長編10
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歩道橋

女の子がいた。

長い黒髪に白い洋服、下を向いてじっと立っていた。

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駅を降り、北口から出て西の方へ。

そこにいつも通りがかる歩道橋がある。

歩行者用の横断歩道が無い大きめの交差点の上を四角くぐるりと回る、車の走行音が途切れない帰り道の歩道橋。

その歩道橋の緑色したリノリウムの床の先に、女の子は立っていた。

短い袖から伸びる、透き通ったように白い肌。

靴も履かずにむき出しになった素足は緑の床とはっきりとしたコントラストをとっている。

影はない、一目で幽霊であると私にもわかった。

淋しげな眼、その木陰のようにゆらりと薄く、儚げな瞳は静かに下の方へと向けられている。

視線の行く先を辿ってみると、白いリボンの巻かれた麦わら帽子が、歩道橋から突き出た信号機に引っかかっている。

大人の腕でも届くか届かないか、実に微妙な位置だ。

女の子に近づく。

てくてくと歩み寄り、女の子を見つめ立ち止まる。

夏の夕日は、青春ドラマのように燃える赤色をしていなかった。

黄色い色を残したままに藍色の天頂と混ざりあい、緑色した手の先からだんだんと色づいていく、まだ若いもみじの色のようだった。

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幽霊を見るのは初めてだ。

その姿は、夕日に重なっても蔭ることは無い。

透明かと見紛うほどに真っ白な姿は、他の色と混ざり合い重なることなく存在している。

不意に女の子がこちらに気付く。

ゆっくりと顔を向けては、その影色の瞳で私を見つめる。

助けを求めているようだった。

私は信号機に引っかかる麦わら帽子へと視線を向けると、再び少女へ顔を向ける。

幽霊なのに困ったような顔をしている。

こうやって幽霊に遭遇したのならば、普通気付かないふりをするのが常識なのではないかと思う。

だけど私は見入ってしまった。

こうやって幽霊に助けを求められても、危険だから救おうと考えてはいけないのも常識だろう。

だけど私には見過ごせなかった。

真っ直ぐに歩を進めると、突き出た信号機へと手を伸ばした。

歩道橋の柵は間隔が狭く、私の腕では通れない。

その柵の上の方から身を乗り出すように右手を伸ばした。

自分の髪が風に舞ってうっとおしい。

引っかかった麦わら帽子はギリギリの距離からこちらをのぞき込む。

背後に女の子の気配がする。どうやら黙って見守っているようだ。

橋の真下は帰宅ラッシュの車が行き交う。

手が触れそうでそうでつかめない。

かかとを浮かして腕をつっぱる。

あと少し、もうあと少しで、手が届く。

とうとうつま先立ちになって左手で体を支える。

プルプルと震える中指に帽子のつばが触れた。

いける、届く、そう思った瞬間だった。

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ヒュウーーーーーー

無情にも強い風が指と帽子の隙間を走る。

music:3

あっ!

飛んで行ってしまう。

そう思った時には地面を蹴ってしまっていた。

やばっ…

押されたようにぐらりと体は前倒しになり、頭から道路へと体が落ちる。

…死んだな、これ......。

全ての音が聞こえなくなり、視界がスローモーションになる。

ひらりふらりと風に揺られ、空中で回る体が地面へたたきつけられるその前に、ほんの一瞬だけ歩道橋の方を見た。

先ほどまで自分が立っていたすぐ隣で、あの女の子は置物のように動かず、私を見つめる。

西風に撫でられ前髪が左に流れるその顔の、アーモンド形だった両目は大きく見開かれていた。

口元は手すりに隠れて見えなかった。

右手に麦わら帽子の感触を感じながら、ぐるりと道路に架かる歩道橋を、四角いクラゲみたいだなと思い私は落ちた。

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music:4

○○○

…歌が聞こえる。なんだか懐かしいような歌だ。

目を開いてみると、真っ白な部屋の中にいた。

学校の教室ぐらいの、床も壁も天井も全部が白い四角い部屋。

そこで椅子にもたれかかるように私は座っていた。

どうやら縄で体を固定されているようで全く動かない…

仕方がないので、先ほどから聞こえる歌の出所を探る。

すると、目の前に頭のちぎれたクマのぬいぐるみが数体ずつで向かい合って並んでいた。

こちらから見て右には茶色の、左にはクリーム色の胴体だけのクマのぬいぐるみが同じ数で並んでいる。

どうやら、歌はこのぬいぐるみ達から聞こえてくるようだった。

…頭がないのにどうやって歌っているのだろう。

考えると気味が悪かった。

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「*―**っ**********っ♪」

「+―++っ++++++++++っ♪」

クマのぬいぐるみは交互に歌いながら右へ左へ動いていく。

動くたびに、頭がちぎれた場所から白い綿が溢れる。

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「*********っ*****っ♪」

「+―+++++++++++っ♪」

「*****っ********♪」

「++++++++++++♪」

この歌、たしか、花一匁だ。

ぬいぐるみたちが歌う言葉は何も理解できないが、間違いない。

この胴体たちは花一匁で遊んでいるみたいだ。

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「****っ***♪」

「++++っ++++っ♪」

「****っ***♪」

「++++っ++++っ♪」

今のうちにここから逃げ出したいのだが、予想以上に強く体を固定されている。腕一本動かすことはできなさそうだ。

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「*******っ♪」

「+++++っ♪」

ぬいぐるみ達が、それぞれ集まって何やら話し始めた。

どうやら、お互い誰が欲しいか話し合っているようだ。

花一匁は確か、そうやって味方を増やすゲームだったはずだ。

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「*-*っ*!」

「+-+っ+!」

両チームとも誰が欲しいか決めたようだ。

真ん中に各代表者が集まると、勢いよく声を上げた。

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「***!」「+++!」

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えっ…?

茶色のぬいぐるみとクリーム色のぬいぐるみ、それぞれの代表者と思われるぬいぐるみが同時に私の方を指さした。

頭の無い人形たちが私を見つめる。

花一匁ってこんなルールだっけ?

幼稚園の頃にみんなでやった記憶を思い起こすが、チーム外の人間を巻き込むなんてルールはなかったはずだ。

一人混乱しているうちに、頭の無いぬいぐるみ達はどちらが私をもらうかじゃんけんを始めた。

しかし、どちらも人形の手。

それがグーなのかパーなのかはわからないが、同じものを出しているため永遠とあいこが続く。

何度も何度も手を突き出す二色のぬいぐるみ。

しかし、次第にイライラし始めたのか両者ともその動きが乱暴になっていく。

首からは綿が飛び散り、それが雪のように積もるころには、互いのぬいぐるみは何処から取り出したのか、みんな包丁を握っていた。

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ザックザックと自分の腕よりも大きな刃物を振り回す人形たち、白兵戦なんかよりも激しく、ためらうことなく切り付けあう。

足を切られ、背中が裂けても、その手を緩める者はいない。誰もが必死だった。

ぬいぐるみ達の悲鳴が上がることもなく、布が引き裂かれる音のみがただっ広い部屋に響き渡る。

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ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク

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そのあまりの必死さに私は恐怖すら覚えた。

早くこの場から逃げないとっ!

そう思い、精一杯体をひねらせ、逃げようとする。

しかし体に巻き付く縄は皮膚に食い込むだけで少しもほどけそうになかった。

次から次へと包丁はぬいぐるみの体へと振り下ろされる。

床にはただの布切れと形をとどめない綿が散らかっていた。

その中を舞う、ギラギラとした包丁の冷たい光が目に焼き付いた。

早く逃げないと、それしか考えていなかった。私も必死だった。

縄で固定された腕を動かし続ける。

だが一向に拘束が緩むことは無かった。

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music:3

暫くすると布が裂ける音が聞こえなくなった。

そして、一体の頭の無いぬいぐるみがこちらに近づいてきた。

体のあちこちに傷をつけ左腕を失ったそいつは、白い綿をどうしようもなくこぼしながら、ゆっくりとした足取りで私に近づく。

茶色いぬいぐるみだった。

大きな包丁を引きずりながらこちらに来るそれの後ろに、動く物体はもう無い。

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私も殺される。

そう思った。

music:2

あの冷酷な包丁にザクリと切られて、こんな場所で私は死んでしまうのだ。

shake

「来ないでっ!!!」

思わず叫んだ。

知らない間に目に涙を浮かべ、今までにないくらいの大声で叫んだ。

「来ないでっ!近づかないでよっ!!あっち行ってよっ!!!!」

それでも奴は近づいてくる。

引きずった包丁が白い床に長い痕をつける。

何も考えずに叫んだために喉が痛い。それでも必死になって叫ぶ。

だんだんと近づいてくる死の恐怖を前に、私ができる抵抗はそれだけだった。

遂にぬいぐるみだったものは私の足元まで来てしまった。

「嫌っ!来ないでっ!!来ないでっ!来ないでよぉ…」

怖くて最後の方は絞り出すようにしか声が出なかった。

奴は私を縛る縄を足場に、包丁を握る右手と両足をシャクトリムシのようにして這いあがってくる。

むなしく零れる涙を無視して、そいつは私の膝の上に躍り出た。

そして、手に持つ包丁を一度私の首筋にあてがうと、その手を後ろに振りかぶり、首をめがけて横薙ぎに一閃した。

思わず目をつむる。

ビュン、と凶刃が風を切る音が耳に届いた…

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music:3

……!

………

………?

あれ…?

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首を切られる感覚、というのがどういうものかわからないが、何も感じる事がなかった。

恐る恐る目を開く。

すると、目の前に女の子が立っていた。

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music:5

長い黒髪に白い洋服、木陰のように薄い黒色の瞳をした女の子だった。

女の子の手には頭と左腕がないクマのぬいぐるみが握られていた。

包丁を持ったぬいぐるみの右腕をがっちりと左手でつかんでいる。

その子は右手に持っていたクマの頭を千切れた首に乗せてやると、左手を離した。

ぼろぼろの体から、細かい綿が埃のように舞う。

ぬいぐるみは私の膝のうえをポムンと弾むと床の上に尻もちをつき、自分の頭を包丁を握った右腕で確認した。

ただ乗せただけのはずの頭は、始めからそうであったかのように綺麗に胴体とくっついている。

かわいい頭が付いたクマのぬいぐるみは、握っていた刃物を放り捨てるとどこかへと消えていった。

麦わら帽子をかぶった女の子は、ぬいぐるみが捨てた包丁で私を縛っていた縄を切ってくれた。

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ようやくの思いで自由の身となった私は、しばらくの間力が抜けてしまって床にへたり込んでしまった。

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「ありがとう。」

顔をあげ、その女の子にお礼を言う。

女の子は小さく頷くとまだ動けない私を置いて、ぬいぐるみの破片が散らかった綿の山へと足を向けた。

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「待って、どこにいくの?」

女の子は足を止め私の方を振り向くとポケットからライターを取り出す。

そして、雪のように積もる白い綿の真上でライターに火を点した。

sound:28

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「危ないっ!」

彼女が何をしようとしたのか分かったような気がして、急いで駆け寄ろうとする。

しかし、さっきまで縛られていた体は思った以上に動いてくれなくて、ほんの2・3歩で転んでしまう。

痛い。膝を擦りむいて血が滲む。

間抜けなことに、足も挫いてしまった。

それでも、地面に這いつくばるような形になってでも顔を上げ、女の子の方へ体を動かす。

だけど、その視線の先で、女の子は火のついたライターを足元へと落した。

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shake

「ダメーーーー!!!」

私の叫びもむなしく、小さな炎は白い綿を包み込んで刹那のうちに大きなものとなった。

彼女が放ったその炎は、赤でもオレンジでもなく、緑がかったような黄色をしている。

白い部屋を包み込むように広がる、炎の壁の向こうで、女の子は麦わら帽子を両手で抑え込むように深くかぶると、初めて口を開いた。

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「※※※※※※。」

小さくて震える様な声だった。

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music:4

○○○

………か?………じょうぶ…か……?

「…おい、君大丈夫か!?」

気が付いたら私はレスキュー隊員に運ばれていた。

後ろの方を向くと、先ほどまでいた歩道橋の真下で大きな火災が発生している。

バタバタと飛び交う人々の喧騒、ゴムが焦げたような酷いいにおい。あちらこちらから消防車や救急車のサイレンが響く。

私は担架で運ばれているようだ。

仰向けのまま、9月の空をじっと見上げる。

夏の夕日は、青春ドラマのように燃える赤色をしていなかった。

黄色い色を残したままに藍色の天頂と混ざりあい、緑色した手の先からだんだんと色づいていく、まだ若いもみじの色のようだった。

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○○○

私が次に目を覚ました場所は、病院のベットの上だった。

目が覚めてしばらくすると、知らない男性が訪ねてきた。

どうやら、警察の方らしい。

その人が言うには、私が帰宅をしている途中、あの歩道橋で大きな事故があったのだという。

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信号無視の車が飛び込み、何台もの車と衝突。

巻き込まれた車の中には天然ガスを運んでいたものがあり、運が悪いことに大きな爆発が起こった。

衝突があった車の近くにいた者は、その爆発に巻き込まれ、無残な死を遂げたのだそうだ。

なんでも、体がばらばらに飛び散り、頭がまるっと消し飛んだ死体がいくつも散らかっていたのだとか。

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そんな大変な大事故だったのだが、爆発が起きたすぐ近くにいながら、九死に一生を得た者が二人いた。

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そのうちの一人が私。

なんとも運がいいことに、歩道橋の上にいた為、下の道路から吹き上がる爆風から奇跡的に逃れることができたのだそうだ。

そしてもう一人の生還者は、バイクに乗って頑丈なライダースーツまで来ていたために、遠くまで吹き飛ばされたものの、一命をとりとめたのだそうだ。

しかし、全身傷だらけで左腕を失うほどの重傷だったようである。

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警察の人は私に証人として何かを聞き出せたらと思っているようだが、生憎、私には爆発の瞬間は何一つわからない。

そのことを伝えると、まだ突然のことで頭が整理できてないのかもしれないですねと言って、後日また尋ねに来るという旨を伝えられた。

…確か高橋と名乗ったその人は、病室を出るときに思い出したように話しかけてきた。

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「そういえば、今回の事故があんまりにも爆発が大きかったからか、目撃者の中には『宇宙人の侵略だと思った』なんて言っている人もいるんですよ。」

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高橋さんは笑いながら言っていたけれど、案外そうなのかもしれないと私は一人思う。

痣として残った縄の跡を撫でながら、窓を見やる。

色付き始めた柿の実が、秋の訪れを知らる。

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music:5

…だって、あのとき歩道橋の上を舞っていた麦わら帽子は、まるでUFOのようだったのだから。

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shiburoさん初めまして!
コメント怖ポチ有難うございます。
実はつい昨日、ここのモデルとなった歩道橋で中学生二人組が「この場所でUFOが出たらしい」と話していまして、思いっきり振り返ったら、足を縺れさせて転んでしまいました。
その時私の無様を笑った中学生の笑い声が、やけに甲高くて耳から離れません…

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ふたばさん
引き込まれて読んでしまいました!
これからの投稿も楽しみにしてます!

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