中編3
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真ん中地蔵

 昨日までの肌寒さが嘘のように、世界が春の温度に満ちてゆく。

気の早い夏曲が流れるヘッドホンを耳に当て、見慣れた村の中を歩く。

「あった。」

思わず口に出したその言葉は、探していた場所を見付けたことを意味するものだった。

高校の卒業式を終え、グダグダと絵の依頼をほったらかして散歩をしていた俺は、昔体験したとある恐怖体験を思い出し、その思い出が残る場所へと来ていた。

この村には、国道が通るらしい。そのせいで小川は埋め立てられ、昔見た景色はあまり残ってはいない。

俺がいる墓地の前も、かなり変わってしまった。ここには、大きな木が立っていたのだ。何の木だったかまでは覚えていないが、兎に角大きかった。

そしてその下に、三つの地蔵があったのだ。

左右に小さな地蔵、そしてその真ん中には、少し大きめの地蔵が構えていた。

今では、もう跡形もなく消されてしまったが、あの地蔵が処分されたのは、俺のせいだったのだろうか。

あれはまだ、幼稚園に通っていた頃のことだと思う。

俺はよく、その三つの地蔵にお供え物をしていた。なぜか俺は、それのことが好きだったのだ。

ある夜、地蔵が夢に出てきた。あの真ん中の地蔵だった。

暗い中にぽつんと立つ地蔵。それは、少しだけ光っていた。

次の日、夢に出てきた地蔵のことが気になった俺は、そこへ行ってみることにした。いつものようにお供え物を持って。

地蔵がある場所に着くと、俺は真ん中の地蔵のところにお供え物の小さな饅頭を置いた。

様子はいつもと変わりない。あれはただの夢だったのかと思い、暑かったので帰ることにした。

その帰り道のことだ。

何気なく視界に入った遠くにある大きな木の下に、何かがぶら下がっていた。

それは、人のようで、ゆらゆらと揺れていた。一瞬、それと目があったような気がして、視線を反らした。

怖い。あれはなんだろう。

気になってもう一度そちらを見てみた。

しかし、それはもうそこにはぶら下がっておらず、変わりに俺の目の前に、そいつはいた。女だ。血塗れの女。

瞬間、そいつの手が俺の首に触れた。

息が苦しい。首を絞められている。

鬼の形相で俺の首を絞める血塗れの女は、何か言葉を発しているような気がしたが、よくわからなかった。そして、俺の意識は途絶えた。

・・・

気が付くと、俺はさっきとおなじ場所に横たわっていた。慌てて起き上がると、何かが足元に落ちていた。

地蔵だった。見た目ですぐにわかったが、あの三体の真ん中にあった地蔵だった。

その後、俺は直ぐに家へと帰った。

あの地蔵を、元の場所に戻しておくべきだっただろうか。そう考えたが、やはり必要無かっただろうか。

記憶の片隅にあった、そんな出来事を思い出す。

あの時、地蔵は夢で俺に来ないように教えたかったのだろうか。

これは俺の勝手な推測だが、恐らく地蔵はあの危機を察し、頻繁に遊びにくる俺を止めたかったのだと思う。

そしてあの血塗れの女から俺を助けてくれたのも、あの真ん中にあった地蔵だったのだろう。

あれ以来、地蔵の場所には行っていなかったが、たぶんあの真ん中の地蔵だけが無くなったのだろう。

だから処分されたのかもしれない。あの真ん中にあった地蔵は、何か特別なものだったのだろうか。

俺があの時遊びに行かなければ、三つの地蔵は処分されなかったのだろうか。

そんな後悔の念を懐きつつ、俺は思い出に浸っていた。

「夏の夢に染まっていたいだけ…」

ヘッドホンから流れる曲の歌詞を、何気なく口ずさんでみる。

夏の夢、あの夏に、もう戻ることは叶わない。毎年夏は来れど、今年の夏は去年とは違う夏だ。

同じようで全く違う夏、そう感じるのは、自分自身が成長しているからなのだろう。

心のどこかから沸き上がった郷愁の念が、やがて一粒の水滴となり瞼の下から落ちていった。

暑くて嫌いな夏が、少しだけ楽しみに思えた。

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mami様、コメントありがとうございます!
そうですね~。小さい頃の記憶なのでうろ覚えですが、こんな感じでした。

怖くもあり、ホッコリもし、不思議なお話でもあり…
何もかもがつまったお話しでした。
うん、私も助けてくれたのだと思います。
身を呈してでも、守りたかったのだと…

そして…そのお地蔵様が守ってくれなければ…どうなっていたのでしょうか…怖いです。