中編3
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深夜のピアノ

私が高校三年生だった頃の話しです。当時の私の趣味はピアノでした。と言っても、小学校卒業と共に多忙を理由にピアノ教室をやめ、ただ好きな曲を耳コピして好きなように弾く、そんなスタンスでやってました。

その日も塾の地獄のような夏期講習から生還して帰宅したのは22:30を回っていました。自室のドアを開け、雪崩のようにバッグを降ろし、疲れきった体で夕飯、風呂を済ませ、また自室に戻った頃にはもう23:00を過ぎていました。ふと、ピアノが気になりました。何の変哲もない電子ピアノ。私はスイッチをいれ、ヘッドホンを当てて弾き出しました。確かBUMP OF CHICKENの天体観測だったかな?最後の音を弾き終えて脱力するとともに鍵盤から手をおろしました。

その時です。キーンとピアノの最高音がヘッドホンを通して聞こえました。自分が弾けるはずのない音が聞こえたのです。何かの偶然だと自己暗示をし、机に向かいました。机に向かったと言っても疲れ果てた私にそう長く勉強する気力があるはずもなく、日をまたぐ頃にはもうベッドの上でスマホのインターネットでゲームの攻略ページを漁っていたと思います。そしていつの間にか寝てしまいました。

2:30を回ったくらいでしょうか、私は奇妙な音で目が覚めました。

カタカタカタカタカタカタカタカタカタ。

この音は蓋のしまっている電子ピアノの鍵盤から聞こえてきました。私はと言えば、男ながらパニックに陥ったのと同時に、どこに持ち合わせたのかわかりませんが、好奇心があるのもわかりました。電源を付けて、ヘッドホンで何が流れているのか聴いてみたいと。そしてその好奇心は次第に膨れ上がり、気付けば鍵盤の蓋を開けていました。激しく浮き沈みする鍵盤。とても不気味でした。スイッチを入れて、ヘッドホンを耳に当てました。

月光…

流れていたのは月光でした。クラシックに疎い私がなぜ認識できたのか。それは小学校のときにお世話になったピアノの先生がいつも必ず弾いていたからです。私にしてみれば聞きなれた音でした。先生のお気に入りの曲。そう言えば、大分お年を召された先生にとって私は最後の生徒でした。それが中学校に上がった途端ソッポ向いて辞めていったのです。先生はどれだけやるせなかったでしょうか。

ごめんなさい

思っただけなのか呟いたのかはわかりません。勝手に動く鍵盤に指を当ててみました。鍵盤が動いていると、指を置いている鍵盤が勝手に浮き沈みするので指がかって落とされて、また突き上げれて、の連続です。なんだか変な気分になりました。

そして月光の最後の音が終りました。

その時。

私の手は動かなくなりました。手をどかそうにも一寸たりとも動かないんです。そして私の手とともにまた、月光は始まりました。こんどは勝手に鍵盤が下がるのではなく、私の指がしっかりと押しています。ただし私の意志とは無関係に。というか、弾こうにも1音たりとも月光の楽譜なんて知らないので弾き様がありません。ただ勝手に指が動き鍵盤が押されるのです。ペダルだって勝手に動いてます。先生はいつもこうやって弾いてたのか、と感じました。ひんやりとした温もりと共に。

次の日の夕方、私は先生の訃報を聞くことになります。ですが驚くことは何もありませんでした。ただ、昨晩が最後のレッスンかと思うととても寂しかったです。

最後の生徒がこんなんでごめんね、先生。

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