中編4
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キューピッド(2.5)

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香子が付き合うことになっていたバスケ部の先輩が、元カノによって校内で殺害された。

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現場にいた部員の話を聞くと、元カノは先輩に強引に差し入れを食べさせた後、隠し持っていたナイフで腹部を刺したという。

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「これで先輩は私のことを好きになってくれる」

彼女は半狂乱でそんなことを叫んでいたらしい。

倒れ伏した先輩も、何事か呟いてから意識を失ったそうだ。

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きっと彼はその時、自分のことを刺した元カノに対して、愛を囁いていたに違いない。

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元カノの言動から、キューピッドに絡む出来事だと予想は付いた。

そして、その裏に真理の存在があったであろうことも。

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真理ーー。

私がクラスでの安寧を得るために、裏切ってしまった友人。

この事件は彼女なりの私への報復なのだろうか。

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私はといえば、事件後、別にクラスのグループで孤立しているということはない。

香子の恋愛の成就に手を貸しこそすれ、その後の事件に私の関与が疑われるわけもなかったからだ。

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そして、香子は実はそれほど悲しんでいないことも私は知っている。

先輩への恋は、彼女にしてみればファッションに近い感覚だったのだろう。

自分自身を高揚させるための。周りに対して装おうための。

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ああ、真理はまだ私を許していないだろうか。

真理、真理。

彼女は最近休みがちになり、出席しても教室では話しかけられていない。

私のモヤモヤとした気持ちは日毎に増していった。

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…………

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…………

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私は今、放課後の生物準備室の前にいる。

わずかに逡巡した後、思い切って扉を開ける。

電気も点けず薄暗い教室に、実験机に仰向けで寝転がっている真理の姿があった。

そして、彼女の周りの空間には、まるで蛍のような淡い光が無数に浮かんでいた。

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「真理……。これって……」

真理は腹筋を使ってゆっくりと上体を起こす。

「やーっと来たねぇ。

ああ、これ?キレイでしょ?繁殖したキューピッドを離してるんだ。ある程度の群れになると、こいつらは個体同士コミュニケーションを取るためか、発光するんだよ」

気だるげに言う。

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「それはさておき、随分と御無沙汰だったじゃないか。ずっとここに来ないし、教室でも話しかけてこないし」

「それは……その……、勝手にキューピッドを盗んで、元のグループに戻っちゃったから……」

「私はそんなの、別に気にしてなかったのに」

真理はやれやれと肩をすくめて見せた。

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「でも!バスケ部の先輩の彼女に、アンタ、キューピッドを渡したでしょ?それって……」

「ああ、それはたまたま彼女が私の友達で、相談に乗ったから。

刺激を与えろとは言ったけど、まさか刺すとはねぇ……。彼女にもキューピッドが寄生しちゃってたのかね?それとも自分を裏切ったことが、やっぱり許せなかったのか……」

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飄々と話す真理を見ていて、私は肩透かしを食った気分だった。安堵と、そして微かに怒りも湧いてきた。

怒り……?

私が彼女に怒る謂れはないのだが。

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「それより!」

真理は声を高める。

「私はここ最近、家にこもってキューピッドの生態を研究してたのよ。そしたら色々わかったよ。キューピッドのこともだけど、私自身のことも」

真理は立ち上がり、私に一歩近づく。

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「私ねぇ、奈緒に会わなかったこの期間、すっごい寂しかったんだ!気付けばキューピッドそっちのけで奈緒のこと考えてた。奈緒と一緒の放課後楽しかったんだな、奈緒の話面白かったんだなって」

さらに一歩。薄暗い教室。淡い光。真理の顔が迫る。

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「私、奈緒のことが好きみたい。奈緒は?」

私は混乱した。この堅物変態生物少女が恋愛をして、よりにもよって私を好きと言い出すとか。

ああ、でも私もここのところ寂しくて、それは真理と離れていたからで、放課後の二人の時間は楽しくて、真理の笑顔は大好きで……あれ?

胸が早鐘を叩いている。

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真理が真面目な顔でこちらを見つめている。

改めて見ると、真理は整った綺麗な顔立ちをしているのだ。性格に難があるだけで。

どうしちゃったんだろう、コイツ。

あ、私もか。こんなこと考えてるとか。

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真理の背後には、まるで蛍のようにキューピッドの光が舞っている。

ああ、キューピッドだ。

真理も、私も、キューピッドに寄生されてしまったのだ。

それはそうだよ、ここにはこれだけ無数にいるんだから。

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「あ、あの……私、」

「あ、ちょっと待って」

真理はそう言うと、ポケットからカッターを取り出して自分の人差し指の先を小さく切りつけた。

指先に血が浮かび、小さな玉になる。

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「奈緒、口開けて?」

「え?」

私は言われた通り口を開ける。

真理は人差し指をそっと私の口に含ませた。不思議と嫌ではなかった。

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「うん。じゃあ改めて。奈緒の気持ちは?」

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「…………私も、アンタが好き……、みたい」

私がおずおずとそう言うと、真理は優しく微笑み、

「よかった……」

とつぶやいた。

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そして、私たちは口づけを交わした。

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…………

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…………

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…………

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すっかり暗くなってしまった帰り道。

隣を歩く真理はいつも通り、寄生虫のことなんかを嬉々として話していて、私はやれやれと言いながらスマホを覗きつつ相づちを打つ。

しかし私たちの手はしっかりと結ばれていた。

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「でね、今回のキューピッドの発生は私が思うにーー」

真理が不意に言葉を切った。

どうしたのかと真理の方を向くと、彼女はまっすく前方を見つめている。

視線を追うと、私たちの目の前に黒ずくめの長身の男が、闇にまぎれて立っていた。

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「日下真理さん……だね?」

男はそう言った。

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その日が、私が真理を見た最後の日になった。

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