リサイクルショップシリーズ35〜古ぼけたボロレコード〜

長編21
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リサイクルショップシリーズ35〜古ぼけたボロレコード〜

二日酔いの朝。

目を覚ますと、俺の頭の中をかき回し頭痛と言う名の激痛を起こす小さな悪魔たちの洗礼を受ける。

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酔いつぶれた俺を介抱し、泊めてくれた店主である親友の『美山 晴臣』はまだ、昨夜の疲れが見えるのか夢の中だ。

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奴が経営する飲み屋をあとにしようと、店の扉をゆっくり開くと太陽の日差しが俺の瞼を普段の数十倍の重力で重くする。早く言えば眩しいって事だ…

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『昨夜の事はあまり覚えていない』

俺の口からはこんな言葉しか親友である美山には話す事は出来ないだろう。

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今俺が手にする袋に入れられたレコード。

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美山がほんの少しだけ用を済ませたいと俺に店番を任せて出かけている間に来店した一人の女が置き忘れた物だ。

どんな曲が入っているのか…?

彼女はクラッシックが好きなのだと俺に話をしていたので恐らくはクラッシックの音源に違いない。

しかし何故あんな清楚で美しい女性がこんな汚い男臭い店に来たのだろう…

彼女は、美山が戻るほんの少し前に店を後にした。

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美山が店に戻るなり俺の顔を見て不審そうに尋ねた。

「何をニヤついてんだお前…誰か客があったのか?女か?」

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奴も俺も独り者。

下手に舌を滑らせて、凄くイイ女が来て、親しくなった…などと言ったもんなら面倒だ。

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その場は「一人来たけどお前が居ないのを知って一杯だけビールを呑んで帰ったよ」と受け取ったお代を奴に渡し何も話さなかった。

常連の人が来たと受け取ったのか、一言「そうか」と何一つ疑いを持たなかった。

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さて、このレコードを彼女の元に届けなければ…

彼女が俺に差し出した名刺には会社名が記されている。

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『株式会社O.L.P』代表取締役 七瀬 愛美』

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社長?

そうは見えなかったな…

株式会社O.L.P?何の略だろ?聞いた事のない会社名だ。

住所も記されている。

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ここに行けば、この七瀬という女がいるのだろう。

今日はどうせ仕事も暇だろうしいっちょ届けに行くか…

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俺は、つい最近から探偵事務所を経営している。

名前は『刈谷 哲夫』

前まで刑事をしていたが、俺には組織というのがどうにも馴染めない。

兄の

『刈谷 康弘』

(※リサイクルショップシリーズに度々登場するキャラクター)

も刑事をしているが、俺は兄の様に親父そっくりな刑事にはなれなかった。

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親父も刑事。

捜査の鬼と評され、『鬼の鉄』と異名を持つ人だったと母から聞かされた。

鬼平犯科帳かよ…

だが、今はまさに兄が、捜査の鬼。

名ずけるなら…『鬼の康』ってか?

ダセェ…

でも、兄はまじめ一辺倒に捜査に打ち込む尊敬のできる男だ。

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一方、俺はっていうと兄のような地道な聞き込み捜査などをするのは好かず、当時から情報屋を抱え、彼等からの情報を元に被疑者を追うスタイル、言うなればスピード捜査。

その為危険も伴う。情報屋ってのは簡単に此方を裏切ることもある。

被疑者が先にその情報屋から捜査情報を知り、取り逃がす事もしばしばあった。

俺の評判は兎に角悪く、警察には俺の居場所は無かった。

上司からも同僚からも俺はあまり良く見られていなかったんだ。

まあ、囮捜査やなんかも平気で行なっていたから上のモノはヒヤヒヤものだったろうと思うが。

俺の不始末は、兄のお陰で有耶無耶にして貰っていた。

だから、あまり尊敬する兄に迷惑もかけたく無くてってのも刑事を辞めた理由だが…

本当の理由ってのは他にある。

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まあ、その話はは置いといて。

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レコードは袋に入れられ、持ち手をテープでとめられていた。

何処かのレコード屋で購入したものだろうと推測した。

『クリオネミュージック』と袋には記されている。

俺の事務所のすぐ近くにある、いけすかねえババアがやってる楽器屋じゃねえか…

あそこ、レコードも売ってたのか…

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俺の事務所は街の中心の駅から5分くらいの一等地、リサイクルショップの二階だ。

小さな街だがそれなりの人口を有している為、人通りも多く大家の経営するリサイクルショップには客もちらほらと入っている。

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大家、リサイクルショップの親父は、無愛想で捻くれ者。とても客を寄せ付ける魅力はない。

俺の事務所は看板も何も取り付けていないのもあって、紹介などで存在を知った客だけが利用する為、殆ど毎日が暇。たまに来る客から受け取った料金をパチンコで散財するか、もしくは、増やして生計を立てている。

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……………………………………

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取り敢えず、名刺に記された住所に行ってみる事にした。

七瀬 愛美のオフィスは隣町。

電車を使うのは好きでは無かったが、今俺の愛車日産スカイラインC10(通称ハコスカ)は故障で解体屋の『ノブ』の店に預けてある為、威他仕方ない…

金が無いため修理も出来ねえ…

てか、ノブの奴も散々世話してやってるんだから、多少の修理くらいタダでやってくれたっていいのに…パーツが高いだなんだと理由をつけて一切手をつけねえときたもんだ…クソっ!

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電車に揺られながらブツブツ言っていると目の前に座っている気味の悪い婆さんが、声を掛けてきた。

「あなたが持ってるその袋には何が入っているの?」

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皺だらけの顔からは、想像もつかない若干擦れているが甲高い若々しい声…

深々と被る帽子から覗く目はギョロっと俺の顔を凝視している。

くそっ…だから電車は嫌なんだ。

この街の周辺は人口が多いだけに変質者も多く、こういった不気味な人間も少なく無い。

「単なるレコードだよ…」

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俺がそっけなく答えると、何やらヘンテコな声で笑う。

「ほふゅほふゅほふゅふゅ…あなた、それを何処にお持ちになるの?」

何処だろうとこいつには関係無い。無視を決め込む。

「あなたが購入したの?」

「何故そんなものを持っているの?」

「誰かの落し物?」

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しつこく、今にも立ち上がらんばかりに質問責めを食らわしてくる。

仕方が無いので、俺も睨みつけながら

「婆さんにゃ関係ねえ!」

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と答えた。

すると、婆さんは急にしおらしくなり、何か小さな声でモニョモニョと言っている。

「なんだよ?なんか言ったか?婆さんよお!?」

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その問いにこいつは驚くべきことを口にする。

「あたし、お婆さんなんかじゃ無い…よ…まだ、25歳だもん…生まれた時からの難病で他の人より早く身体が老いてるだけだよ…」

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しまった…

うる若き女性を傷つけてしまった…

「その…すまん。」

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その難病の事は何処かで聞いた事もあったしテレビなんかでも紹介されていた為、直ぐに彼女を信用して謝る。

そうか…だから声だけは若いのか…

「すまん…知り合いの忘れ物でな…届けに行くんだよ。」

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なんとか、宥めようと優しく話しをすると、彼女はゆっくり立ち上がり

「もし、あなたがその知り合いの方を大事に思うのであれば、そのレコードはお届けになら無いほうがいいと思う……」

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その言葉が言い終える直前、電車がホームに滑り込む。

扉が開くと同時に、他の乗客の波に飲み込まれるように若き老婆の姿は消えていた。

なんだそれ…?

このレコードになんかあるのか?

しかし、あの若き老婆の言葉を素直に聞くのも変な話だ。

既に隣町まで来てしまったし、取り敢えず、七瀬のオフィスに向かう事にした。

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確か…

このビルか…

オフィスビルが点在するこの街はサラリーマンが多く、俺の様なライダースを着たものは目立つ。

そのせいもあったのか、後ろから急にど突かれる…

「お前、こんなとこで何してるんだ?」

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その声には聞き覚えがある。

「兄貴こそ何してんだよ?刑事がくる様なとこでも無いぜ…」

「馬鹿、県警からの呼び出しで来てるんだよ!」

と、小突く。

何やら厄介なヤマ(事件)を追ってると見える。興味が湧き、俺がそのヤマの事を聞こうとすると、兄は「またな…」と立ち去ってしまった…

なんだよ…俺が協力すりゃ直ぐかたがつくのに…

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兄の背中を見送りながらビルに入る。

案内板で『株式会社O.L.P』を探す。

あった…三階か

あまり慣れない空気にソワソワしながらエレベーターのボタンを押す。

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(チーン)

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乗り込み、“3”のボタンを押す。扉が閉まり三階へ…

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(チーン)

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扉が開く…

廊下に出てO.L.Pのオフィスを探す。

生島法律事務所…

葛西照会…

空きテナント…

は?あれ?

無えじゃねえか?

階を間違えたか?

エレベーターに戻り階を確認する。

確かにそこには3階と表示されている。

潰れたのか…?

なんだよ…こんなとこまで来て…

電車代損しちまったぜ。

仕方が無いのでビルを出る。

梅雨時だというのに雲一つなく快晴の空…暑い

皮ジャンパーなど着て居られるわけもなく、脱ぎ肩に背負い…時計を見た。

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『11:24』

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朝の爽やかな風は既に止んでいる。昼時…

ちらほらと昼飯を求めるサラリーマンが近くの定食屋に行列を作る。

「どうすっかな…」

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腹は減っているがいかんせん金が無い。

ポケットを探ったが、昨夜の酒につぎ込んでしまったとみえて、たったの230円しか無い。

兄貴に借りればよかった…

てか、これで電車に乗って帰れば10円しか残らねえじゃねえか…

悪夢だ…

出てきたビルを見上げる。

三階の窓に見覚えのある女が此方を見下ろしているのが見えた…

「あん?あっ!あの人は…七瀬?」

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ちくしょう

やっぱり此処にいるんじゃねえか。

確か、あの窓は空きテナントになってる部屋だ…

ビルに戻る。

煩わしいエレベーターを使わず階段を駆け上がる。

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三階…

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空きテナントの扉に手をかけると鍵はかかってい無い様ですんなり開いた。

まあ、鍵が掛かっていたとしてもピッキングで開けられるが

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ガランとしたオフィス…

何一つ置かれてい無い。

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確かに七瀬は窓際に立っていたのをこの目ではっきりと見たが、其処には誰もいなかった。

エレベーターで下に降りたか?

でも、食事で外に行くのに鍵も掛けず出るだろうか?

いや、そもそもこのオフィス…使われてる気配が無い。

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部屋を出る。

丁度、隣のオフィスからスーツを着た中年の男が出て鍵を閉めていた。

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「あの…」

声をかけると、その男は此方に気づき頭を下げた。

「大家さん所の息子さんかな?」

空きテナントから出てきたので勘違いをしている様だ…

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「いえ、俺…隣町で探偵やってる刈谷ってもんです」

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その言葉に不審を抱いたのか複雑な表情を浮かべながら、鼻先まで落ちた眼鏡を直す。

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「其処で何をしてるんですか?部外者の立ち入りは不法進入という犯罪ですよ?」

どうやら、この男は法律事務所の弁護士のようだ…

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「はあ、でも俺…O.L.Pの七瀬さんに会いに来たんですが…」

こんな所で、おかしな疑いをかけられて捕まるのは御免なので、彼女に渡された名刺を弁護士に見せた

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すると不審そうな顔が驚きの顔に変わる。

「そんな馬鹿な…」

と言いかけて、再びズレた眼鏡を直す。

サイズ合ってねえよその眼鏡…

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「オフィスで自殺して亡くなった方も七瀬 愛美という名前でしたが…恐らく別の方じゃありませんか?その名刺をくれた方は…?」

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自殺?

亡くなった?

何を突拍子の無いことを言ってんだ?

死んでるわけねえだろ…今さっき窓から俺を…見下ろしてたんだぜ…

途端に後ろの開け放した扉から妙な冷気を感じ背筋を凍らせる。

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「おい…おっさん…おかしな嘘を言ってんじゃねえぞ…俺はさっき下から七瀬がそのオフィスの窓から見下ろしてるのを見たんだぜ?」

「嘘なんかつくもんか!同じ階で事務所を構えていて…彼女が首を吊って亡くなった時なんて救急車は来る警察は来るで大騒ぎだったんだ…!お前さん何か見間違えたんじゃないか?」

おいおい、冗談じゃねえぞ。

「あの…七瀬さんっていつ頃亡くなったんです?」

「え?あぁ…何時だったかな…確か、去年の秋頃だったな…」

やべえ…こんなん初めて。

もしこの名刺を渡した昨夜の女が本当に『七瀬 愛美』なら俺は幽霊と話をしたってことになるじゃねえか…

おいおい…よせよ、俺は割と臆病なタチなんだよ…こういう話は…

未だに背中に感じる冷気に毛が逆立つ

俺の引きつった顔を見て弁護士は首をかしげ行ってしまう。

「ああ!待って俺も!」

慌てて後を追って二人でエレベーターに…

昼時とあって上の階から乗った人が何人かエレベーターに乗っている…あまり大きなエレベーターでは無い、定員は9人と表示があったな…

既に6人乗っている。

俺と弁護士合わせて8人…

なんとかいけそうだ…

階段を駆け下りれば良いだろうというかもしれ無いが…

兎に角、今は一人になりたく無い…

弁護士に続いて俺もエレベーターに…

shake

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『ビーーーーーー』

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shake

は?

8人でオーバー?

そんな馬鹿な…

エレベーター内の奴らを見たがデブがいるわけでも無いし…平均体重位のやつや痩せ気味のOLしか乗って無いのに…

俺に一斉に「降りろ」の視線が集まる…嫌だ…

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「すまんが、階段を使うか後で乗り直してくれるかな?」

弁護士がズレた眼鏡を直しながら言う…

仕方が無いので降りる。

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「すまんね…」

エレベーターの扉が閉まる直前に弁護士が放つ言葉…

「すまん」じゃ済まされ無いことが、今俺に起きてる。

今の俺の…今俺の肩に誰かが…手をかけている…

恐る恐る、振り返る……

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「お前…ここで何してるんだ…?誰から聞いたこのヤマ…また、美山のアンポンタンだろ?」

あれ?兄貴…

「な、何も?兄貴…なんでここに?」

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平静を装い答える。

しかし、安堵した表情というのは刑事をしていると分かるようになる

どうやら俺はそんな顔をしていたようだ…

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「なんかあったのか?」

「七瀬 愛美…」

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俺の放ったその言葉に兄の顔はみるみる険しくなった。

「関わるな…」

それだけを言い、階段に向かう兄…

それに慌てて付いていく。

「なあ、兄貴?死んだのか?七瀬は…」

「ああ」

「自殺?」

「ノーコメントだ…」

「てことは…他殺か?」

「ノーコメントだって言ってんだろ…」

兄の背中は近頃寂しげに見える様になった…

刑事の仕事で何も無いはずが無い…

確か、相棒が誰かに殺られたみたいな事を美山の口から聞いたな…

兄弟揃って同じ様な境遇っわけか…

俺は嫌気がさして刑事を辞めたが…

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ビルを出る。

空にちらほらと雲が浮かび始めていた…

「帰れよ…」

その言葉に「金貸してくれ」と返した。

「持ってけ」

シワの入った福沢諭吉を渡される。

何時もと違い気前が良い。

余程のヤマなのか…

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「サンキュー」

ジーンズの後ろのポケットは穴が開いているため前のポケットに福沢をねじ込み、駅に向かう。

振り返ると兄はまだ俺の事を見ていた。

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……………………………………

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電車の窓から見える景色が段々とオレンジ色になり始めている。

もうそんな時間か?時計を見ると何時の間に経っていたのか5時を回っている。

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隣町の喫茶店で軽めの昼食をとり、あのビルの窓に映る七瀬 愛美の事を考えていたからだろう…

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昨夜、美山の店で会った時…

彼女の楽しげな笑顔が脳裏に焼きついている。

『七瀬 愛美』は死んだ…

ならば、昨夜の彼女は誰なのか…?

兄に関わるなと言われた…

だが、既に俺は関わってしまっている…

そういえば…

このレコードには何が収録されているのか?

袋を止めているテープを剥がし、中身を出した。

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無地のジャケット…

レコードは…10インチか…かなり古いものの様だ…

中身が気になるな…

聴いてみたいが…俺はレコードプレイヤー何ぞ持っちゃい無い…

あ…リサイクルショップに確かあったな…少し借りて聞いてみるか…

あの親父が貸してくれるか、知らねえけど。

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電車がホームに入り扉が開く。

他の乗客が降りるのを待ってからゆっくり降りる…

立ち止まり、クリオネミュージックと書かれた袋にレコードを入れ直す。

車掌の笛の音が響くと、電車の扉が大きな音を立て閉まる。

何の気なしに電車の動き出すのを目で追った…

shake

ああ!!?

shake

あの女が走り出す列車の窓ガラスに映る。

俺のすぐ後ろ…

昨夜、美山の店に来た…

そして、あのビルの窓から俺の事を見下ろしていた…あの女が…

女は、俺の事をじっと見つめていた。

寒気がする…

怖る怖る振り返る…

だが、彼女の姿はどこにも無かった…

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……………………………………

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どうなってるんだ…

彼奴は、俺に何を訴えたいんだ?

いや、まず彼奴は誰なんだよ?

ブツブツとつぶやきながらリサイクルショップ前まで来る。

するとリサイクルショップの扉が自動で開く。

何時の間にか自動ドアを採用していた様だ…儲けてやがるのかな?

遠慮なく入っていくと…

何時もレジ台の向こうで新聞を開いてブスっとしている大家が“居ない”

これ幸い。

レコードプレイヤーを探す。

古いが紛れもなくレコードプレイヤーって風貌のものがある。

スピーカーに本体込みで16万7450円?

……高え。

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フタを開けるとターンテーブルが綺麗に磨かれて光っていた。

袋からレコードを出す。

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「ダメ!!」

shake

突然の大声に驚く…

手元が狂いレコードを投げ出してしまった…が、上手くターンテーブルに着地。穴の位置ピッタリにハマる。

奇跡の瞬間に驚いていると…

「ああ!」

と、かすれた甲高い声。

声のした方を引きつった顔で見ると、シワの入った帽子を深く被った婆さん…

いや、彼女は今朝電車で出会った若き老婆だ…

「なんだ、君か…驚いた…」

「そのレコードをターンテーブルから離して…お願い」

言っていることが理解できず…

首を傾げていると…

ツカツカっと店に入ってきてレコードを取り上げる。

ホッと息を吐き、俺を睨みつけ

「あなた…私の忠告を無視して七瀬の事務所に行ったでしょ…」

確かにこの若き老婆の忠告を無視。

挙句、七瀬のオフィスにレコードを届けに行った。

だがそれがどうしたというのか?

「あたしはずっと貴方のそばで貴方の行動を観ていたの探偵さん…」

「なっ…なんで俺が探偵だって知ってんだ?」

「だ・か・ら…貴方のそばで貴方を監視していたの!」

そばで?

電車で別れた後、俺はこの子の姿を見た覚えはなかった…

「まあ、良いわ…

今、このレコードは非常に危険なの!だから扱いには十分気をつけてもらわないと…」

は?

危険?

このボロレコードの何処に危険な要素があるのか?

呆然としていると…

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「いらっしゃい…」

shake

その声には聞き覚えもあるし、この場所にいて当たり前の声。

「なんだ、君か…」

素っ気なく冷たい声色に変わり、何時もの席に座り新聞を広げる。

「家賃…先月分が払われて無いんだが、払いに来たのか?」

大家は此方を睨みつけそう言ったが…そんな金は今の俺には無い。

「いや…その事で…お話が、あの…」

と俺が言いかけると、「どうせ待ってくれってんだろ?分かったよ…」と新聞を読み始める…

無愛想だが、この人は良い人!

改めてそう感じる!

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ホッとして彼女の方を見ると…

其処には若き老婆の姿が既になく…

レコードだけが棚の上に置かれていた…

まあ、いいか…

レコードをほったらかして店を出る。近頃よく来る常連の親父が店の前で中古自転車を眺めている。

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……………………………………

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自分の事務所に帰ろう。

リサイクルショップの脇の階段に向かう。辺りはすっかり夕方…

近所の民家から夕飯の香りが漂ってくる。

腹減ったな…

店の角を曲がると

shake

「レコードは?」

shake

「ビックリしたぁ!!また君か?なんだよ驚かすなよ〜もう…」

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「さっきのレコード…どうしたんですか?」

「え?ああ…もう、めんどくさいからリサイクルショップに置いてきたよ…」

「ちょっ!!何度いえばわかるんですか?あれは危険なものなんですよ??……取ってきてください…」

「自分で取ってこいよ…」

「そうもいかないんですよ…さっき使った力が限界なんです。」

「は?何?力?」

「私…霊体なんです…物を持ち上げるのも大変なんですよ…」

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何を言ってるのだろうかこの人は…

理解出来ないことを言ってるぅ…

ヤダァ…

霊体?

何それ…?

そんなの信じなきゃいけないのか?

無理無理無理無理無理無理!

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俺はそういうのだけは苦手なんだよ…霊体ってつまり幽霊ってこと?

何で?

俺は今まで霊感とかは無いとばかり思ってたけど…

って、違う違う!

これは、この子の狂言。

もしくは夢。

もしかして、俺はまだ美山の店で寝てるんじゃなかろうか?

そうだよ!

そうに違い無い!

今日は変なことばかり起きてるし!

まだ夢の中なんだよ!

shake

「痛い」

shake

ほら、頰を抓っても……

って!!夢じゃ無いじゃん!

あっ!

なら、この子の狂言?

いくらなんでも酷い。

言って聞かせ無いと余りにもつまらない。

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「君ね…そういう嘘は面白く無いよ!」

そう言うとこの若き老婆は目を丸くして俺の顔を凝視している。

ん?

何この空気…

shake

「嘘じゃないもぉん…うえぇ…」

ああ…メンドクセェ…ガキかよ…若き老婆じゃなくて幼き老婆だよ…

「はい!ゴメン!嘘じゃない!分かったよ!」

兎に角、この目の前に見える幼き老婆は霊体…幽霊なのだ。

そうゆうことにして…

で、だ。

何だっけ…?

「レコード…」

ああ!そうだ…

回れ右っ!

リサイクルショップに置いてきたレコードを取りに行けば良いのね…

俺は何をしてるんだ?

遠くに見える夕日を浴びながら幽霊なる幼き老婆の指示に従う。

つか、幼き老婆ってなんだ?

右足左足交互に出して!新しく導入した自動ドアまで、よいこらどっこい!

「はぁ…」

ため息が漏れるのは余りにも自然だ…自動ドアは無情なほどに感度よく開けドア…

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「何しに戻ってきたの?」

その問いの言葉は一つ。

「金は今ありません…でも、忘れ物はあるんです…」

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(は?)

まさに、そういった顔。

説明は不要なほど、そんな顔をする大家…

「レコード…です。この棚…」

shake

あれ?なんで無いの?さっきここにあったボロレコード…

shake

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「あ…あれ君のヤツだったの…」

「そ…そうなんですよ!スンマセン返してください!」

「すまないねえ…今、お客さんにあげちゃったんだ…」

は?何してくれてんだこのクソオヤジ…

普通あんな汚ねえモン人にあげるか?ありえねーだろ…

一瞬流れる冷めているような生温いような空気。

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「誰に?誰に売ったんですか?」

「売れないよあんな汚い物…あげたんだよ…今。」

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慌てる俺の思考は先走り、再び回れ右して店の外へ。

どっち行った?

何処のアホがあんな汚ねえレコードを?

右左と見渡すと…

手に明らかにレコードが入ってるだろう袋を下げたおっさん…

慌てて追いかける。

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「探偵さん!待ってください!」

婆さん!お前にかまってる暇は…あ…違うこの子は25歳のうる若き女性

つか、何が何だか分からねえ!!

兎に角!あのおっさんを追いかけなきゃ、この子が言う事が本当ならば、あのレコードは人手に渡るのだけは阻止する必要があるはず…?

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「私も行きます!」

「勝手にしろぃ!」

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気が動転している。

もう好きにして欲しい。

私も行く?来れば?

兎に角、俺はおっさんをつける。

それが、今できる精一杯。

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いつの間にか日は落ちて暗くなり始めていた…

走る。

走る。

走る。

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なんだあのおっさん…足が速い!

何をそんなに急いでいる?

すると、デカイ一軒家に入っていく。

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ここがあのおっさんの家?

手入れが行き届いた庭園。

枝が一本だけ長い松の木。

鯉がぜってぇ泳いでるに違い無い池。

小さいが、離れに茶室みたいな建物。

平屋なのにデカさが分かる母屋。

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金持ちか…?

どデカイ玄関に吸い込まれるようにおっさんは消えていった。

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「おい…どうすりゃ良い?踏み込むったって勝手に入りゃ…不法進入でしょっ引かれちまう…」

「あたしに聞かないでくださいよ…」

「お前…幽霊なんだろ?様子見てこいよ…」

「無理なんです…」

「なんで?!」

「だって、このお家…仏壇が有るんだもん…」

「何それ…仏壇が有ると入れないのかよ…」

「別に入れないわけじゃ無いんですけど、ご先祖の方が強いバリヤー張ってるんで破るのに苦労するんですよ…」

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俺はこいつと何を話しているんだ?

バリヤー?何だそれ…

まあ、どうでも良いや。

様子を見よう。

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……………………………………

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「行かないんですか?もうこのままで十数分は経ちますけど…」

「待てよ…」

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様子が一変したのはその時だった。

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『ピーーポーーピーーポーーピーーポーーピーーポーーピーーポーー』

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何だ?

救急車?

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「おい、隠れろ…人が来る。』

「私は隠れる必要無いんで…」

「馬鹿!良いから隠れるんだよ!」

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幼き老婆の手を引き庭木の影へ。

救急車はこのウチの前で止まり、救急隊が飛び出してくる。

車輪付きの担架を2人が持ち、その先を運転をしていたと思われる隊員がかけていく。

何があった?

暫くすると担架に乗せられたさっきのおっさん…

それを心配そうに泣きながら追いかける奥方…

瞬く間に救急車に乗せられすごいスピードで救急車は走り去って行く…

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…………………

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辺りはしんと静まり返って、さっきの出来事が嘘のようだ…

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「今だな…」

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そう、この機械を逃したら、レコードは手元に戻ら無い

玄関の前まで走る。

思惑どうり、扉は鍵もかかっておらず…難なくクリア…

レコードが何処にあるのか?

大概、この家の書斎だろう。

誰もいないこの家の中を何故か抜き足差し足忍び足で歩く。

そう、まさに俺はこの家に泥棒に入っている。

まさか、元警官である俺がこんな事をするなんて…

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玄関から順に部屋を調べていく。

襖の部屋は二部屋とも座敷…恐らく客室に使用しているのだろう。

次の洋式扉はトイレ…それから風呂場…

ガラス戸は居間その隣はキッチン…

奥の間…ほんの少し扉が開いている。

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ゆっくり近づく…

『ギシ…ギシ……」

これほどの立派な家の割に廊下の音が鳴り響く。

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「クソ…」

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広い豪邸…

ようやく奥の間にたどり着き、部屋の中を覗き込むと大きなスピーカーなどが並ぶのが見える。

間違いない…この部屋にあのレコードはあるのだろう…

扉に手を掛け音のしないようにゆっくり開ける。

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「誰もいないんで…別にそんな慎重にならなくても…」

「黙れい…」

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開いたら真っ先に目に飛び込むオーディオの数々…

「なんだこりゃ…すげ…」

近づくと何やら不思議な感覚に気がつく…

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……気分が悪い。

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「おい…これ以上…近づけねぇけど…」

「そんな事言ってないで頑張ってください…」

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そんなやり取りをしている時だ…

最悪な事が起こる…

shake

「明かりが消えたが?お前…あんまりにも冗談が過ぎるんで無いかい?本当に俺はこういうのダメなんだって…早く…いち早く…今すぐに電気をつけてくれるかな?」

shake

「私は何もしてませんよ…」

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ああああ…マジか…

もう…帰りたい…

ちくしょう…

もうこうなったら、ヤケクソ!

恐らく、レコードはあそこだ。

と、狙いはある程度明るい時に定めた。

息苦しいこの部屋をいち早く出るには、走って行ってレコードを取ってこの部屋を飛び出す…

それしかない!

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「いっ!せぇ!のぅ!」

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三歩!

俺の定めた場所までの距離は恐らくそんなものだ!

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「でぇ!!」

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三歩走り、手を伸ばす。

何もない…

クソ…

思ってたより距離があったのか?

もう一歩…

手を伸ばす。

何もない…?

はれれ?

馬鹿な…

その時だった…

さらなる悪夢が目の前に現れる。。。

shake

七瀬 愛美…

shake

真っ暗であるはずの部屋…

ポウっと青白く浮かび上がる姿は紛れもなく『七瀬 愛美』

だが怖ろしく…髪がオドロオドロに乱れ、衣服は乱れ、悍ましき表情を浮かべ、昨夜会った時の美しい顔は微塵も感じられなかった…

コレは…ヤバい…

咄嗟に感じる悪寒と殺気…

身動きは恐怖から来る金縛りで取る事が出来ない

shake

「ダメです…諦めちゃ…」

shake

その声に我に帰る。

そうだ、俺は一人じゃない。

名前は知らんが、幼き老婆がついてる。

ようやく動いて振り返ると、彼女も七瀬と同じく青白く浮かび上がっている。

ははは…霊体って本当だったんだ…

ははは…つか俺、幽霊に挟まれてんじゃん!

目眩で気を失いそうになる。

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「ダメですってば!頑張ってください!…レコードはそこです!」

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幼き老婆が指差す先にこれまた青白く発光するレコード…

もう笑うしか俺にはできない…

「うはっ!うはは…」

涙も鼻水も同時に流れる…もうどうにでもなれ…

なんとか手を伸ばしレコードを手にする。

思い通りに力の加減ができない…

異様な音が、部屋に轟く。

『バキバキ…』

「あれぇ?…割れ…ちゃいました…」

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怖る怖る『七瀬 愛美』を見る

怖ろしい顔をした七瀬 愛美の顔が割れている…

まるで、このレコード盤の様に…

何て事だ。

なんて悍ましい光景だ…

青白い顔に紅い涙が溢れ、瞬く間に足元からガラガラと崩れて、最後は砂の様に…消えて無くなる。

手にしたレコードも同じ様に崩れて無くなってしまった…

幼き老婆を見る。

先ほどまでの不安に満ちた表情が、まるで嘘の様な笑顔を見せる。

シワだらけの顔が徐々に若い女性へと変貌していく…

その顔は『七瀬 愛美』

今崩れた…あの愛美は誰だ?

「なな!どうなってんだ?難病だとかって言ってなかったっけ?」

「あれは嘘です…ありがとうございます…お姉ちゃんの暴走はこれで止まったと思います…」

「お姉ちゃん?」

「私の名前は『七瀬 愛美』今、消えて無くなった双子の姉である『七瀬 瑠璃』の妹なんです…今、貴方が供養したレコードは暴漢に襲われ亡くなったお姉ちゃんが生前に歌った曲を収録した音源なんです。

でも、私のオフィスに誘い込むのには苦労しました。逆に、行ってはならないと言った方が効果あるんですね…

初め、焦りましたよ…諦めて帰りそうになった時は…三階の窓を見てくれなかったら、帰ってましたね、あの時…

誘い出した理由は…あのオフィスに姉の霊体が居たから…レコードに霊体を保存するため…ごめんなさい…煩わしいことさせて…本当にありがとう…」

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その言葉を言うと愛美はすぅっとその姿が薄くなり、終いには消えて無くなってしまった…

明かりが点いたのはその数秒後…

夢を見てる…

コレは夢なのだと思いたい…

豪邸を足早に立ち去った俺は美山の店に行き、兄から借りた福沢諭吉で朝まで呑む…夢ってことにするために…

『七瀬 愛美』

兄から後で聞かされた話では、彼女は姉の死を悼み、自殺したらしい。

何人かの男達(姉を強姦した奴らだと思う)が謎の死を遂げている時、『七瀬 愛美』の目撃情報があったので、彼女の足取りを追っていたと話していた。

だが、死んだモノの足取りを追うって…

常軌をいっしてるぜ兄貴…

それから、あの豪邸の主のおっさんは暴走した怨霊、瑠璃の被害者だと思う。。。。。

………つか、シラネ…

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