中編4
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トタンの物置小屋

私は深夜のコンビニでバイトをしているのだけれど、夜22時を過ぎるとほとんど客が来ない。

目と鼻の先に高校があるので

朝、昼、夕方の決まった時間になると制服姿の学生たちで店内はごったがえしている。

時刻は午前3時になろうとしている。

最後にレジを通したのは2時間ほど前だ。

レジに突っ立っていてもしょうがないので、商品を綺麗に並べ直したり、床を拭いたり、店内の掃除をして回る。

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使用した雑巾をバックルームにある水道で洗っていると、今日のもう一人の出勤者

私の先輩である中野哲郎が休憩室から声をかけてきた。

「杉本~、ごくろーさん」

私は雑巾を洗いながら背中をそらした姿勢で、イスに座り机に突っ伏している彼を見る。

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「ほんっと中野さんって仕事しませんよね」

彼を睨んでいると顔をこちらに向き直した中野さんと目があった。

「どうせお客さんいないし、いいじゃん」

私も暇潰しに掃除しているくらいなので、彼を強く咎めるつもりはない。

「店長にばらしてやる」ニヤリと笑って見せると

彼はわざとらしく怯えた表情をした。

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「私、外のゴミ集めに行ってくるのでレジ見といてくださいね」

中野さんにそういい残し店を出た。

もうすっかり秋で、そこらじゅうで煩いほどにコオロギが鳴いている。

ゴミ箱のゴミを回収していると、バシィンという鈍い音がコオロギの鳴き声に混ざって聞こえてきた。

隣に建っている美容院の方からだ。

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店に灯りはついていないけれど、誰か残っているのだろうか、何やらドラム缶を蹴っているような

低いシンバルを叩いているような音だ。

お隣の美容師さんは、きさくな人ばかりで弁当や煙草などをいつも買いに来店する。

プライベートな話もするくらいで美容院へ行って何の音なのか確めてみようと思った。

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好奇心と、誰か残っているのなら少し話したいな、と軽い気持ちからだ。

ガラス張りの窓にはブラインドが掛かっているので店内が真っ暗だということしかわからない、

店の回りを一周してみようと建物の側面を進んだ。

奥に進みちょうど裏側にでると、トタンの小さな物置小屋があった。

広さは三畳くらいだろうか、月明かりが照らしその倉庫が錆びているのがわかる。

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どうやら音はここから出ているらしく

バシィンと大きな音がするたびにトタン物置が小さく揺れている。

中からなっているのだろうか、しかしドアの隙間から灯りは漏れていない。暗がりで作業をしているのかもしれない、とりあえず物置をぐるりと一周してみようとゆっくり歩き、物置の裏を覗いたその時

黒い人影が見えて心臓が止まるほど驚き、小さな悲鳴をあげてしまった。

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チェックのシャツにジーンズを履いた細身の男が背中を丸め両手をトタンの壁についている。

あの音は頭をぶつけている音だったのかもしれない。

垂らした頭がゆっくりこちらを向いた。

全身の血の気が引く月明かりが逆光となっているけれど男との距離は2㍍もない。

伏せた睫毛の下には半分ほどでろんとはみ出た目玉が覗き、痩せたからだとは不釣り合いなパンパンに腫れた顔がはっきりと見える。

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生きた人間ではないのだろう、男を見つめたまま息をするのも忘れていると急に男が前を向き直し

激しく何度も何度もトタンの壁に頭を打ち付け始めた。

バシンバシンバシンバシンと今度は物置が大きく揺れるほどに、

恐ろしくて堪らなくなった私はきびすを返してコンビニへと走り出した。

バシンバシンバシンと聞こえると同時に

「うにぃぎゃぁぁあ、ぐぎぃぃい」と訳のわからない不気味な奇声を発している。

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私は泣きながらコンビニへ入ると中野さんがボーッとレジに立っていた。

彼は私の顔をみるなりどうしたんだと、いつもの半開きの目を見開いていた。

訳を話すと彼は店の外へ様子をうかがいに行ったけれど、すぐに戻ってきて何も聞こえないと言った。

今度は二人で外にでて1分間ほど耳を澄ませていた。

けれど聞こえてくるのはコオロギの鳴き声だけだ。

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「ちょっと様子見てくる、店の中に入ってて」

「もういいです!やめてください」

彼に訴えたけれど中野さんは店を指差し入っててと言い残して美容院の方へ向かった。

私は言われた通り店へ戻りレジのあるカウンターの中へ入った。

2、3分たち中野さんは戻ってきた。

「誰もいなかったけど、物置の壁かなりへこんでた」

「人…じゃなかったんですかね…」まだ震える声で私は言った。

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「変質者だったんだろ、きにすんな」

と、彼はまた休憩室へと消えた。

休日明け22時に出勤すると、あの事を中野さんから聞いた店長が私をバックルームへと呼び出し、隣の美容師さんが自殺したと知らされた。首吊り自殺だったそうだ。

よく煙草を買いに来てくれていた男性で、

亡くなったのは2日前で昨日遺体が見つかったらしい。

見つけたのは隣で働く女性の美容師さんで場所は例のトタンの物置小屋だそうだ。

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顔が腫れ上がり 目玉がでていた生きていると思えない男性はきっと彼なのだろう、はっきりとした死亡推定時刻は聞かなかったけれど私が見たのは、既に亡くなっていて生きている彼ではなかった。

あれからというもの夜中にゴミ集めしているとあのバシィンバシィンという音が聞こえてくることがある。首を吊った彼がなぜ頭を打ち付けているのかはわからないけれど、きっと苦しくて悲しくてたまらないのだろう。

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