中編6
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呪いのなぞなぞ

倒木に子供達の写真を釘で打ち付けていました。

私のクラスの生意気なガキの写真、私に対して露骨なセクハラをはたらく同僚の写真。

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この春に私は小学校の教師として社会人生活を始めました。

しかし、わずか数ヶ月、崩壊するクラス、悩まされる同僚との人間関係、私はすっかり心身共にやられてしまいました。

そして、ほとんど逃げ出すように今日の仕事を無断欠勤しました。

丑の刻参りとかよく聞きますが、そんな藁人形とかろうそくとか面倒くさかったので、身近にあった金づちと釘だけを持って、そこそこ大きい神社の裏山奥深くに入りこみました。

遭難とか普通に考えましたが、たぶん私は人間社会からも逃げたかったんです。

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力を入れやすいと思ったので、倒木の上に静かに思いを込めて写真に釘を打ちつけていました。

私はその行為に震えながら興奮していました。

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「ねえねえ」

不意に後ろから聞こえた声に心臓がどきりと跳ねました。

私はゆっくりと振り返ります。

深夜の森の中なのにいやにはっきりと見ることができました。

そこにいたのは薄汚い黒い着物を羽織った女の子でした。

先ほどとは違う震えが背中を走っていきました。

こんな夜中の山に私のほかに人間がいるはずがない、そんな頭で理解できる事象とは全く違うもっと根源的な恐れに感じました。

よく見るとその女の子が人間・・・少なくとも外見は普通でないことが分かりました。

黒い獣の耳と自分の身体ほどもありそうな大きなしっぽ、そして頭の後ろには耳やしっぽと同じ色の黒いきつねのお面を付けていました。

黒い毛色から犬とも考えましたが、少なくともお面の形からきつねなのでしょうか?

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「あなた、こんなところでそんな面白そうな濁った念を出してたら山のみんなが寄ってきちゃうよ」

女の子はくすくすと笑いました。

無邪気に・・・いや、その正反対、なんとも邪気を孕んだ笑みでした。

今、目の前においしそうな獲物がいて、愉快でたまらないそんな顔でした。

そして、気づきました。

音、私の周りの森の中に少しずつはっきりと聞こえてくる足音、吐息、うめき声。

既に何か大勢のモノに囲まれていました。

身体の中心がきゅんとなってとっさに体を抱きました。

その熱気を帯びた場の雰囲気のせいか抱いた腕に押し付けられた大きな胸が強く意識されました。

なんでこんなところに来てしまったのだろうと今頃になって後悔していました。

そして、人間死ぬ気になれば大抵のことはできるというのは本当だと感じていました。

私の授業でふざけていたあの子供達も私の体をいやらしい目で見ていた同僚達も命の危険とは全くの無縁のものでした。

でも、今は違います。

目の前にいるこの女の子が不意に号令を出した途端に私の体は生きたまま無数の物の怪に引き裂かれ、食いちぎられるリアルな予感がありました。

こんな経験をした今なら、小学校に復帰してちゃんと先生のお仕事ができる、私は生まれ変わることができる、そんな確信めいた実感さえありました。

死にたくない、まだ死にたくない、その思いで息ができないぐらい心臓が早くなっていました。

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「ねえ、あなた、ここから帰りたいの?」

きつね面の女の子は楽しそうに言いました。

「・・・はい、はい、お願いです、見逃してください」

私の声は泣いているように聞こえました。

「じゃあ、可能性をあげる」

「・・・可能性?」

「私と勝負しましょう、なぞなぞ勝負」

その言葉は頭の中で判別される内容があまりに場にふさわしくなかったので、私は最初意味がまったく分かりませんでした。

「お互いにとっておきのなぞなぞを一問ずつ出して私に勝ったら、あなたの望みをかなえてあげる」

「・・・??」

「お互いに正解したり、間違ったらもう一問ね」

私の理解が間違いでなければ、目の前の女の子が私の出したなぞなぞに正解を出せず、私が女の子のなぞなぞに正解を出せば、見逃してくれるということでしょうか。

なんだか、きつねに化かされているのではという考えも一瞬よぎりましたが、余計なことは考えずに集中するよう努めました。

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「じゃあ、あなたから問題を出して」

低い女の声が聞こえて、私は集中しようと自分で思ったばかりなのに慌てました。

なんとか女の子が答えられないような難しいなぞなぞをと思いましたが、人の世界のものを盛り込んでしまうとこの子が理解できないかもしれないなどと余計な雑念が入り乱れて混乱の渦に巻き込まれました。

考えあぐねていると、待ちくたびれたように女の子が口を開きました。

「お、そ、い、もう、じかんぎ・・・」

「ま、待って、じゃあ問題よ」

危うく時間切れと言われそうだったので、慌てて女の子の言葉をさえぎりました。

そして、私はかろうじて思い浮かんだなぞなぞを口にしました。

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「飲めば生きる、飲まれれば死ぬ、これなあに?」

問題を出したのはよかったのですが、言った途端にあまりに簡単ななぞなぞを出してしまったことに気が付きました。

私は自責の念で膝ががくがくして、気が遠くなりそうによろめきました。

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しかし、当の女の子は私のなぞなぞに困惑しているようでした。

「え、なに、飲めば生きる、飲まれれば死ぬ? え、え?」

かすかに女の子は体を震わせました。

「ちょっと、そんな、わけのわからないものがあるわけないでしょ、答えられたら困るからっていい加減ななぞなぞ出すんじゃないわよ」

女の子はかっと頬を紅潮させました。

私はおびえたまま女の子の表情が変化していくのを見守っていましたが、私の方がうろたえてはいけないと懸命に冷静さを保とうとしました。

「えっと、じゃあ答えを言ってもいいですか?」

「な、なによ、答えがあるのなら言ってみなさいよ」

「え~と、答えは水です」

私が答えを言うと女の子の震えは少し大きくなりました。

「水? 水? ああ、そ、そうね、そういう考え方もあるわね」

女の子はバランスを崩して、半歩ほど後ろに足を引きました。

その姿は自分の思惑が外れて狼狽しているように見えました。

女の子の姿に周りの物の怪達にも動揺が広がっているような空気がありました。

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「じ・・・じゃあ今度は私のなぞなぞよ」

それでも狐耳の女の子は気丈に私との勝負を続けようとします。

「実はね私には姉貴分がいるの、今ここにはいないけど」

そう言うと女の子はゆっくりと両手を上にあげました。

その手のひらの間でぽんと何かがはじけると白いきつねのお面を付けた金色の耳と大きなしっぽのあるぬいぐるみが現れ、女の子の頭の上に乗りました。

何かきつねの幻術かもしれませんでしたが、私はその様子にびっくりして後ろへ足を引きました。

そのぬいぐるみはよく見ると神社の巫女の着物を着ているようでした。

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「さて、あなたの前にしっぽの生えた姉と妹が現れました、さあこれはどういうことでしょう?」

そのなぞなぞを聞いて今度は私が当惑しました。

女の子のなぞなぞを聞いてそもそも問題の意味がよく分かりませんでした。

女の子の頭に上に乗ったあのきつねのぬいぐるみが姉の代わりなのでしょうか。

それでも、このなぞなぞを正解することができれば私は元の世界に帰ることができる。

元の世界に帰ることができたら、もう私はどんなことでもできる万能感にあふれていました。

私の授業でいくらふざけたって、子供達からお金をせびられたって、あからさまに私の胸を触ってきたって、なんだって気にならないと思いました。

何とか答えを見つけたい、その思いに私の頭は恐ろしく冴えました。

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「えっと、しっぽのある姉と妹。

・・・

・・・

しっぽ・・・尾

姉と妹・・・姉妹

・・・尾姉妹

・・・おしまい・・・おしまい?」

私の言葉を聞いて、女の子の顔にぱあっと喜色が広がっていきました。

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「うん、おしまいだよね」

「は・・・?」

女の子の薄気味悪い笑顔に身体から血の気が引いていくのを感じました。

「そのまさかだよ、もうおしまい、ご苦労さま」

くくっと女の子が低く笑ったのが見えました。

そして、その口がだらんとだらしなく開いたかと思うとみるみる大きく広がって私の頭はすっぽりと女の子の口の中におさまりました。

「そ・・・そんな」

私はようやく女の子にからかわれていただけだったと理解しました。

与えられた強い恐怖と恥辱のせいで私の最後の感情は諦めと少しばかりの蔑んだ怒りだけでした。

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「くそっ、この畜生が!」

私は小さく吐き捨てました。

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ロビン様、お疲れのところ続編がビビっとなんてコメントをいただけて嬉しいです。

でも、プルプルプ(省略)・・・なんてやってると回復が・・・

な、なんというオチ!!思わず続編がビビっと降臨しましたが、「またロビンがやってるよ!」と言われそうなのでここは我慢して、失った精力の回復に努めたいと思います!プルプルプルン!…ひ…

続けてのコメントありがとうございます。
私もまりか様の作品の魅力にとっても惚れています。
しかし、勢いの作品・・・短期決戦という点では怖話でのリレー作品みたいな面白さがあるのかもしれません。

こんな話が書きたいと気分が盛り上がって、時間と体力があるとすぐに書きあがってしまうのですが、このとき時間と体力のタイミングが合わず、後日時間があるときに書こうとすると書き上げるのに三週間かかってしまう(実話)というこの世のミステリーです。

実は三日前の土曜日にもこんな話が書きたいというタイミングがあったのですが、仕事と家族の都合で断念しました。
このお話が書きあがるのが今度はいつだろうと思っています。

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