中編3
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お盆のひととき

これは今からちょうど一年前の話だ。

今は訳あってマンションに住んでいるんだが、引っ越す前の古アパートで奇妙な体験をした。

無論引っ越す切っ掛けはその古アパートでの事だ。

では一体その古アパートで何があったのかを話そう。

ーーその奇妙な体験をしたのは8月15日。

ちょうどお盆休みで、よく心霊体験とかそういった系統の番組が盛んに放送される時期でもあった。

こんな事を言うのもアレだが、実を言うと俺は幽霊とかの類は信じないタチで、体験をする前日の14日に心霊番組を見ていた。

その時は信じるつもりなんて毛頭無かった。

偶々顔に見えるだけだとか、作り物とかって考えることで納得した気でいた。

その日の23時、俺は風呂に入った。会社が休みな分、心身共にゆったりとくつろげた。

余談だが、このアパートは築50年以上の古アパートで鉄筋コンクリートではなく、昔ながらの木造建築で、古い為か結構ギシギシと木が軋む音がする。

俺は洗うべき所は全部洗い終わって湯船に戻り、しばらくこもっていた。夏に湯を張るのも悪くない。

熱々のお湯ではなくてちょっとぬるめのお湯で、風呂から上がると少し肌寒い程度の温度だ。

その心地よさのあまり、俺は風呂で眠りに落ちた。

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「ーーっ!!」

俺は肩に落ちた冷たい雫で目を覚ました。

どれくらい俺は寝ていたのだろうか。お湯の冷え具合から見るに朝まで寝ていた訳ではなさそうだった。

このままでは風邪をひきかねないのでさっさと風呂を出た。

出たはいいが、おかしな事が起きていた。

脱衣所の電気が消えていること。

いくら古アパートとはいえ、少なくとも今までこんな事にはならなかった。

ブレーカーを確認したが、落ちていなかった。

スイッチだけが切られていたのだ。

それでも俺は“何か”がいる事を信じなかった。

寝ぼけてスイッチを切ったかも、と自分に言い聞かせた。

普通に考えてありえない話だ。寝たままの人間が一度風呂から出てスイッチを切ってまた風呂に戻るなんて。

ーーやっぱり“何か”いる。

本能的にそれを悟った瞬間、冷や汗が掌から背中、顔からどっと噴き出した。

しかも悪寒がする。

急いで布団に入ろう。それしか考えられなかった。

スイッチをつけて洗面台にある時計を見ると、時刻は既に午前1時38分を回っていた。

洗った髪は半乾きで気持ち悪かったため、ドライヤーで乾かす事にした。

そしてコンセントに差し込んで、洗面台の鏡を見た瞬間、映った……。

“何か”はしわくちゃの黒緑の皮膚で湿っていて、表面が光っている。さらに長い黒髪がある。

そして“それ”は「ううぅ……」と呻き声をひりだした。

「うわああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

俺は恐怖に負けて絶叫した。

恐怖のあまり、服を着ることすら忘れて布団に入り頭まで被った。

すると、ペタ……ペタ……とゆっくりと足音が近づいてきた。

そして「カエシテ……カエシテ……」と今にも枯れそうなしわがれた声で言うのだった。

俺は布団の中でひたすら祈った。

やがて俺は手を祈った形のままで眠ったようだ。

朝、目が覚めて見れば何事も無かったように窓から光がこぼれている。

それから俺は大家さんに話を聞きに行った。

大家さん曰くあの部屋で誘拐殺人事件があったらしく、その時に子供をさらわれた母親が風呂に沈められて溺れ死んだのだという。その無念から霊になっても子供のことを返してと言ったのではないかと言う。

更に付け足すとこの時期はちょうどお盆で、霊がよく集まる時期であることも相まって今回の様な事が起こったのではないかとも言っていた。

しかしまあ、明日は我が身とはよく言ったものだ。

まさか日付が変わった後であんな事が起こるなんて誰も想像しなかっただろう。

長くなったけれど引っ越す切っ掛けとなったのはこの出来事が原因だ。

それとあの時、振り返る勇気は無かったな。

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