中編5
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あっち行け…

私と下の子おチビは、

毎日夕方6時過ぎに、家路につきます。

私の仕事が終わってから、おチビを保育所に迎えに行き、

2人で私の漕ぐ自転車に乗って、帰るのです。

早く迎えに行けた日には、

1日保育所で頑張ったご褒美に、少し遠回りをして、

自転車ドライブをしながら帰るのですが、

今日は、迎えが少し遅くなり、

夜の7時前になってしまいました。

薄暗くなりかけたいつもの道を、自転車で滑走していますと、

おチビがグズグズと、ダダをこね始めました。

「お利口してたのにね。チャリン、行かないのいやだよ!」

保育所で賢く待っていたのに、ご褒美の自転車ドライブ出来ないなんていやだよと…、

おチビなりに私に抗議をしている様でした。

仕方ないなぁ…、行ってやるか。

私は、ここを曲がればもう我が家という角を曲がらず、まっすぐ突っ切って、

普段、通ったことの無い、細い路地に自転車を向かわせました。

途端、おチビは嬉しそうに声をあげて喜び、手を叩きはしゃぎ、

「嬉しいねぇ〜。チャリン、涼しいねぇ〜。」と

自転車ドライブが始まったことに気づいて、機嫌が良くなりました。

この土地、この街に住んで、かれこれ9年目となりますが、

私には、通ったことの無い路地がたくさん存在していて、

今日は、迷路の様に、その路地を走ってみようと、私は知らない道知らない道と、そう思って自転車をこぎました。

路地を抜けていて気付いたのは、

その両側に、誰も住まなくなった文化住宅がたくさん連なっていることでした。

ここにも人が住んでいて、

こんなに狭い路地の両側に建っているんだから、

賑やかだったこともあったんだろうなぁ…、

そんなことを考えながら、

ご機嫌のおチビの鼻歌を聞いていました。

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両側が文化住宅の路地を抜け、

繋がってる道のままに自転車を進めると、

そこは、自転車一台がやっと通れる様な、今日1番の狭い路地に差し掛かりました。

手前と路地を抜けきった所に街灯があるのみで、

夕刻を過ぎ、夜になりだした頃だったのもあり、

その路地は、とても暗く感じました。

しかし、他に道もなく、その路地を抜け切るしか道が無いので、おチビに、

「暗い道だねぇ、急いで抜けようね〜。」と言い、

少し足を速めて、進み始めました。

真ん中あたりに来た時、

おチビがビクッ!と体を揺らしました。

それはまるで、左側から誰かに脅かされた時の様で、

右側に体をやり、左をすごく驚いた顔で見ていました。

私は、虫でも飛んできたのかなと思い、

「どうしたの?虫さんがいた?」

おチビにそう聞きました。

おチビは、フルフルっと首をふり、

「おじちゃんがいるよ?」

と言いました。

えっ!?

おじちゃん?

自転車一台しか通れない路地で、こちらに歩いてきた人もいなければ、そこに佇んでいる人も、いません。

ましてや、私と同じ方向から来たのなら、私と並んで歩いていることなど、ありえないのです。

私は、おチビに、

「どこにいたノォ?お母さん、見えなかったなぁ。」

そう言いました。

おチビはずっと、体を右に反らした状態で、顔だけ左を向いています。

私の前に座るおチビの横顔が、とても怒っている時の表情でした。

「怒ってるの?」

私はそうおチビに聞きました。

するとおチビは…、

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「だって…、

ずっと、くさいおじちゃんが見てるんだもんッ!」

そう言いました。

マズイ!

いつもならここで、タイミングよく、ノホホン長女が現れて、

長女独特の感覚で、対処してくれるのですが、

今日ばかりはそうもいかない。

私が何とかしなくちゃ!

私は

「なにぃ〜?くさいの?くさいのは嫌だねぇ〜。」

そう返しながら、自転車の速度を上げるのが精一杯でした…。

おチビは、路地を抜けてからも、

体を右に反らした状態のままで、ずっと、

左を睨みつけています…。

「おチビ〜、くさいおじさんいるなら、

あっちに行ってって、怒っていいよ?」

私がそう言った途端に、

おチビは…、

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「あっちいけッ!くさいッ!来るなッ!」

大きな声で、左に向かってすごい剣幕で怒鳴ったのです。

初めて聞く…と感じるほどの、

おチビの怒鳴り声に、

私は驚いて、

「おっきい声だね〜!お母さん、びっくりしたァ。」と、

おチビを見ると、

おチビは少しこちらを向いて、

「おかあさん、あのみち、もうとおらないでね?」と

言いました。

「そうだね、お母さん、自転車下手くそだから、

狭いし暗いし、怪我したら嫌だから、

通らない様にしようね。」

そう言うと、おチビは、うんと言い、

また家までの道を、鼻歌を歌いながら帰りました…。

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家に着き、夕飯の支度をしていると、主人が台所に現れました。

今日ね…、

私は先ほどの話を主人に話しました。

すると主人が…、

「あー、その路地、結構前だけど、

通り魔事件のあったとこだわ。」

主人が言うには、もう30年ほど前にはなるが、

今日のそれと思しき路地で、通り魔事件があり、

文化住宅の住人の方が、続けざまに被害に遭い、

1人、亡くなった方がいたと言うのです。

被害者、男の人?

そう聞いた私に、

主人、

「犯人が男、被害者は全員女の人…。」

そう答えたのです。

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おチビが見た、くさいおじさんは、

全く関係のない者なのか、

それとも…、

どちらにしても、2度とあの路地には入らない様にしようと、心に誓い、

怖い思いをしただろうおチビを、ちゃんと慰めてやろうと思いました。

家に帰って来てから、おチビの姿を見かけない事に気付き、家の中を探すと、

おチビは、長女の部屋にいました。

長女のベットに、2人並んで腰掛け、

おチビは長女に

「くさいおじちゃんがいたノォ。くさいから、あっち行けッ!て言ったんだよ。」と話していました。

長女が

「くさいおじちゃん?お風呂入れよなぁ。

大きい声で怒って居なくなったなら、ビビリのおじちゃんだから、もう出てこないよ?

おチビ、うまくやったね。やるじゃん!」と、

頭を撫でていました。

おチビは嬉しそうに、ニコニコ、少し得意げな表情で、

長女を見上げていました…。

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またしても、最後の最後に、長女に救われた様な思いで、

私は長女の部屋に入りながら、

「お母さん、おチビに助けられちゃった。」と

言いますと、

おチビに

「だっておかあさん、弱いんだもん。わたし、強いもん。」

そう言われてしまいました…。

いつから、あの路地にいるのか、得体の知れないくさいおじさん…、

2度とうちの子に、近寄らないで頂きたい…、

私の威厳もなくなるので…、

そんな事も思いながら、

すくすく成長する我が娘達を、とても頼もしくも感じた出来事でした。

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加齢臭がきになるあたくし。
心が挫ける話でした(。´Д⊂)

通り魔は自分の幻影を刺せばいいのに(´・д・`)

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