長編6
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血と妹 終「血と死」

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あの老婆は、ホームレスという本体を残して消えた。

ゾンビは、アオダイショウという本体を残して消えた。

目無しは、人形を残して消えた。

透明なアレの本体は、氷室さんが山で見つけてきてくれたビー玉だった。

鈴音ちゃんは、何も残さず消えた。

本体が無事ということは、また愛華を狙うチャンスがあるということだ。

でも、もう彼女は愛華に手を出さない気がする。

何の根拠もないが、とにかくそう感じた。

あの子は、苦しそうだった。

「…おはようございます」

愛華が目を擦りながら今に現れた。

「おはよう」

「おはよう、愛華ちゃん」

どうやら眠ることはできたらしい。

だいぶ落ち着いている。

「起きてすぐ悪いんだけど、時間がないわ。さっそく話を始めてもいいかしら?」

「…はい」

氷室さんは祖父母を家に入らないよう指示し、全てを話すと俺と愛華に言った。

「2人は、十悪ってしっているかしら?」

「「十悪?」」

「2人とも知らないようね。十悪っていうのは、仏教において犯してはならない10個の悪行のことなの」

「それが愛華と何の関係が?」

「いい?」

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人を恨むことは十悪の1つ、「愚痴(ぐち)」に当たるわ。

他人のものを奪うことは、「偸盗(ちゅうとう)」に当たるわ。

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嘘を吐くことは「妄語(もうご)」、奇麗事を言って誤魔化すことは「綺語(きご)」に当たるわ。

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憎しみ、怒ることは「 瞋恚(しんに)」。悪口や暴言を吐くのは「悪口(あっく)」。

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欲深いのは「貪欲(とんよく)」ね。

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そして、鈴音って子が持ってたのが、淫らであることを示す「邪淫(じゃいん)」と、二枚舌を使って他人を惑わす「両舌(りょうぜつ)」というわけね。

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「これでわかったでしょう?愛華ちゃんにかけられた呪いは、仏教のタブーを二つか一つ、無理矢理1つの体に押し込めたものなのよ」

氷室さんの説明を、頭では理解してもいまいち事の重大さは今までと変わらないような気がした。

「…あれ?」

「どうした、愛華?」

アイカが、指を折っている両手を不思議そうに見ている。

「…1、2、3………9…氷室さん、九つしかありませんが?」

愚痴、偸盗、妄語、綺語、瞋恚、悪口、貪欲、邪淫、両舌。確かに9個しかない。

「そう、そこなのよ。十悪にはもう一つ悪行があるの。あの子が言っていたという、愛華ちゃんのお母さんが新しい身体で戻って来るという話が本当なら、残った一つしかないわ」

愛華を探しながら鈴音ちゃんが教えてくれたことを思い出した。

「一つの本体に一つの呪いを入れている分、二つのものよりも純度が高くて強力なはずよ。おまけに、生き霊が入っているとなると私には祓えない」

それを聞いて、血の気が引いていくのがわかった。

「そんな、じゃあどうすれば!」

「愛華ちゃん本人が解決するしかないわ」

「…私が?」

最初の事件もそうだった。あの時は俺が手を出してしまったが、根本の解決にはならなかった。

やはりどこかで、愛華自身が解決しなければならないんだ。

でもそれは、危ないことなのではないか?

「氷室さん、残りの一つは何なんですか?」

「それは…」

氷室さんはためらったが、渋々答えてくれた。

「…殺生(せっしょう)よ」

説明を受けなくてもわかる。

限りある命を奪う、最も忌むべき行為だ。

「危険すぎる」

「それはわかっているわ。でも、こうするしかないの」

「…兄さん、私、やってみます」

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私は逃げてきた。

愛華ちゃんから…いいえ、本当の自分から。

両舌をこの身に背負ったのなら、それを持って主を欺こうと思っていたのに、もう一つの悪が邪魔をした。

貪欲が言ったように、私は半人前だ。

愛華ちゃんを守ろうとしても、主を裏切ろうとしても、何をしてもうまくいかない。

主はもうじきこの町にやってくるでしょう。

もう、あの人達には止められないでしょう。

さようなら愛華ちゃん。

私は犯した罪の責任をとります。

短い間だったけれど

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ありがとう。

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「だめだアイカ、リスクが高すぎる。他の方法を考えよう」

「…ありがとうございます兄さん、でも大丈夫ですよ。お母さんとお話するだけですから」

「いや、それはもうお前の…」

「私のお母さんです!」

「俺は愛華を心配して言ってるんだ」

「…んに…かるんですか?」

「え?」

「他人に何がわかるんですか!!」

愛華は目に涙を浮かべながら俺を一喝した。

「………」

俺の妹、愛華は俺に対して敬語を使う。

理由は、血の繋がりのない他人であるから。

“他人”そんなことはわかっていた。

今まで俺が必死に守ってきた妹も、今まで俺のことを慕ってくれていた妹も、血の繋がりの前では全て幻影だった。

「愛華…」

俺達は偽りの家族だった。

俺には、他人の家族の問題に首を突っ込む資格は無いのかもしれない。

「…心配しないでください。ただの親子喧嘩ですから」

そう言って、無理に笑ってみせた。

まったく、震えてちゃ説得力無いっての。

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「愛華ちゃん、本当にいいのね?」

「…はい」

「たぶん、もうすぐここにやってくるわよ」

「…はい」

愛華は見た目よりずっと強い子だ。

俺が過保護にしすぎたんだ。

「愛華…ごめんな…」

すぐそこにいる愛華を、今は遠い星の彼方に感じる。

彼女は、俺の所有物ではない。

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雨が降り出したようだ。

祖父母は外にいるが、玄関先に傘は置いてある。濡れる心配はないだろう。

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雷まで鳴りだした。

これは早く事を済ませた方がいいな。

それにしても不吉だ。

いかにもホラー映画のようなシチュエーションだ。

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「…あいか…あいか」

女の声が聞こえた。

この声は聞き覚えがある。

「来たわ!」

数ヶ月前に山の中で聞いた、あの声だ。

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「…あいか…あいか」

「…お母さん!」

家の中だ。もう家の中にいる。

玄関ではない。もうすぐそこだ。

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「あいかぁ!」

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ついに姿を現した。

黒い髪の女だ。

年齢は40代くらい。

とてつもない殺気をまとっている。ただ、それ以外は普通の女だ。

恐らく、この姿そのものが、彼女の本体なのだろう。そう直感した。

自分を呪いの本体にしたというのか?

「…お母さん、もうやめましょう?」

「殺す」

一歩一歩、俺達に恐怖を与えるようにゆっくり向かってくる。

「殺す」

「…ねぇ、お母さん!」

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「殺してやる」

聞く耳を持っていない。

やっぱり指を咥えて見ているなんてできない。

俺はあの時と同じように、愛華の隣に立った。

何か、この子の為にしてやりたい。

「………」

愛華が俺の袖を引き、首を横に振った。

あくまで1人でやる気だ。

「わかったよ…」

俺は歯を食いしばって後ろに下がった。

「殺す」

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「…お母さん。お母さんが私をどう思っていても、私は…」

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shake

「っ!!」

彼女は、愛華の首筋に噛みついた。

噴き出した血が、アーモンド型の目を、少し高い鼻を、淡い桜色の唇を、そして

赤茶けた長い髪を染めた。

「…大好き…だか…らね」

最期の力を振り絞って出した言葉は、14年間伝えられなかった愛情だった。

それを言い終わると、満足げな表情で畳に倒れた。

「愛華!」

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「殺した。私が殺した」

無機質な声は、俺を奮い立たせた。

捨て去ったはずの力が、再び湧き上がってきた。

何とも言えない感覚が、俺の意識を支配する。

「お前、よくも…よくも愛華を!!」

氷室さんは再び力を使えば、もう人間には戻れないと言っていたが、そんなことはどうだっていい。

今は怒りだけが俺の全てだ。

「許さない。絶対に!」

「お前も、殺す。愛華の味方、全て殺す」

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それからのことは、あまり覚えていない。

ただ、俺の首筋からは大量の血液が溢れ出ている。

生き霊にはこの力は通用しない、そう氷室さんに言われていた。

…氷室さん?

あの人、どこに?

……………

………

ああ、そうだ、俺がやられてからすぐ、あいつに…

氷室さんがあの女に隣の部屋まで突き飛ばされる情景がフラッシュバックする。

「そっか…俺達、みんなやられたんだな…」

俺と愛華の血が、畳の上で混ざり合い、血溜まりを作っている。

「愛華?そんなに…血の繋がりが大事か?同じ血が大事か?」

俺は血の付いた左手で、同じく血の付いた愛華の右手を握った。

「これで、本当の兄妹に、なれたのかな?」

最期に俺の瞳に映ったのは、血と妹の姿だった。

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