中編4
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【祝祭】彼の娘

私は物心ついた頃から絵を描くのが大好きだった。

大学で油絵にハマり、それからというもの仕事の合間を見つけてはこうして景色の良い場所に腰を下ろして一日中絵を描いている。

キャンパスの大きさには然程こだわりはなく、30センチの小さな時もあれば、1メートルの時もある。

最近は専ら海を描く事が多い。

この高台から見渡す景色が絶景で、港と海と空のバランスがとにかく素晴らしいのだ。

だからと言って、別に個展を開きたい訳でも、売りたいと思っている訳でもない。あくまでも趣味の領域である。

時折、近くの居留地を訪れる観光客達などに絵を覗き込まれて話しかけられる事もあるが、そんな他愛のない会話も楽しみの一つだ。

『あなたももういい年齢なんだから、そろそろいい人見つけて結婚しなさい』

実家に置いてきた、母からの言葉を思い出す。

確かにもう私は若くない。

絵ばっかり描いてないで、職場仲間の合コンの誘いなんかも断らずに積極的に参加しないといけないのかもしれない。

「ほう、お上手ですね」

不意に声を掛けられ顔を上げると、爽やかな笑顔が印象的な、浅黒い肌の彼がいた。

「あ、ありがとう」

心地よく響く低い声と、清潔感のある彼に私は一瞬で心を奪われていた。

描きかけの私の絵を真剣な眼差しでみつめる彼に話を聞いてみると、彼も学生の頃から絵を描いているらしかった。

話の盛り上がった勢いのままに私たちはその後、喫茶店で一緒にランチを食べ、電話番号を交換した。

どうも、彼も私に一目惚れだったらしく、彼からの告白で私たちは付き合うようになった。

それ以来、休みの日は一緒に絵を描いたり、ハイキングしたり、彼の部屋で過ごしたりした。

ある時、彼が言った。

「真希は風景画しか描かないの?良かったら僕の絵を描いてくれないか?そうだ、お互いの絵を描こうよ。僕も今の真希が描いてみたいんだ」

私は首を横に振った。

別に人物画が描きたくない訳でも、苦手な訳でもない。他に理由があるのだ。

しかし、彼はその後も執拗にお互いの絵を描きたがった。

私は何度目かの彼の言葉で、渋々絵を描く事を承諾した。

彼は子供のような人懐っこい、私の大好きな顔で笑った。

翌週、彼の部屋で向かい合って座り、照れながらお互いの絵を描いた。

先に描き終えた私が彼の絵を覗こうとした時、彼は絵を隠しながら言った。

「折角だからこの絵を見るのは、結婚式までとっておこうよ」

彼はそう言うと、紫色の小箱から婚約指輪を取り出し、私の薬指にはめた。

「真希!次の君の誕生日に式を挙げよう!僕と結婚して下さい!」

彼が地面に膝をつき、頭を下げた。

「でも、あなたには」

彼のプロポーズに対して咄嗟に私の口からでたのは、日頃から彼に対していい出せなかった言葉だった。

「あなたには子供がいるじゃない」

彼は一瞬固まった。

「子供?えっ?真希?子供ってどういう事だい?」

私は自分の描いた絵を台から外し、彼に見せた。

「ほら、あなたには子供がいる。私は初めからあなたの足にしがみ付いてる女の子が視えてたの」

彼は私の絵を見た瞬間、叫んだ。

「アイカ!!」

彼は声を上げて泣いた。

そのそばで、アイカと呼ばれたその少女は悲しい顔で彼を見つめていた。

彼が落ち着いてきた頃に、私たちは場所を変えて、近くの喫茶店にいた。

アイカちゃんも、彼の隣りの席に座っている。

「実は、僕は一度結婚していた。隠していてごめん!アイカはその時の子だ」

大体予想していた範囲だった為、私は彼の告白にもさして驚かなかった。

「でも離婚した。彼女はアイカと俺を捨てて出ていったんだ。多分、男が出来たんだろう、思い出したくもない!」

彼は水の入ったグラスに力を込めた。

「でも、アイカには母親が必要だった。男手一つで育てるにも限界がある。アイカはまだ4歳だったし、早く新しい母親を見つけてあげたかったんだ」

アイカちゃんは、隣りからジッと彼の顔を見つめている。

「それから、足繁くお見合いパーティーに通って1人の女性と出逢った。保育士志望のマリコという女だったよ」

彼は一呼吸置き、続けた。

「最初は気の利く、優しい女性だと思っていた。でも、なぜかアイカが彼女に全然懐かないんだ。

理由を聞いても、マリコの後ろに怖いオジちゃんがいるだの、もう会いたくないだのとしか言わない。

だが、俺はアイカのその言葉を信じずに何度も何度もアイカをマリコに会わせた。

俺は本当に馬鹿だったんだ!」

「な、何があったの?」

私の問いに彼は俯むきながら答えた。

「殺された」

「な、なぜ?」

彼の表情が見る見る嶮しくなっていく。

「あの女は酷い女さ、あいつは前の旦那も計画的に殺していたんだ。まあ、これは後に分かった事なんだけど。

俺があの時、アイカの言葉を信じてやってさえすれば、こんな事にはならなかったのに!」

私はてっきりアイカちゃんの生き霊だとばかり思っていた。なぜなら、アイカちゃんの私を見る目がとても嶮しかったから。

『私のパパを取らないで!』

そう言っているように感じていたのだ。

彼とは何となくそれから会い辛くなり、連絡を取らなくなった。

彼からの連絡もなかった。

半年が経った頃、彼からの番号で着信があった。

「突然のお電話申し訳ありません。孝明の母ですが、アドレス帳から掛けさせて頂いております。昨日、孝明が亡くなりました」

通夜での記帳を済ませると、私の名前を見たのか、彼の母だという女性が声を掛けてきた。

私に見せたい物があると。

後日、彼の実家である山形の田舎に案内され、あの時、彼が描き掛けていた私の絵を見せて貰った。

絵は見事に完成していた。

ただ、私のすぐ隣りにはもう1人、可愛らしい女の子が描かれていた。

【了】

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