中編5
  • 表示切替
  • 使い方

アルバイト募集の掲示板

10年くらい前になるかな。俺は三流大学に通う苦学生だった。

週4日のバイトと仕送り(家賃と光熱費で消える)で、やっと人並みの食い物が食える程度の収入があった。

separator

それは大学2回生のある夏のことだ。

夏の暑さに参っていた俺は、バイトがない日エアコンの効いた市民センターで大学のレポートを仕上げるのが日課だった。そして、そこには「地域の交流掲示板」という勝手に張り紙してもいい掲示板があった。

俺はいつもその掲示板をチェックしていた。

…というのも高校受験に限っては自信があったので、家庭教師募集でもあれば、と思っていたのだ。しかし『外国語を一緒に勉強しませんか?』とかいったものがほとんどで、家庭教師の募集はあまりなかった。

そんなある日。俺がいつものようにその掲示板をチェックすると、こんな張り紙があった。

「7月○日~○日の間の日でお部屋の片付けを手伝ってくれる方募集 半日5千円~

TEL XXXX-XX-XXXX 田中(仮名)」

ちょうどその間の日は、大学がテスト終わり直後で休み。バイトも入っていない。さらに帰省する予定の数日前で都合が良かった。5千円なら帰省費用の足しになるだろう、と思い即決。すぐさま電話をかけた。

「掲示板で片付けのお手伝い募集してるようで、それに応募したくて電話したんですが…」

と言うと男は戸惑った感じだったが、少しして「分かりました、何日ならいけますか?」と返してきた。そこで「○日以降ならどの日にちでも大丈夫です」と言うと男は「じゃあ○日で…朝からいけるなら9時からでお願いします」と言ってきた。

そしてこちらの連絡先や男のアパートの住所を聞いて、応募は完了した。

電話に出た男は声から察するに、30代半ばくらいで少し元気がなさそうだったのは印象的だった。

separator

そうこうしている間に日は過ぎ、約束の日になった。

天気は快晴で朝でも暑い日だった。

「田中さんの家、クーラーあるといいなぁ~」なんて思いながら俺は田中さんのアパートに向かった。

8時50分ごろ「田中」と書いた表札がある部屋の前に辿り着き、ピンポーンと呼び鈴を鳴らすと男が出てきた。

「よくきたね、いらっしゃい。入って入って」

男は他人と話すのが苦手なのか目を逸らしながら俺に挨拶し、部屋の中へと入っていった。俺は「お邪魔します」と靴を脱ぎ、男の後を追った。クーラーの効いた涼しい部屋だった。

その後。改めてお互い自己紹介した後、片付けの段取りや何を手伝って欲しいかと伝えられた。重い物を持つときに運ぶ手伝いと、ゴミをゴミ捨て場に捨ててくる、簡単な清掃、というのが俺に求められた役割だった。

ゴミは結構多くて、苦学生の俺が欲しいと思うようなお宝も数多くあった。それを察したのか、田中さんは「欲しいのあったら持って帰っていいよ」と言った。

俺は喜んで、古いゲームなど持って帰るものは選別しカバンにつめていた。

そうこうしている間に片付けは進んだ。田中さんの部屋は見る見る綺麗になった。…というか、最初からそこまで物が多い部屋ではなかったのでかなりガランとしてしまった。

田中さんは「そろそろ…」と言って少し考えた後、ハッと俺の方を見た。さらに考えるそぶりをして「そろそろ終わりにしようか」と言った。そして、一日働いたからと1万円のピンサツをくれた。

すると「できれば明日半日くらい空かない?もう少し手伝って欲しいことがあって」と言った。俺は「あと5千円もらえる、ラッキー!」と思い快諾した。

そしてお宝を満載にした自転車で家に帰った。

separator

次の日、田中さんの家に到着すると玄関が空いていた。

「すいませーん田中さんいますかー」と言うと奥から「いるよ、入ってきて」と声が聞こえた。俺は玄関を閉め「お邪魔しまーす」と言って部屋に入った。

(田中さんどこだろう、こっちから声が聞こえたな。)

そう思って奥の部屋に向かうと、田中さんがニヤニヤしながら近寄ってきた。

「今日は半日でいいから。5千円入れた封筒ここに置いとくから」と机の上に置いた。そして「こっちきて」と俺の手を引っ張り、部屋の奥に連れて来た。

実はこの部屋のウォークインクローゼットの中に重い荷物(海外旅行用のスーツケース)があって、それを1人で出すのが大変だから手伝って欲しいとのこと。田中さんは中から押すから合図したら外から思いっきり引っ張って欲しい、と言って田中さんはクローゼットの中に入った。

クローゼットにはジャケットやスーツがかけられており、田中さんの姿は見えなかった。

少しして田中さんが「引っ張って」と言ったので、その荷物の取っ手を思いっきり引っ張った。

ズルズル…ズルズル…

少しずつ荷物が動く。重い。60キロくらいありそうだ。

するとズコッと荷物が抜けた。あれ?空じゃん。

クローゼットからバタバタバタンと音が聞こえる。

「田中さん?」

何度か声をかけたが返事がない。バタバタという音が徐々に消えかけた。

え?え?その時、状況が全く把握できなかった。そして、ハッとしてスーツやジャケットをどけた。実際ここまで十数秒だっと思うが、何分も経ったような感じがした。

田中さんはクローゼットの中で首を吊っていた。踏み台をどけたのは俺だった。

すぐに降ろそうとしたがロープが硬くて外れない。そうだ、切る物…!

そうだ、昨日全部捨てた記憶がある…

正直パニクっていた。田中さんが動かない。降ろさないと…太いロープだ。鋏じゃ無理…どうしよう…隣人に助けを求めたのは1分以上経った後だった。

それから救急と警察が来て、一日事情聴取。実家からは親が来て何故か号泣された。田中さんは救急車で搬送されたが、降ろすのに時間が掛かりすぎその日のうちに病院で亡くなった。遺品はほとんどなかった。綺麗なもんだ。いっぱい片付けたから。

separator

田中さんが俺に渡そうとしていた封筒に、5千円札と一緒に遺書めいた紙が出てきた。

・リストラにあったこと

・妻が他の男と逃げたこと

・借金があったこと…

最後に俺君には迷惑をかけた、など書いていたためなんとか自殺幇助の疑いも晴らすことができた。そして事情を理解した警察が、一時期押収していたその5千円もくれた。

結局、自殺の際身辺整理をしたかっただけ、そう思っていた。

そしてその1週間くらい後。昔田中さんと縁を切ったという、田中さんの姉が来た。

そこには自分にとって嫌な真相があった…

田中さんは某宗教の熱心な信者だった(それが原因で家族と仲違いしたらしい)。その宗教では「自殺すると地獄に落ちる」など言われている。そこで「死にたいけど自殺は駄目。だから今回のような方法で死ぬことを選んだ」らしい。

そして最後に「これ少ないけど迷惑かけたから…」と田中さんの姉は10万円をくれた。

Normal
閲覧数コメント怖い
9042
7
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ
表示
ネタバレ注意

恐ろしいバイトもあるんですね。バイト二日目の男の人の手伝いしてたら、罪悪感にやられてしまいそうです