長編10
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歪み

私には、小学生の時からのBという友人がいました。Bとは高校から別々になってしまい、家も離れてしまいましたが、連絡はマメにとりあい、週末は一緒に遊ぶ事もありました。

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お互い高校を卒業し、Bは大学へ。私は進学はせず当時のアルバイト先にそのまま就職しました。Bは大学卒業後、何も無い田舎町から就職のため県外へと飛び出していきました。憧れていたデザインの仕事につくそうです。

人と狭く深く付き合うタイプの私は、Bが県外に出ると聞いた時は泣きわめいて送り出しました。

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Bが旅立ってからというもの、お互い社会人で忙しく、連絡が途絶えがちになり、半年近く月日が経った頃、突然Bから電話がきました。最後に話したのは三ヶ月ほど前だったので、久しぶりの連絡でした。

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今まで、新しい生活に慣れるまでは……と気遣ってあまりこちらから連絡せずにいたので、とても嬉しかったのを覚えています。

電話に出ると、いつもの明るいBの声が聞けました。

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だいぶ仕事に慣れてきた事、家の近くにとても美味しいラーメン屋ができた事、お隣に住む人のテレビの音の大きさに悩んでいる事など今まで話せなかった事を息継ぎする間もないくらい一気に話してくれました。

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変わらず元気にやっている様子が嬉しく、私は言葉を挟まず、ただうんうんと相槌だけうっていました。

そのうち、家に泊まりにこないかと誘われ、嬉しくなった私は二つ返事でOKし、すぐに会社へ有給申請しました。

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久しぶりにBに会える。

その喜びだけで1ヶ月間、いつもの短調な毎日を乗り切り、ついにBの住む場所へ向かう日がきました。1度も県外へ出たことがない私にとっては大旅行する気分でした。

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私は、着替えや思い出のアルバムや2人で学生時代に落書きしていたノートなど話の種になりそうな物を旅行カバンに詰め込んで、始発電車に乗り込みました。

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電車を乗り継ぎ、新幹線に揺られて数時間、やっとBのいる場所に到着しました。改札へ向かうと、こちらの姿を見るなり両手を頭の上で必死に振るBが見えます。

私はなりふり構わずBの元へ走りました。

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……あれ?かなり痩せた?

それが久しぶりにBを見た私の感想でした。もしかしたら一人暮らしで、ろくな食事をとっていないのかもしれない。私がいる間だけでも、せめていい物を食べさせてあげよう。そんな事が頭をよぎりながら、私はBに飛びつきました。

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Bも私も再会が嬉しく、周りの目も気にせず抱き合って泣きました。

あぁ。やっぱりいつものBだ。大好きなBだ。私達は立ったまましばらく再会を喜び合い、Bの家に向かいました。

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Bの住む場所は、駅がある栄えた地域とは異なり、古い家がポツポツ並ぶお年寄りの多い静かな田舎町でした。ポツリポツリと家が立ち並ぶ中、〇〇ハイツと書かれた壁がボロボロの小さなアパートがありました。それがBの家です。

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一人暮らしをしたことが無い私は、他の家族がいない自分達だけの空間に胸が踊りました。Bの部屋は二階の一番奥。ドアを開けると、古い作りながらもBらしい内装に工夫されており、とても綺麗な部屋でした。

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恥ずかしそうに、どうぞ、と部屋の中へ案内してくれるBが自分よりも少し大人に見えて、羨ましいなと感じました。

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それから、私達はBが今日のために買ってくれていたビールを大量に飲み、そのまま床で2人眠ってしまいました。

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どのくらい時間が経ったのかわかりませんが、私はトイレにいきたくて目が覚めてしまい、ふと、隣から流れてくる音が耳に入りました。

どうやらテレビの音のようです。携帯で時間を確認すると深夜3時。こんな時間には常識外れの音量でした。

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なるほど、Bが悩んでたのはこの事か。アルコールを大量に飲んだ私は、トイレを済ませてすぐにまた眠りにつきました。

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次の日の朝、夜中のテレビ音は消えていました。すぐにBに話すと、Bは怪訝そうな顔で、越してきた時はこんな事なかったのに、最近この隣のテレビ音に悩まされていると話し、溜息をつきました。仕事を休めないBは二日酔いの重い身体をなんとか持ち上げて会社へ向い、私は1人で留守番をする事になりました。

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そこでふと思いました。

Bがいない平日の昼間の隣の様子はどうなんだろう、と。何かあればBの身内のフリをして文句の一つでも言っておいてやろうかな、など考えながら留守番していましたが、うってかわって本当に人がいるのか?と思うほど無音で静かなものでした。

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私はBのために好物を作って帰りを待ち、夜19時過ぎ。Bが帰宅しました。私の手料理に喜び、少し目を潤ませながらご飯を平らげたBは、一息ついてから、……あのさ、こういうのお互い苦手なのわかってるけど聞いてくれる?とあらたまった様子で話し始めました。

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話を聞くと、夜中以外隣が無音なことや、隣と顔を合わせた事がない事、くしゃみ一つ聞こえない事、それでも夜中のテレビの音はしっかり聞こえること、それらを総合すると、もしかしたら誰も住んでいないのではないか、もしかしたら心霊現象なのではないかと言い始めました。

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私も怖いものは苦手でしたが、さすがにそれは考えすぎだろうと思い、難聴なのかも、ニートなのかも、もしかしてお年寄り?等と話し合った結果、普通に人が住んでいるという話で落ち着きました。

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でも、確かにこれだけボロボロな家で周りが静かなのに何の生活音も聞こえないのは少し不気味だな……とは思いましたが、折角落ち着いたBには話さないでおこうと私の胸の内で留めておきました。

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その日の夜、Bの部屋で眠っていると、テレビの音が大音量で聞こえてきました。時間を確認すると、やはり深夜3時くらい。Bも目を覚ましていたようで、天井を見たまま溜息をつきました。

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毎日この調子でしっかりと休めないからBは痩せてしまったんだ。

これはもう緊急事態。明日必ず大家に相談しなきゃ!と面倒くさがるBをなんとか説得しました。

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次の日、Bは仕事が休みだったため、朝のうちに大家にすぐ電話するよう説得し、連絡させました。

すると、大家さんの家はBの家の斜め前にあるためすぐに飛んできてくれました。

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大家さんは年配の女性で、少し無愛想な人でした。大家さんはBの家に着くなり、あんた今日休み?今日は出かけていくとこが見えなかったから。とBに言いました。

Bが住んでいる建物は、大家さんの家からだとドアが全部見えるので、住人の出入りが確認できるようです。

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Bは、はい……と遠慮がちに答え、隣のテレビの音が毎晩ウルサイので注意してくれないか、と伝えると以外にもすんなりOKしてくれました。

大家さんはその足ですぐに隣のチャイムを鳴らしました。私達はあまりの行動の早さにうろたえましたが、隣の方は出てきませんでした。

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あぁ……つい最近娘さんがきてたみたいだから娘さんちに行ってるのかもねぇ。お年寄りだから散歩かも。また今度伝えとく。

そう行って大家さんはすぐに帰っていきました。

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私達は大家に伝えた事で安堵し、そのまま夕飯の食材の買出しにでかけました。Bの家で過ごせるのもあとわずか。もっと有給申請しとくんだったなぁと考えながら、夕飯の鍋の食材を2人で選び帰宅しました。

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お年寄りだったねお隣。私がそういうとBは、テレビ聞こえなかったんだろうね、悪い事したかな……と申し訳なさそうな顔をしました。

けしかけた私もお隣に対して申し訳ない気分になり、それ以上お隣の話はしませんでした。

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……それにしても、改めてBを見ると再会した日よりも痩せているきがする。いや、気がする程度では片付けられない程に痩せていました。頬が完全に痩けていました。それを見た私は、先ほど抱いたお年寄りへの申し訳ない気持ちが消え、Bのためにこれでよかったのだと改めて思いました。

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そしてその日の夜、私達が眠っていると、何やら話声が隣から聞こえてきました。ちゃんと連絡してっていつも言ってるでしょ!という女性の怒鳴り声でした。

あ……娘さんが来たんだ。お隣やっぱりいたんだ。と、私は興味深々で聞き耳をたてました。

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ですが、その怒鳴り声以外には何も聞こえず、またテレビの音だけが大音量で流れています。時間はやっぱり3時でした。こんな時間に娘さんが心配してきてくれるなんて、お隣さん嬉しいだろうな。そんな事を考えながら私はまた眠りにつきました。

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目が覚めて、仕事に行く準備をしているBに夜中の出来事を話すと、そうかぁよかった嬉しかっただろうねとBも嬉しそうでした。

ですが、騒音問題が片づいたわけではありません。

私は、それでもテレビの件はちゃんとしなきゃダメだよ!とキツく言いました。

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明後日は、いよいよ帰る日なのでなんとかそれまでに騒音問題を解決してから帰りたい。そう私は強く心に決めていました。

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その日は、そろそろ私が帰る日も近く、お互い少し寂しくなってきたので、持参した思い出の品々を見て語りながら楽しい時間を過ごしました。

少し夜更かししてしまい、眠いのを我慢していたのか、Bはすぐに眠ってしまいました。

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時間はもうすぐ深夜3時。

私は、この際だから起きてて今日は何があるか聞いててみよう。

そう思い、壁に寄りかかり時間が経つのを待ちました。

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すると、お隣の玄関をガチャりと開ける音がしました。あ……誰かきた。私は息を殺して耳をすましました。すると、

ちゃんと連絡してっていつも言ってるでしょ!と昨日の女性の声がしました。

そしてまた大音量のテレビの音です。

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昨日と全く同じでした。

一言一句違わない、テンポも全く昨日と同じ。

私はいよいよ気味が悪くなりました。明日私が代わりに大家に相談しよう。これ以上一人で起きているのが怖くなった私はすぐに眠りました。

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朝、私は夜中の事をBに話すことはできませんでした。仕事の日に余計な心配をかけてはいけない。

私はBを送り出した後すぐに大家さんの家に向い、呼び鈴を鳴らしました。

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大家さんにBの友人ですが……と挨拶し事情を話すと、何度も電話してるんだけど出ないんだよと大家さんは首をかしげ、ちょっと行ってみる、と言ってBのアパートへ向い、お隣のチャイムを鳴らしましたがやはり返事はありません。

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しびれを切らしたのか、大家さんが、ちょっと!いるの!?と強くドアを叩くと、叩く度にドアに隙間が出来ていることに気が付きました。

鍵が開いていたのです。

大家さんは、入るよ!と勢いよくドアを開けて玄関からお隣さんに大声で叫びました。

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ちょっと!いるんでしょ?!テレビの苦情きてるから!ねぇ!と、大家さんは玄関から叫んでいました。そのうしろから、少しだけ部屋の中が見えました。

中には消えたテレビと布団だけがあり、とても殺風景でした。

布団はお隣さんが眠っているのか、こんもりと盛り上がっているのが見えます。

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ですが、いくら大家さんが叫んでも動く気配がありません。大家さんはついに怒って、土足のまま部屋に上がり込み、ねぇ!ちょっと!と布団を剥いで覗き込みました。

その瞬間、大家さんはお腹の底から湧き上がるような悲鳴と共に床に倒れ込みました。

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……警察!警察!警察!

そう繰り返す大家さんを見て、私も大家さんが何を見たのかわからず、恐怖で息が止まりそうでしたがなんとか震える声で通報し、数時間経って、B、警察、大家、私で話を聞かれました。

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Bが恐怖で小刻みに震えているのがわかりました。私は会社に事情を話して休みを延ばし、事情聴取を受けました。

テレビの騒音や娘さんらしき人の訪問など、話せることは全て話しました。

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次の日もその次の日も事情聴取は続き、事情聴取3日目、私達は恐ろしい事実を耳にしました。

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お隣さんに娘はいませんでした。

お隣さんは、死後、二週間経過していました。

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事情聴取を全て終えた後、あの女性の声はなんだったのかと改めて考えていると、Bは疲れきった顔で私に申し訳なさそうに話し始めました。

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実は、あのお隣さんの部屋は事故物件で隣の部屋で以前自殺者がいた事は知っていたが、実際に住む部屋では何もおきてないし、安いからという理由であの家に決めたそうです。

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住み始めは何もなかったが、数ヶ月前から体調が悪くなってきて実はずっと恐かったとBは話しながら泣きだしました。

引っ越そう。すぐに。そうBに言い聞かせ、Bはすぐ母親に相談し、大家さんにも相談した結果、すぐに近くのアパートに引越しが決まりました。

実際の引越しは一週間後だそうです。亡くなったおじいさんが早く見つけてほしいというサインをテレビの音で知らせてたのかもね、引っ越せば怖くないよ。と、私達は胸をなでおろしました。

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私は今日、ついに帰らなければいけない日だったので、慌ただしく別れを済ませ、また来るからねと伝え、改札をくぐっても、涙を流すBから目を離すことができず、お互い手を振り続け、涙でぐしゃぐしゃのまま新幹線に乗りました。

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帰宅後、連日の事情聴取で疲弊しきっていた私はすぐに自分の部屋で横になり、携帯でBの家でふざけて撮った写真を見ながら、またしばらく会えないんだなぁ……と感傷に浸っていると、一枚の写真で手が止まりました。

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その写真は、鍋を2人で囲んだ時にお互いを撮りあった時の写真でした。

ビールの缶を片手に微笑むBを写真におさめたのですが、そこに写っていたのはムンクの叫びのように顔がグニャグニャに歪んでいる知らない女性の顔でした。

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私はあまりの恐怖に携帯を放り投げ、Bの話が走馬灯のように頭をかけめぐりました。

お隣は事故物件。自殺者がいた。

私は勘違いした自分を呪いました。これまでの原因はお隣ではなく、恐らく自殺者と思われるあの女性、あの夜中の声の主だと、話の中でなぜか気づけませんでした。

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私はBに電話をしました。

Bはすぐに電話に出てくれたので事情を説明しました。

なんとか引越しまでどこかに泊まれないかと伝えましたが、あと一週間我慢すればいいからと聞き入れてもらえませんでした。

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一週間後、私はBに電話しました。すぐに電話はつながり、久しぶり!と元気に話してくれましたが、それは別人の声でした。

話す内容は間違いなくBですが、話すトーンや声が全く別の人間でした。

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私は、会社に1日でいいから休みがほしいと相談しましたが、次の有給が出るまでに休んだらクビにすると言われ、まだBには会っていません。

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会社に許可が取れ次第、私はB宅へもう1度向かう予定です。

これは、つい最近の話です。

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ラグト様
コメントありがとうございます!
文字が苦手な私ですが、なんとか持てるものを絞り出して書かせていただきました(´ω`)
お恥ずかしい話、私は声や音がループする怖い話が大好きですが、同時に一番怖くて苦手で、書きながら震えていたのは内緒の話です(笑)

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