長編7
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血と妹 壱 「嫉妬と呪い」

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「…兄さん、何かご用事ですか?」

俺の妹、愛華は俺に対して敬語を使う。

理由は、血の繋がりのない他人であるから。だ、そうだ。

俺の叔母は10年前にある男と結婚した。ただ、その男には連れ子がいた。それが当時4歳だった愛華だ。

不運にも叔母夫婦は事故で亡くなり、愛華は祖父母の家に預けられた。

それからすぐ俺の両親もそれぞれ病気で死んだ。

晴れて愛華と同じ境遇になった俺も、祖父母の家に預けられたのだ。

それからは兄妹同然に育てられ、今に至る。

とまあ、このくらいで昼ドラのような家族構成はご理解いただけたと思う。

話を現在に戻そう。

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「いやさあ、ここにあった小包知らない?」

俺はテーブルの隅を指差す。

「いえ?見ていませんけど?」

「おかしいな…確かにここに置いたんだけどな…」

「…実は、私のコートも見当たらないんです…」

「コート?ばあちゃんがクリーニングにでも出したんじゃないの?」

「あ、いえ、先ほどまでハンガーに掛けていたんです。」

じゃあその線は消えるな。よく考えてみれば、今は11月だ。夏物ならともかく、コートをクリーニングに出したとは考え難い。

「どこいったんだろうな?」

「…あと、昨日からこの前買ったスカートもないんです」

妙だ。愛華はよく片付けもするし、衣類なんてそう無くなるものじゃない。

「それと…一昨日からは…その…」

まだあるのか?

「…し、下着も」

目を伏せ、右手の拳を口に当てながら言う。顔も真っ赤だ。

だんだんと穏やかではなくなってきた。

脳内に「犯罪」の2文字が浮かぶ。

俺は、愛華を狙う卑劣な視線を意識せざるを得なかった。

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翌日、愛華はふらっとどこかへ出かけて行った。

普段なら家族の誰かに行き先と帰る時間を伝えて行くのに、この日は黙って家を出た。

祖父母は町内会に出席しているため、家には俺しかいない。

俺は胸騒ぎがしたため、後をつけることにした。

過保護すぎるかもしれないが、昨日のこともある。もしこれから愛華が友達と合流するならば、俺は帰ろうと思っていた。

しかし、そうもいかないようだ。

愛華は山奥に向かって歩いている。

「…さん…さん」

なにやら呟いているようだが、彼女との距離が遠すぎて聞き取ることはできない。

「…さん…さん」

手には櫛を持っている。

まさか、熊のブラッシングでもするのではあるまい。

「うぅぅぅぅぅぅぅぅ」

くだらないことを考えていると、奥からうなり声のような声が聞こえてきた。

勿論、熊の声ではない。女の声だ。

いよいよ恐ろしくなった俺は、愛華に声をかけた。

「愛華!」

「…さん…さん」

聞こえていないのか?

今度は彼女に駆け寄り、声をかけた。

「おい、愛華?」

「………」

反応がない。それどころか歩みを止めようとはしない。

「愛華!」

俺は愛華の腕を強引に掴んだ。

「…お母さん」

「え?」

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「…あれ?兄さん?どうされたんですか?」

俺の目の前にはいつも通りの妹が立っていた。

「それはこっちの台詞だよ」

「…あの、ここ、どこですか?」

愛華は首を傾げた。

「覚えていないのか?」

こくり

「………」

言い知れない恐怖を感じた俺は、頷いた愛華の手を再び掴んで山を下り始めた。

愛華が正気に戻った時あのうなり声は消えたが、俺の頭には愛華が発した母を呼ぶ声がいつまでも反響していた。

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さらに翌日、俺がここ数日の出来事を祖父母に話すと、心配した祖父が知り合いの霊能者を連れて来た。

60代くらいの品の良い老女だ。

彼女は祖父母を部屋から出すと、俺と愛華を自分の正面に座らせた。

「お話は伺っているわ。さぞ心配だったでしょう」

膝の上にちょこんと乗った小さな手を、しわだらけの手が優しく覆う。

老女は仏のように微笑んだ。

「あの、妹は?」

俺はせかすように質問した。

2人の視線が俺に向かう。

すると、仏の顔から笑顔が消えた。

「いい?よく聞いて。これから話すことは、貴女を傷つけるかもしれないわ。でも、大切なことなの」

愛華から手を放すと、霊能者は静かに語り始めた。

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「貴女は、ある人に呪われているわ。今まではうまく隠れられていたのだけれど、遂に見つかってしまった。その人は、好きだった人を貴女に盗られて怒っているのよ。だから貴女の女性としての魅力を失わせようと、服や櫛なんかを棄てさせているの」

「その霊は祓えないんですか?」

喰気味に俺が質問した。

「…私にはできないわ。死んでいる魂ならともかく…」

「…どういうことですか?」

愛華が?を浮かべる。

恐らく、霊能者が言おうとしていることは…

「生き霊、ですか?」

「ええ、その通りよ。愛華ちゃんを呪っている相手は、生きた人間なの」

しかし、そうなると疑問が残る。愛華の手前、言うのをためらったが、妹を助けるためになるならと、渋々口を開いた。

「でも、俺の叔母はもう…」

「…兄さん、どうしてお母さんが?」

「愛華やじいちゃん達には言ってなかったけど、昨日、お前はずっと呟いてたんだよ、お母さんって」

「…えっ」

彼女は凍りついた。当たり前だ。誰だって自分の親に呪われているなんて、思いもしないだろう。

「確かに、愛華ちゃんを呪っているのは彼女のお母さんよ。ただし、本当のね」

それを聞いてハッとした。

まさか…

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14年前

「あーあ!ああ!」

「おお、愛華は可愛いな。」

「あーい!」

「返事したぞ!すごいなぁ愛華は!おい、お前もこっち来て見ろよ、すごいぞ!」

夫は生まれたばかりの娘に、ありったけの愛情を注いでいた。

「ねえ、なんでこの子ばっかりかまうの?あたしがお腹痛めて生んだのよ?」

妻は、夫が娘ばかりに執着するのが許せなかった。

「ああ、それは感謝してるよ。ありがとう。でも見ろよこの顔、痛みなんか吹っ飛ぶぞ」

「…それだけ、なの?」

妻が燃やす嫉妬の炎は、じわじわと幸せな家庭を包み込んでいた。

それから妻は、夫の目の前で娘に虐待を行うようになった。

そうすれば、夫にもっとかまってもらえると信じて疑わなかった。

でも、結果は彼女が思い描いた未来とは大きく異なっていた。

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「…離婚届を突きつけられた」

music:4

今まで黙っていた愛華が呟いた。

霊能者はそれに答え、頷いた。

「あなた、どうしてそんなことまで知っているんですか?!」

「私、見えるのよ。色々と」

再び仏の笑みを見せた彼女は、どこか悲しげな声で言った。

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愛華は山を登る。決着をつけるために。

その目にはしっかりと光があった。

俺も後を追う。

「うぅぅぅぅぅぅぅぅ」

またあの声だ。しかし、愛華はもう惑わされない。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

うめき声が叫び声に変わった。

「あんたさえいなければ!あんたさえいなければ!」

愛華は震えながらも一歩一歩前に進む。

木々がざわめき、カラスがけたたましく泣き出す。

「あの人も死なずに済んだのに!!殺してやる!あんたなんかいなくなればいい!!」

「…お母さん、私は…」

「うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!」

聞く耳を持たないようだ。

姿は見えないが、近くにいる気配がする。きっと、愛華の眼前に立っているのだ。

「お前なんかいらない!お前なんか生まなきゃよかった!!!」

「っ!!」

奴の最後の言葉が俺を突き動かした。

黙って愛華が1人で解決するのを見守ろうと思っていたが、我慢できなかった。

俺は愛華の隣まで走って行き、叫んだ。

「ふざけるな!子どもを愛したくても愛せなかった親を、この子の両親を侮辱するな!!!」

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急に当たりが静かになった。それに、空気がすごく軽くなったように感じた。

「ゲホッ…グェッ!」

16年生きてきて、こんなにも大きな声を出したのは初めてだ。喉がヒリヒリと痛む。

「だ、大丈夫ですか兄さん?」

「う、うん…大丈夫、大丈夫…ゲホッ!ゲホッ!」

口の中にほんのり鉄の臭いを感じながら答えた。

「…本当ですか?」

「ああ、本当に大丈夫だって。どっちかって言うと、勢いに任せてあんな恥ずかしいこと言ったことの方が、よっぽどのダメージだよ」

「ふふ、でも…先ほどの兄さん、いつもより頼もしかったですよ?」

その時、俺は久しぶりに彼女の笑顔を見た気がした。父親譲りの茶色を帯びた長い髪がなびく。

「あっ!」

彼女の長い髪がふわっと揺れた。

驚いた愛華の視線の先は、俺達の足下だった。

そこには、なくなった愛華のコート、スカート、白い下着、そして俺の小包が落ちていた。

真っ赤になった愛華はまず下着を拾い、後から拾ったコートとスカートでそれを隠し、空いている手で小包を拾った。

「…そ、その、どうして兄さんのものまでここにあるんでしょうかね?」

あくまで下着のことは無かったことにしたいらしい。

「それはたぶんお前の…って、まあそれ開けてごらん?」

中からは狐を模したブローチが出てきた。

「いや、最近愛華、小遣い貯めて服買ったりしてるから、そろそろおしゃれとか気になる年頃になったのかなーと思って…」

「…これを、私に?」

「うん。俺、女の子がもらって嬉しいものとか全然わかんないから、だいぶ悩んだんだ。でもさ、愛華って昔から動物好きだろ?町中でふとこれが目についてね。…気に入らなかった?」

これを買う時、死ぬほど恥ずかしかった。だから、あまり気に入ってもらえなかった時のショックは相当なものだと覚悟している。

「…とんでもありません、大切にしますね。ありがとうございます、兄さん」

良かった、俺は報われたよ。

「ああ、それと、今日はだいぶバタバタしてたから言いそびれてたんだけど…」

「??」

「誕生日おめでとう」

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