中編5
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ありがちだからある話

大学時代、俺はとあるチェーンの飲食店でバイトをしていた。

ほかの店舗がどうだかは知らないが、バイト先の休憩室は店から離れた場所にあった。

パッと見、倉庫のような二階建ての建物。1階は事務室と小さめの倉庫、2階が休憩室になっている。

24時間開いているような店だったので、時間があるときはよく深夜から朝までの時間帯のシフトに入っていた。バイト代がいいからだ。

夜にシフトに入ると、おのずと夜中の半端な時間に休憩になったりする。

1時間ほどしかない休憩。寝過ごすのも怖いので何となしに携帯をいじっていると、休憩室の扉が開いた。

「古賀君お疲れ様。」

「あ、お疲れ様でーす。」

入ってきたのは社員のTさんだった。

Tさんは自由な俺とは違い、社員で若手だから強制的に深夜の時間帯の勤務の多い人だ。

その為自然と休憩が被ることが多く、話すことが増え、そこそこ仲良くなっていた。

そんなTさんに、癖のようなものがあった。

「…。」

休憩室に入るや否や、Tさんは部屋に一つだけある窓のカーテンを閉める。

休憩室は2階にある為、通行人の視線なんかは気にならない。

俺は特に気にしないので、カーテンが開いていれば大体開けっ放しにしていた。

でもTさんは必ず休憩に入ると、この動作をしてから椅子に座る。

コンビニで買ってきたらしい夜食の弁当を開けるTさんをぼーっと見ながら、俺は何となしに疑問を投げかけた。

「Tさんって几帳面ッスよね。」

「え?そう?」

Tさんはそう言いながら今しがた畳んだ箸袋に目をやる。

いや、確かにそれも几帳面だけど、そっちじゃない。

「カーテン、ちゃんと閉めますよね。かーちゃん厳しかったんスか?」

俺は冗談のつもりで茶化していった。

自分のかーちゃんが、夜になると必ずカーテン閉めておいて!という人だからだ。家の塀で外なんか見えないのに。

まあそれはおいておこう。

冗談のつもりで言ったんだが、なんだかTさんは動揺していた。

せっかく割った割りばしで弁当をつつくわけでもなく、俺に目をやる。

「き…気づいてた?」

「…?まあ、なんとなく。」

「そ、そっか。」

なんだか落ち着かない様子に、言うほど気にしていなかったものが気になってしまう。

「なんか特別な理由でもあるんスか?」

「…えーと…。」

言おうかどうか悩んでいるようだったが、俺は気になった事は聞かないと気が済まないタイプだった。

しばらく粘ると、Tさんは教えてくれた。

*****

社員研修で県外にいる時だった。

24時間営業の店は、時間帯でやることも変わり、営業だけでなく事務的な作業を並行して教わっていたので新米の自分にはかなり大変な業務だった。

昼の営業時間に入ったかと思えば夜中の営業に入り、早朝に入り、空いた時間に事務や発注をこなす。

疲れが溜まってきたころの深夜休憩は怖かった。

夜が暗くて怖いというわけではない。うっかり寝過ごすと大目玉を食らってしまうからだ。

だが深夜の時間は、ほかの従業員がいることも少なく、テレビをつけても何もやっていない。

いつものように眠気と戦いながら、椅子でうとうとしていた時のことだ。

『きゃああああ!』

眠気でぼうっとしていた耳に、つんざく様な女の悲鳴。

心臓がどきりと鳴り、ぱっと目が覚めた。

休憩室は二階。時間も時間だ。近くの通行人に何かあったのかと慌てて窓に駆け寄る。

だが

『きゃあああ!きゃははは!』

よくよく聞いてみると、声は悲鳴ではない。

女がふざけてはしゃいでいるときのそれだった。

大方酒飲み帰りの若者が道端でふざけているのだろう。

慌てた自分が馬鹿らしく、再び椅子に腰かけた。

しかし

『あはははは!きゃはははは!』

数分たっても、声はやまない。

大騒ぎするような声は、ただ不快だった。

『きゃああああああ!』

『きゃははははは!!』

眠気、疲れ、不快な声、そこからの苛立ち。

近所迷惑も甚だしい。普段では決してやらないが、いい加減怒鳴って追い払おうと窓に寄った。

音で威嚇しようと勢いよく窓を開ける。

『いい加減に…!』

開けた瞬間、反射的に怒鳴ることができなくなった。

なぜ、出来なくなったか。

驚いたからだ。

ではなぜ、驚いたのか。

目が、合ったからだ。

窓を開けた瞬間だった。

逆さまの瞳が、がっちり自分と合った。

風を切る音。

女の青白い顔。

すべてがスローモーションのように見えて。

女が逆さまに落ちて行く時の、表情が、笑顔であることもはっきり確認出来て。

全身にぶわりと鳥肌が立った。

『きゃははははは!!』

声を残して、女は、目の前を落ちて行った。

飛び降り、自殺か?

下を見れば確認できる。だが、しっかり見るのが恐ろしくて、視線だけを下げた。

下には…何もいなかった。

そういえば落ちた音もしなかった。

とっさに浮かんだ考えに、鳥肌と冷や汗が増す。

開けた時とは比べ物にならないほどの勢いで窓を閉め、次いでカーテンも閉めた。

バクバクうるさい心臓を抑え、とにかくこの部屋から逃げようと必要なものをまとめて部屋から逃げた。

その時、いつもの癖で部屋の電気を消した時。確かに感じたのだ。

カーテンから射す月明りでうつされた影。

窓の外を何かが落ちて行くのを。

*****

「それから、ダメなんだよね。夜の窓怖くて。」

一通り話終わり弁当をつつきながらTさんはいう。

俺は話を聞きながらある種の感動を覚えた。

「すげー。ほんとにあるんスね。そういうの。」

怖い話事態はもともと好きだった。

でもネットや友達の友達…みたいな話より信憑性があり、なんだかゾクゾクする。

「俺そんな体験ないや。」

「その方がいいよ。怖いから。」

「いやーでも、ちょっとくらい見てみたりしたいなー。」

そんなことをぼやく俺に、Tさんはふっと微笑んだ。

「大丈夫だよ。」

「え?何が?」

弁当に入っていたニンジンを弁当の蓋によけながら、Tさんが言う。

「俺の話、なかなかありきたりな感じだったろ?」

「ん…まあ。」

「だからね。」

こっちを見ながらにっこり笑った。

「誰にだって、起こりうることさ。」

例えば、財布を落としたとか。

道端で有名人に出くわしたとか。

交通事故にあったとか。

誰でも体験する話じゃなくても、誰かが体験するようなもの。

「古賀君が、体験しない保証はないんだよ。」

俺はそれを聞きながら、やっぱりそれでも他人事のような感覚だった。

そんな俺が、この手の話題を“他人事”に出来なくなるのは

もう少し立ってからの話である。

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バンビさん
コメントありがとうございます。
実体験も聞いた話も創作も混ぜて行こうと思っております。
でもどれが何かなのはあえてぼかしていこうと思っています。
何が真実かわからない方が…個人的に好みなので。
今後も頑張ります!

返信

解説を改めて読ませていただいたんですが
実体験含むなんですか⁉︎
霊感ゼロなので実話系はほんと怖くて好きです!
新作も楽しみにしています!

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