中編5
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いわくつきのギター

 私は当時、「中古品オタク」だった。きっかけは新品なら一万円近くするブランドの服が800円で買えた事だ。

 これに味を占めた私はしょっちゅう中古品を扱うあらゆる店に出入りするようになり、身の回りの物のほとんどを中古のブランド品が占めるようになった。

 そして、私の体の一部である「ギター」さえも…。

 「いらっしゃいませぇー」

 アルバイトの店員の気力のない声が響く。サービスよりも価格で気に入ったリサイクルショップの1つだ。

 私は胸を高鳴らせ、一直線にギターのコーナーへ向かう。

 「あっ…たーー」

 

 私は安堵した。一週間前に来た時は気が乗らなくて買わずに帰ったが、日が経つほどに何故か気になって仕方なくなった、5000円の青いテレキャスター。

 その青はペンキで塗ったような軽々しい青ではなかった。海の底から見上げた水面のような含みをもった青だ。

 これも新品なら3万円はする、そこそこのブランドものだ。ネックが反っているわけでもなく、部品の欠損もない。強いて言うなら小キズが目立つくらいで、黄ばんだピックガードはむしろヴィンテージじみた風格をも醸し出している。

 「すみませーん、これ試奏させて下さい!」

 

 声は自ずと弾んだ。黒縁眼鏡の男の店員はスタンドからギターを外し、慣れた手つきで近くに展示されていた小さなアンプに繋いでくれた。

 「ジャララーン!」

 電気回路に異常なし。テレキャスターに特有のイナタい音が狭い店内に鳴り響く。

 「これにします!!」嬉しさを隠せなかった。こんなにいい状態のギターを、こんな値段で持っていっていいのか…。

 ギターを缶バッジの跡とシワのあるケースにしまう店員の手元を、上の空で見ていた。

sound:6

 ギターを背負って帰った日の夜は雨が降っていたので、ケースに入れたまま部屋に置いていたはずだった。しかし翌朝目が覚めるとケースから出て枕元のギタースタンドに綺麗に立ててある。「へっ?…そんな訳ないか。」

 次の夜は、そのギターの夢を見た。それが夢だという自覚はあった。

 

 グルーヴの効いたギターソロが響きわたり、眼を開けると演奏している人が見えるのだ。前髪がやけに長く、背の高い若い男。

 歪み系から空間系まで違和感なく使いこなされたエフェクト、そして細部から伝わってくる繊細な世界観。

 男はギターの手元を見ていて、目が合わない。と同時に、合わなくていいのだという気がした。

 その夜以降も、同じような夢は続いた。けっして気持ちのいいものではないが、せっかく手に入れたギターを手放すなんて馬鹿な真似はしたくなかった。

 段々と、毎回同じソロを弾いているのがわかった。同時に、彼が元の持ち主だということも。

 しかし私は次のライヴに向けての練習を続けた。

 夢が始まって一週間ほど経っただろうか。深夜に目を覚まして枕元のライトをつけギターを執り、不覚にもそのフレーズを書き留めようとする自分がいた。

 「トゥルルル~…」

 「あっ…」

 思いの外、あんなに繊細で難しそうなフレーズがスラスラと弾けた、と思うか思わないかの時である。

 

sound:19

 ギターを掴んでいる手が、3本ある。

 「ひっ!」

 そういえば、えらく肌寒い。真夏の午前3時頃、エアコンのタイマーも切れていたはずだが。

 おそるおそる、その手の主を見た。本当は見たくなかった、といったほうが正しいかも知れない。

 あの、夢に出てきた男だったことは覚えている。しかしどんな顔をしていたかも、その後のことも何もわからない。

 きっと男が顔を上げる前に気を失ったのだろうか、朝が来るとギタースタンドの前に倒れていた。

 そんな悪夢が続くうち、もう眠りたくないとさえ思えた。

 それでもこの苦しみを誰かに話してはいけない気がした。

 ″信じてもらえなくて傷つく″、とかいうより、″人を越える何か得体のしれない物″を恐れていた、そんな気がしたのだ。

 しかし当然ながら、眠らなければ眠らない程、強烈な睡魔に襲われる。私は抗うことが出来ずに、トイレで眠り込んでしまったようだ。

 今度の夢は、古びたフィルムを見ているようだった。客がぎゅうぎゅうに入った狭いライヴハウス。

 ステージ上で男性5人組のバンドが爆音を響かせて演奏している。その中にはあの前髪の長い男も満面の笑みを浮かべてあの青いテレキャスターを掻き鳴らす。

 「かかってこーーい!」

 金髪のヴォーカルが煽ると、あの男もエフェクターのペダルを踏み込みアドリブをかます。

 夢にしてはリアルな、そして十分過ぎるライヴだ。恐怖も忘れ、この時が永遠に続けばいいのに、とさえ思えた。

 場面が変わって、ギターを背負ってあの男が黒い軽自動車に乗り込み、夜道を走らせていた。

 おそらく帰宅するのだろう、車は中心街を出て閑静な住宅街へ向かう。

 左右に塀のある交差点で信号が青に変わり、車が右折しようとした…

sound:25

その刹那!!

shake

sound:24

 「ズシャーーン!!!」

 一瞬、何が起きたか分からなかった。右側から信号無視でかなりの速度を出してきた大型トラックが衝突してきたのだ。

 軽自動車は原型をとどめず、トラックも右側は大破。辺り一面がガラスの破片と血の海になる。

 救急車やパトカーのサイレンが慌ただしく鳴り出す所で、すべての映像と音が途絶えた。

music:5

 「そう…か。」

 元の持ち主は死んだのだ。音楽の夢を志半ばにして…。

 もっとステージに立ちたかった、オーディエンスの喜ぶ顔がもう一度だけでも見たかった…。そんな悔しさがまるで自分の事のように感じられ、目覚めると涙が溢れていた。

 その日から私は、がむしゃらに音楽をし始めた。周りからは「最近急にギターが上手くなった」と言われる。しかしその後は皆決まって「目付きがまるで別人だ」と。

 そう、今ステージでギターを弾いているのは私ではなく、「彼」なのだから…。

      ――完――

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