長編12
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血と妹 肆 「欲望と希望」

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「トラエタ、トラエタ、トラエタ、トラエタ、トラエタ、トラエタ、トラエタ、トラエタ」

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「うるさいわね!この子連れてきたのはあたし!」

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「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

「あー、もう!あんたまで!出来損ないの脱落者達は黙ってなさい!!」

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「ワタシタチ…デキソコナイ…チガウ」

「まともに喋れない、まともに化けられない、まともに小娘1人連れてこれない!おまけに身体まで奪われる!どこが違うのよ!」

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「たしかに、失敗作だねぇ。わし以外」

「ちょっと!それどういう意味よ!」

「考えてみな。みーんな半人前だ」

「なっ!何ですってー!」

「ほらそこで、私関係ありませんみたいにしとるお前もだよ?」

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「………」

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俺の妹、愛華は俺に対して敬語を使う。

理由は、血の繋がりのない他人であるから。だ、そうだ。

俺の叔母は10年前にある男と結婚した。ただ、その男には連れ子がいた。それが当時4歳だった愛華だ。

不運にも叔母夫婦は事故で亡くなり、愛華は祖父母の家に預けられた。

それからすぐ俺の両親もそれぞれ病気で死んだ。

晴れて愛華と同じ境遇になった俺も、祖父母の家に預けられたのだ。

それからは兄妹同然に育てられ、今に至る。

とまあ、このくらいで昼ドラのような家族構成はご理解いただけたと思う。

話を現在に戻そう。

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夜が明けるまで、俺は愛華を捜した。

結果はわかっていた。でもじっとなどしていられなかった。

愛華は今、人の手の届かない所にいる。

そう直感した。

あの腐った死体は、1日中愛華と一緒にいたはずなのに殺してはいなかった。恐らく誘拐が目的だったのだろう。

その後どうするのかはまだわからないが…

愛華はまだ生きている。いや、生きていなければならない。

無理矢理にでも愛華生存の方程式を完成させなければ俺は壊れてしまいそうだった。

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背後から聞こえた鈴の音は、俺をなんとはなしに振り返らせた。

「初めまして」

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「っ!!」

眼前に少女が立っていた。

背は小さく、体は細い。

目はアーモンド型で大きく、睫毛は長い。

鼻は少々高く、唇は淡い桜色をしている。

愛華だ。彼女の姿は愛華のそれと酷似していた。

ただ、決定的に違うところが一ヶ所あった。それは髪だ。愛華の髪は、父親譲りの赤茶けた色だ。

俺の目の前にいる少女は漆を塗ったような艶やかな黒髪をしている。

「あの、君は?」

「鈴音といいます」

もう1つ違う点があった。

愛華は話す時に最初の言葉を溜めるが、この子は歯切れが良く、ハキハキと喋るようだ。

「ああ、俺は…」

「愛華ちゃんのお兄様ですよね?」

「そうだけど…」

この子は俺を知っている。

身の危険を感じた。この数ヶ月、女と関わるとろくなことがなかったからだ。

「あっ!安心してください。怪しい者ではありません」

俺の疑心が顔に出たのだろうか、鈴音と名乗った少女は慌ててそう言った。

「私、氷室先生の弟子なんです」

「氷室さんの?」

氷室さんというのは、数ヶ月前にお世話になった祖父の友人の霊能者だ。

「はい。先程ご自宅から連絡いただいたのですが、先生は調べたいことがあると数日前から山に籠もってしまいまして…変わりに私がお力添えをと思いまして」

愛華がいなくなったことを祖父に知らせたことを思い出した。

警察を呼ぶと言っていたが、警察では無理だと伝えたため氷室さんに連絡したのだろう。

「ご迷惑でしょうか?」

「いや、迷惑なんてとんでもない」

むしろ、この状況下では地獄に仏。

…待てよ?この子の言っていることを信じていいのか?この世には似た人間が3人いると言うが、こんな偶然があるのか?

「仰っていることと表情があっていませんよ?」

彼女は悪戯を考える子どものように笑った。

「正直、あまり信用できないんだ」

「お気持ち、痛いほどわかります」

下手をしたら俺までどうにかされるかもしれない。

もう戻っては来られないのかもしれない。

だけど…

このままでは愛華を見つけられないかもしれない。

「でもさ、君に賭けてみようと思う。手掛かりもないし、後悔したくないからさ」

俺は心を決めた。

「ありがとうございます。私も、精一杯のことをさせていただきます」

そう言うと徐に狐の面を取り出し、顔に付けて後ろで紐を結んだ。

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「それで、捜すって言ったってどこを捜せば?」

俺達はただ40分街を歩いているだけだった。

周囲の視線が痛い。

この面はどうにかならないのだろうか…彼女曰わく、今後のためにどうしても必要らしいが…

「それにはおよびません」

「と言うと?」

「私にはもう、彼女の居場所がわかっています」

鈴音ちゃんは小声で囁いた。

「っ!!何でもっと早く教えてくれなかったんだ!それはどこ?走るの辛かったら俺だけでも行くから!」

現実的に考えればそれは無理だ。もう歩くだけでやっとだ。

「しっ!静かに!あれが近くにいます。それに、今行っても返り討ちに合うだけです」

彼女は左手の人差し指を自身の唇に当てた。

「あれ?あのゾンビか?」

俺も合わせて小声で話すよう心がける。

「いいえ、もっと恐ろしいモノです」

あれよりも恐ろしいモノ?

鈴音ちゃんは俺の手を引いて、どんどん人混みの中に入っていく。

流石に大勢の人がいる中ではあれとやらも襲ってこれないのだろう。

「急いでください」

俺の手を握っている彼女の手は、驚くほど冷たかった。

「待て」

嗄れた声が背後から聞こえた。

「いいですか、絶対に振り向かないでください?」

「え?!…わ、わかった」

「待て!」

声が大きくなった。

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music:6

鈴音ちゃんはとうとう駆け出した。

一晩中走りっぱなしで脚が千切れそうだ。

それでも俺は鞭を打って走った。

人混みを掻き分け、更に混雑した所に身を投じる。

何だよ…何がいるっていうんだよ…

「逃がすか!」

かすれていてもはっきりそう聞こえた。

しかもだんだんと近くなっている。

「あっ!」

今度は鈴音ちゃんが声を上げた。

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俺達はあの声から逃げようとするあまり、人混みを抜けてしまっていた。

「追いついた」

嬉しそうな声がすぐ後ろで聞こえた。

もう人混みの中に戻ることはできそうにない。

クソ…

俺は鈴音ちゃんの忠告を無視して、後ろを振り返った。

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そこにはいやらしく笑う老婆の姿があった。

服は貧相な布切れで、白髪混じりの髪は伸び放題。

とても不潔な格好だ。

「誰なんだよあんた…」

「わしゃあただのホームレスだよ。何も怖がることはない」

嘘だ。腰の曲がった老婆が、現役中高生に追いつけるはずがない。

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しばし沈黙が続いた後、老婆は狂ったように叫び始めた。

「お前のよく見える目をくれ!お前のよく聞こえる耳をくれ!お前のたっぷり残った命をくれ!」

しわだらけの手が俺の顔に伸びる。

「あの死体だけにデカい顔されるのは癪でねぇ。お前さん、あの娘の兄貴なんだろう?大好きなお兄ちゃんが目の前で苦しむ姿を見たら…」

「止めなさい!」

鈴音ちゃんに制され、老婆は手を下ろした。

「誰だい、お前は」

「霊能者」

自信なさげにこう付け加えた。

「…見習い」

「ほう、霊能者見習い。それで?わしを祓うか?」

あからさまに鈴音ちゃんを挑発している。

「もちろん」

「じゃあ何故逃げた?」

「…周りを巻き込まないために」

「綺麗事言うんじゃないよ!」

嗄れた声を荒げる。

「本当は怖いのだろう?わしが。その面はなんだ?恐怖を覆い隠したつもりか?」

「………」

「よく見れば、面から覗くその目、実に美しいじゃないか。どれ、手始めにお前の目をもらおうか」

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今度は鈴音ちゃんの顔に手を伸ばした。

「い、いやっ!」

口では強がっていた鈴音ちゃんだが、今や蛇に睨まれた蛙だ。

「おい、やめろ!」

俺は老婆の腕を力を込めて掴んだ。

肌に刻まれたしわ、浮き上がった血管、細くて弱々しい骨の感触があった。

「邪魔するんじゃないよ!」

奴は老婆とは思えない力で俺を振り払った。

「安心せい、後でお前からもたっぷり命を搾り取ってやる」

俺はアスファルトに身体を強く打ちつけられた。

同時に頭も打ったようで、意識が薄れていく。

鈴音ちゃんが老婆に追い詰められていくのを、俺は黙って見ているしかできない。

いや、見ていることすらできなくなりそうだ。

俺は生まれて初めて気絶というものを経験するのかもしれない。

その後無事に目を覚ませる保証は無かったが、今はただ闇の中に落ちてくことしかできなかった。

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バチンッ!

光の届かない暗闇の中、俺は何かが切れる音を聞いた。

ああ、お面の紐が切れたのか…

鈴音ちゃんを助けないと…

そう心では思っていても身体は動かない。

まるで夢の中にいるようだ。

いや、実際夢を見ているのだろう。どうにか起きなければ。

「おっ、お前!何故?!」

今度はあの老婆の声だ。

何かに驚いている。

あっ…

どうして今まで気づかなかったんだ…

あの老婆は昨日のゾンビの仲間か何かだ。奴らの所にいるはずの愛華そっくりの顔がそこにある。これは驚かずにはいられないだろう。

ということは、あいつは…

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俺の目蓋は気がつくと開いていて、瞳には光が届いていた。

それを確認するが早いか、俺は鈴音ちゃんに掴みかかっている老婆を彼女から引き剥がした。

老婆から引き剥がされた鈴音ちゃんは勢い余って転んだ。

彼女には申し訳ないが、彼女の優先順位を二番に定めた。

そして、俺は老婆に掴みかかる。

これだけ暴れているのに周りがやけに静かだと思ったら、通行人はいつの間にか1人もいなくなっている。

今は何が起こっても不思議ではないということか。

まあ、今はそんなことはどうでもいい。

「おい、愛華を返せ!今すぐに!!お前達の所にいるのはわかってるんだ!!」

「っ!!やめろ!…や、やめろぉ!!」

奴は目を見開き、必死に俺から逃げようともがく。しかし、俺はそれを許さなかった。

「あっ…あ…ああ…」

やがてもがくのをやめ、静かになった。

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どん!

かと思えば肘で俺の胸を強く押した。

いきなりのことだったので俺は尻餅をついた。しかし、先程の怪力は感じなかった。

「ふん!」

老婆は俺を一瞥すると、俺の知らぬ間に人々の姿が戻った道を戻って行った。

music:4

俺はしばらくぽかんとしていたが、鈴音ちゃんを放っておいたことを思い出し、腰を抜かした彼女に駆け寄った。

「大丈夫?立てる?」

俺が差し伸べた手に彼女の冷たい手が触れる。

「はい、ありがとうございます」

「ところで、あいつは?」

「え?…今ご自分で祓ったじゃありませんか。感服してしまいました。本体と引き離すだけでなく、同時に除霊までしてしまうんですから」

は?俺が?どうやって?

「すみません、私、本当は怖くて…肝腎なときに役に立たなくて…」

「あ、いや、そんなことはいいんだ。いいんだけどさ、俺があいつを祓ったってどういうこと?」

鈴音ちゃんは狐に摘ままれたような顔をした。

俺何かおかしいこと聞いたか?

「…もしかして、気づいていないんですか?」

「何が?」

「あの…」

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彼女の話をまとめるとこうだ。

俺には“よくないもの”を祓う力が備わっているらしい。俗に言う冷媒体質というものなのだそうだ。

あまり強い力があるわけでは無いらしいが、何かのきっかけで枷が外れると、先程のようにプロ顔負けのことができると言う。

この前の2つの事件では俺が奴らを“本体”と引き話したらしい。

目無しの女の本体は、奴が落とした人形らしい。

で、氷室さんは、あの生き霊の本体を探しに山に籠もっているとのことだ。

もちろん俺は初耳だ。寧ろ知っていたら愛華をみすみすあんなのに渡したりしない。

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「あれ?でも氷室さん、生き霊は祓えないって言ってたけど?」

「はい、愛華ちゃんのお兄様が飛び出した時、愛華ちゃんのお母様は逃げました」

「じゃあ俺が祓ったっていうのは?」

「本体によくないものが憑き、そこに愛華ちゃんのお母様が上書きするように乗り移っていました。でも愛華ちゃんのお母様はお兄様を恐れて、本体と本体に憑いたよくないものを置いて逃げました」

「ややこしいな…ま、この件に関しては後で考えることにするよ。今は愛華だ。場所わかるんだろ?」

「はい」

思えば最近、何でも後回しにしてきた気がする。

彼女は再び面の紐を後ろで結んだ。

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俺達は街中を外れ、しばらく歩いた後、暗い竹林へたどり着いた。

「もしかして、1時間近く街中歩いたのって…」

「はい、あのおばあさんを…いえ、正確にはあのおばあさんに憑いていたモノを祓うためだけに」

「やっぱりか」

恥ずかしながら、体力に自信がない。明らかに疲労が脚にきている。

「いきなりここに入っていたら危なかったかもしれません。先程のあれは、私の手に負える相手ではありませんでしたから」

「それなのに祓おうとしてたの?」

「実は、愛華ちゃんのお兄様の力を、ちょっぴりあてにしていました」

面に隠れて表情は見えないが、耳の先が紅潮しているのはわかる。

「すみません」

「いや、いいよ。結果的にはうまくいったみたいだし」

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「ウマク、イカセナイ」

それは突然飛び出してきた。

目に穴の空いた女、この前の化け物だ。

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「うぅぅぅぅぅぅぅぅ」

姿は見えないが、気配がもう一つする。

この声は数ヶ月前のあいつに違いない。

「大丈夫です!あの2体は、お兄様に本体と引き離されて殆ど力は残っていないはずです。私でも祓えます!」

俺は首を横に振った。

あの2つの事件を思い出すと、無性に怒りがこみ上げてくる。

この時初めて自分の中にある何かに気づいた。

俺は鈴音ちゃんを後ろに下げ、身体の内側から溢れてくる何かに身をゆだねる。

「邪魔だ。お前達に用はない」

「ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

目無しは苦悶の表情を浮かべている。恐らく、透明な奴も同じように。

「ワタシタチ、シヌ」

奴らは醜い声を上げながら、溶けるようにして消えた。

俺は奴らに手さえ触れなかった。

本当に俺がやったのか、これ?

「これで2体の除霊は完全に終了しました。しかし先程も言いましたが、愛華ちゃんのお母様はまだ消滅していません。…きっとまた新しい体で機会をうかがっているはずです。」

「ああ、わかってる。でも今は急ごう。愛華が待ってる」

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愛華は意外にもあっさり見つかった。

竹藪の中に仰向けで倒れている。

「愛華!」

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「残念だけど、ここからは一歩も進ませないわよ?」

そこにいたのは愛華だけではなかった。

「昨日は油断したけど、今度は…」

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「っ!!」

俺が障害物を睨みつけると、障害物はアオダイショウに姿を変え、藪の中へ消えていった。

後を追うでもなく、俺は真っ直ぐ愛華に駆け寄る。

「愛華、大丈夫か?おい!」

「…にい…さん?」

体を揺すってやると、愛華はすぐに目を覚ました。

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「よかった。怪我とかしてないか?」

「…はい、大丈夫です。…あっ!」

「どうした?」

「…私、兄さんからいただいたブローチを…」

愛華は不安げに俺を見上げた。

「これ?」

ポケットから狐のブローチを取り出して彼女に見せる。

「…すみません、心配かけてしまって」

「一晩じっくり考えられた?」

「…いえ、ずっと眠らされていたので」

愛華は昨晩、考えたいと言って俺の元を去った。

彼女がどんな答えを導き出すのか、そもそも何を考えるのか、不安だった。

「そうか、じゃあ答は出ていないのか」

ため息を吐いた。落胆からではない。安堵からだ。

「いえ…もう決めています」

彼女の言葉に一瞬で肝が冷える。

俺は生唾を飲んだ。

「じゃあ、聞いてもいいかな?そもそも何を考えたかったのかも聞いてなかったけどさ」

「…はい。私が考えたかったのは、これからどうするかです。…あの人に言われたんです。…兄さんに近づくなと」

「それで?」

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「…家に、帰ります。兄さんと一緒に」

「そうか」

俺は平静を装っているが、愛華が戻って来てくれることに歓喜していた。

親がいないという共通の境遇から、彼女を守らなければ。そう思っていた。

愛華を、捕らわれのお姫様と見立ててさえいたのかもしれない。

でも本当は違った。

俺の方が支えられていたんだ。

「…あの、兄さん?…このブローチ、また着けてもいいですか?」

「もちろん」

俺は愛華の胸元に狐を留めた。

「そうそう、紹介がまだだったね。あちらは、氷室さんの弟子の鈴音ちゃん。ここまで俺を連れて来てくれたんだ」

「…そうでしたか。…ありがとうございました。ご迷惑おかけして申し訳ありません」

「い、いいえ。無事で何よりです。本当に…よかった」

彼女の声は何故か震えていた。

声だけではない。体の震えを抑えるためか、自分を抱きしめるように腕を組んでいる。

その脅えた瞳には

俺が映っていた。

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