M1カービン、M14等を参考にして設計された。

二脚を標準装備し、作動方式はガス圧利用ショートストロークピストン式、

使用弾薬は7.62mm×51弾で装弾数は20発。

開発には色々とすったもんだがあったが、とても良い銃である。

時代の流れで主役の座を89式5.56mm小銃に譲ったが悪い子ではない。

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魔法の62式7.62mm機関銃は

戦後、日本で初めて開発された軍用機関銃である。

64式7.62mm小銃と共通の7.62mm弱装弾を使用する汎用機関銃で、

作動方式はガス圧利用式、弾はベルト給弾…

三脚架に搭載した姿はとても美しいのだが、重い、整備性が悪い、自然撃発する、

暴発したまま弾切れになるまで連射が止まらない、何もしてないのに部品が落ちる、

連射は当たらない、連射はしない等の素敵な特性を持ち、

隊員達からは『言うこと聞かん銃』『無い方がマシンガン』『単発機関銃』…

『キング・オブ・バカ銃』と散々な言われようだったりする。

ちなみに欠点が見直された74式車載7.62mm機関銃は良い子である。

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さらに大宮は背嚢の下部に吊り下げてあった

全長1メートルほどのごてごてと色々なものが付いた鋼鉄の円筒と、

円形をした底板、三脚を外して組み立てに掛かる。

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あれも銃火器なのだろうか…

先の小銃や機関銃よりもかなり禍々しい形状をしている。

分隊長はとても気になったが追及はしないことにした。

捜索隊の男達も、ロールマット上に置かれた…

自●隊の銃火器らしきものを努めて見ないようにしている。

ユミナの脚の付け根へロックオンし続けるのも憚られた。

自然とこちらへ向かってくる、

要救助者かもしれない対象へ目が行くことになる。

そして、隊員達から驚愕の悲鳴があがった。

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「増えてる!?」

「なんで…6、7,8,9,10…まだまだ増えるぞ!?」

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自称魔法少女ユミナと分隊長がそちらへ目をやれば、

かなり近づいた5人の後を身の丈2m以上ありそうな人型…

真っ白い巨人が追いかけてきている。

激しく雪を巻き上げる風の渦も健在だ。

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「50くらいはいそうね。久喜と大宮はそのまま準備を続けて。

 川越二曹は魔法の本部へ状況が開始されたと報告。

 私が一人で先陣を切る。

 装備が整い次第、対抗部隊に向かって斉射開始」

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童顔に凄惨な笑みを湛え、舌なめずりをひとつ。

スコップを三国志に登場する豪傑みたいに肩へ担ぐ魔法少女。

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「ROE(交戦規定)は!?」

「サーチアンドデストロイ(見敵必殺)、使用武器は無制限」

「イエス、マム!」

「アイアイマム!」

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上官を一瞥すらせず、銃の組み上げ作業に徹する二人。

最初からこうなる予定だったという感じで捜索隊の動揺を置いて、

状況は進んでいく。

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「ぶ、武器使用!?武力行使は法律で…憲法で…」

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「私達がやってきた魔法の国では魔法の憲法九条が改められ、

 魔法の自●隊法は見直され、自●隊という存在は完全に合法です。

 国の内外での部隊運用と交戦規定が整備され、

 敵性勢力に対して容易に見敵必殺が可能となりました。

 密告が奨励され、徴兵制も復活しました。

 魔法の大政翼賛会が我が国唯一の政党です。

 因って国内で治安維持目的の武力行使は合法であります」

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何を今更と言った風に自称魔法少女は答えた。

彼女がやってきた魔法の国とはかなりアレな様である。

その時、目の前の雪が不自然に盛り上がった。

仰向けで寝ていた人間が突然、起き上がってきたが如く。

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「ここは昔からユキメの狩猟場…

 いきなり湧き出しても不思議はないか」

「え…」

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目も鼻も口も耳も無い。

ただ白く…人の形のみを模した雪の巨人。

分隊長は思い出した。祖父母から聞いた話を…

狩場湿原…地元住民が姿を消すと昔から死体が発見された。

雪原を死体を担いで歩く白い巨人…

無残にも肉や内臓が喰われ、

ユキメの眷属である山犬やオオカミの仕業と噂され…

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「ちなみに本作戦で民間人の損耗は

 町の人口に対して3%まで許されております。

 要救助者の確認については私達が行います。

 捜索隊の皆さんは規律と節度を持って直ちに、

 当該区域からの離脱を要請します。」

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「全員…こ、こここここから逃げろ!

 今すぐ、こいつらから少しでも離れるんだ!!」

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ユミナの話を聞いた捜索隊一同の顔が雪よりも白くなった。

64式小銃を構えて立ち上がる久喜。

ロールマットの上で大宮が62式機関銃を伏射の姿勢で構える。

双眼鏡を首に下げた川越二曹が隣で給弾手を務める。

その後ろでは雪を取り除かれた地面に、

組み立てられた64式81mm迫撃砲が鎮座している。

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「言い忘れましたが、分隊長さんはここに残ってください。

 要救助者の首実検がありますので…あ、行っちゃった」

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まるで蜘蛛の子を散らすように…

散りぢりになって逃げ出す捜索隊を見て苦笑いする魔法少女。

その傍らで頭部から腰までスコップで縦に裂かれた白き巨人が、

元の雪に還ろうとしていた。

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「バラバラに逃げたら各個に襲われて腎虚に陥るまで搾り取られて、

 最後は眷属達にもぐもぐされちゃうんだけどな…

 まあ、私達もユキメを誘い出す生餌にするつもりだったけど」

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「二尉、いつあそこへ移動したんだか…

 相変わらず凄い挌闘挙動ですね」

 

「間合いを詰める動きを目で捉えることが出来なかった…

 まるで本物の魔法少女みたいだ」

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スコップに血振りをくれて左肩へ担ぎ直すユミナを、

称賛と尊敬の眼差しで上官を見つめる川越と大宮。

激しい羽音をあげて一羽の猛禽が魔法少女の肩へ降り立った。

壮年期を迎えた見事なオオタカだった。

目を細め、頭を主人の頬に擦りつけ、甘えた声で鳴く。

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「ピーちゃん、上空からの視察任務ご苦労様、ありがとね♪」

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魔法少女はベルトに留められたプラスチック製の餌?(えふご)から、

赤…薄いピンクに近い肉片を取り出してオオタカの口へ持っていく。

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「はい、枝単価kg当たり5000円の佐賀牛サーロイン部だよ♪」 

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猛烈な勢いで肉を食むオオタカの胸を指で撫でてやりながら、

魔法少女は接近してくる5人と数を増していく雪の巨人を睨みつける。

5人は表情まで判別できる距離に迫っていた。

紅葉秋良、雪森冬弥、海野千夏、桜田春美…最後は雪光葵か…

魔法少女は事前に渡された情報の確かさに口笛を吹きたくなる。

大学生4人それぞれの個人情報、彼等とその周辺のソシオグラム…

事細かく記されてあった。

雪光葵についても…

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「さすが陸幕、短時間でこれほど正確な情報を集められると…

 いや、他にも協力者がいるからそちらからの提供かな?」

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人を不死に導く可能性を秘めた雪月草を独占する雪光製薬を妬む勢力は…

扱われるのが誰もが望む不死だけにその数は多い。

厚労省との蜜月は最近になっての事だ。

雪光製薬が布いた情報統制が強固であった為、

今まで雪月草の存在…名前すら知ることが出来なかったのだ。

不死者に選ばれる人間は少ない方が良い。

知るのは戦後の日本を築き、いまだ隠然たる力を持つ者の系譜…

現厚生労働大臣もその一族だ。

次官を含む高級官僚も全てその係累。

対するはライバル企業と、不死計画への参加を認められなかった者達。

おこぼれがあまりに少ない事で落胆した現政権と

どうしても雪月草の情報開示が欲しいところの防衛省…

これは古き支配者と現支配者の戦いでもあった。

利権の再分配とパワーバランスの再構築…

事業拡大と政府とのさらなる癒着を狙っていた海野千夏の父は、

社の命運を賭けて娘を売った。

ユキアネへの旅行を促し、敵の内部へ送り込む人身御供として。

彼女の荷物や衣類、体内には盗聴器にカメラ、発信機、

体温計や血圧計等の計測器、各種センサーやビーコンが、

本人に気づかれないように仕込まれている。

軍事産業と医薬品メーカーからは資金と技術が提供された。

政治家達は作戦に支障をきたさないよう様々な方面に根回しを行った。

防衛相は秘匿し続けていた精鋭中の精鋭と

陸海空の協力体制の下で支援部隊を当該管区へ派遣…

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「強力なEMP(電磁パルス)嵐下でも通信機無しに兵がデータリンクを行い、

 経験値を共有して新兵を老練の兵士と同じ戦闘力まで底上げする、

 常に強化され更新され続け永遠に戦い続ける不死の兵士で

 構成された無敵の軍隊を創設する…その可能性を秘めた雪月草…」

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くすっと魔法少女は笑い…スコップを肩に担いだまま、

ピンヒールのニーハイブーツでぬかるむ大地を蹴り、単身で駆け出した。

食事を終えたオオタカは再び大空へ舞い上がる。

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「ばかばかしい、不死の軍隊なんてのにされたらたまらないな。

 殺したり殺されたりするから戦いって楽しいのに…」

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走るその先に紅葉秋良の姿があった。

助けに来てくれたと思ったのだろう、安堵の表情を見せている。

さらに両者の間合いが狭まった。

魔法少女は両手でスコップを振り上げたかと思うと、

傾いた太陽の光を、ぎらりと不気味に跳ね返す凶刃…

正面から大きく踏み込む魔法少女…

笑みを湛えたまま…秋良は左の肩口から股間まで一気に断たれる。

恐るべきスコップによる斬撃で、身体を真っ二つに切断されてしまった。

ユミナの動きはそこで止まらず、

返す刀…跳ね上がったスコップの刃が雪森冬弥の首を切り飛ばす。

冬弥の身体を盾にして海野千夏の背後へ回り込み、

スコップを延髄に向けて突き込む。

皮一枚を残して千夏の首が落ち、自らの両手が受け止めた。

魔法少女はさらに隣の桜田春美へ襲いかかる。

千夏の異変に気がつき、足を止めた春美。

その顔面を目掛けて磨き抜かれたスコップの刃先が突き刺さった。

眼球が破裂し、頭蓋は砕かれ、潰された脳が周囲へ飛び散る。

昨日より行方不明となっていた大学生四人は即死…

雪積る地に彼等の死体が転がった。

突然の凶事に脳が混乱を極めているのか呆然と立ち尽くす少女。

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「雪光葵ちゃん…だったっけ、不死者ならラッキーだよ?

 今から、お願いですからもう殺してくださいと、

 神様仏様に嘆願したくなる程の目に遭わせてあげるから♪」

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雪の巨人達は久喜と大宮の間断ない射撃によって半数が破壊されている。

残りはユミナと葵のいる方へ移動中だ。

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「お母さん!お母さん助けて!!」

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空に聳える風の渦に向かって助けを求める葵。

大学生四人の死体を踏みつけスコップ片手にユミナは彼女へ迫る。

満面に湛えた笑みが葵に何をしても無駄だと悟らせた。

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「あれがお母さんね、

 厚労省や雪光製薬に唆されたとは云え、ユキメは人を殺し過ぎだよ。

 溜まったツケを支払う時が来たと思ってね」

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上空から不吉な風切り音が聞こえた。

渦巻く風の柱が、落下してくる黒い塊によって

二つに裂かれたと思った瞬間、

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「弾着っ――――――――――――サン、ニィ、ヒト-、今!!」

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ユミナの遥か後方から号令が掛かり、

轟音と地響き…土煙が高々と吹き上がった。

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「お、お母さん!?」

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「初弾命中!お見事だね♪

 気に入ったから、家に来てお兄ちゃんとフ●ックして良し!

 葵ちゃん、私の部下がいる場所分かるかな?

 黒い筒が見えた?

 あれが64式81mm迫撃砲で、

 あの風の柱…お母さんを榴弾の爆発で吹き飛ばしたの♪」

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言いながらユミナは葵の腹部にスコップを突き刺した。

JIS規格で言うさじ部が背中まで貫通している。

白目を剥き、何かを言いたそうに口を動かしているが、

漏れてくるのは…か細い笛のような呼吸音のみ…

両手でスコップの柄を掴んで引き抜こうとするが、

あまりにも深く刺さり過ぎている。

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「あなた達5人は別の場所でも私の同僚によって確認されているの。

 捜索隊を誘い込む罠としてその姿をとったのかも知れないけど、

 人間を馬鹿にしすぎ。

 それから、昼に星座を視認するピーちゃんの目はごまかせないよ♪」

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あのオオタカは上空からずっとこの地を監視していた。

主人の敵がどこから現れ、どこへ向かい…如何なる存在なのかを。

ユミナが踏みつぶしてきた4人の死体がぐずぐずに砕け、

衣類を除いて雪に姿が戻りつつある。

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「ス、スススコップ…スコ…ップ…」

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「ああ、これ?

 魔法の自●隊では携帯エンピと呼ぶんだよ♪

 まぁ、スコップでいいけど…

 銃砲の攻撃から兵が身を守る為に地面に穴や溝…塹壕を掘ったの。

 古くは西暦600年くらいからあるのだけれど、

 第一次世界大戦辺りから銃砲の発達によって塹壕の需要が高まったわけ。

 地上に出ると狙撃や重砲の攻撃を受けるから、

 自然と兵達は塹壕を迷路の様に掘り進みながら、

 お互いの陣地へ迫るようになったんだけど、

 途中でそれがかち合っちゃった。

 それで塹壕戦なんてのが生まれるんだけど…って、聞いてる?

 流れ弾が怖くて銃や手榴弾は使いづらい、

 間合いの短いナイフや挌闘戦では埒が明かないし…で、

 銃剣が使われるんだけど、刃が折れちゃう。

 そこで塹壕を掘る時に使っていたスコップを戦闘に使う兵が現れたの。

 間合いはナイフや徒手空拳より長く、銃剣やナイフより丈夫で壊れづらく、

 銃のように弾切れがない所が気に入られてね♪

 ベテランになるとスコップの刃先を研いでいる人もいたとか。

 私のは特注で長船派の流れを組む刀鍛冶に打ってもらってるんだけど、

 すぐ錆が浮いたりと手入れが大変でね…あ、逃げたね葵ちゃん。」

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葵は藻掻きながら形を崩してぼろぼろの雪塊となり地に落ちた。

砕ける前、彼女の目から大粒の涙が幾筋も頬に流れるのをユミナは見た。

雪の巨人達も久喜と大宮の射撃によって全て掃討されてしまっている。

捜索隊の面々は上手く逃げ切れたのだろうか。

雪原に立っているのはユミナとその部下だけだ。

上空に舞うオオタカは飛び方で、

主の脅威となる存在が、眼下にいないことを知らせてくれている。

ユミナはスコップを左肩に担ぎなおして部下達の許へ向かう。

すると、彼女の上着にあるポケットがブルブルと震え出した。

小さく叫び声をあげた後、

ユミナは慌ててそこから携帯電話を取り出して耳にあてる。

相手は彼女の高校からの友人だった。

特殊任務中に一般回線を使用するのはご法度だ。

しかし今、ユミナへかかってきているのは、

此処からでは見えない空を飛ぶ魔法のEC-1が特別に中継してくれている。

口元を右手で抑える彼女の目が潤んでいた。

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「さ、さーちゃん…ユズキだよ♪

 今ね、すっごく…さーちゃんの声が聞きたかった。

 う、うん…チョコ届いたよ、浜松経由で来たからびっくりしたよ♪

 毎年ありがとうね、本当に美味しかった♪

 ほえ?いつもと声ちがうかな…大丈夫だよ♪

 無理してないけど…うん、ちょっとね。

 あ、ちょっと待ってて!」

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ユミナは携帯を耳から外して高々と掲げ、

大空を飛ぶオオタカに向かって呼びかけた。

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「ピーちゃん、ママから電話が入ってるよ♪

 ちゃんと私の言うこと聞いて良い子にしてるって教えてあげるね!!」

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彼女の言っている意味が分かるのか…

地上へ向かってかけられる声には、飼い主ではなく本当の母親に対して

甘えるような嬉しそうな感情が込められている気がした。

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「ピーちゃんの声が聞こえたかな?すごいお利口で助かっているよ♪

 うん、あと二週間くらいで帰れると思う。

 そしたら、さーちゃんの作ったご飯が食べたいな。

 お泊りして…お風呂一緒に入って…一緒のお布団で…

 えへへ、うん…

 じゃあ、これからちょっと連絡つかない所でお仕事になるから…

 はーい、じゃ…さーちゃん大好き♪

 じゃ……」

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携帯をポケットへ戻し、服の袖で涙を拭って表情を作り直すと、

ユミナはスコップを高く空に掲げて部下達に労いの声をかけた。

久喜が周囲を警戒する間に、

大宮は背嚢から取り出したバラ弾をマガジンへ装填している。

川越二曹の手にH&K社製の4.6mm短機関銃が握られていた。

近接戦が行われたのだろうか…

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「捜索隊は搦め手のSフィールドから現れた、

 雪の山犬ないしオオカミの群れに襲われて全員が死亡した模様です」

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ユミナがひとつ頷き、10分後に移動を再開すると部下達に告げる。

飲食の許可も忘れず出しておく。

状況が開始されてからの食事は行軍しながらになる。

カロリーの高いスティックタイプの携行食が定番メニューだ。

久喜が周囲警戒を務める間に、ユミナは衣類を全て脱ぎ捨て、

タオルで濡れた身体を拭いた後に新しい衣装へ着替えた。

恥じらいも見せず淡々と事務的に。

その上から冬季迷彩が施された防寒外套と防寒帽を身に着けた。

彼女は戦闘時にのみ、魔法少女のコスチュームを纏う仕様らしい。

ユミナの裸体に興味を示す部下はひとりもいない。

時間は限られている。

己の役割をこなしながら栄養補給を図る。

全員分かっていた。

これはただの前哨戦に過ぎないのだと。

ユキメのオリジナルと言われる存在と未だ遭遇していないし、

出向で来ている厚労省の技官が雇ったとされる非合法の武力集団も、

味方が張った警戒網に掛かっていない。

戦いは時間が過ぎていくと共に激しさを増していくことだろう。

十分後、彼等は再び雪原を歩き出した。

任務遂行の為に。

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(おわり)

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お疲れ様でした。
かなぁりマニアックで、…(笑)