長編9
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ふたつ

これは子供の頃に学校の近くの川原でキャンプをした時の話です。

当時私の地元では小さな女の子が行方不明になる事件が相次ぎ、キャンプどころか家の外に出る時も1人では絶対出ないようにと地域ぐるみで厳命されていました。

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ですが山と川と駄菓子屋しかない田舎で子供が外遊びを禁じられては、何もすることがありません。

そこで同じクラスのA子とB男を誘い、内緒のキャンプ作戦を決行しようと決めたのです。

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私はこの時すでに馬鹿な過ちをおかしていた事に気付いていませんでした。

自分が建てるテントの位置を考えていなかったのです。

川原でテントを張る際には、川の増水や氾濫などを考慮し建てるものです。

しかし大人の力を全く借りずに、浅はかな知恵で建てたテントは川添いの柔らかい土の上でした。

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思えば最初から私達は命の危険にさらされていたようなものでした。

それでも親にウソをつき、夕方過ぎに川原へ集まり、予め用意していたテントを建て始めました。

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テントは私が、料理はA子、そしてB男は探検という名の役にたたない仕事をそれぞれ開始しました。

私はテントを建て終わるとA子の料理の手伝いをしながら、B男のバカはどこで遊んでんだろうとA子に愚痴っていました。

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そんな時、川の反対側の小さな岩に、見慣れない男の人が座っているのが見えました。

しまった!子供だけでキャンプなんかしてたら怒られないかな?と私達は横目でまずいねという顔を作りながら、様子を見ていました。

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おーーい!

そんな時、全く空気の読めない探検家が木の棒と1枚の紙を持って走ってきました。

B男は反対側の男に気付く様子もなく、興奮しながら宝の地図を見つけた!と、私達に汚い紙を見せて来ました。

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その地図らしきものを見てみると、この川原を起点として少し離れた林の中の洞窟らしき場所を示しているようでした。

この林に洞窟なんかあったかなぁ?自分で書いたんじゃない?

私とA子はB男に疑いの目を向けました。

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しかし探検家の威勢は止まりません。夕食を食べたら探検だ!と1人で息巻いていました。

その時私は向こう岸の男の事を思い出し、その男の方を振り返りましたが、もう男はいませんでした。

きっと山菜でも摘んで帰ったんだろ。と気楽に考えていました。

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夕食を済ませると探検家がいよいよ興奮し始め、宝探しに出発しようと私達を誘いました。

はっきり言ってしまえば、彼は1人で暗い林に入るのが怖いのです。私達はB男に、もっと別の遊びしようよ。と提案したのですが、彼の冒険魂は結局収まらず。3人の探検隊が結成されました

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改めて地図をよく見ると、ややおかしな点が幾つかある事に気が付きました。

この林は、確かに広いものの平らな道と木が生えているだけの単純な広場の様な場所のはず。

なのに地図を見ると、洞窟までの道が曲がりくねった線で記されているのです。しかも無数に分岐していて、正しい道は一つだけ。見ればすぐに行き方の分かる簡単な迷路のようでした。

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ここから…真っ直ぐ行けばすぐじゃない?

A子が最初に発言しました。私も賛同したのですが、探検家は地図の通りに行ってこそ幻の洞窟に出会えるという訳のわからない理論で、結局私達はただの直線をあちこち曲がりながら幻の洞窟とやらを探し始めました。

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異変は直ぐに起こりました。突発的に雨が降ってきたのです。幸い雨ガッパを持っていたので体を濡らす心配はなかったのですが、こんな天気で探検続けるの?と、聞くまでもないほど目が輝いている隊長を見ると私は憂鬱になりました。

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かなり地図の通りに歩いてきたのですが、途中に手がかりのようなものもなく、辺りは真っ暗になってきました。懐中電灯の灯りで広い林を歩くのは流石に少し怖く、私達は知らず知らず身を寄せ合っていました。

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あった…。B男が急にぽつりとつぶやきました。

B男のライトの方を見ると、確かに地面にほら穴が空いています。

私達はその穴に近付いて中を照らしてみました。

中は少し狭いけれど、簡単に入る事が出来そうでした。隊長は我先にと穴の中に入り、私達も嫌々ほら穴の中に進みました

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奥はかなり広く曲がりくねっていて、目的地のない私達はどう進めばいいのか分かりませんでした。

けれどB男はまるで宝箱の場所を知っている勇者の様に右へ左へと進んでいきました。

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その時A子が小さいながらも鋭い声で、ライト消して!と私達に言いました。私とB男は驚いてライトを消し、A子にどうしたのか尋ねました。

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鼻唄聞こえない?

A子が信じられないようなことを言いだしました。

この壁のすぐ向こう側から聞こえるの!

私達は息を飲み、五感を耳だけに集中するかのように目を閉じ、耳を澄ませました。

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おん〜なのこらは〜

ぜんぶ〜おと〜このこは〜ふ〜んふ〜ん

確かに小さな太い声で誰かが歌っています。

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私達はゆっくりと来た道を戻ろうと後ろを振り返りました。しかしここまでほら穴を適当に進んだことが仇となり、帰り道が分かりません。

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ジャン!ジャン!と鎖を強く叩きつけるような音が少し先から聞こえてきました。

………移動してる。あいつは道を知ってるんだ!

A子はその場にしゃがみこみ泣いてしまいました。B男は石のように固まっています。

私も同じようなものです、体が全く動かず鎖の音のする方を見ていました。

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私達がその場で固まっていると、ソイツは私達の目の前を通りすぎました。幸い3人とも硬直していたため気付かれず、ソイツは通り過ぎていきました。

うっすら見えたそいつの姿はぶよぶよのお腹にランニングシャツを着て、鎖を足元に誰か叩きつけながらさっきの歌を歌っていました。

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神様助けて。

私は目をつぶりボロボロと涙を流してしまいました。

ん?あれ?

B男がぼんやりとしか光らない、お祭りで買ったペンライトをつけ小さな声を出しました。

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やっぱりそうだ。ここは行き止まりなんだ。

だからあいつはここに来なかったんだ。

私はB男が何を言っているのか分かりませんでした。そんな事より声を出さないでよ、と心の中で怒鳴りつけていました。

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みんな見ろ

この地図だよ。

これさ…このほら穴の地図なんじゃないか?

俺覚えてるんだ!最初はこっち、次は

こっち…んで今はここ!この壁の向こう側で歌が聞こえて、あいつは今こっちに!

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恐怖でいっぱいの私にも段々B男の言っている事が分かってきました。

今私達は行き止まりのくぼみにいる。そして帰り道が分かる!

私とB男は顔を見あわせて喜びました。

私達には今、現実など見えていないから

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A子がぽつりと言いました。

あいつの向かった先って、あたし達の入ってきた入口だよ。どうやって逃げるの?

私達はまた絶望を味わいました。

あいつが入口で待ち構えていたら…確かに全員を簡単に捕まえられるでしょう。

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俺がなんとかする。

B男が言いました。

お前らはこのくぼみにいろ。俺があいつを引きつける、その隙に走れ。

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B男はどうするの?

A子が少し冷たい声で尋ねました

この地図には入口はたった一つだけ。しかも相手はこの穴を熟知している。

私達は逃げれても行き場のないB男は捕まってしまう。それは絶対に避けられないことでした。

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いるのーー?いないのー?

太い声で子供のような話し方をしながらあいつはまた近くを歩いてきました。

このくぼみに気付かれたらおしまい。もうイヤだ。

助けてよ

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私がそう思いまた目をつぶった時、B男が暗闇に走って行きました。私たちに地図と希望を置いて

うそ…。

私がそうつぶやいた瞬間

ここだーー!

とB男の声が遠くで響きました。

それに合わせるように男が

オトコノコ〜?と大声で叫びながら私達の

目の前を入口とは反対側に走っていきました。

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今っ!とA子に腕を捕まれ、私達は地図の通りに入口に走りました。

外に出て私達はひたすら走りました。

テントの位置まで戻ってみると、川が増水してテントは見るも無残に流されていました。

そこで初めてB男がどうなったか不安になり、後ろの林を振り返りましたが、私の足は友人を裏切るかの様にその場を離れる事が出来ませんでした。

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A子はずっとずっと泣いていました。

川を見ながら私も泣きました

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そんな所でなにしてる?

私達はいきなり男の人に話しかけられ、飛び上がりそうなほど驚きました。

お前らこの辺の娘か?大丈夫か?何かあったのか?

その男性は矢継ぎ早に私達に質問をぶつけてきました。

ふとその男性をみると、私達がキャンプをし始めた時に向こう岸からこちらを見ていたあの男性でした

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この辺はなぁ、最近子供がいなくなるから交代で見張ってんだよ。お前らがキャンプしようとしてる時に注意しようと思ったんだけど…

ん?もう一人の子はどした??

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見ていた?その言葉に私は妙に引っかかりました。

ふとほら穴の男の歌を思い出したのです。

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おんなのこらは〜ぜんぶ〜

おとこのこは〜

そいつも私達の事を見てたんだ。

人数も性別も知ってたんだ

この人が向こう岸に居たからその時襲われずにすんだんだ!

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私達は堰を切ったように泣きじゃくりながら彼に全て話しました。

彼は話を半分も理解出来ていない様子でしたが、子供が行方不明の事実があると知り

急いでほら穴に向かうから案内してくれと言われました。

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もう二度と入りたくない林を私達は駆け抜け、ほら穴までやってきました。彼は中にゆっくり入って行きました。

その時、ちがうっ!と大きな怒鳴り声が聞こえ

私達は驚きの余りまた林を駆け抜け、今度は家まで走って逃げ帰りました。

両親に全てを話し、怒鳴られ、殴られ。

親が今からB男の家に行くぞと私に言いました

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B男の家に着くと、A子がB男の母親に肩を掴まれ責められているようでした。

B男の家には青年団や消防団、警察など色んな人が集まっており。今から林を徹底的に捜索するようでした。私の父親も駆り出されたので私はA子の家に泊まりました

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次の日B男が見つかりました

私の家の近くの雑貨屋の隣で

私達は大喜びしました。でもそれ以来B男はなぜか私達と距離を置く様になってしまいました。

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私達は罪悪感もあったため中々B男に話しかける事ができないまま、小学校を卒業する時期がやってきました。

私達は中学に行けばバラバラになってしまいます。

私は隣町、A子は東京に。B男は叔母さんを頼って知らない街に行くそうです。

私はどうしても最後にB男と話がしたくて、思い切って放課後話しかけてみました。

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あの時なにがあったのか、どうして私達を避けるのか、全て聞き出したかったのです。

私が必死に彼に聞くと、仕方ないといった雰囲気で

彼は話してくれました。

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B男はあの後すぐに捕まったそうです。

獣のような匂いのするあの男に

そして地面に座らされていた時に、誰かが中に入って来る音が聞こえてきたそうです。

その入ってきた男はB男を見て、ちがうっ!と醜い大男を怒鳴りつけたそうです。

さらに

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上にいるオンナノコたちのほうがいっぱいいーっいーっぱぁい甘いよ甘いよ

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と、子供のような笑顔で2人は入口へ向かっていったそうです。

B男は持っていたライトをつけて洞窟の中を必死に走り隠れました。そして気付いたそうです。

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最初に見た地図より洞窟がとても深く広い事。

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洞窟には地図にない出入口がたくさんある事。

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B男は私を悲しそうに見ながら言いました。

俺は多分あいつらに見張られてる。あいつらがお前らを捕まえるために。

だから一緒にいれないんだ。最後までお前達を守りたいから

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私は涙が止まりませんでした。ずっと守られてた

ありがとう。ありがとう

大丈夫だよ。私もA子も遠くにいくの。

だからもう大丈夫

私達は大丈夫なの。

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街を離れる時にB男が見送ってくれました。また泣いちゃってからかわれたけど、次は泣かないで会いたいな。

ありがとう。私達の隊長!

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車窓から見知った街を眺めていたら、ふとB男の言ったことを思い出しました。

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この街にはたくさんのほら穴が隠されているそうです。

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甘い甘いあのこをさがすために

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不思議で不気味な話だ。とても好き。
断片は鮮明なのに、全体として像を結ばない、
子ども時代の記憶にはそういうところがある。

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命、が物扱いされていたという事ですね。
となると、やはり、『いっぱい、甘いよ』という言葉はとても怖いですね。

ゆなさんとお友達2人が、無事だったことが何よりです。

B君が本当に、勇気のある隊長で、その後も1人で守ってくれていた事も、『ふたつ』の意味がわかると胸が苦しくなりました。

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おんなのこ達の数を、ふたつ、と表しているのかな。
それとも、男の人を、ふたつ、と表したのかしら…。
B君が言ってた、『お前らを捕まえようとしてる…』という言葉と、
もう1人の男の『いっぱい、いっぱい、甘いよ、甘いよ。』と2度繰り返し言ってるあたりも気になって、得体の知れない男達が、気持ち悪くてゾワッとしました。

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