長編8
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お婆ちゃんの箱…

私が、昔住んでいた家の大家さんは、

お婆さんでした。

おばあさんに身寄りはなく、どのような経緯かはわかりませんが、老人ホームに入所していました。

そんなお婆さんを、私達家族は年に数回、外泊許可を取り、家で3日ほど過ごしてもらっていました。

私達は、血のつながりはありませんでしたが、

『お婆ちゃんが帰ってくる。』と言って、

とても楽しみにしていました。

お婆ちゃんが居てる、というだけの事で、私達家族も一緒に変わりなく生活をするのですが、

お婆さんはいつも、我が家に来る時には、

『お邪魔します。』と言いました。

『おばあちゃんのお家なのに、ただいま、でしょう?』とみんなが笑って言うと、

『何をおっしゃいまして…。私なんかを、大家といえど、家に呼んでくれるのですから、ありがたい事、ありがたい事…。』と、

手を擦り合わせ、私達を拝んでいました。

小さなボストンバッグに、綺麗に畳んで服を入れ、

私と妹の為にとお菓子や手作りのポーチやら巾着袋を入れ、歯磨き粉、歯ブラシ、湯のみ、そして…、お茶碗を持って帰ってきます。

母が、

『お婆ちゃん、お茶碗も歯ブラシも、コップだってちゃんと置いてあるんですよ?重たいから、持ってこなくて良いのよ?』と言っても、

『いいえ、ご厄介になるのですから、せめて、これだけでも持って来なければ。ありがたい事。ありがたい事。』

そう言い、毎回、ギュッと荷物を詰めて、帰ってくるのでした。

お婆ちゃんは、私が小学生の時に、すでにかなりのご高齢でした。

背中が丸く曲がっているので、元々小柄な体を、さらにクルッと丸めたような印象です。

いつも、長く伸ばした綺麗な白髪を、自分でクルクルと巻き、かんざしで頭のてっぺんに留めていました。

顔は、シワが多く、しかし、そのシワが一層、お婆ちゃんの優しさを表しているようにも見えて、小さな目も、瞼が垂れて隠れてしまいそうになっていましたが、それすらが

何というか、『これぞ、お婆ちゃん!』と言うような、

流れる時間がとても穏やかな、ゆっくりしたものに感じられるような人でした。

そんなお婆ちゃんが我が家に帰ってきた、ある夕方…。

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お婆ちゃんが、父に、納屋に連れて行ってくれと言い出しました。

納屋には、お婆ちゃんの家財道具がしまわれていました。

父がお婆ちゃんと納屋に行くのに、私もついていく事にしました。

納屋は、普段、開けられる事なく、たまに母が、

風を通すと言って、お婆ちゃんの服を陰干ししたり、

収納箱の蓋を開け、空気を通しているくらいでした。

お婆ちゃんは、納屋に入ると、どこに何があるのか分かっているようで、

『この箱に入れたんだよねぇ〜。』と、

蓋をポンポンとします。

それは、見るからに古い、かなり昔のものだと、一見して分かる木で出来た収納箱でした。

重たいから、と父が変わりに蓋を開けると、

お婆ちゃんは、

『ありがとうございます。後は自分で探せるから。』

と言いました。

父が、

『この箱にあるの?違う箱だったら、またフタ開けないといけないから。探しな?待ってるから。』と言いましたが、

『いいえ、この箱なんです。

寒いから、お部屋にお戻りになって?私もすぐに戻りますから。』と言います。

私と父は、顔を見合わせましたが、

納屋の中のものは、お婆ちゃんの物ですので、

何か私達に見て欲しくないものもあるのかなと、

『フタは重いから、持ったらダメだよ?腰、悪くするよ?

後で、ちゃんと閉めに来るから、フタだけは持たないでね?』と父が言い、

部屋に戻る事にしました。

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寒い時期だったのを覚えています。

中々、納屋から戻らないお婆ちゃん…。

母は、

戻ろうと連れに行くと、また気を使うからと、

小さな火鉢に火を起こし、私に持っていくように言いました。

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納屋に向かって歩いていく私に…、

何やら小さな声が聞こえてきました。

ポソポソ…、ポソポソ…、

納屋の前に着くと、お婆ちゃんの声だとはっきりわかります。

お婆ちゃん、やっぱり、探し物わからなくて、どこだ、どこだと言ってるのかな…?

そう思いながら私は、納屋の前で、

『お婆ちゃん?寒いでしょ?火鉢持ってきたよ?』と

声を掛け、火鉢を持って入って行きました。

お婆ちゃんは、こちらに、小さな背中を丸めて座り込んでいました。

私に気づいていないのか、ポソポソ…、ポソポソ…、

まだ、何かつぶやいています。

何かを探しているのではなく、

座り込んで、

口元に、両手をやり、

ポソ…、ポソポソ…、

私はとっさに、お婆ちゃんがどこか具合が悪くなったのかと思いました。

80歳を超えているお婆ちゃんが、どこかしんどくなって、おかしくなったかと思ったのです。

バッと駆け寄り、

『お婆ちゃん?!』

と言いながら、肩をつかみ、お婆ちゃんの前に回りこみました。

しかし、お婆ちゃんは、

突然、肩を掴まれた事に驚くそぶりもなく、

まだ、ポソポソ…とつぶやき、

しばらくあって、フッと私の方に目をやり、

『…にゃにゃみちゃん、どうしましたか?』と、

いつもの笑顔で聞いてきました。

肩を掴んで、お婆ちゃんの前に回り込んでから、お婆ちゃんが私に話しかけるまでの間、

私には、お婆ちゃんの動きがまるで、スローモーションのように思えていました。

ポソポソ…と話す、口の動きも、瞬きも…、

私の時間の流れより、とても、遅く感じられたのです。

私は、妙な時間差のようなものを感じ、そしてなぜか、

今度は私が、ゆっくりした時間の中にいるような感覚に陥りました。

端から見ると、私はしばらく、お婆ちゃんを見つめているような状態だったと思います。

『にゃにゃみちゃん?迎えに来てくれたのですか?』と、

お婆ちゃんが言葉をかけてくれて、

私は、ハッとし、

『…ううん、お母さんが火鉢を用意したから…。』と言うと、

お婆ちゃんは、

『あらまぁ、ありがたい事、ありがたい事。

重たいのに、ごめんなさいね?熱くはなかった?嬉しいわ。いい子ねぇ〜、いい子ね〜。』と、

頭を撫でてくれました。

撫でてくれる手が、とても冷たくて、

私は、戸口に置いたままにしていた火鉢を、慌てて取りに行き、

お婆ちゃんの手を火に当て、自分の手で覆い、さすってあげました。

その時に、

お婆ちゃんが両手で包むように…、

何かを握っている事に気付きました。

『お婆ちゃん?何持っているの?』と、

私は聞きました。

お婆ちゃんは、ん〜?と言いながら、

小さな目で、私を見てきました。

時間がまた、スローモーションのようになる感覚がして、

お婆ちゃんは、ゆっくり、手を開きました。

意識して、ゆっくり開く感じではなく、

目の前の動きが、本当にゆっくり動く…、

貧血の時、頭がクラクラするような、目の回る感じ、そんな感覚にも近いかもしれません。

お婆ちゃんの手のひらを見ようと思う私の目の動きも、

とても、ゆっくり、ゆっくり、視線が動く感覚…。

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手のひらには、

縦横3センチ程の、小さな正方形の箱がありました。

とても、小さいのに、綺麗に装飾された、黒塗りに動物が描かれているものでした。

(鳥獣戯画に描かれているウサギに似ていました。)

『すごい、かわいいね。箱なの?』

そう聞く私の声は、普通なのですが、

私の口の動きは、とてもゆっくりに感じられます。

私は、また、お婆ちゃんの方に、ゆっくりな感覚の中、目を戻しました。

お婆ちゃんが声を発して、

『これは、箱だよ。』と

言った瞬間、

スローモーションのようなあの感覚が無くなり、

なぜか、耳の中がとても静かに感じました。

カラオケ屋さんから出てきた時、外がとてもとても静かに感じるそれに似ていて、

『あー、音が大きく聞こえてたら、頭がクラクラしたんだ。』と、

妙に納得しました。

『何の箱なの?』と聞く私に、

お婆ちゃんは、

『これはね、蓋のない箱なんですよ。開けられないの。』と言います。

『箱なのに、開けられないの?

じゃあ、何も入れられないね?』

そう言うと、お婆ちゃんは、

『最初に、入れてから、箱を作るんですよ。』

そう言って、着物の裾に、その箱をしまい込みました。

もう少し、その箱の柄を見たかった私は、

『よく見せて?』と頼んだのですが、

お婆ちゃんは優しい笑顔で、

『マガいからダメですよ。お部屋に戻りましょう。

にゃにゃみちゃんが風邪を引いてしまいますよ。』と、

私に手を出してきました。

私は、お婆ちゃんの…、少し暖かくなった手を握って、

納屋を後にしました…。

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次の日、お婆ちゃんは老人ホームに戻ってしまう日だったので、私は学校から戻ると、父と一緒にお婆ちゃんを車で送って行きました。

家を出る時、お婆ちゃんは、

『どうも、長い間、お世話になりまして、ありがとうございました。

私なんかを、こんなに良くして頂いて…。

本当に、ありがとうございました。』

そう言って、頭を下げていました。

ばあちゃんは、

『また、お話ししましょうねぇ。春になったらまた、帰ってくるでしょ?』と背中をさすり、

母も、

『今度帰ってくる時は、重たいもの、持って来ないでいいからね?全部、ここにあるんだから。お婆ちゃんのお家なんだからね?』と言いながら、見送っていました。

ホームにつき、部屋まで送り届け、

『また、帰ってきてね?』という私に、

お婆ちゃんは、

『また、会いましょうね。いい子ね。本当にありがとうございました。』と、

父には、

『こんなにしてくれて、嬉しかったです。

本当にありがとうございます。

お世話様でございました。』

と言い、ベッドの上に、きちんと正座して、

手をついて頭を下げていました。

次の年が来て、春になったらまた、

帰ってくるだろうと思っていたお婆ちゃんは、

暖かくなる少し前に、体調を崩し、そのまま病院に入院、

梅雨が明けた頃…、永眠しました。

私達は、お葬儀に参列し、お婆ちゃんとの別れに悲しみつつも、

ありがとうと見送らせてもらいました。

そして、ふと、

あの箱のことを、思い出したのです…。

その瞬間、また少し頭がクラッとし、

辺りがスローモーションのような動きになりかけたのですが、

『お婆ちゃん、あの箱…、持っていったんだなぁ〜。』と

漠然とそう思った瞬間に、

元に戻り、また耳の中が、

騒々しい場所から出てきた時のように、静かになりました。

あの箱の中に、お婆ちゃんは一体、何を入れていたのでしょうか?

開けられない箱にしまい込み、

長い間、納屋にしまいこんでいたのに、

何処にしまっているのか、ちゃんと覚えていて、

きっと、一緒に持っていったんだろうあの箱…。

優しい、大らかお婆ちゃんが言った…、

『マガいからダメですよ。』

あの言葉が、マガい箱の事が、

未だに忘れられずにいます…。

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ラグトさん、コメントと怖いを頂きありがとうございます。
お婆ちゃんとの思い出を振り返ると、思い出さずにいられない...、
きれいなあの箱。今でも、模様まではっきり、覚えているんですよ。

ラグトさんがおっしゃるように、何かを閉じ込めているのかもしれませんね。

そうなると、お婆ちゃんの事も、もっとよく知りたくなってくる私であります。

お婆ちゃんとの思い出を良いお話だと言ってくれてありがとうございます。
また、楽しんで頂けるお話しを投稿できれば、と励みになります( *´艸`)

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