長編23
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河童のミイラ・転

 ※http://kowabana.jp/stories/26978

「河童のミイラ」より、続編となります。

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 これは、俺が大学に入って、初めての夏を迎えた頃に体験した話だ。

前回、俺は心霊サークルのオフ会で出会った、怪しげなゴスロリ少女、√(ルート)と名乗る少女から、何の因果か、河童のミイラを預かる事となった。

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呪いの河童のミイラ……持ち主は火事で焼け死ぬと言う曰くつきのミイラだが、実際に俺がこのミイラを預かる事になった際、謎の子供の泣き声を耳にしてしまった。

果たして、これは本当に河童のミイラの仕業なのか?そして、√が最後に言い残した言葉、

「私、それが河童のミイラだなんて、一言も言ってないから……」

この言葉が意味するものとは……

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「ああ、マジどうしよう、これ……」

俺はアパートの部屋に帰り着き、改めてアタッシュケースをテーブルの上に置いて、中身を確認するかどうか思い悩んでいた。

ケースのロックを外し、蓋を開けようか迷っていると、ふと√の言葉が頭を過ぎった。

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『大丈夫、別にケースから出して部屋に飾っておかなくても、ケースの中に入れたままで十分効果あるから』

出さなくてもいいのか……

正直、霊障云々と言うより、ただ単にミイラの見た目自体気味が悪い。

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「このままでいいか」

俺は再びロックを掛け、アタッシュケースを部屋の隅へとどかした。

音楽をかけ流し、側にあった読みかけの雑誌を手にとる。

別に焦らなくてもいい、時間ならある。

オフ会と喫茶店で耳にした子供の声だって、あれが本当に河童のミイラの仕業なんて確証はない。

そう自分に言い聞かせるようにしながら、俺はその日、極力何も考えないようにして過ごす事にした。

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どれぐらい時間が立っただろう。

気がつくと、俺は座布団を枕にして、いつの間にか眠りについていた。

「寝ちまった……」

腕時計に目をやると、短い針が8を示している。

ぽつんぽつん、ぽたぽた、

不意に聞こえる音、雨だ。

「やべ、洗濯物」

ハッとしてベランダに出る。

干してある衣服を回収していると、

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「おはよう」

お隣さんからベランダ越しに声を掛けられた。

慌てて俺も挨拶を返す。

歳は30代、前に本人から、このアパートの近くの飲み屋で働いていると、聞かされたことがある。

「そういえば、親戚の子でも遊びに来てるの?」

「えっ?」

子供?突然何の話だ?

「何~とぼけちゃって、昨日私がお店から帰ってきたら、あなたの部屋から子供の泣き声がずっとしてたわよ?私はいいけど、下の階の人、けっこう神経質だから気をつけないとだめよ?」

女性はそう言い残して、洗濯物を取り込み部屋の中へ戻っていった。

「まさか……」

俺はずぶ濡れになっていく衣服を取り込むのも忘れ、すぐさま部屋の中へと引き返した。

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テーブルの上、√から預かった黒のアタッシュケース。

特に変わりはない。俺は中を確かめようとケースに手を伸ばした。

「なっ……!?」

ロックが……外れている。

おかしい。

昨日確かにロックは掛けたはずだ。

壊れた?

そう思いチェックするも壊れた様子はない。

『あなたの部屋から子供の泣き声がずっとしてたわよ?』

お隣さんの声が、不意に俺の頭の中で再生された。

何だか急に寒くなってきた。

夏だというのに身震いがする。

これはまずい……

俺はアタッシュケースを手に持つと、タバコと財布、スマホをポケットに突っ込みながら、着の身着のまま慌てて部屋を後にした。

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「えっ?いいの?まじで?」

俺は近くの喫茶店で朝飯を済ませると、スマホで大学の友人と通話をしていた。

友人は大学で教授の助手をしており、何かと調べ物をする時にかなり重宝している。

そう、俺はこの河童のミイラを科学的にも調べてみようと思い、大学の友人に調べてもらえないか頼んでいる最中だった。

《ああ。夏休みで暇だし、今は教授の留守を預かってるだけだしな。エックス線でもMRIでも何でも使って調べてやるよ》

なんと驚いた事に即答。よほど暇なのだろうか?

「すぐ行く!」

俺は直ぐに返事を返し通話を切ると、今度はネットを使って心霊サークルのHPへと飛んだ。

実は朝飯を食う前に、サークルの掲示板を使って√に連絡を取っていた。

どうしても知っておきたい事があったのだ。

「おっ、レスついてる」

確認すると、√だ。レスには、T・Kと書かれていた。

俺の知りたかった事、それは、例の家事で焼け死んだという、河童のミイラの生前の持ち主の名前だ。

√の話をまったく信じていないわけではない。ただ、やはり自分の目で確認してみないことには、この件に関しては謎が多いような気がした。

時間がない。俺は名前を書き留めると、√に、連絡先教えてくれ、掲示板だと何かと不便だ、と、レスを書き込みスマホをポケットにしまった。

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喫茶店を出た俺は真っ直ぐ大学へと向かった。

途中顔見知りの何人かと出くわし、アタッシュケースの事を聞かれたが、まさか中には河童のミイラが、と答えるわけにも行かないので、なるべく人目を避けるようにして、友人の待つ研究室へと向かった。

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「悪いな、急に変なこと頼んじゃって」

「おっ意外と早かったな、コーヒーでも飲むか?」

研究室に入ると、友人のHが丁度コーヒーを作っていた。

「ああ、一杯もらうよ」

俺はそう言うと、空いていた研究室のテーブルの上にアタッシュケースを置いて、手近にあった椅子に腰掛ける。

「それか?例のものは?」

Hがコーヒーを入れながら、アタッシュケースを顎でしゃくって見せた。

「あ、ああ、まあな……」

俺はHから手渡されたコーヒーを手に取り、すぐに口に含んだ。少し苦いが落ち着く。

「元気ないな、オカルト好きなお前には願ってもない代物だろ?」

「願っても……ないか」

確かに願ってもない代物のはずなのだが、何だろう……何か今回の件に関しては嫌な予感がする。

今までも何度か霊体験はしたが、ここまで不安な気持ちになるのは初めてだ。

勘ぐり過ぎかもしれないが……

「さてと、んじゃ、早速そのミイラとやらの分析を始めるか」

「ああ、頼む。時間かかるよな?適当に時間潰してるから、終わったら教えてくれ」

「あいよ」

Hはそう言ってからアタッシュケースを手に取ると、コーヒーを片手に奥の部屋へと入っていった。

相変わらず軽いやつだが、腕は確かだ。

教授に気に入られて助手になれたのも頷ける。

さて、俺はどうしたものか。

あたりをキョロキョロと見回すが、特に興味を引くものはなく、仕方なしに、そこら辺に積まれていた難しそうな本に目を通すことにした。

これならよく眠れそうだ。

本を開き椅子によっかかりながら、しばらく本と睨めっこをしていると、案の定、大きなあくびが出てきた。

そのまま本を置いて腕組しながら目を瞑る。

意識が淀み、体から力が抜ける。

どれくらい立っただろうか、寝ているのか寝ていないのか、自分でも識別できないでいると、不意に腕を引っ張られた事により、俺の意識は戻った。

「おっ、もう分かったのか?」

そう言って後ろを振り向く。

誰もいない。

「H?」

辺りを見回すが誰もいない。

おかしいなと頭を捻っていると、またもや腕を引っ張られた。

「おい、さっきから何な、」

少しムッとしながら後ろを振り向いたその時だ、

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wallpaper:1265

能面のような子供の顔があった。

まるで血の通っていない、生気のない青白い顔の子供が、着物姿で俺の後ろに立っていた。

叫び声を上げそうになった、が、声が出ない。

首が動かない、目が子供から逸らせない、いや、体が動かない!?

心臓が恐ろしいほどの速さで鳴っているのが分かる、早すぎて止まりそうだ。

俺の体は椅子に縛り付けられたかのように、その場で固まってしまった。

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目の前で子供が動く。

両手がスゥッと上がり、青白い両の手が、俺の首にまとわりついた。

まるで氷の塊を首に押し当てられたかのように冷たい。

必死に首を振ろうとするが無駄な抵抗だった。

両の手は俺の首を握り、やがて、

shake

「グっ!?」

その手に、徐々に力が込められていく。子供の力とはとても思えない力で、

息ができない、圧迫され血が逆流していく、意識が……

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ガチャッ、

突然ドアの開く音が鳴った、と同時に首にまとわりついていた手の感触がスッと消えた。

shake

「ぐはぁっッ!?」

堰を切ったかのように、俺の口からは咽るような咳が漏れた。

突然のことにHが俺の側に駆け寄ってきた。

「おいどうした?大丈夫か!?」

「ゴホッ、はぁはぁ……」

視界が鮮明になり、辺りを見回すが子供の姿はもうない。

あれは……なんだ?

「おい、その首!?」

Hが気味の悪そうな顔で俺の首元を指差している。

「えっ?」

思わず首をさすりながら、近くにあった鏡を見ると、

「こ、これ……!?」

俺の首には、薄っすらと赤黒い痕がついていた。よくみればそれは小さな手のような痕にも見える。

あれは、夢じゃない……

ゾクゾクとした悪寒が体中を駆け巡り、今すぐにでも胃の中のものをぶちまけたい衝動に駆られた。

「おい、まじでどうしたんだお前?その首といい……もう今日は病院行って休め。とりあえずデータ採取はできたから、あとは成分表と照らし合わせるだけだ、何か分かったら連絡するからさ」

Hは俺の肩を軽く叩きながら、心配そうに言ってくれた。

「あ、ああ悪い、そうするよ……」

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その後、俺はHに言われるまま、預けたアタッシュケースを返してもらい、大学を後にした。

Hに首の件は病院に見せたほうが良いと言われたが、それはおそらく無駄だろう。

気遣いはありがたいが、今はこいつの情報が少しでも欲しい。

「T・K……」

不意に、俺は呟いた。

√が教えてくれた名前だ。

こいつの……ミイラの生前の持ち主。

俺はすぐにスマホを開くと、名前を打ち込み、火災事件のキーワードと共にその名前を探した。

検索を続けること数十分、おそらくこれではないかという事件にヒットした。

亡くなった人物は生前変わった趣味があり、コレクションの数々を別館に収めていたらしく、火元はそこから上がったとの事。

変わった趣味のコレクション、おそらくこれに間違いはないだろう。

有難い事に場所もそう遠くはない。大学前の駅から二駅行った側だ。

俺はスマホをしまうと、おぼつかない足取りで駅を目指した。

正直今日はHの言うとおり無理せず休みたい、しかしさっきの研究室で見たあれは……

ふと、視線を地面に落とす。

あれが一体何なのか、それが分かるまでは、家にいても落ち着けはしないだろう。

ジリジリと音がしそうな午後の日差し、照り返すアスファルトに眩暈を覚えながらも、俺は顔を上げ、再び駅を目指し歩き始めた。

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やがて駅に着いた俺は、切符を買いホームへと向かった。

夏休みに入ったせいか、電車を待つ人の姿もまばらだ。

椅子に座ろうか迷っていると、案内のアナウンスが流れ始めた。

《間もなく、電車が……》

俺は座るのを諦め線路側に立つと、向かってくる電車に目をやった。

shake

ドンッ

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「えっ?」

一瞬だった。

腰の部分に衝撃があった。体勢を崩しながら瞬間後ろを見た。

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子供だ、着物姿。

だが顔が……顔がグチャグチャだ。顔の中央が陥没したかのように窪み、頭は割れてしまっているのか赤黒いものが飛び出ている。

一瞬で心臓が凍りつく。

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「うわぁぁっ!!?」

思わずアタッシュケースを放り出しながら、俺の口から絶叫が漏れた。

線路に転倒寸前で、俺の脚はなんとか線路際で踏みとどまった。

shake

そのまま足から崩れ落ち、その場にへたり込む。

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wallpaper:3394

「はぁはぁっ……!?」

息を切らしながら辺りを見回す、子供の姿は……ない。

何だ今のは……子供の顔が……

大学で見た子供の顔とは違う。

顔が潰れていた、グチャグチャに……いや、それよりも今俺は……

押されたのか?

あの子供に?いや……得体の知れないあの何かに?

shake

ガタンゴトン、

電車がホームをゆっくりと過ぎていく。

突如襲ってくる身震いに、俺は両手を肩に回し、震える自分の体を押さえつけた。

殺されるのか……俺?

「あの、大丈夫ですか?」

不意に声の方に振り向くと、駅員が心配そうにこちらを見下ろしていた。

手には俺が落としたアタッシュケースが握られている。

俺は駅員から差し出された手を取り立ち上がると、

「す、すみません」

と慌てて礼を言い、アタッシュケースを受け取りながら、丁度開いた電車の中へと急いで飛び乗った。

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ふらついた足取りで空いた席に座り、今起こった事を思い起こす。

「何なんだ一体……くそっ!」

shake

ドガッ、

先ほどまでの恐怖が一気に怒りへと変わり、俺は座っていた椅子を強く殴りつけた。

が、すぐに電車内にいた数人の乗客が一斉にこちらに振り向いたため、俺は視線を避けるようにして、寝たふりを決め込むことにした。

20分程電車に揺られ、やがて目的の駅へと到着。

先ほどのこともあり、俺は警戒心を強めながらホームに降り、急いで改札口を抜けた。

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ネットで調べた限りでは、T・K氏の住所を細部まで特定することはできなかったが、途中、駅前の公衆電話で手に入れた地図を見ると、同じ苗字の住宅が二件連なっているのが確認できた。

地図も一年前と古いもので、おそらく事件前のものだから間違いないだろう。

T・K氏の苗字と一致する家は、火災のあったこの辺りでは、この地図に載っている二件だけ。

おそらく火災現場はこの二件のうちのどれかだ。

俺はスマホで写メった地図を頼りに、火災現場であるT・K氏宅をめざした。

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長い急な坂を登り、やがて閑静な住宅街に辿りつく。

入り組んだ道を、縫うようにしながら歩く事20分程、俺はようやくそれらしい場所を見つけた。

そこは他と比べ、一際広い空き地だった。

地図を何度も確認し、辺りの地形と照らし合わせる、間違いない、ここだ。

この空き地が、もしかしてT・K氏宅の跡地なのだろうか?

しばらく空き地を見回していると、

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「おい、そこのあんた……」

突然男の声に呼び止められた。

声のほうに振り返ると、隣の家の玄関から、40代ぐらいの男性が顔を覗かせていた。

やばい、不審者だと思われただろうか……

俺はいつでも逃げれるように身構えた、が、

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「あんたが持ってる鞄……ひょっとしてそれって」

男の言葉に俺は思わず驚いた。

この鞄の事を知っているのか?

そういえば、男の立っている玄関の表札の文字、T・K氏の苗字と同じだ。

もしかして親戚か何かだろうか?

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「あ、あの、実は俺、この鞄の持ち主を探してまして」

男のいる玄関前に駆け寄り、アタッシュケースを高々と持ち上げて見せた。

「ああ、やっぱりか、それ、中身あのミイラだろ……?」

男が言いながら苦々しい目を向けてくる。

あまり歓迎的ではなさそうだ。

しかしせっかく掴んだミイラの情報を、ここで逃すわけにはいかない。

「あの、このミイラ事で何か知ってることがあったら」

俺がそこまで言いかけると、男は慌てて玄関から出てきて、俺の話を遮ってきた。

「待って待って!家の前でやめてくれよ、ちょっと入って」

男はそう言って俺を家の中へと招き入れてくれた。

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家に入ると、男は中にどうぞと言ってくれたが、俺は悪いからここでいいですとやんわりと答え、その場に腰を下ろした。

「君、葛西さんの使いで来たの?」

「葛西?」

俺が聞き返すと、男は驚いた顔で俺を見た。

「あれ?そのミイラ、気に入らないからやっぱり返しにきたとかいう話じゃないの?」

何の話だ?と一瞬思ったが、俺はもしかしてと思い、男に尋ねた。

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「葛西って、このミイラを買い取った……?」

「うん……あれ、本当に葛西さんとは関係ないの?」

そう言って男は首を捻って見せる。

その反応を見て俺は合点がいった。

おそらくその葛西なる人物は、√の父親の事だろう。

あいつ、苗字葛西って言うのか、今度葛西って呼んでみよう。

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「俺は葛西さんの使いできたわけじゃありません。このミイラの事について聞きに来たんです」

「ミイラの事?本当に葛西さんとは無関係ないのかい?」

男の確認する声に俺は深く頷いて見せた。

「そうか……良かった、そのミイラの事で文句でも言いに来たのかと思ったよ。うちの親父もそのミイラの呪いで死んだかも、何て言っちゃったしね」

親父……このミイラの生前の持ち主の?じゃあこの男性はその息子さんなのか。

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「呪いで死んだかもって、どういう意味ですか?あっ絶対にその葛西さんという方には話しません。あくまでも俺が、このミイラの事について聞きたいだけなんです」

俺の言葉に男はしばらく、

「ううん……」

と唸りながら考えた後、

「まあいいか」

と、観念したかのようにぼそりと言って話を続けた。

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「そのミイラは親父が知り合いから手に入れた物でね。大層気にいったのか、よく周りに自慢ばかりしていたよ。近所の人も珍しいもの見たさによく親父の家に来ててさ、そしたら変な噂なんかもたっちゃって」

「変な噂ですか?」

「ああ、この河童のミイラは呪われている、とかね」

呪い……

その言葉を聴いて、俺はここに来るまでの出来事を思い返した。

やはり、一連の出来事は、ミイラの呪いなのだろうか……

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「持ち主は火事によってみんな焼け死ぬってやつですか?」

「ああ、それは親父が火事で亡くなってから噂された話だよ。実際親父は二酸化炭素中毒で亡くなったから、別に焼け死んだわけじゃないし、以前の持ち主の知り合いも、今でもピンピンしているしね」

えっ……どういう事だ?持ち主はみんな死んだんじゃないのか?

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「の、呪いで死んだかもってさっき言ってましたよね?」

俺は先ほど男が言っていたことを思い出し聞き返した。

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「ああ、近所の人たちが親父が死んだのを、勝手に河童のミイラのせいだって噂してね、それをどこかで聞きつけた葛西さんが、そのミイラ売ってくれって家に来たもんで、まあ額が額だったし、ついそのミイラのせいで親父が亡くなったかも、何てその場のノリで言っちゃって……はは、それを怪しんだ葛西さんの使いで、君が来たんじゃないかって勘違いしちゃってね、いやあ、これ、絶対に内緒だよ?」

男はそう言って苦笑い。

何て事だ……呪いは、ただの噂だったのか?

それにしてもその場のノリって、仮にも親父さんの遺品をこのおっさんは……

俺は半ば呆れつつ、分かりました、と言って肩を落とした。

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「まあ葛西さんの他にも、親父が亡くなる前から、その鞄を一目見て引き取りたいなんて人もいたらしいよ。親父は売り物じゃないって断っちゃったみたいだけどね」

そんな思い入れのある代物を、この人は簡単に手放したのだから始末が悪い。

これ以上は話を聞いても無駄そうに感じていた俺は、その他の噂について二三男に尋ねてみた、が、どれも近所レベルのしょうもない話ばかりで、そのほとんどが根も葉もない噂ばかりだった。

実際にこのミイラのせいで、何ていう話も一つもない。

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√にしてやられた。

火事でT・K氏が亡くなったのは事実だが、持ち主はみんな亡くなったと言う話は全部嘘だ。

ミイラの呪いなんていう話は、初めから実在しなかったのだ。

じゃあ……じゃあ俺がここまで来る間に体験したアレは一体……

何か黒くモヤモヤしたものが頭の中を支配する。

ゾクゾクとなんだか分からない寒気が、足元から這い上がってきたような気がした。

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駄目だ、呑まれちゃいけない。

俺はそれを振り払うかのように頭を振った。

今はそれを考えても仕方がない。

結局、俺は話を一区切りし、男に礼をしてから家を後にした。

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家を出た俺は、速攻でスマホを使い心霊サークルのHPを開いた。

朝、大学を訪れる前に書いた書き込みだ。

連絡先を教えてくれ、掲示板だと何かと不便だ、と書かれたレスに、返信のマークがついている。

√からのレスだ。アルファベットが数文字打ち込まれていた。

おそらくLINEのIDだろう。

直ぐにID検索すると、√の名前がヒットした。

俺は急いで友達追加をし、LINE通話を掛ける。

規則的な機械音が何度か鳴り、やがて、

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《はい、》

と、抑揚のない女の声がスマホから聞こえた。

聞き覚えのある声、間違いなく√だ。

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「√か?俺だ、与一だ」

《分かってる、で何?何か用?》

素っ気無い√の返事。

「用があるから連絡したんだよ。あのな、お前俺に言ったよな?ミイラの持ち主は皆焼け死んだって、」

《正確には、持ってた人、みんな火事で焼け死んでるんだよね、だけど》

直ぐに√は付加えて言い返してきた。

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「変わんねえよ。調べたぞ、本人の息子さんにも会ってきた。何であんな嘘付いたんだ?」

俺は観念しろと言わんばかりに言った。

すると√は、

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《息子さんって、家まで行ったんだ?マジで?はは、暇人なんだね与一って》

「ああっ!?」

苛々が募りつい声を荒げてしまった。

《怖い声出さないでよ、ノリよノリ。ああ言った方が場が盛り上がるかなって思って言っただけよ、他意はないわ》

「ノリってお前な!?」

T・K氏の息子といい√といい、何でそう簡単にノリで嘘がつけるんだ。

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俺は深いため息をつきつつ深呼吸した。

頭に昇った血がスゥっと引く気がする。俺は自分に落ち着くように言い聞かせると、再び口を開いた。

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「このミイラはお前に返す。約束が違うとか言うなよ?嘘をついたのはそっちなんだからな」

俺がそう言うと、スマホから√の溜息が僅かに漏れた。

《はぁ、分かったわ、どこで、》

√の声が聞こえたその時だった。

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《もせ……もせる……もせ、》

突然聞こえた意味不明な声、明らかに√の声ではない。

何だ?混線?いや、こんなの初めてだぞ?

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「おい、√何だ今の?」

慌てて√にそう言うと、直ぐに√の返事が返ってきた。

《はあ?与一こそ何よ今の声、何?からかってるわけ?趣味悪いんだけど》

悪態をつく√。

待て、どう言うことだ?今の変な声は明らかに√から聞こえた声のはずだ。

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《もせる……もせ……》

またあの声だ、低く篭ったような声。

「おい、」

俺がスマホに向かって言おうとした瞬間、

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《いい加減にしてよ、何よさっきからもせって、意味わかんないんだけど!》

スマホから√の苛立つ声が響いた。

もしかして、同じ声がお互いに聞こえてるのか?

その時だ、ふと、背中にゾゾゾと這い上がってくるような悪寒が走り抜けた。

首の後ろに静電気でも流れたかのように、俺はその場から飛びのいた。

そして、

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つんざく様な√の悲鳴が、スマホから突如響いた。

思わずスマホから耳を離す、と同時に、今度は背後から声が聞こえる。

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「もせる……もせる……」

先ほどとは違う、背後から聞こえる声。

子供の声だ……!?

恐怖に足が竦む、が、体は動く。

shake

俺は振り返りもせず一気に全速力でその場を駆け出した。

叫びたくなるのを必死で堪えながら走る。

記憶に残る範囲で駅の方を目指し、動悸が激しく波打つのを堪えひたすら走った。

住宅街を抜け、坂道をこれでもかと言わんばかりに駆け下りた。

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どれくらい走ったのか。

ヘトヘトに座り込んだ先は、コンビニ前のバス亭の椅子だった。

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「ぜぇへっぜぇへっぜぇっ……」

全身を椅子の背もたれに預け息を吐く。

やがて正常な呼吸が戻ってきた。

俺はシャツで自分の顔を拭い、汗を拭き取りながら辺りを見渡す。

会社帰りの学生やサラリーマンの姿が目に映る。

もう大丈夫のようだ。

ふと、スマホが振動している事に気がつき、俺はポケットからスマホを取り出した。

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√からのライン通話だ。

急いで通話ボタンを押した。

「もしもし?√、大丈夫か!?」

先ほどの√の悲鳴、何かあった事は間違いない。が、

「昨日の喫茶店で待ってる、早く来て……」

「えっ、お、おい?」

無事を確める間もなく、√はそれだけ言うと、唐突に通話を切った。

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「返事ぐらい待てよたっく……」

まあいい、連絡がついただけでも、とりあえず無事なのは確認できた。

俺はバス亭の時刻表に目を通し、昨日の喫茶店付近に停まるバスを探した。

ラッキーな事に少し待てば近くまで行きそうなバスを見つけた。

再び椅子に腰掛け、ぼうっと道路を行き交う車のヘッドライトを目で追う。

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待つこと数十分、俺は目的のバスに飛び乗り、√との待ち合わせ場所に向かった。

それにしても今日は何て日だ。

俺はオカルトが好きだが、こんな事は望んじゃいない。

おっかなびっくりぐらいの体験でいいはずなのに、俺の軽はずみな行為が、いつの間にか踏み込んじゃいけない領域に、足を踏み入れてしまっていた。

首を絞められ、駅に突き落とされそうにもなった。

体力ももうそろそろ限界だ。

おそらく次は何かあっても走って逃げ切れそうにない。

正直もうこのアタッシュケースを放りだして今すぐ逃げ出したい気分だ。

だが、まだ今なら引き返せるかもしれない。

元の持ち主にこれを返す。

手に抱えたアタッシュケースに目をやる。

その為にも√と会わなければ……

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やがて、俺は昨日訪れた喫茶店に辿りついた。

辺りはもう暗い。

店の賑わいと街頭の明かりが、今は俺の心の寄りどことなっていた。

入り口のドアを押し、今は何時だろうと思いながら俺は店の中に足を踏み入れる。

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店に入ると、窓際の席に見覚えのある服装の女が目に映った。

相変わらずの黒い、が、今回はジャケットに皮の短パンという服装だったため、俺は少し驚いた。

まあこれはこれで似合っているし目立つのだが……

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俺は無言のまま√の座っている席に向かうと、テーブル越しに√に軽く頭を下げながら、ソファーに腰を下ろした。

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「待たせたな葛西さん」

皮肉交じりに俺がそう言うと、

「何?人の名前なんか調べて、与一ってストーカーなの?」

相変わらず口の減らない奴。

早速文句の一言でも言い返してやろうかと思ったその時だ。

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「私の家に、血だらけの子供がいた……」

「えっ……?」

突然の√の言葉に、俺は一瞬で葉を失ってしまった。

血だらけの……子供?

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「与一と通話してた時、もせって声が聞こえた後、私の袖を、その血だらけの子供が掴んでた……私の顔見て、笑ってた……」

そう言って√は力なく俯いた。

√の家にあの子供が?ミイラは俺が持っているのに?

その時だ、俺の持っているスマホの呼び出し音が鳴った。

ビクリとしながらもスマホの画面に目をやると、画面には、大学の友人、Hの名前があった。

「悪い」

√に断りをいれ、通話に出る。

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《おっ、もう体調はいいのか?》

「あ、ああ、昼間はすまん」

《いいよ、気にすんな、それより例のミイラの件だけど、あらかた調べ終わったぞ》

Hの言葉に俺は思わず、

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「ほ、本当か?」

と店内にも関わらず声を張り上げてしまった。

√が思わず顔を上げこちらを軽く睨んできた。

俺は気まずいながらもHに話を戻す。

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「そ、それで、どうだった?」

《いやあ、残念ってとこだな》

「えっ?残念?」

どういう事だ?もしかして分からなかったのか?

そう思い眉間に皺を寄せていると、

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《残念賞、ニセモノだよ、あれは》

「えっに、ニセモノ!?」

あまりの事に、俺はまたもや声を張り上げる。

「ちょっと……」

苛々した√の声が聞こえる、が、今はそれどころじゃない。

俺はそれを無視しながらHと話を続けた。

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《あれは動物の骨を組み合わせて作られたニセモノだよ。接合部分は蝋が使われていて、人工的に手が加えられた痕も見つかった。肋骨部分の骨なんか、ウサギや犬の骨なんかが混同されて使われてたよ。いや~残念だったな》

「ニセモノ……」

まさかの結果に唖然としてしまい、俺はアタッシュケースに目を落とした。

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ニセモノ……呪いも、ミイラも、全部ニセモノ?

じゃ、じゃあ……何が本当なんだ!?

頭の中がグチャグチャになりそうだ。

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《一応人間の血液反応も出たけど……》

人間の!?

「そ、それって!?」

《ああ、だけど微量だよ、極小とも言っていい、それにかなり古いものだよ。アタッシュケースの内装の紙に染み付いてたんだと思う、残念だけどミイラとは関係ないよ》

「そ、そうか……」

そこまで言って俺は口を噤んでしまった。

ショックがあまりにでかすぎる……

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「悪いH、今度必ずお礼するから、ありがとな」

俺は力なく肩を落としながらHにそう言った。

《あ、ああ、あんまり落ち込むなよ?じゃあまたな》

Hはそこまで言って通話を切った。

唖然とする俺の耳に、ツーッツーッという機械音が虚しく響く。

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「ニセモノって何?どういう事?」

通話の内容を聞いていた√が俺にそう尋ねてきた。

「いや、実は……」

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俺は今朝から起こった出来事を、順を追って√に説明する事にした。

俺のアパートで起こった異変から始まり、大学でミイラを調べてもらった事、そしてT・K氏の事を調べ、呪いについて話を聞いた事、そしてその過程で、あの忌わしい子供に命を付狙われた事も。

「それで、あのミイラがニセモノだったんだ……?」

「ああ……だけど」

だけどあの子供は何なんだ?

ミイラともその呪いとも関係ないとしたら、一体俺は何に命を狙われた?

それに……

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「ねえ、もうさ、そのアタッシュケースのミイラ、関係なくない?」

√がどこか血の気のない顔で俺に尋ねてきた。

そう、√の言うとおりだった。

アタッシュケースを預けたはずの√の目の前にも、あの子供は現れた。

それはつまり、例えこのアタッシュケースを返したとこで、何も解決しないという事になる。

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「訳分んねえ……」

両手で頭を抱えながら、俺はテーブルに突っ伏した。

「どうするの……私達、たぶんこのままじゃ……」

どんなことにも動じなさそうな√の顔が、不安そうな表情を浮かべている。

考えてみれば当たり前かもしれない。

普段はその辺にいる女子高生と変わらないのだ。

それがこんな事に巻き込まれれば、普通なら今頃泣き喚いていてもおかしくない。

だが、それは俺にも言える事だ。

こんな命の危機に際悩まされる日常なんて、死んでもごめんだ。

でもそれが今の現実……

このミイラも呪いも全てニセモノ……だけど、あの不気味な子供は……

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「このままじゃ家にも戻れない……こんな時にお姉ちゃんがいればいいんだけど……」

「お姉ちゃん?お姉ちゃんがいるのか?」

√の不意に漏らした声に、俺は思わず聞き返した。

こんなのがもう一人いると思うと、それはそれで恐ろしくもある。

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「うん、腹違いのね。呪いとかに凄く詳しくて、いつもこの店に顔見せるんだけど、」

呪いに詳しいって、やはりろくでもない姉妹なのは間違いないようだ。

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「あの人携帯持ってないし、ああもう、本当にどうしたらいいのよ……!」

「喚いたってどうしようもないだろ、それより何か考えろよ!大体お前、俺にこれを預ける時、河童のミイラじゃないみたいな事言ってただろ?」

√の苛立つ声に、俺も苛立ちを隠せず声を荒げながら言った。

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「だって、あのミイラからは何も感じなかった……でも子供の声は聞こえるし、勝手にアタッシュケースが開いたりするし、原因が分かんなかったの、だから与一に頼んだんじゃない!」

√はテーブルに身を乗り出すような格好でそう言ってきた。

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「あのな!何でもかんでも人頼みにするなよ!大体原因がミイラじゃなかったら何……なん……」

そこまで声を上げて、ふと俺の中で何かが引っかかった。

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「何?どうしたの急に?」

√が訝しげな目で俺を見る。

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そんな√を他所に、俺は隅に追いやっていたアタッシュケースを手で掴むと、飲み物をどかし、テーブルの上に置いた。

アタッシュケースをじっと見つめる。

集中しろ……何かヒントがあるはずだ。

かき集めた情報を思い浮かべ順に確めてゆく。

まるで頭の中で散らばったパズルのピースを、一つ一つ組みあげていく感じ。

ニセモノの河童のミイラ、時折現れる着物姿の子供、勝手に開くアタッシュケース。

T・K氏の息子さんが言っていた、T・K氏が生きていた頃に、鞄を一目見るなり引き取りたいと言った人物、Hが言っていた、アタッシュケースの内装の紙に染み付いてた人間の血……

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ガチャッ

「ちょっ、何急に?」

√がそう言いながら止める間もなく、俺はアタッシュケースのロックを開け、中から取り出したミイラを、ソファーの上に乱暴に置いた。

shake

そして、ベリッ、という音と共に、ミイラを包んでいた内装の綿と紙を一気に引き剥がした。

瞬間、かび臭い埃と古びた鉄のような異臭が辺りを漂った。

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「何この匂……あっ!?」

思わず口元を手で覆う√の目が、突然大きく見開かれた、明らかに驚愕している。

そして俺も……

アタッシュケースを掴む手がわなわなと震えている。

冷房の効いた喫茶店のはずなのに、俺の額にはびっしりと脂汗が滲んでいた。

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内装の紙が剥がれたアタッシューケースの中は、茶色く変色した何かが、一面中に、まるで血でも飛び散ったかのように広がっていた。

俺は、乱れる呼吸をなんとか落ち着けながら、振り絞るようにして言った。

「呪われてたのはミイラじゃない……この……鞄だ」

ー続くー

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むぅ様、感想&怖ポチ、ありがとうございました。

元気玉、溜め過ぎ注意ですね笑

あと、必殺!空気読めない野球中継攻撃なんかも要注意です。

次回、河童のミイラ・終点も、くぅ~っと言わせてみたいです。
楽しみにお待ちして頂ければ、これ幸いです。

はと様、感想&怖ポチ、ありがとうございました。

良い意味で裏切れましたか!?

いやぁ嬉しいです。

自分の持ち味を生かそうと思って書き上げたものですから、それが伝わっているのなら、本当に書いて良かった。

嬉しいお言葉、ありがとうございました。

完結まであと僅かとなっておりますので、もうしばらく猶予をくださいませ笑

ふたば様、感想&怖ポチ、ありがとうございました。

え、映画化ですか!?

では、主演はふたば様でよろしいですかね?笑

実際、世に出ているミイラ系は、そういったまがい物が多いらしいですよ。

ですがその中に稀に本物も……だから怪談って奴は面白い。
そう思う今日この頃です。

虎鳴真矢様、感想&怖ポチ、ありがとうございました。

いえいえ、十分伝わりましたよ。
本当にありがたい感想です。

実は今回の作品は、あまり自信のないものでして……

長編だしミステリーものだし、推理的な描写も多いしで、あまり好まれるものではないと思っております。

思いつつも、やはり書かずにはいられない作品でして、受け入れられない作風ならこれ書いて引退してもいいかと思っちゃったくらいです笑

何にせよ、少しでも面白かったと感じてもらえたのなら、これ幸いでございます。

次回、河童のミイラ・終点にて、また、お待ちしております。

コオリノ殿、待ってましたぞ。
又々くぅ〜となる終わり方、二週間待っても元気玉が出来ない悟空を待つ様な気持ちで終点楽しみにしてますぞ♪

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