16年09月怖話アワード受賞作品
中編3
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帰省

 今年の夏は暑かった。身体がどろどろに溶けてしまうのではないかと思うほどの暑さだった。

お盆の帰省ピーク時を避け、夏の終わりに少しの休暇をとり帰省するのが私の常だった。

実家は都心部から3時間ほどのところにある農村地帯だ。帰る気になればすぐに帰れる距離だがなかなか帰れない。

仕事に追われ、ついつい遠のいてしまう。

 高齢の両親と長男である弟夫婦が暮らしている。

一度結婚に失敗した私は再婚する気力もなく、この歳で自由を満喫している。寂しくないといえば嘘になるが、仕事がある限りなんとかやっていける。

 築40年の木造平屋は昔のままに、田んぼに囲まれポツンとあった。

盛夏の勢いはないものの逝く夏を惜しむかのように、セミがせわしく鳴いていた。

建付けの悪い玄関の引き戸を盛大な音をたてて開けると、すぐに台所の方から驚きと嬉しさの混じった顔した母が駆けてきた。

「よく来たねぇ。お帰り。待ってたよ。さあ、さあ、おあがり」

毎年繰り返されるやり取りが嬉しい。

磨きこまれた廊下を滑るようにして茶の間に向かうと、すでに酒で顔を赤くした父が座卓に陣取っていた。

「ほれ、あんたの好きな枝豆ととうもろこし。いっぱい茹でておいたから食べておくれ」

大きなザルに山盛りにあった。

「お前も早くこっちに座って、まずは飲めや」

父は私に栓の抜かれた冷えた瓶ビールとコップを差し出す。

昼下がりのビールほどうまいものはない。

ぐびり、ぐびりと音をたて一気に飲み干す。

父と母は少しも変わっていなかった。

私はわがままな娘時代にもどり、汗まみれのきついジーンズとTシャツを脱ぎ散らかし、母のダサい木綿のワンピースを借りてその場で着替え、だらしなくすわり、ビールを飲み続けた。

日頃の疲れは忘れた。

幾つになっても実家はいいなと思った。

「あれ、タカヒロは?」弟夫婦がいないことに気づいた私は母にたずねると、町内会のメンバーと祭りの準備のあと、バーベキューをやるらしく朝から出かけているとのことだった。

夜はふけていった。

「お前も元気でなによりだよ。いろいろあったけどね」

母が柔らかい眼差しを向けた。

「心配かけてごめんね」

「なにいってんだい。家族ってもんは、心配かけてナンボってもんさ」父が赤い顔で笑った。

「そうだ、そうだ。あんたの部屋散らかっているけど、布団しいておいたよ。疲れてるだろうから早く風呂に入ってお休み」

母に言われるままに風呂に入った。風呂のお湯さえ懐かしい匂いがする。

浴衣に着替え自分の部屋に向かう途中、茶の間ではまだ父母がおきているようだった。弟たちの帰りを待っているのだろう。

6畳の私の部屋にはたくさんのダンボール箱が積まれてあった。

きっと物置部屋として使われているのだろう。

布団はふかふかで、ひだまりの匂いがした。

私はいつの間にか深い眠りに落ちていった。

 どれくらい眠ったのだろう。

茶の間から聞こえる弟夫婦の声で目が覚めた。辺りは暗い。

「ねえ、あなたこの家売りましょう。頭金は十分にあるし。マンションに住もうよ」

「そうだなぁ。でもなぁ」

「こんな辛気くさい家は嫌よ。子供もつくれやしない」

「おやじとおふくろもなぁ・・・・・・」

「たて続きで亡くなるとは、仲がいいのにも程があるわ」

「お前が施設に預けたりするからだよ」

「何言ってんのよ。私だってたいへんだったんだからねっ」

「・・・・・・」

「お義父さんとお義母さんがあんなにお金を残していたなんて知らなかったし。お義姉さんの分もまるまる」

「姉貴もなぁ」

「私、もうトラウマよ。あの臭い。部屋中に染み付いた臭い。人間って溶けちゃうのね。あぁ、私孤独死だけは絶対にイヤ。ああはなりたくない」

「寂しかったんだろうな。強がってたみたいだけど」

「アパートの大家にどれだけ払ったと思ってるの」

細く開いたふすまの明かりが長く伸びている。

身を乗り出し二人の様子を伺った。

見上げると仏壇の上に、若い頃の父と母の遺影、となりには私の真新しい写真が掛けられてあった。

「タカヒロ、あんたも来年はこっちにおいで。父さんや母さんとまた昔みたく楽しくやろうよ。4人家族だものね」

私はつぶやいた。

【了】

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えっ!

おぉコワっ!

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ともすけ様。
お読みいただいた上に、ありがたいコメントまでいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございます。
ともすけ様の作品も素晴らしいと思います。

こよりさん初めまして!
読む者が深みにはまってしまいそうな怖さを感じました。
文章もとても上手く読みやすかったです!

いろどり様。
こちらこそはじめまして。そして嬉しいコメント、評価をありがとうございます!

いつまでもずっとあると思っていた故郷や親たち兄弟でしたが、全然そうじゃないんだと気づく時がありました。そんな気持ちで書きました。
本当に、ありがとうございました。

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おまる様。この度はお読み下さり、怖ポチまで・・。ありがとうございました。
嬉しいです。

明日の風 様。
コメント、怖ぽちありがとうございます。
「明日の風」  なんて素敵なハンドルネーム!明日は明日の風が吹く。私の大好きな言葉です。
ありがとうございました。
うれしかったです。

とても引き込まれました!

はてな様。はじめまして。この度はありがとうございます。またなにか書いてみたいとおもってます。
今後共よろしくお願い致します。

ラグト様。はじめまして。怖ポチありがとうございます。嬉しいです。

心中囃子 様。

はじめまして。この度はありがとうございます。どうぞよろしくお願い致します。

リラコ様。  ともすけ様。  さえ様。  はる様。

この度はありがとうございました。初投稿でしかも海のものとも山のものとも判らないような自分の作にお目とおし頂き、評価までくださいまして、嬉しくて 感極まっている状態です。
これからもよろしくお願いいたします。

た○ちゃん様。
はじめまして。この度はありがとうございます。自分は未熟者ですが、これからも細々と「こより」を紡ぐように書いていきたいと思う次第です。よろしくお願いいたします。

むぅ様。お褒めの言葉をいただき、嬉しいやら照れるやらで。。。
ありがとうございました。今後ともよろしくおねがいいたします。

初めてコメントさせて頂きます!

とても引き込まれるものがあり、
怖く楽しく読ませて頂きました。
今後も作品を書かれるようでしたら楽しみにしてます!

これは…久々におぉぅふとなる作品を読ませて頂きました(((( ;゚Д゚)))