長編25
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白彼岸の呼び声

私の職場の黒川先輩は世間一般でいうところのいわゆる霊感のある女性でした。

それもかなり強い部類に入る霊感の持ち主です。

その彼女が私の教育係になってから、私は様々な心霊案件に関わってきていました。

今回のお話は地元での就職一年目、年明けすぐのことだったと思います。

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その日、私は一人で取引先の高遠さんのところへ訪問していました。

打ち合わせが終わった後、事務員の藍さんが話しかけてきました。

「打ち合わせ終わったんですか、コーヒーでも入れましょうか?」

藍さんはここの事務員の絵梨花さんが産休に入った時に代わりに入ってきた女の子でした。

元々絵梨花さんの高校時代の同級生らしく、ちょうど仕事を探していたときに声をかけられたという話でした。

絵梨花さんも私同様、数多くの心霊案件に関わってきていて、そんな繋がりもあって、絵梨花さんとはかなり親しくなっていました。

藍さんはその絵梨花さんの同級生であれば学年は私より二つ下のはずです。

人見知りの私と違って、初めて会った時から気さくに話しかけてくれました。

しかし、それよりも特筆すべきはいつも事務員制服にカーディガンという普通の服装なのに彼女には何か表現の出来ない色気がありました。

制服を窮屈そうに押し上げている大きな胸もその一因ではありました。

私は特に巨乳好きというわけではなかったのですが、彼女のその大きな胸を目の前にすると意識せざるを得ませんでした。

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「大きなおっぱいだなあ」

突然自分の思いが声になって出てしまったのかと心臓が跳ね上がりましたが、その言葉を発したのは藍さんの方でした。

「な、なに言ってるの?」

「絶対そう考えてたでしょ、私を見る視線と表情でばればれですよ」

そんなに分かりやすいしぐさをしていたのかと自己嫌悪に陥りましたが、彼女は話を続けました。

「ところで、明日私友達とドライブに行くんですけど、一緒に行こうとしてた人から一人断られちゃって」

「へ、へえ、そうなの」

おっぱい目線を指摘された私はしどろもどろで、ほとんどまともに考えることができていませんでした。

「せっかくだから代わりに来ませんか?」

「え、う、うん、いいよ」

冷静なときだったら、こんなあまり親交の深くない女の子の誘いについては色々考えてしまうところでしたが、思考の停止していたこのときは二つ返事で了解してしまいました。

後になって、状況を認識するとうまく乗せられてしまったのだろうかと思いました。

そして、軽いのりで自分のおっぱいの話をするその対応に年下でありながら自分との場数の違いを感じてしまい、二重にへこんでしまいましたが、せっかくの女の子からのお誘いということで前向きに考えようとしました、そのときは・・・

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お誘いの日は日曜日だったので、てっきり昼間に遊びに良くのだと思っていたのですが、実際には日が落ちてから彼女の友達の七人乗りのワゴンに拾われました。

藍さん以外初対面の男女5人に挨拶をしましたが、外見やその言動を聞いていると、どうにも自分とは全くタイプの違う粗暴な人たちに思えました。

かなり遊んでいる風に思えた藍さんがこのメンバーの中ではむしろ浮いているぐらいでした。

あらためてなんで来てしまったのかと後悔しました。

「それで、この人が藍の言ってた心霊スポットに詳しい人?」

ふとメンバーの中の雪菜という女の子が藍さんに尋ねました。

「そ、そうだよ、お願いして快く来てもらったんだ」

心霊スポットに詳しい人を連れてきたというのは初めて聞く話です。

私は藍さんの方を振り向くと、彼女は小声でそういうことにしておいてと囁きました。

「本当はあの黒川さんっていう人を誘ったんだけど、あっさり断られちゃって、それでみんなに言ってた手前誰か連れてこなきゃと思って・・・」

どうも最初に言っていた断った知り合いというのは霊感のある黒川先輩のことだったようです。

しかし、問題はそんな事ではありませんでした。

「ちょ、ちょっと待って、ということは今から心霊スポットに行こうとしてるの?」

「当たり、あなたもその黒川さんとおばけ関係はいろいろ経験してるんでしょ、だから色々それらしいことみんなに解説してよ」

詳しく聞いてみると、彼女達はこの近県のありとあらゆる心霊スポットの探訪を余暇の楽しみにしているようでした。

しかし、黒川さんはそういう興味本位の心霊スポット探訪を非常に嫌っていたので、もし何か面倒ごとが起きてしまえば何を言われるか、想像するのも恐ろしくなりました。

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いよいよ本気で帰りたくなっていたところに雪菜さんがこれから行く心霊スポットのことを話し始めました。

「今日行くところはすごいよ、元々心霊スポットだった廃村をテーマパークに改装しようとしたところらしいんだけど、改装途中でオーナーが謎の失踪をしたっていう曰く付きの場所よ」

「何それ超オモシロそうじゃん」

心霊スポットを観光施設にしようとしたと聞いて、一瞬とんでもない悪趣味だと感じましたが、そういえば心霊観光のことを黒川さんが話していたのを思い出しました。

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「ねえ、心霊スポットを観光地になんてそんなこと考えた人馬鹿なのかな?」

藍さんが私の第一印象と同じことを口にしました。

そして、この問いに対する解説を黒川さんは話していました。

「いや、世界的に見ても心霊的な曰くがあるところを観光地に育てるということはよくあることだよ」

「へえ、そうなの」

「例えばいわゆるパワースポットの寺院や霊山は有名だし、悲観的なものでも自殺の名所や戦争での大量死があった場所なんかが観光地として有名な場所も多いでしょ、そもそも僕たちもその心霊スポットに探訪しに行こうとしてるじゃない」

「ああ、そう言われてみればそうだね、さっすが」

たしか黒川先輩はもっと具体的な名前と事例を上げて、専門的な用語も交えて説明していたので、それに比べるとかなり雑で抽象的な解説でしたが、それでも彼女達の反応は上々でした。

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「あっ!」

窓の外を見ていた藍さんが不意に叫びました。

「ど、どうしたの?」

「い、いま、森の中に地面から白い手が生えていたような気がして」

「え、何それ、さっそく出たの、やったじゃん」

何が嬉しいのか、私と藍さん以外の五人は騒ぎ立てます。

そうしているうちに運転手が何かに気づいたように叫びました。

「おい、道がふさがれてる」

皆で降りて確かめると、この先管理地により関係者以外立ち入り禁止という看板が立てられ、さらにバリケードで道がふさがれていました。

とはいえ、森の中の道なので、車では無理ですが、進もうと思えばバリケードの横を潜り抜けていくことはできそうでした。

その時、藍さんが何かに気づきました。

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「みんな見て、彼岸花だ」

見ると道の端に白い彼岸花が咲いていました。

「もしかして、さっき見た白い手ってこれを見間違えたのかな」

確かに彼岸花の形は遠目に見れば手にも似ています。

藍さんの仲間たちは笑いながらそうじゃんと言っています。

しかし、私はその彼岸花に非常に悪い感じを抱いていました。

そもそも今は一月で秋に咲く彼岸花が咲いているはずがないと思いました。

私がその疑問を口にすると藍さんが答えました。

「ここって観光施設の予定地だったんでしょ、だったら雰囲気出すために一年中咲く彼岸花とか植えてたんじゃないかな」

一同皆そうだよと反応していましたが、私はそんなことでは説明のつかない気持ち悪さをその花を見て感じていました。

「じゃあ、ここからは徒歩になるみたいだけど、今から行くところもっと詳しく教えてよ」

藍さんの問いに雪菜さんが説明を始めました。

「あ、うん、なんかあんまりにもやばすぎて役所が封鎖してるっていう心霊スポットだよ」

「え、なにそれ、やばいじゃん」

「うん、赤華村って、呼ばれてるらしいんだけど」

「なに? セッカソン、なんだそれ?」

「えっと、赤色の赤に、中華の華と村って漢字なんだけど」

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赤華村という色、特徴、分類というその文字の構成と役所、つまり行政が管理して、封鎖している物件。

私はそれに該当する他の物件を以前にも関わったことがありました。

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白護病院

元精神病患者とその被害者となった看護婦達の悪霊の温床、強烈に人が近づくことを嫌っているため、近隣住民の安全のため、あえて行政がその管理を担当している廃病院。

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青床港

入水自殺した車が何台も沈む亡者達の潜む海、夜間近づくものを無差別に海に引きずり込もうとするため封鎖された港。

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行政管理心霊スポット・・・その言葉が私の頭に浮かびました。

今まで私にはほとんどいわゆる霊感というものはないと思っていました。

しかし、心霊的に良くない場所を感じることぐらいはできるようで、黒川先輩といくつかのやばい心霊事件を経験したことでその悪寒を覚えていました。

震えている私をよそに一同はバリケードを超えて中に入ろうとしています。

慌てて私はここは本当にやばいからとにかくいったん離れようと説明しました。

「え~、マジでそんなやばいとこだったら大当たりじゃん、ラッキー」

「え、い、いや、本当に危ないんだって」

「うちら今までいろんなとこ巡ったんだけど、ほとんどなんもなくてさ、ここが本物だったらまじすげえじゃん」

私の説明に全く危機感を感じるそぶりさえありません。

「もう、来ないんだったら、車の中で待ってるか、一人で歩いて帰ったら」

藍さんも呆れたように吐き捨てました。

私も本気でそうしたいところでしたが、そうはできない事情が一つだけありました。

私は藍さんの腕をつかみました。

「藍さんも一緒にここを離れましょう」

「はあ、何言ってんのよ、帰りたいんだったら、あなた一人で帰りなさいよ」

「絵梨花さんの親友が確実に危険な目に合うところを放って帰れるわけないでしょう!」

「な、なんで絵梨花のことが・・・」

正直、藍さんのことに関しては自己責任という思いもありましたが、私と親交の深い絵梨花さんの親友を見捨てて帰るのは許されることではないという思いがありました。

藍さんも親友の絵梨花さんの名前を聞いて少し躊躇しました。

「本当にここだけは僕の言うことを聞いてください、後でお詫びでも何でもしますから!」

「本当に何なのよ、あなた連れてきて失敗だったわ、この意気地なし!」

そう言うと、藍さんはくるっと後ろに向きました。

「もう、この人しつこいし、連れてきた責任もあるから、一緒に帰るね、後でここどうだったか教えてよね」

藍さんは私の言うことを渋々聞き入れて、元来た道を歩いて帰り始めました。

「おいおい、マジかよ、こんなすごいところ、行かないのかよ」

「もういいから、行ってよ」

私も藍さんの後をついて、来た道を戻りました。

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私は藍さんと二人で山の中の道を歩いて下りました。

藍さんは道中当然のごとく怒ったままでほとんど口をきいてくれませんでした。

山の中とはいっても深い山奥でもなかったので、二十分ほど歩いて道沿いに民家や商店などが並ぶところに来ると、私は携帯電話で近くのタクシー会社に連絡しました。

そのとき、私の中では赤華村に行った雪菜さん達が恐ろしい目に合って、藍さんが私に感謝するという展開もわずかには期待していました。

そうしてタクシーを待っているときに藍さんの携帯電話に赤華村に行った雪菜さんから連絡が入りました。

藍さんが電話を取ると、相手の雪菜さんは興奮ぎみに大声で話しているようで会話を聞き取ることができました。

「藍、すごかったよ、あそこ!」

「えっ、雪菜、何があったの?」

「廃屋の間で手招きする白い人影が見えたり、赤く光る彼岸花が花火みたいに咲き乱れてたり、お堂の中の人形が浮かんで目が光ったり、あんなの見たことないよ」

「そ、そんなにいろいろあったの?」

「もう、ちょ~興奮だよ、藍、もったいないことしたよ~、なんで来なかったのよ~」

どうやら様々な心霊現象はあったらしいのですが、それを彼女達は心底楽しんだようでした。

それこそまるでテーマパークのお化け屋敷のように・・・

会話を終えて、携帯電話を仕舞った藍さんは私を睨みつけました。

「・・・連れてきた私の責任もあるから、こんなこと言うの大人げないことはよくわかってるんだけど・・・」

低く凄みのある声でした。

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「とりあえず一発叩かせろ!」

彼女の右手が鋭く私の左頬に振り切られ、私はあまりの衝撃に情けなく唸りながらその場にへたり込んでしまいました。

結局、その夜はタクシーで彼女をアパートまで送っていくことにしました。

お互いタクシーの後部座席の両端に座り、その空気の重さに私は一秒でも早く彼女の家に着かないかと消えてしまいたい思いでした。

タクシー運転手のおじさんは痴話げんかと勘違いしたのか、怒っている藍さんの方にいくらか優しい言葉をかけていましたが、この人は彼氏でも何でもありませんと火に油を注ぐことにしかなりませんでした。

私は家に帰って床についても、なんであんな誘いに乗ってしまったのだろうと後悔と恥ずかしさで枕をしっとりと濡らしました。

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翌日、私は営業を装って昼休みに入る直前の時間に高遠さんの事務所に来ました。

よくよく考えると少し理不尽だとは思ったのですが、とりあえず藍さんにはあらためて謝ろうと思ったからです。

藍さんは私の姿を確認するなり、嫌な表情をしましたが、さすがに業務中であるので普通に対応してくれました。

そして、予定通り正午になり、周りに不審がられないように普通に世間話をする体で藍さんに謝罪しました。

私の再三の謝罪を受けて藍さんの怒りも少しはおさまったのか、しばらく考えるそぶりを見せました。

「うーん、じゃあ今晩何か御飯でもおごってくださいよ」

「え、ば、晩御飯? いいよ、何が食べたいの?」

「私、お寿司がいいなあ」

晩御飯おごることで機嫌を直してくれるのならと思い、私は了承しました。

「そういえば、昨日は雪菜も興奮しててよく聞けなかったから、あそこがどんなだったのか詳しく聞いてみよ」

もう、耳にもしたくなかった赤華村ですが、行政管理スポットというだけあって確かにいろいろと怪奇現象は起きたようでした。

しかし、それでもあの能天気な連中には通用しなかったということでしょうか。

「あっ、雪菜、昨日はごめんね、変な人連れてきて場をしらけさせちゃって」

変な人とは私のことでした。

「それで、昨日行ったところどうだったの、もっと詳しく教えてよ」

どうせこれから藍さんは雪菜さんと昨日の話で盛り上がるでしょう。

そうなると藍さんの怒りが思い起こされることにもなりかねません。

私はもう帰りたくなりました。

「何言ってるのよ、ほら昨日興奮して話してくれたじゃない、心霊スポットのこと」

藍さんは笑いながら話していますが、何か電話相手の雪菜さんの様子がおかしいようでした。

「えっ、色々起こったって言ってたじゃない、手招きする人とか、目の光る人形とか、え、よく覚えてないって、ちょっと!」

電話は切られたようでした。

「あれえ、なんかタイミング悪い時にかけちゃったのかな、まあ、いいや」

雪菜さん何か変じゃなかったですかと聞きたい思いでしたが、下手に突っ込んでまたおかしなことになるのも嫌でしたから、その時は違和感を覚えながらも何も言いませんでした。

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その夜、藍さんに晩御飯をごちそうするため、近くの回転ずしに行きました。

回転ずしとはいっても一皿100円のリーズナブルな回転ずしではなく、その何倍もするようなそこそこ値の張る高級回転ずしを藍さんは希望しました。

彼女は私のおごりなので遠慮なく金色に光るお皿を中心に取っていました。

地元に戻ってから、若い女性と食事に行くのは黒川さんを除けば初めてのことで普通であれば、喜ばしい状況なのですが、その時の私にとっては尋問のように苦しい場でした。

「う~ん、とろける~、やっぱり高いお寿司は違うね」

焼酎のお湯割りを片手に金皿のお寿司で上機嫌になってきたので、場の雰囲気も大分なごんできました。

「・・・反省してるの?」

「・・・あ、はい」

「うん・・・まあ、じゃあ許してあげようかな」

藍さんは酔っているのか、顔を赤くしながら微笑みました。

「まあ、本当のところを言うと、私もこの心霊スポット探訪はどうなのかなあと最近思い始めてたところだから・・・」

不意に藍さんは目をそらしながら、物思いにふけり始めました。

意外と思い、詳しく聞くと私の前に黒川先輩を誘った時に軽く諫められ、その際に気持ち悪い心霊体験もしてしまったようでした。

その時、彼女の携帯電話に着信がありました。

「あ、雪菜からだ、お昼の話かな」

相手は昼休みにも話した雪菜さんからのようでした。

「雪菜、お疲れ~、え、どうしたの?」

電話を取った藍さんが怪訝な表情をします。

「え、ああ、あの話ね・・・」

何か変でした、神妙な面持ちのまま藍さんは相槌を打ちながら雪菜さんの話をずっと聞き続けています。

そのまま。静かなやり取りが五分ほど続いたのち、ようやく藍さんが通話を終えました。

話は当然昨日訪れた赤華村のことだったのですが、内容は今までの雰囲気と一変していました。

藍さんは私に雪菜さんから話された赤華村の話を始めました。

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昨晩、赤華村の探訪を終え、帰路についていた雪菜さん達に異変が起こったのは藍さんに探索の感想を伝えたすぐ後のことでした。

突然、車に乗っていた全員の携帯電話に非通知の着信がありました。

一斉の非通知着信ということで気味が悪かったのですが、雪菜さんが代表で電話に出て、皆に聞こえるようにスピーカーをオンにしました。

雪菜さんが着信に出ると、他のメンバーの着信も止まりました。

「本日は・・・当村に・・・ご来訪いただき・・・ありがとうございます」

ゆっくりと流れ始めた声は、機械の自動音声のように聞こえました。

「当村は・・・ご来場いただいた方に・・・新感覚の心霊娯楽を味わっていただく演出に心がけております」

心霊娯楽、演出・・・その緊張感のないフレーズに雪菜さんたちは何か現実感のない夢の中にいるような感覚に陥ってきました。

「さて・・・当村の入村料についてですが・・・」

入村料と聞いて、お金いるの、と雪菜さんは驚きましたが、続く内容は全く予想と異なるものでした。

「それに関しましてはただ一つ・・・当村のことを誰にも他言しない・・・これだけでございます」

意味が最初よくわかりませんでしたが、要は誰にも今夜見聞きしたことをしゃべってはいけないということでしょうか。

「なお・・・あなた方は先ほどお知り合いの方にお話をしておりましたが・・・その分に関しては今後のデスペナルティーの説明と併用させていただきます」

デスペナルティー・・・その物騒めいた単語だけ少し気になりました。

「それでは・・・本日はありがとうございました・・・今後の当村のご加入を心よりお待ちしております」

当村のご加入、また変な単語が出てきました。

通話が切れると、雪菜さんは何か怪奇現象だったようなのですが、いったいなんだったんだろうというあやふやな思いでした。

しかし、怪異は続けざまに起こりました。

「ちょっと、みんな運転席の隣で何か光ってる!」

車の真ん中の席に座っていた雪菜さんは声をあげました。

白い花、走行する車の運転席と助手席の間に怪しく光る白い一輪の花が咲いていました。

それは赤華村でも見た白い彼岸花でした。

何で車の中に花が咲いてるんだろうと思っていると、その白い彼岸花はゆっくりと手の形に変わり、ひゅっと伸びて運転手の腕をつかみました。

腕をつかまれた運転手は車を蛇行させ、その衝撃で雪菜さん達は車の中で倒れこみました。

やがてガードレールに擦り付けて車が止まりました。

警戒しながら雪菜さんは起き上がり、他の人達を確認しましたが、けが人はいないようでした。

危うく大事故になるところでした。

車から雪菜さんたちが降りると、前方の闇の中に先ほど見た白い彼岸花が咲いていました。

その花はゆっくりと雪菜さん達に手招きをし、おいで、おいでと発して、すっと闇に消えていきました。

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それからでした。

雪菜さんがおいでおいでと手招きする白い彼岸花を見るようになったのは・・・

部屋の隅の暗がりで、駅のホームの下で、会社の薄暗い廊下の先で・・・

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私が雪菜さんの話を聞き終えると、藍さんは黒川さんに助けをお願いしてきました。

私はさっそく黒川さんに電話を掛けました。

電話に出た黒川さんに突然の電話を謝罪し雪菜さんの話の概要を説明しようとしました。

但し、心霊スポットに行って怪現象に合っているとストレートに言ってしまうと、知らないよ、自業自得と電話を切られるかもしれなかったので、遠回しに説明を始めました。

しかし、私がつぶれたテーマパーク跡という単語を口にした時でした。

それまでめんどくさそうに聞いていた黒川さんの雰囲気が一変しました。

「ちょっと待って、今テーマパーク跡って言った?」

「は、はい」

特におかしなことは言ってなかったので、黒川さんの変化に私は一瞬戸惑いました。

そして、少しの間、電話の向こうが無言になりました。

ようやく黒川さんが再び話し始めた時はその口調が一変していました。

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「・・・今から、私が聞いた質問の答え以外は何もしゃべらないで」

「ど、どういうことですか?」

「しゃべるなって言ったでしょ!」

ものすごい剣幕でした。

「もし、あんたが口にしたテーマパーク跡っていうのが私の懸念しているところだった場合、そこに関することを口にしただけで呪われる可能性があるのよ」

口にしたら呪われる、そんな話聞いたことがありませんでした。

そして、ここにきてようやく私は行政管理心霊スポットというとんでもない闇に自分が足を突っ込んでいることを実感しました。

黒川さんは少し落ち着くと、慎重な空気で質問を始めました。

「○○県の山奥のテーマパーク跡か?」

「・・・はい」

「そのテーマパークには季節外れの花があったか? 花の名前は言うなよ!」

「・・・ありました」

「最後に聞くわよ、あんたと藍ちゃんはそこには入ってないのね」

「・・・入っていません、誓います」

「よし、わかった、もうあんた達はこの件に関わらないで、すでにかなり危険なところまで踏み入ってるわ」

「そ、そんなわけにはいかないんです、藍さんの親友もこの件には深くかかわってて、簡単に放り出すなんてできません」

そんなことは許されない、今までの彼女との付き合いからもそれはわかっていました。

しかし、そのときは黒川さんの答えが遅れました。

今から思うと、いつも強く主張しない私があえてそう言っているのを考えてくれたのかもしれませんでした。

「・・・わかった、じゃあ、わたしもその雪菜さんのところに今から行くから一緒に来なさい、警察の方には私が専門のところに事情を話しておくから」

警察という言葉を黒川さんは使いました。

「警察・・・ですか?」

「この行政管理心霊スポットに関してはちょっとね、以前も関わったから多少つてがあるのよ」

この件が既に何らかの事件になる確率が高い、もしくはなると確信しているようでした。

話を終えて、私達はすぐに雪菜さんに連絡を取りました。

しかし、出ません、雪菜さんは藍さんからの電話にどれだけ呼び出しても出ませんでした。

大いに嫌な予感がした私達はすぐに彼女のマンションに向かいました。

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マンションに着き、入り口のオートロックを開けてもらうため、インターホンを鳴らしましたが、やはり応答がありません。

黒川さんからは一緒にと言われていましたが、焦った藍さんは覚えていたマンションのオートロックのパスワードを入力し、中に入りました。

エレベーターで雪菜さんの部屋がある三階に行く間、藍さんは雪菜さんの携帯をずっと呼び出していましたが、彼女は出ないようでした。

そのまま、雪菜さんの部屋の前に来て再びインターホンを押しましたが、中から何の反応もありません。

不意に何かに気づいたのか、藍さんが指を口に当てて静かにしてというジェスチャーをしました。

私がその合図を見て静かに聞き耳を立てると雪菜さんの部屋の中で携帯電話の着信音がかすかに聞こえました。

つまり、雪菜さんの携帯電話は部屋の中にあっても彼女が何らかの原因で出られない状態にある可能性が高くなりました。

私と藍さんはもはや何かの異常事態が起こったことは明らかなので、なんとかして部屋に入れないかと狼狽しました。

その時、藍さんがこのマンションの大家さんが最上階フロアに住んでいることを思い出しました。

そこで、エレベーターで最上階に行き、大家さんに事情を説明しました。

大家さんは藍さんの様子に緊急事態であることは理解したようで、すぐに部屋を開けることを承諾してくれました。

私はやはり黒川さんの到着を待ってもと思いましたが、とにかく雪菜さんが心配な藍さんの気持ちもわかるので、大家さんと一緒にすぐに雪菜さんの部屋のドアを開けました。

私達はゆっくりと中に入りましたが、目に見える範囲には誰もいませんでした。

玄関から一直線にキッチンと奥の寝室が見渡せるシンプルな作りで、部屋の電気もついたままだったので、雪菜さんが少なくとも部屋の中にいないことはすぐに確認できました。

雪菜さんが倒れていることも想定していたので、ひとまず私はホッとしました。

藍さんはトイレなどに入っていないか声をかけながら雪菜さんを探します。

雪菜さんの携帯電話は寝室の中央に落ちていました。

よく見ると奥のベランダの窓が全開に開いていたので部屋の中に冷たい風が吹き込んできました。

私達は雪菜さんがベランダにいるのかもと思いましたが、ベランダにも誰もいる様子はありません。

そのとき藍さんが寝室の床に何かの跡を見つけました。

何本かの赤色の線でした、赤いラインの上にはところどころに何か白っぽいものが突きささっているのも見えます。

藍さんと私はその線が何なのか、しゃがんでよく見てみました。

「ひっ!」

藍さんは短く悲鳴を上げました。

そのラインはじっくり見ると血で書かれた直線で、ライン上に刺さっているものは割れた爪のようでした。

おそらく雪菜さんのものだと思われましたが、なぜこんな血の跡がつくのかと考えました。

何者かにベランダの方に引っ張られて、それに対して床をひっかいて必死に抵抗したと考えるとつじつまが合いそうでしたが・・・

すぐに思い起こされたのは、私達に赤華村のことを話したことによるデスペナルティー、死の違約金のことでした。

外の闇から白い彼岸花の手が雪菜さんの足を引っ張っていった・・・

その予想がもし合っているとしたら雪菜さんは・・・

藍さんも同じ考えに至ったのか恐る恐るベランダに出て、ベランダから下を覗こうとしていました。

強烈に嫌な予感がした私はとっさに彼女がベランダから下を覗くのを抑えようとしたのですが、間に合いませんでした。

下の様子を確認した藍さんは狂ったような絶叫を上げ、その勢いで後ろの床に倒れこみそうになりました。

ちょうど彼女を抑えようとしていた体勢だった私は彼女を後ろから受け止めました。

しかし、彼女は私が受け止めた後も取り乱して二回、三回と同じ絶叫を上げ続けました。

藍さんは死に物狂いで手足をばたつかせ、頬には幾筋もの涙が流れていました。

私は少しでも落ち着いてもらうため、藍さんを後ろからそっと抱きしめることしかできませんでした。

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程なくして、警察と救急車がマンションの周りに到着しました。

大家さんが呼んだにしてはやけに到着が早いと思っていたのですが、後で聞くと黒川さんが連絡していたのでした。

私達は警察の事情聴取にこれまでの経緯を説明しました。

もちろん話すと呪われると言われていた心霊的な部分や赤華村の部分はぼかして話しました。

しかし、現場検証をしていた若い警察官から漏れ出た言葉が耳に入ってきました。

「おい、この事件ってアレがらみなんだろう、やだなあ、下手なことして呪われたくないよ」

黒川さんが説明してあったとはいえ、それとは別に赤華村がらみの案件には警察組織内で共通のコンセンサスが既に確立されているように聞こえました。

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私達は警察に話をした後、黒川さんと合流して雪菜さんの収容された病院に行きました。

雪菜さんは三階のベランダからお腹を下に水平に落ちて地面に激突、その際顔面と胸部、腹部を強打したようでした。

緊急搬送された病院で処置が施されて、骨折と裂傷はひどかったのですが、植込みの木がクッションになったおかげで内臓の損傷は命に係わるほどではありませんでした。

しばらくは絶対安静ということで私達は雪菜さんが入院する予定の部屋に特別に待機させてもらうことにしました。

待っていると処置が終わってストレッチャーに乗った包帯だらけの雪菜さんが部屋に入ってきました。

ベットに寝たままの雪菜さんでしたが、かろうじて話ができるようでした。

黒川先輩は私達に話した時と同じようにぼかしながら雪菜さんに赤華村の呪いの説明をして、質問にだけ答えてもらうようにしました。

「雪菜さん、この病室の中にもいくつかの暗闇がありますが、そこにまだ何か見えますか?」

「・・・はい、見えます」

「詳しいことはもう最初の説明の通り、このことは誰にもしゃべってはいけません、しゃべればアレはあなたの命を奪うよう引きずりに来ます。

・・・高所からの転落死で、電車や車の轢死で、水の中での水死で。

今回、あなたが助かったのはたまたまです。

だからあなたはこれからも見え続けるアレを恐れ続けなければなりません。

・・・あなたがこれからもあそこに還らずに生きつづけるために」

黒川さんの話をすべて理解しているのかはわかりませんでしたが、雪菜さんは話を聞いている間、無表情で濁った眼をしていました。

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一通りの説明を終えた後、私達は病院を出ました。

雪菜さんを除いた残り四人の赤華村の債務者に関しては、警察の専門家の方から説明がされることになると、黒川さんが言いました。

私は自分の車で来ていたので、黒川さんとはそこで別れ、藍さんを彼女のアパートに送っていきました。

彼女をアパートにおろしたとき、つぶやくように藍さんは私にお礼を言いました。

「その・・・あの時、引き留めてくれてありがと・・・」

あまりに現実離れをしたことばかり経験してきたので、かなり感覚が麻痺していたのですが、彼女の言葉に少しだけ暖かな感情が戻ってきました。

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次の日、いつもの様に社用車で移動中、黒川さんと二人きりになったので、私はお礼を言いました。

「その、ありがとうございました」

「・・・もう、別にいいわよ、結果としてあんたと藍ちゃんはあそこに入らなかったんだし」

私と藍さんは赤華村の敷地の中に入らなかったので、村の呪いには侵されていないようでした。

私はあらためて赤華村の呪いのことを尋ねてみました。

最初のうちは話すかどうか黒川さんは考えていましたが、やがて答えがまとまったのか、少しずつ話をしてくれました。

「結局、あそこはテラースポットとして人々の畏怖の念を集めているのよ」

「畏怖の念を・・・集める?」

「あそこの赤い彼岸花、その一輪一輪が白彼岸花によって死の違約金として命を吸い取られた血の花園・・・そして、あそこの呪いはいわば球根なのよ」

「球根?」

それは黒川さん独自の表現のようでした。

「呪いの核となる球根を頭の中に植え付け、そしてそれがさまざまな霊障を起こす元となる。

頭の中に根付くように融合しているぶん専門家もみんなさじを投げる強烈な呪いになっているのよ」

妙にこの呪いについて詳しいのには気になっていましたが、以前も黒川さんはこの呪いに関わったことがあるような話しぶりです。

「このシステムで赤華村に対する強い念を持った人間を育成することによって宗教の様に霊域全体の格を上げていくのよ」

赤華村に入った人間は呪いの球根を頭に植え付けられ、白い彼岸花の霊障に狙われるようになり・・・

命ある限り、赤華村は死の債務者の畏怖の念を集め続け、そのことを他言すれば、白彼岸花は死の違約金として債務者の命を狩り、村の一員として吸収するということのようでした。

他にもいろいろと聞きたいことはありましたが、これ以上は聞くなよというオーラを彼女が明らかに発していたので、このときの話はそこで締めくくりました。

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後日、藍さんから雪菜さんがその後どうなったのかを聞く機会がありました。

藍さんの話はこうでした。

あの赤華村の事件の後、藍さんはあの時の雪菜さんを含めた五人と心霊スポット探訪はもちろんのこと、付き合い自体が希薄になったということでした。

ひと月ほどたち、けががある程度回復したタイミングで、藍さんは雪菜さんと食事をする機会がありました。

その時、雪菜さんは一目見てわかるぐらいに憔悴していました。

心配した藍さんは雪菜さんに事情を聞こうと思いましたが、下手に聞いてしまうと赤華村の呪いで雪菜さんの命が危ないので、聞くことを思いとどまりました。

そこで、藍さんは雪菜さんの職場の知人に彼女のことを聞くことにしました。

すると、雪菜さんはけがから復帰した後、何かにおびえているようなことが多くなったそうでした。

中でもひどかったことは夜一緒に食事に行っていたときに突然雪菜さんが道に倒れ、まるで何かに足を引っ張られるかのように車道に入っていったことでした。

雪菜さんはその際に、なにもしゃべってない、と狂ったように連呼していたようでした。

その話が本当であれば、仮に赤華村のことを誰かに話した時だけでなく、白彼岸花の手はきまぐれに債務者を襲っているということになります。

そうなると、雪菜さんからすればいつ襲われるとも限らないので、気の休まるときがなく、永久におびえ続けなければなりません。

いえ、そのうちに過労による心臓発作などで早晩命を失ってしまうことも考えられました。

心配になった藍さんは雪菜さんの他の四人についても人づてに調べてみました。

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すると一人は車道に引きずり込まれての交通事故。

一人は駅のホームに転落しての列車事故。

一人は会社の建物から落下した転落事故に見舞われていました。

皆、死には至っていなかったものの、何らかの事故に遭っているのでした。

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さらに残りの一人については行方不明になっていました。

詳しく調べてみると、失踪する前にメンバーの一人に今からあの村を燃やして灰にしてきてやるよ、というメッセージを残していたようでした。

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私はそれらの話を聞いた後、怒られることを覚悟で一番の疑問に思っていたことを黒川さんに尋ねました。

「こんな・・・恐ろしい、複雑な呪いが・・・

こんなものが自然にできるものなんでしょうか?」

「・・・ヒトよ」

「え?」

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「あそこはヒトが作ったものなのよ」

ヒトが作った、その言葉から、黒川さんは赤華村を作った人物のことを知っている、もしくは探しているように聞こえました。

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「本当はあそこのことをどこで知ったのか雪菜さんに聞きたかったんだけど・・・」

黒川さんは自嘲気味に呟きました。

「・・・たぶんその情報は雪菜さんの命と引き換えになるでしょうね」

そう言って薄く笑う黒川さんの瞳は静かな怒りに満ちているように見えました。

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norty様、温かいお言葉ありがとうございます。
これからも投稿の間隔と中身とのバランスには気を配りますね。

このお話は長いお話ですので、今回、多くの方に読んでいただき、ご感想をたくさん頂けたことに私自身ものすごくうれしいのと同時に驚いてもいます。

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無理せずゆっくりで 大丈夫です^ ^

ラグト様。始めまして。初コメントさせて頂きます。
今までずっとこちらのシリーズを読ませて頂いてましたが、このお話、めっちゃ怖いです…。
最初は白い彼岸花かわ綺麗だろうなーとか能天気に思ってました。
…が…そんな理由があぁぁ! ってなりました。

怖いけど、中毒性(失礼すぎですが他に良い表現が思い付きませんっ。すいませんっ。)のため読み返してます。

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norty様、こちらこそいつも楽しみと言っていただき嬉しく思っています。
お返事遅くなりました。

次のエピソードはもっと早く投稿できればと思っています。

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とても楽しみにしていました 投稿ありがとうございます

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