中編6
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こたつの外の世界

遊び優先で悪い仲間と好き勝手した結果、つまらないイザコザに巻き込まれて高校を退学になり、父親には殴られ、母親には見放され、俺は家を飛び出した。

先輩の家に泊めて貰いながら暫くはバイトを転々としていたが、ある程度の貯金が貯まった事もあり、19の時に一発奮起して田舎から大阪の街へと移り住んだ。

しかし憧れの大阪の街はこんな俺を暖かく迎えてはくれなかった。

派遣で入った楽器用品店は三日で首になるし、家賃3万5千円の安アパートの大家さんは何かある度に怒鳴り込んでくる基地外だし、クラブでカード類の全て入った財布はスられるし、今朝なんて職安に行こうと家を出た瞬間に犬のクソをふんだ。

そう言えば、ついこないだもショットバーで知り合った女と関係を持った翌日に、彼氏だというガラの悪い男に呼び出されて顔の形が変わるほど殴られたんだっけ。金も取られた。

「ついてねーな」

俺の大阪。

こんな筈じゃなかった。

引っ越してきてまだたったの3ヶ月なのに俺は安酒を大量に買い込み部屋に引きこもっていた。もう地元に帰りたい、でも勘当された俺には帰る家がない。

仲間もいない、金もない、親もいない、俺にはもう何にもない。冬の隙間風がヒューヒューと音を立てている。寒い…部屋の中なのに息が白い。

こたつに丸まった俺の背中が情けなく窓ガラスに写っている。髪はボサボサ、テレビを見る元気もないし、食欲も湧かない。

「あー、もう嫌だ!」

俺はこたつの中に潜り込んだ。

その内また家賃の事で頭のおかしい大家さんが怒鳴り込んできて部屋の中で喚き散らす事だろう。電気や水道を止められたらもう出て行くしかないか。

「もうこんな世界は嫌だ。誰もいない静かな世界にいきたいよ」

そんな事を考えながら俺は知らず知らずの内にこたつの中で眠り込んでいたようだ。目を覚ますとなぜか異常なまでに体が冷えていた。両手の感覚がほとんど無い。

ついに電気も止められたか。俺はどうしようもない絶望感を抱きながらこたつから顔を出した、

台所へ行き、蛇口を捻る。

水もでない。ヒューヒューと吹き込んでくる隙間風が俺の頬を撫でた。

「もう死のうかな」

ふとその時、見慣れたはずの部屋に違和感をおぼえた。

廊下から今まで寝ていた薄暗い部屋をジッと見つめると、気のせいか家具の位置や形が微妙に違っているように見えた。

こたつの形、テレビの角度、カーテンの模様、気になりだしたら全てが違うように思えてきた。冬なのに、背中を妙な汗がたらたらと伝う。

すると突然、玄関に置いてあるゲージからガラガラと徹子(雌ハム)の走り回る音が響いた。俺は少しの安堵を覚えて、徹子の様子を見にゲージの中を覗きこんだ。

ゲージの中では白いハムスターが元気よく走り回っていた。徹子は黒毛のジャンガリアン。それにこんなに痩せてない、もっとデブだ。

「ここはいったい誰の部屋なんだ?」

俺はふらふらと部屋に戻るとカーテンを開け、外を見た。するとそこから見える空はまるで血のように赤かった。通りを歩く人の姿はない。

俺は取るものも取らずに外へ出た。

隣りの部屋から順番に呼び鈴を鳴らしノックをして回ったが、遂に誰も出てくる事はなかった。

俺は人の姿を求めて大阪の街を彷徨い歩いた。気のせいか、アパートを出てからずっと息がし辛い気がする。まるで酸素の薄い場所を歩いているようだ。未だ街には人の姿どころか、猫の子1匹すら歩いていない。

人が沢山いそうな駅にも寄ってみたが結果は同じだった。駅舎には見たこともない「きさ◯ぎ駅」というボロボロの表札が上がっていた。

『帰りたい、帰れない、青春と呼ばれた日々に…』中学時代に好きだった曲のワンフレーズが頭の中をグルグルと回っている。

これだけ歩き回っているのに不思議と腹も減らないし、喉も乾かない。空は相変わらず赤い。

すると遠くの方から微かに太鼓を叩く音がしているのに気づいた。

幻聴かと耳を疑ったが、音を辿ってみるとどうやらこの坂の上に建つ校舎らしき建物の方から聞こえるようだ。自然と俺の足はそちらへ向いた。

目の前には緩いながらも延々と先まで続く舗装された道がある。

「こんな坂あったかな?」

俺はその時、電柱にかけられた古い木の四角い板に目を奪われた。

『 黄泉比良坂 』

「おう…せん、ひらさか?」

勉強を真面目にしてこなかった自分に初めて腹がたったが、板には達者な文字で確かにそう書かれていた。

俺は直感でこの坂を登りきった所に何かがある気がした。漠然とこの奇妙な世界から抜け出せるような気がしたのだ。

「そこで何をしているんだね?」

不意に後ろから声を掛けられた。

そこには紫色の袴を着た白髪頭の老人が立っていた。顔は見えない。露店に売っているような狐のお面を付けているからだ。

「お主はどうやってこの世界に来れたのじゃ?」

まだ質問に答えてないのに質問を被せてきやがった。と、一瞬面食らったが人と出会えた喜びの方が勝り、俺は老人に今までの経緯を手短に伝えた。

「ふふ、そうかそうかお主もそうじゃったのか、ここ数年お主のように人生の目標を失いかけた若者たちが、ちょいちょいと迷い込んできよる。困ったもんじゃ」

お面で表情は読み取れないが多分その下は笑顔だろう。続けて老人は俺に元の世界に戻りたいか?と聞いてきた。俺は勿論だと答えた。

「やはりそうか。お主のように皆こっちの世界に来たら帰りたい帰りたいと泣きよるんじゃ。こっちの世界はお主らが望んだ世界じゃのにのう?

口煩い親もおらんし勉強もせんでええ、腹が空かんから仕事もせんでええし、好きな事をして楽に過ごせばええんじゃ。

人間は生まれる時も死ぬ時も一人、元来競争社会には向かん生き物じゃ。

お主も一人になりたいんじゃなかったのか?矛盾しておるのう」

老人はそういうと懐から折り畳み式の携帯電話を取り出し、どこかへと電話を掛け始めた。

暫くして老人は電話を切り、シワシワの指を黄泉比良坂に向けて差した。

「帰っても良いそうじゃ良かったの。この坂を登り切ればお主は元の世界へ帰れる。

だが、それには一つだけ条件があるんじゃ」

「…条件?」

老人は狐のお面をぐいとおでこまで上げると、耳まで裂けた口でにやりと笑った。

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あれから一年が過ぎ、今年も雪の降る季節がやってきた。

私はこの世界に帰れた喜びから人と接する楽しさに目覚め、友人の勧めで夜の仕事に就いている。

あの時、老人は蛇のように長い舌をチラつかせながらこう言ったわ。

「代わりにお主の◯◯を貰う」

何を貰うと言ったのかが、どうしても思い出せないの。

シャワーを浴びメイクを済ませ、先週、太客の怪談好きな課長さんから買って貰ったレイヨンのドレスに身を通す。

「私って本当に何着ても似合うわね」

姿見を見ながらウットリとしている私を見て、ベッドに横になっていた彼氏のハジメが呆れたように近寄ってきて抱きしめてきた。

「もう離してよ、仕事に遅れちゃ…」

ハジメの唇が私の唇を塞いだ。

「クリス、君は大阪一の美人だよ。僕は君と出会えた事を心の底から幸せに感じているんだ」

「もう、ホストって本当に口が上手いんだから。じゃあ行ってきます」

私は股にねじ込んできたハジメの指を優しくかわし、代わりに頬に軽くキスをすると、マンションを出てお店に向かった。

「あのお爺さん、いったい私の何を奪ったのかしら?」

ビル群の隙間に浮かぶ宝石のような星空を見上げると、キラキラとした流れ星がふたつ私を嘲笑うかのように流れていった。

【了】

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皆様、最後まで読んで頂いたにもかかわらずこんな「玉オチ」で申し訳ございません!やあロビンミッシェルだ。

よもつ先生+嗣人先生の異世界物の世界観を真似したかったのですが、結果、1ミリも近づけてなかったのが本当に悔しかとです!…ぐう…

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何と恐ろしい( 'ω' ;)

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タ○ ・・・ゲフンゲフン

太鼓叩いて待ってますよ。