中編5
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帰り道

music:4

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夕陽で染まる畑を見ながら、私は自分の家へと急いでいた。

友達の家で話し込んでしまい、少し帰りが遅れたのだ。

門限があるわけではないが、暗くなる前には帰ってくる様に言われている。

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しかしこのペースで歩けば、家に着くころには辺りは真っ暗だろう。

自転車があればもっと早く帰れるのに。

先日壊れたお気に入りの自転車の事を思い出してしまう。

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歩けど歩けど同じような景色が続く。

人も店も、家も無い。あるのは畑だけ。

友達の家に行くのにも一苦労な程の田舎町。

でもまあ、嫌いじゃない。

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新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、怒られることを覚悟する。

走って帰るよりは、少しお小言を言われる方がまだましか。

どんどん暗くなっていく空を見ながら、やっぱり誰もいない道を真直ぐ歩く。

歩きなれた帰り道。少しぐらい暗くても問題は無い。

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鼻歌交じりに歩みを進めていた時、道に座り込む一人の男性を見つけた。

暗かったので近くまで来ないと気付けなかった。

私はいつもの調子で挨拶をした。

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「こんばん……は……」

違和感は言葉へと伝わり、相手に届いただろう。

そこにいたのはなんの変哲も無い男性。

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年は30代ぐらいだろうか。

小太りでかなり挙動不審だ。

返事を返さないその男性を無視し、私は足早に通り過ぎた。

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おかしいのだ。

この道を使う人間は限られている。

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なんなら、この町で知らない人に会うこと自体が珍しい。

それもこんな時間に、一人であそこに座っている。

普通じゃない。

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しばらく進んで後ろを振り向く。

…………

………

……付いて来ている。

先ほどと同じように、挙動不審に手や頭を動かし、ニヤニヤと笑っていた。

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music:2

ふと頭を過るのは昼間見たニュース。

どこか都会の方で誘拐された女の子の話。

都会は怖いね、なんて友達と話していたが、自分が当事者になるとは思っていなかった。

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もしかしたら道に迷ったのかも知れない。

いや、それなら話しかけてくるだろう。

それにここは一本道だ。

あんな場所で座り込む理由など無い。

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夕陽の赤は薄まり、辺りが徐々に闇に包まれていく。

いつもなら怖くもなんともない道が、知らない場所の様に思えてくる。

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どんどん速くなっていた足は、遂に限界を超えて地面を蹴った。

全力で腕を振って走る。

後ろから、まるで耳元で聞こえる様な錯覚を覚える荒い呼吸が付いてくる。

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追いつかれたらどうなるのか。

考えるだけで怖くなった私は涙を浮かべながら走った。

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「はぁ、はぁはぁはぁはぁ、はっ!はっ!はぁ!はぁ!」

真直ぐ前だけを見て、一心不乱に走る。

もうすぐ分かれ道、あそこを過ぎれば家までもうすぐだ。

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一瞬、気が緩み速度が落ちた。

その時―――――

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music:6

「ひあぁっ!」

後ろから腕を掴まれた私は、小さく悲鳴を上げて転びそうになった。

「あ、あのね?えっと、えっと……」

「いやっ!放してええっ!」

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掴まれた腕をバタバタ振り回し、必死になって暴れる。

それが良かったのか、相手は怯んで握っていた手の力を緩めた。

解放された瞬間、私は目を瞑って走った。

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music:2

「はっ!はっ!はぁ!うっ!うぐっ!ひぃ!はぁ!あぁぁ!ママあああ!」

走って走って、気が付いた時には後ろには誰もいなかった。

嗚咽と息切れで苦しい。

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何度も転んだし、足も疲れてもう動かない。

道に座り込んで呼吸を整える。

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周りを見たらそこは山の入り口だった。

死んだお爺ちゃんが管理していた山で、小さい時からお爺ちゃんと一緒に遊んでいたそこは、夜に見ると妙な威圧感を放っていた。

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道を間違えた。

焦っていたので分かれ道で山の方へ向かってしまったらしい。

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帰らないと……。

でも、ここを戻ればまたあいつがいるかも知れない。

怖くなった私は、山に入って誰かが迎えに来るのを待った方がいいんじゃないかと思い始めた。

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暗くて不気味だけど、ここは私の庭みたいな物だ。

毎日お爺ちゃんとかくれんぼをして遊んでいたぐらいなのだ。

余所者に見つからない様に隠れるぐらいは訳ない。

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決意して立ち上がった時、木々の間から鋭い視線を感じた。

心臓が一瞬止まりそうになり、その後爆発しそうな程激しく動き出す。

誰かが私を見ている。

辺りはすっかり暗くなってしまったが、闇に慣れた目が獣では無い人の形をしたなにかを映している。

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忘れようとしていた恐怖が身体を支配する。

駄目だ、このままじゃ足が動かなくなる。

私は無理矢理身体を動かし、ボロボロの身体で元来た道を戻って行く。

もう走る気力も無い。

ただあの場所であいつが出てくるのを待つのはもっと嫌だった。

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「うぅ……ひっぐ!あぅぅ……」

涙と鼻水でグチャグチャになった顔を拭いながらも歩くのは止めない。

後ろを振り向く勇気は無いが、誰かが付いてきているのは分かる。

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本当なら今頃ご飯を食べて、テレビを見ながら笑っていたのに。

ママにちょっとだけ怒られて、腰をマッサージしてご機嫌とって。

酔っぱらったパパが私をギュっとして、それで、それで……。

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…………

………

……あれ?

おかしい、おかしいよ。

なんで?

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あの分かれ道から山の入り口までは一本道だ。

私を追い抜かない限り、先回りする事なんて出来ない。

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じゃあ……。

今私の後ろにいるのは誰?

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music:6

そんな疑問を抱いた時、目の前にさっきの男が現れた。

ずっとそこで休んでいたのだろう。

場所はあの分かれ道だった。

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「あ、あぁ……」

恐怖で頭がおかしくなりそうだった。

後ろからは誰も付いてきていなかったんだ。

全部私の妄想で、それなのに私は戻って来てしまった。

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男は私を見て一瞬驚き、そしてまたあの気持ち悪い笑顔を浮かべた。

もう駄目だ、逃げられない。

私の身体から力が抜けていったその時。

後ろから突風が吹き、それと共に声が聞こえた。

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「あいつか」

妙に懐かしい声だった。

その声を聴いた瞬間、私は何故か安心して……気を失った。

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music:5

次に気が付いたのは自分の布団の中だった。

ママやパパは泣きながら私を抱きしめ、町の人が代わる代わるお見舞いに来てくれた。

幸い私に大きな怪我は無かった。

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しかし、あの男の人は私のすぐそばで、倒れて死んでいたらしい。

首元に獣が噛み付いた様な跡があり、野犬に襲われたのだろうと大人たちは言っていた。

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でも私はあの時聞いた声を忘れられない。

私を守ってくれたんだ。

懐かしいあの声は、きっと……。

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