長編9
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ちょうだい

大学二年の秋ごろの話だ。

その季節になると、どこの学校でも大体恒例になってくるのは文化祭や学園祭だろう。

例外なく俺も、その流れにのっとり学園祭の準備をしていた。

最も力を入れるのはサークルの模擬店。去年は焼き鳥屋をやったのだが、今年はフランクフルトをやるらしい。

らしい、というのは、俺がサークルの幽霊部員でサボってばかりいるうちに決まったからだ。

通常の活動は不真面目なものの、俺は飲み会やら合宿やらこういう行事ごとには熱心に参加するずうずうしいやつなのである。

準備を進めて数週間。学園祭を目前。もう場所の確保や仕入れ先の確保も済んだし、みんなおそろいのサークルTシャツも届いたし、あとは飾りつけやら準備にこぎつけた雑談やらを済ますだけだ。

実際幽霊部員である俺に大役は任されるわけないので(むしろ何すればいいのか対して理解してないわけで)、大体は周りに言われるがままにパシリとして働いていた。

「あー腹減った。」

「休憩する?」

授業が終わってからの作業。みんな喋ったり遊んだりしながら作業するので、そうそう早くは終わらなかった。

それだけでなく、みんな夜に作業する方がテンションが上がるので、わざとかと思うほどわざわざ遅くまで残るのだ。

「なんか買い出し行きましょうか。」

買い出しを買って出たのは俺だった。

なぜならここ最近随一のパシリだからである。条件反射だ。

次いでいうと今日は参加者が少ない。下っ端らしいのが俺と、作業を懸命に頑張る後輩が二名ほど。ぷらぷらしてる俺が行く方が効率がいい。

皆のほしいものを確認し、金を受け取ると俺は大学を出た。

構内の売店は既にしまっていた。少し歩けばコンビニがあるのでそこまで徒歩で向かう。

自転車があれば楽だったのだが、生憎今朝方行方不明になってしまっていた。ショックだ。

暗い道を歩いていると、前方に人影が見えた。

夜道に、女性の後ろ姿。

見覚えのある後ろ姿だった。

俺は小走りで女性の元へ向かう。なるべく怪しまれないように顔を確認すると、やはり知った顔だった。

「ワカさん、お疲れ様ッス。」

同じサークルで先輩のワカさんだ。

少し前から接点が増え、話しかけられる程度には打ち解けていた。

「ああ、古賀か。不審者かと思った。」

相変わらず失礼な人である。

…まあ、夜道ならしょうがないか。

「今日準備参加してましたっけ?帰り遅いッスね。」

「してないけど、なんか友達のトラブルに巻き込まれたから。放って帰りたかったんだけど遅くなっちゃった。」

「トラブル?」

「彼氏が浮気してたとかで。」

ええと…まじめに話を聞いてあげてください。

お友達はきっと傷心です。

「古賀は何してるの。」

「俺は買い出しです。パシリ。」

「そ。似合うね。」

「あざーす。…ワカさん、よかったら家まで送りますよ。暗いし。」

「いいよ近いから。」

「だったら尚更行きますよ。ほら、最近不審者多いらしいじゃないですか。」

ここ最近、大学の連絡メール?みたいなので生徒たちに注意を促すものがあった。

大学周辺に不審者がいるらしい。

追いかけてくるとか、触ろうとしてくるとか、中には謎の液体を掛けられるってのもあった。なんだよ謎の液って。怖いわ。

ワカさんだって口を開かずおとなしく歩いてるのを後ろから見られたら女の子だ。見つけたのに放置するのも気が引けてしまう。

「もしワカさんに何かあったら俺まで後悔するじゃないですか。送らしてくださいよ。」

「…好きにすれば。」

お人よし、とワカさんが呟く。

俺は目的地であるコンビニを通り過ぎ、ワカさんを送り届ける事にした。

 

 

*****

 

 

ワカさんと他愛のない話(ほぼ俺が喋っている)をしていると、住宅街の手前であるものを見つけた。

「あ。トンネル。」

一直線だと思っていた暗い道の脇に、歩行者しか通れなそうな小さなトンネルを見つけた。

一応電気が通っているようで、心もとないオレンジの光が中に灯っている。

そこそこ長いのか、途中で電気が切れているのか、トンネルの先は見えなかった。

…何というか、なんでトンネルって昼だろうと夜だろうと気味が悪いんだろう。

「そっちじゃない。こっち。」

ワカさんは俺たちが道なりに進んでいる方向を指さす。どうやらトンネルは潜らないらしい。

帰りは一人だから少し安堵した。

そのまま何事もなくトンネルの前を通り過ぎた時だった。

「それでなんか今度の大会で…って!?え!?ワカさん!」

ワカさんが突然踵を返し、走り出した。

一度周りを見渡す。

多分…何もいない。俺には見えない。何かから逃げたわけではないらしい。

とにかく、急いで後を追った。

「ワカさん!どうしたんスか!ワカさん!!」

ワカさんは答えない。

走って追うのに追いつけない。

ワカさんの行先は…先ほど見たトンネル。

この時気味が悪いとかの感覚はなかった。

慌てていたからだと思う。

トンネルは暗いが前が見えるだけの明かりはある。

これなら見失ったりは…

「古賀!!」

ワカさんの…声。

俺は名前を呼ばれた

 

 

後ろから 

 

 

「え…?」

急いで振り返ると、俺を追いかけてくるワカさんの姿。

俺は慌ててさっき見ていた方を見る。

そこには…何もいない。

「古賀!なにいきなり走ってんの!」

「え?走ってたのはワカさんで…」

「はあ?」

ワカさんは理解できないものを見る目で俺を見た。

嘘は…ついていない。

ワカさんは…そして俺も。

でも、じゃあ、さっきのは?

俺が理解できずぼうっとしていると、ワカさんが軽くため息を吐いた。

「まあいいから。早く出るよ。」

「は…はい。」

見てみると、思っていたより進んで来てしまったらしい。

外に比べるとトンネルの方が明るいので、暗い方に向かっている時だった。

不意に、視界の端が揺れた。

いや

揺れたのは視界じゃない。

 

俺の少しだけ前を歩いていたワカさんがふらついて…倒れた。

「ワカさん!?」

倒れたという表現は違うかもしれない。

ワカさんはその場にへたり込むように座り、手を地面につける。

目に見えてわかるほど、息が荒い。

「ワカさん!どうしたん…」

「触んないで。」

手を伸ばしたのと同時に、しんと、冷える様な声。

なんだか不思議と懐かしい気がした。

前にワカさんのこの言葉を聞いたのは…心霊スポットに言った時。

遭遇してしまった怪異に、ワカさんが向けた言葉。

でも、間違いなく。

今この言葉は…俺に。

「なん…え?」

「いいから、触るな…。今は…絶対。」

荒い息を押し殺して、ワカさんが言う。

なにが…なにが起きているんだ?

俺はどうしたらいいのかわからずおろおろする事しか出来ない。

具合が悪くなったのか。

ひょっとして…俺には見えないだけで、ワカさんには何か見えているのか。

以前の心霊スポットも、ワカさんには全部見えているようだったが、俺には音しか聞こえなかった。

だとしたら…

むしろ、無理矢理ここから連れ出した方がいいんじゃ。

俺にはどうせ見えないんだ。

ただ具合が悪いにしろ、早く行かないと。

ワカさんなら抱えていける。

男に触られるのは嫌がるかもしれないけど…後から怒られればいい。

意を決して、俺は伸ばしかけていた手を再びワカさんに向ける。

「とりあえず行きましょう!」

俺が屈んでワカさんの肩を掴むのと

馬鹿!とワカさんが叫んだのは、ほぼ同時だったと思う。

そして

空気が一気に重くなったのも…同時だった。

「え…?」

重い。

重い。

息が詰まる。

それは誰かに上にのしかかられた感覚にも

布団を頭まですっぽり被った時の感覚にも

不意に人に冷たくされた時の感覚にも似ていた。

似ていて、どれも違っていた。

「何してんの…!」

ワカさんの声が聞こえたが、正直それどころでは無かった。

暑くもないのに汗が止まらない。

気持ちが悪い。

いっぱいいっぱいになっていた、その時。

『ちょうだあい。』

俺のものでも、ワカさんのものでもない声。

『ちょうだあい。ねえちょうだあい。』

子供だ。

子供の声がする。

「ちょうだああい。ちょおだああい。」

わざとらしい程ゆっくりした口調。

無意識に俺はうつむいていた。

その視界の隅に

 

白い、足が、見えた。

 

「ひっ…」

口の中が一気に乾いていく。

電灯のオレンジ色に照らされた白い足。

一瞬で理解した。

俺は今…見ている。

普段見えないものが、見えている。

それも…本当に“良くないもの”が。

『ちょおだいよおお。ねえええ。』

怖い。

怖い助けて。

情けなくも、本当にそれしか考えられなかった。

恐怖で自分の奥歯が鳴る。

どうしよう。どうしたらいい。

しきりにそれは

ちょうだい

と、繰り返している。

ちょうだい…頂戴?

何を…。

ふと、俺は自分の手が触れているものを思い出した。

『ちょおだあい。』

ワカさんももう限界なのか、なにも言わない。

『ちょおおだああい。』

それの声が頭に響く。

『ねえええ。』

あげれば…解放されるのか

『ちょおだいよおお。』

“これ”を。

『頂戴。』

突然はっきりと、耳元で囁かれた。

全身にぶわりと鳥肌が立ち、とっさに…俺は。

「だ…駄目だ…!」

絞り出すように、叫んだ。

「駄目だ…駄目だ!触るな!消えろ…消えろ!!」

なんて叫んだのか、明確には覚えていない。必死だった。

「消えろ!近づくな!!消えろ!」

ああ、格好悪い。情けない。

もっと…あの時のワカさんみたいに、凛として言えたら格好がつくのに。

「あげない!お前にあげるものなんかない!消えろ!」

とにかく叫んだ。叫び続けた。

どれくらいそうしていたのかわからないが。

ふっと、空気をしっかり吸えたような感覚があった。

「は…はあ…。」

息苦しさが消える。

体が動く。

視界の端にあの白い足は…ない。

頭をあげて周りを見渡した。

なんの変哲もない…ただの、トンネル。

「い…いない。」

「古賀。」

名前を呼ばれてびくりと反応する。

「痛い。」

そういわれて、俺はかなり強くワカさんの肩を掴んでいたことに気が付いた。

「す…すんません。」

「いい。…行こう。」

ワカさんは何事もなかったようにすっと立ち上がった。

俺はいまだに放心状態で、ふらふらとワカさんについていく。

「…あんた大丈夫?」

「はは…ギリギリっス。」

乾いた笑いを浮かべる俺に、ワカさんはふぅと息を吐く。

ああ。馬鹿にされるかも。

かっこ悪すぎる。

そう思って更に気が沈んでいたが。

「…よく頑張ったね。」

そのワカさんの一言で。

まるで小さな子に向けたようなこんな一言で。

俺は…あの声に、この人をあげなくてよかったと思えた。

 

 

*****

 

 

あの時、やはりワカさんにもあの声が聞こえ、更には影響を強く受けていたようだ。

なぜ、ワカさんに触れた瞬間に俺にまで影響が及んだのか。

ワカさんは言う。

「それは貝殻を合わせるように決まったものでなければいけなかったり、パズルのピースみたいに人工的に作られていても合うものだったり、人の掌のように形が全く異なっても合わせることが出来たり。まちまちで色々で。その時々で変わるものなの。」

「…つまり?」

「今回のは、掌の様なものだった。だからなんの繋がりのない私にまで影響が及んだ。古賀に起きた現象は…あれね。昔小学校でやったりしなかった?数人で手を繋いで、一番端の人が微弱な電流に触れる。そうすると、端の人にまで電流が伝わってくる。」

ワカさんが自分に指をさす。

「今回、電流に触れてしまったのが私。」

そして、俺を指さす。

「その私に触れて、電流を受けたのが古賀。」

記憶の片隅に、そういえば理科の実験でそんなことをしたなあという思い出がよぎった。

ワカさんはあのトンネルですぐ、よくないものがいることに気が付いて。

体が動かなくなって…それが、俺に影響するものという事を瞬時に悟って。

危ないから…だから、触るなって言ったのか。

「その…すみませんでした。触るなって言われたのに無視して。」

「…。」

俺が謝ると、ワカさんは一瞬ぽかんとした表情になった。

「え。なんスかその顔。」

「…あんた、ほんとお人よしだね。」

「へ?」

「電流に触れたのは私だっていうのに。巻き込まれたのはあんたでしょ。」

「巻き込まれないようにしようとしてくれたのに、俺が無下にしたから謝ってるんです。つうか俺、トンネルには自分で入って行ったっぽいし。」

「それ以前の問題でしょうに…。」

ワカさんが、ふっと笑った。

「あんた面白いわ。」

そう言ってまた、帰路を歩き出した。

 

 

その後無事ワカさんの家に到着した俺は、ワカさんの配慮でワカさんの叔父さんに車で大学まで送ってもらった。

そして俺は買い出しの事をすっかり忘れていて…。

さんざん時間かけた挙句手ぶらで帰ってきたことを先輩たちにどやされたのは、言うまでもない。

 

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バンビさん
コメントありがとうございます。
俺の周りにはちらほらいますねー。
二十歳越えるまで見えなかったら見えないなんで聞いた事ありましたが、実際そうでもないんだなぁと。
いつ体験出来るかわかりませんね。

むぅさん
コメントありがとうございます。
ご期待にそえる展開かどうか…とにかく頑張ります!
がっつり(?)見たのはこれが初ですね。実際見えると見えただけで怖いもんです。

ワカさんシリーズ
やっぱり面白いですね!
僕の周りの人に霊感ある?って最近聞いたんですけど
みんな無いと…
僕が視ることはこの先も無さそうです〜

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