血と妹 伍 「二枚舌と舌遣い」

長編7
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血と妹 伍 「二枚舌と舌遣い」

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「あの、鈴音ちゃん?」

俺は、縁側に座って脚をバタバタさせている少女に声をかけた。

「何ですか、お兄様?」

俺の妹によく似た霊能者見習い、鈴音は俺をお兄様と呼ぶ。

理由は“愛華ちゃんのお兄様”と呼ぶのが面倒だから、だそうだ。

だったら普通に名前で呼んでくれればいいのに…

それはどうでもいいとして…

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「あのさ、何でずっとうちにいるの?」

彼女はもう3日もうちで寝泊まりしている。

「愛華ちゃんを護衛するため、先生にしばらくお暇をもらってきました」

「はあ…」

彼女の言う先生とは、俺達がお世話になっている霊能者の氷室さんのことだ。

「でも3日前の話だと、愛華のお母さんの生き霊が身体を変えて襲って来るって話でしょ?相手が生き霊じゃ祓えないんじゃ?」

氷室さん曰わく生き霊は、狙われている本人が生き霊と向き合わなければ祓うことができない。

「そうでした…そんなことも忘れていたなんて、私はダメな霊能者です…」

鈴音ちゃんはしゅんとしてしまった。

「そ、そんなことないよ」

まあいざとなったら氷室さんに相談すれば…

「それより、もう1つ聞きたかったことがあるんだけどさ…」

「なんでしょう?」

「あのお面って何だったの?」

3日前、鈴音ちゃんは被っていた狐の面を、今後のために必要なものと言っていた。

「あのお面は、彼女達に素顔を見られないように着けていたんです。土壇場で紐を切って、愛華ちゃんに似た私の顔が現れて、敵が驚いた隙を突いて私が祓うっていう作戦だったのですが…」

途中で怖くなって固まったと…

なるほど、理解した。

「そっか、ありがとう。じゃあ次こそは愛華のこと頼んだよ」

「え?私ここにいていいんですか?!」

「うん。そばにいてあげて」

「もちろんです!ずっと愛華ちゃんのそばにいます!」

彼女は今まで以上に張り切っていた。

「そうそう鈴音ちゃん、夜は愛華と同じ部屋で寝てもらってるだろ?もう夏だし、暑くない?」

愛華の部屋は狭くはないが、愛華のプチ図書館となっているため布団は2枚も敷けないはずだ。

部屋の構造と本棚の位置を考えると、2人は1枚の布団で寝ていることになる。

「そうですね…寝汗をかいてしまうことはあります。でも、私は気にしていませんよ?」

「でもなぁ風邪ひいたら大変だし…かと言って寝るときだけ2人と俺の部屋を交換するわけにもいかないしな…」

俺の部屋は愛華の部屋と同じ作りだが、そこまで物は置いていない。

「じゃあ、私がお兄様と同じ部屋で…」

「え?」

俺は耳を疑った。

「す、すみません!今愛華ちゃんと一緒にいるって言ったばかりなのに!頭がぼーっとしてしまって…」

「いや…」

「あ、あの、その…深い意味は無くて…」

「うん、わかってるよ。俺も鈴音ちゃんに…その…絶対に手を出さないから」

鼓動が早くなっている。

中学生相手に何を考えてんるんだ俺は!

「それは…私に魅力がないからですか?」

music:2

「私って駄目な女ですね…お兄様と一つ屋根の下にいる資格なんてないですね!」

「いや、いや、いや!どうしてそうなる!」

「私…女としても駄目なんですね…」

「そんなことないよ!」

「だってお兄様、私のこと嫌いでしょ?」

「嫌いじゃない、嫌いじゃない」

「じゃあ愛してます?」

「い、いやぁ…愛してはないかな?」

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「…何してるんですか、お2人とも…」

music:4

愛華が怪訝な顔をして俺達を見ていた。

「ああ、いや…」

「冗談です」

コントかよ…

ほっと胸を撫で下ろした。

「…冗談、ですか?」

笑えないよ…

「もう、こなことしてないで早く中に入ろう。蚊に刺される」

「はーい」

「…はい」

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wallpaper:139

その夜、俺は布団の中で日中のことを思い出していた。

鈴音ちゃんって、ああいうジョークを言う子だったんだなぁ…

出会った時はそんな印象無かったんだけどな…

角が取れたってことか?

でも何か引っかかるんだよな…

どうも落ち着かないっていうか…

感情が不安定になっている感じだ。

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「「アーオ…アーオ」」

盛りのついた野良猫達の互いを求め合う声がやかましい。

ただでさえ蒸し暑い夜だというのに、これでは眠れやしない。

shake

ギシ…

「っ!!」

床がきしんだ。

この家も結構な旧家だ。こんなことはよくある。

普段なら気にも留めないが、立て続けに起こる事件のせいで過敏になっているようだ。

shake

ギシ…ギシ…

違う…

誰か廊下を歩いてる…

じいちゃん?ばあちゃん?

shake

ギシ…ギシ…

愛華か?

shake

ギシ…ギシ…

鈴音…ちゃん?

shake

ギシ…ギシ…

だんだん近づいてる…

誰だ?こんな時間に?

そもそも…人か?

もしまた異様な姿をした化け物だったら…

「何を怖がる必要がある…」

俺は声を出して自分に言い聞かせた。

「いざとなったら…」

wallpaper:437

「オレダッテ…ヤッテヤル…」

shake

ギシ…ギシ…

近い。すぐそこまで来ている。

………

……

俺の部屋の前で音が止まった。

襖一枚隔てて、俺の正面に何かがいる。

shake

ガタッ…スー…

建て付けの悪い襖が開かれ、音の正体と目が合った。

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music:5

wallpaper:202

私は、お腹に重みを感じて目を覚ましました。

「えっ?」

鈴音さんが私に馬乗りになっていました。

「…鈴音さん?」

彼女の目は虚ろで、焦点が合っていないようです。

「ハァ…ハァ…」

荒い息づかいが私の頭上で聞こえます。

「…どうしたんですか?」

「ハァハァ…」

「ひゃうっ!」

鈴音さんの顔が私の首に近づいたかと思うと、私の身体に電気が走りました。

首元を痛いくらいに吸われています。

柔らかな唇が吸い付いては離れ、吸い付いては離れ、執拗に私の肌を求めてきました。

それが終わると今度は、私の首にザラリとした感触を感じました。

「な、何を!」

鈴音さんの舌が私のかいた汗を舐めとっていきます。

「…や、やめてください」

私がそう言っても、彼女は私を押さえつけて離してくれません。

力がだんだんと強くなっていきます。

「…もう…限界………兄さん…たすけ…」

sound:26

shake

バンッ

大きな音が鳴り響いた瞬間、鈴音さんの身体は壁に打ちつけられていました。

「…えっ?」

私には何が起きたのかわかりませんでした。

「愛華ちゃん、大丈夫?」

襖が開かれ、数珠を持った女性が部屋に入って来ました。

間違いありません。以前お世話になった霊能者の氷室さんです。

「…私は大丈夫です。でも、お弟子さんが…」

「私に弟子はいないわ」

「え?…じゃあ…」

私が伸びている鈴音さんに視線をやると、氷室さんはこう言いました。

「あれも呪いよ」

頭を重いもので殴られた心地でした。

「…そんな」

兄さんと一緒に私を助けに来てくれた人です。信じたくありません。

「愛華、大丈夫か?!」

「兄さん!…はい、何ともありません」

「良かった…」

兄さんはその場でへたり込んでしまいました。

顔には疲労の色が見えます。

何かあったのでしょうか?

「貴方もよく頑張ったわ」

氷室さんが兄さんに手を差し伸べ、起き上がらせました。

「…兄さん?」

「あの力、捨ててきた」

兄さんは苦笑しました。

あの力というのは、鈴音さんが言っていた霊を祓う力でしょう。

「…どうして、ですか?」

「危険だからよ」

氷室さんが呟きました。

「…危険?」

「弱い力を怒りに任せて一気に増幅させる。そんな芸当を無意識の内にやっていたのよ。でもそんなこと、何度もしていたら精神が壊れてしまうわ」

確かに、事件の時兄さんはとても怖い目をしていました。まるで別人のように。

「だから氷室さんにお祓いしてもらって捨てたんだ。でも、捨てるのがもう少し後だったら、俺が祓ってやれたのに…」

「駄目よ?」

氷室さんが喰気味に言いました。

「後一度でも使っていたら、もう…」

music:3

「だから…今夜私と一緒にいれば、こんなことにはならなかったのに…」

「っ!!」

いつの間にか鈴音さんは立ち上がっていました。

「私は…私は…愛華ちゃんを守りたかった…でも、呪いに溺れちゃった…」

鈴音さんは泣き出しました。

music:5

「「鈴音さん(ちゃん)…」」

私と兄さんは今、きっと同じことを考えています。

愛されたいのに愛されない。

愛したいのに愛せない。

そのもどかしさを、私達は誰よりも知っているはずです。

「ごめんなさい」

そう言って鈴音さんが窓を開けると、夜風が部屋に吹き込み、カーテンを膨らませました。

sound:34

鈴音さんを覆ったカーテンの中からは鈴の音が1度だけ聞こえ、カーテンが萎んだときにはもう、鈴音さんの姿はありませんでした。

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wallpaper:980

鈴音ちゃんは消えてしまった。

今まで彼女が俺達を騙していたとしても、今の言葉は本心からの言葉に聞こえた。

「…うっぐ………ひっく…」

窓の方を向いて顔は見えないが、愛華のすすり泣く声が俺の耳に届いた。

剥き出しになった白い肩が震えているのも見て取れる。

「…リンちゃん」

湿った声は大切な誰かを呼んでいる。

「アーオ…アーオ…」

先ほどまでうるさく感じていた野良猫の声も、今は大切な者を呼んでいる。そう感じてしまって仕方なかった。

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