中編5
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俺の分まで

「俺の分まで生きてくれ」

マサトの手を握る僕の手が震えた。

「そんなこと言うなあ!しっかりしろよ!」

僕の声は震えていた。

今、まさに消え行こうとしている命の灯火を消すまいと、

もう一つの手で包み込む。

マサトは末期がんで入院しており、若いため進行が早く、

見る見る体は蝕まれて行った。

隣ではマサトの彼女が涙を流し続けている。

「約束だ。俺の分まで・・・生きてくれ。」

うわ言のように彼は言い続けた。

「わかった。約束する。」

僕も彼は長くないと思ったから、せめて安心させてやりたかった。

すると、マサトは安心したように笑った。

最後の笑顔だった。

マサトは17年の短い生涯を閉じた。

通夜、葬儀の間も、まだマサトがここに居ない実感がわかなかった。

だって、マサトはまだ眠っているんだ。

そしていよいよ火葬場にマサトの棺おけが吸い込まれる瞬間に、

やっと彼の不在を感じる。マサトの彼女はずっと泣き続けるしかなかった。

マサトの彼女、ユリは僕の憧れでもあった。

ユリがマサトを選んだのも無理は無い。

マサトは本当にいい奴だったから。誰からも好かれ、誰にも優しかったのだ。

僕はあまりにユリが憔悴しているので、心配でその日からなるべく、

ユリの側にいるようにした。

今にも自殺しそうだったからだ。

生気を失った目が虚空をさまよう。

僕はそんなユリを見ていられなかったのだ。

それに、葬儀が終わった日に、マサトが夢枕に立ったのだ。

「ユリを頼む。」

夢なのか現実なのか、わからないけど、きっとマサトは、

恋人のユリが気がかりに違いなかっただろう。

徐々にユリは、少しずつではあるが回復していった。

当初はほぼ、何も口にせず、ただ泣き続けるだけだったから、

僕はずっと側にいて慰めていた。

今ではようやく、マサトの思い出話ができるくらいには、

マサトの不在を自分なりに納得しようとしているらしい。

マサトの四十九日が終わった日だった。

僕は体の違和感を感じて目が覚めた。

なんとなく体が自分の体ではないようなおかしな感覚。

僕は自分の手を見た。

違う。

僕の指はこんなに、細く長くない。

ベッドから降りて床を踏みしめる。

いつもと視界が違う。

ここはどこだ?僕の部屋ではない。

でも知らない部屋ではない。

何故なら僕は何度かこの部屋に来たことがあるからだ。

目覚まし時計の日付を見る。

4月16日。

僕は不安な気持ちで、階段を降りる。

洗面所の鏡を見る。

「マサト・・・・・」

俺の分まで、というのは、こういうことだったのか?

マサトになった僕は何をすればいいのだ。

「あら、自分から起きるなんて、珍しいわね。

早く顔洗って、ご飯食べちゃいなさい。」

鏡に向かっておばさんが言う。

マサトのお母さん。

僕はパニックになった。

もう僕は僕ではなくなるのか。

とりあえず僕はマサトとして、マサトの家族と朝食をとった。

僕はわけもわからず、制服に着替えカバンを持って家を出た。

駅に着くと、僕はもっと驚くべきものに出くわす。

僕だ。本来の僕である、タクミが手を振り挨拶をしてくる。

「おはよー、マサト。」

自分に挨拶をされる。へんな気分。

少し遅れて、ユリが僕、つまりマサトを見つけ手を振る。

僕はとりあえず手を振り返す。

マサトに向けられるユリの笑顔はこんなにも素敵だったのか。

僕は混乱しながらもその日、マサトとして過ごした。

夜、マサトのベッドで天井を見ながら思った。

僕、このままずっとマサトなんだろうか。

僕はベッドサイドの小さな鏡を覗き込んだ。

懐かしい顔だ。イケメンだな、お前。このままマサトで生きるのも

いいかもしれない。だって、マサトであれば確実にユリに愛されるのだから。

僕はマサトのベッドで目を閉じて眠りについた。

朝目覚めると、そこは見慣れた風景だった。

本来の僕の部屋、タクミの部屋だ。

僕はますますパニックになった。

どういうことだ?

目覚まし時計の日付を見た。

4月16日。

嘘だろ?だって昨日も4月16日だったじゃないか。

何がなんだかわからなくなった。

1日が2回来る。

僕はとりあえず、いつも通り支度をし、学校に出かけた。

そこは現実だった。

マサトの机は、空席。

ユリが僕を見つけ、無理して寂しく笑う。

痛々しいユリが笑うのだ。

人生を2倍生きろってことなのか?

お前の分まで。

僕には荷が重過ぎる。

その日から、マサトの人生と、僕の人生を、ダブルで生きた。

人生が長すぎる。

一つだけダブルに良いことがあった。

それは、マサトの一日と僕の一日が同じだから。

マサトがした失敗は、次の日のデジャブで決して僕がすることは無かった。

マサトがうっかり怪我をしても、あくる日の僕はそのことがわかっているので

怪我をしない。

それからの人生は、僕は失敗をしないほぼ、完璧なものになった。

受験も、楽勝で志望大学に受かった。

僕はユリの側に居たかったから、同じ大学を受験したのだ。

僕とユリは大学に行ってから付き合いだした。

もちろん、マサトもユリと付き合っている。

すごく変な気分だった。

マサトの僕と、タクミの僕。

両方がユリと付き合っている。

僕はマサトになった時の自分自身に嫉妬したのだ。

やはりマサトに向けるユリの笑顔は最高だ。

僕は思い知らされたのだ。

僕とユリは結婚した。

マサトの僕とユリも結婚した。

人生が長くて辛くなった。

何よりも辛いのは、マサトとタクミでは、ユリの幸福度が違うこと。

タクミの人生は本当に退屈でつまらなかった。

マサトの後、何の失敗も無く、何の感動も無く人生が過ぎていく。

僕はマサトのリピートだ。

僕はだんだんと苛立ちを感じた。

夜の生活においてもそうだ。

タクミはマサトにはかなわなかった。

ユリはマサトに何度も求めた。

ユリはマサトの腕の中で幸せそうな顔で眠る。

タクミは求めてもユリは曖昧にごまかして

夜の生活を拒んだ。

何故だかわかる?

それは、ユリが愛してやまないのはマサトで

タクミではない。

なんだ、そうか。

僕は今日も、僕を拒むユリに激昂し、ユリを何度も殴った。

完全なる八つ当たりだ。

マサト、お前が悪いんだ。お前が悪いから、ユリがこんな目に遭うんだよ。

ユリが僕の隣でぐったりしている。

どうやら騒ぎを聞きつけて誰かが通報したみたいだ。

僕はユリの寝室を出て、自室に鍵をかけて篭った。

すぐに救急車の音とパトカーの音がして、僕の部屋を

何度もノックする。

「宮原さん、あけてください。何があったんですか?

あけてください。あけなさい!」

だんだんと、警官の声は怒気をはらみ、何度も何度もノックする。

僕は昨日のうちから隠し持っていたナイフをベッドの下から引き出す。

そろそろ、突入されるのかな。

「マサト、お前は本当に残酷なやつだ。」

僕はおいおいと泣いた、

「お前の分までなんて、生きてやるものか。」

そう言い、僕は胸にナイフを奥深く突きたてた。

そして、吐き出すように言った。

「ざまあみろ。」

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