長編8
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ベチャッ

sound:28

「ボッ」

という音を立ててライターが小さなさ火を吐き出す。

ほんの少し、ゆらゆらと揺れるその火をくわえた煙草に近づけ、煙草の先に火を灯す。

「さすがに三、四時間も一人で車を運転していると疲れるな」

誰に聞かせるわけでもないひとり言を漏らす。

疲労と記念写真が残るだけの、予定をぎゅうぎゅうに詰めた旅行は好きではない。

特に予定もさだめず、適当に行き先を決めてぶらぶら歩いている方が自分の性にあっているのだろう。

自分の手元にあるのは、自分が手元に残しておきたいと思った風景の写真だけで、心と体は充足感と心地よい疲労で満たされている。

今回も良い旅行だった。

そんなことを考えながら、車の窓から外に向かって煙を吐き出した。

それから少しして、信号が青になったのを確認してからアクセルを踏む。

私の住むアパートは、今私が車を走らせている道から少し外れたところにある。

この道はこの時間帯でもそれなりに人や車が行き交っているが、そこから少し外れるだけでかなり閑散とした感じになる。

無論、私の住むアパートの辺りもそうで、夜の六時か七時を過ぎれば人の往来はほとんど見られない。

ハンドルをきり、そんな人通りの無い道に入る。

後は三度角を曲がればもうアパートが見える。

右に曲がる。

まっすぐ進む。

左に曲がる。

まっすぐ進む。

右に曲がる。

まっすぐ進・・・

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shake

ドガッ

sound:24

ブレーキを踏む。

あ・・・

肌から、なにやら嫌な汗が滲み出てくる。

まずい、何かを轢いてしまった。

猫?犬?それとも、人か?

運転している時、姿は見えなかった。

だったら、犬か、猫か。

人だとしたら地面に寝転がっていたとしか思えない。

とにかく、外に出て様子を見ないわけにはいくまい。

まずは救急車を呼んで・・・いや、警察も呼んだほうがいいのか?

思考が上手くまとまらない。

とにかく、外に出なければ・・・!

sound:26

急いでドアを開け、外に出る。

途端、酷い悪臭が鼻をつく。

なにかが腐ったようなにおいだ。

車の後ろを見る。

・・・人だ。

この臭いは、あいつからか?

人が、道路につっ伏すように倒れている。

ああ、まずい。

本当にまずいことになった。

いったいどうすれば・・・いや、考えるまでもない、救急車を呼ぶんだ。

携帯電話を取り出し、番号を打つ・・・

「ズルッ」

倒れていた人が動いた。

意識があったのか!

すぐにその人に駆け寄り・・・

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あれ?

何でこの人は、こんなにずぶ濡れなんだ?

というか、こんな事を言っていいのかわからないが、汚い。

まるで泥の上で、何日も土砂降りにうたれていたかのように、汚く、ぐしょぐしょに濡れている。

どうやら、あの悪臭のもとはこいつのようだ。

って、あれ?なんかを手に持っている。

これって・・・包丁じゃ・・・

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「ベチャッ」

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そいつが、その濡れた手を使って、這いずるように近づいてきた。

自分が轢いた人間が、包丁を持ってはいずりながら近付いてくる。

その恐ろしさに、つい後ずさりをしてしまう。

いや、ダメだろう。見捨てるわけにはいかない。

このまま逃げるわけには・・・

そいつはまだ近付いてくる。

ってか、包丁持って道端にいるって、異常だろ。

思考を巡らせていると、ゆっくりと、そいつが顔をあげた。

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思考が止まる。

そいつには、顔がなかった。

まるで包丁でも使って、そぎ落とすというより、ガリガリと削ったように、顔がズタズタになっているのだ。

あ・・・え?

え?

「ベチャッ」

なんだ、これ。

「ベチャッ」

逃げなければ・・・!

急いでドアを開け、車のなかにはいる。

なぜかエンジンが止まっている。

なんどエンジンをかけなおしても空回りするばかり。

「ベチャッ」

「ベチャッ」

近付いてくる。

畜生、はやくかかれ

「ベチャッ」

なんでだ、なんで

「ベチャッ」

はやく、はやく・・・!

sound:23

!!

きた!

車を急発進させ、アパートに向かう。

すぐに自分の部屋に入り、鍵を締めた。

はぁ、はぁ。

乱れた呼吸を落ち着ける。

なんだよあれ。

わけが分からない。。

普通、あんなことになって人間は生きていけるのか?

いや、違う。あれは、人とは違うなにかだ。あまりにも異常過ぎる。

では、人ではないのならなんだと言うのか。

幽霊。

自然とその単語が頭に浮かんだ。

ありえない。

しかし、あれを表現するならばその単語が一番だろう。

動物でもなく、人でもない。

とんでもないものに出会ってしまった。

このままでは、寝ようにも寝れそうにない

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「・・・チャ・・・ベ・・チャッ ・・ベチャッ」

は?

追ってきている?

まさか。

まさか。

そんな。

家まで向かってきてるのか?

外に出て確認する勇気など無い。

どうしよう。どうしよう。

何も思いつかない。

「ベチャッ」

「ベチャッ」

音が大きくなる。

「ベチャッベチャッ」

「ベチャッベチャッ」

もう・・・ドアの前まで・・・

ガチャガチャガチャガチャ

ドアノブで、しきりに音をたてている。

どうすれば・・・

どうしよう・・・

がちゃり

え?

鍵はしめたはずじゃ・・・

ぎぃぃ

と、安っぽい音を立ててドアが開く。

また、あの悪臭が漂ってくる。

嘘だろ。

嘘だろ。

そいつの頭が、ドアの隙間から覗く。

すぐに、窓を開けて飛びだす。

走って、走って、走って、逃げる。

人通りの多い道を目指して、走り続ける。

なんとか、まだ人の往来の多いところへたどり着き、息を切らして立ち止まる。

なんなんだ。

なんであんな所まで追ってきたのか。

今から家に帰れるほどの勇気はない。

とにかく、カプセルホテルでも、なんでもいいから泊まれるところを探さなければ。

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夜があけ、結局安ホテルに泊まった私は、外にでてから、これからの事について考える。

今日で大学の長期休暇もおしまいだ。

まだ家に帰るのは怖い。

かといってこうしてホテルに泊まり続けるのはバイトでをしながら食費を節約して旅行費用を捻出するような学生には到底無理な話だ。

・・・なかなか良い考えが浮かばない。

とにかく、朝食をとろう。

私が通う、大学から少し離れた喫茶店に行き、いつもの格安のモーニングを食べる。

ここで燻っていても仕方がない。

怖いが、様子を見るだけ行ってみよう。

私の部屋の前に来た。

ドアも窓も開けっぱなしだ。

不用心だったとは思うが、仕方あるまい。

ドアを見ると、ドアノブに黒い手形がついている。部屋の中も、床が湿っていて、ところどころ探し回ったような、手形がついている。

窓を閉めて、鍵をかけて家を出た。

今日も家に帰って寝るつもりはない。

安いホテルを探して、そこに泊まろう。

旅行から帰ったばかりだからあまり考える時間はない。

金もないのでやることも無く、街を彷徨いているといつのまにか日が高く昇っていた。

適当にチェーン店で昼飯を食べる。

結局今日は、街をさまよいあるくだけで終わった。

夜。

昨夜と同じホテルに泊まった。

実をいうと昨日はほとんど眠れなかった。

今日も寝れるかはわからないが、ともかく、布団に入って目を瞑る。

何だってこんなことに・・・

しばらく自分の境遇を嘆いていたりもしたが、だんだんと眠気が押し寄せてくる。

・・・

・・・

・・・

・・・・・・・・

・・「チャ」・・・・「ベチャ」

・「ベ」・・「チャ」

「ベチャッ」

「ベチャッ」

目が覚める。

状況は、すぐに理解できた。

なんだ

なんなんだ?

もしかして、ずっと追ってくるのか?

どこに行っても?

もう、ホテルの廊下にまできている。

それくらいに音が近い。

考えてる暇などない。

ほとんど無意識のうちに、荷物を持って外に出ていた。

いた。

いた。

「ベチャッ」

いた。

「ベチャッベチャッ」

包丁を持ってこっちに這いずってくる。

「ベチャッ」

あの悪臭と、汚い音。

すぐに反対方向に逃げた。

恐怖と、なぜ自分が、という思いで、涙がでてくる。

既に深夜なので人は、少ないが、それでも道路を全力で走る人間がいれば注目を集めるだろう。

しかし、そんな事を気にしてはいられない。ただ走り続ける。

どうしよう。

どこにいても追いかけてくるのであれば、もうどうしようもない。

夜中歩き続けて、夜を明かした。

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次の日、大学にでる。とにかく、たくさん人がいて、明るいところにいたかった。

人がいるというだけで心強い。

現在、絶賛講義中の男性はやたらと声が低いうえにボリュームが小さいので、とにかく書かれた内容を写すない。

しばらく無心でペンを走らせる。

実を言うと、この先どうするかは何となく決まっていた。

あんな、あきらかに人間ではない、異常なものを見てまだ幽霊だの化物だのを信じないわけにはいかない。

とにかく、どこか有名な寺かなにかを紹介してもらおう。

さすがにまるごと話しても信じる人はいないだろうから、適当に怪奇現象にでも悩まされるとか言っておけば、オカルト好きの人間なら話を聞いてくれるだろう。

もしそいつがお祓いとかに有名な寺とかを知っていて、自分がその怪奇現象のせいで不眠に悩まされているとでも言えば、そこを紹介してもらえるかも・・・「ャ」・・・

・・「ベチャ」・・・「チャ」

ここまで?

まだ来るのか?

どこから・・・あ

たまたま席を入口近くの席にとっていたため、すぐに見つかった。

もうそいつは、講堂の入口にまで来ていた。既に辺りには悪臭が漂っている。

こいつ、他の人には見えないのか?

もう、逃げるほかない。

逃げなきゃ。

逃げなきゃ。

トイレに行ってくる、とありきたりな嘘をついて、外に出る。

近くに出入口があるのにわざわざ遠いところから出ていったので、奇異の目で見られたが、気にしている余裕はない。

走って大学をでて、すぐに電車に乗った。

ベチャッ

ベチャッ

なんでだ?

なんで耳から音が離れない。

ずっと臭いもしてる。

電車の中じゃ、もう逃げ場はない。

辺りをみまわす。

・・・?

いない。

ベチャッ

なぜ何もいないのに音が聞こえるんだ?

ベチャッ

臭いも、まるで間近にいるように・・・

ベチャッ

なんだなんだ、ついに幻聴まで聴こえるようになったか。

ベチャッ

じゃあ、この臭いは幻臭か?

ベチャッ

ベチャッ

ベチャッ

ベチャッ

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いくつか電車を乗り継いで、結構北の方に来た。

ベチャッ

既に、この街についてから何日か経っている。

ベチャッ

既に、多少の騒ぎにはなっているかもしれない。

ベチャッ

いまだに幻聴も、幻臭?も止まらない。

ベチャッ

これから先、どうすればいいかもわからない。

ベチャッ

もう、この恐怖に耐え続けるしかないのだろうか・・・ん?

まてよ?

ベチャッ

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これじゃあ、あいつが近づいてきても気付けないんじゃ「ベチャッ」

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