中編4
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お婆さん

4年前。

まだ僕が実家に住んでいる時の事です。

実家は市営住宅だったので、挨拶をしても返事をしない人や窓から外をずっと見てる人。

別の階でドタバタしてる音が聞こえてきたり、その音に怒って2階の住民と4階の住民がケンカしたり。

とにかく色んな人達が住んでいました。

1度、エレベーターを降り間違えた事がありました。

当時、仕事で疲れてフラフラだった僕は5階で降りるところを4階で降りてしまいました。

実家だと勘違いしたまま『ただいまー』と言って入った家は…

カギがかかっていなかったので人がいるはずなのに、怖すぎる程の無音。

玄関の電気が付いていないとはいえ、暗すぎる部屋でした。

そして奥から『スーッ』というドアの開く音が聞こえた時、やっと帰る家を間違えた事に気付いた僕はバレないようにその家を出たのです。

思い返してみると、疲れていたのですが、降りる階を間違えるなんて、入る家を間違えるなんて事はあるのかな?と思ったり、当時の事はとにかく不思議でした。

そんな色々な人達がいる市営住宅にも、いつも笑顔で明るく話しかけてくれるお婆さんがいました。

そのお婆さんは偶然なのか僕の出勤時間に合わせて廊下に出てきて

『あら、これから仕事かい?今日は暖かくなるから気をつけてね』

等と、気さくに声をかけてくれました。

仕事から帰ってくると『お疲れ様。大変だったでしょう?』

と、僕が休みの時以外はほぼ毎日声をかけてくれてたと思います。

ある時。

父親からお婆さんについて話がありました。

『あのお婆さんな、1人暮らしだろう?最近、テレビで孤独死とかやってるから不安なんだってさ。何かあった時の為に合鍵持っててくれないか?って頼まれたからお婆さん家のカギ預かったからよ。父さんが居ない時に何かあった場合はお前が合鍵を使うんだぞ。』

的な事を言われました。

そうか。1人で寂しいから話しかけてくれたりするのかな?孫だと思ってんのかな?と思った僕は、今まで以上にお婆さんと話しをする事にしました。

それから数ヶ月後の朝

駐車場には救急車が停まっていました。

まさか、お婆さんの体調がよくないのか?と、思っていたのですが。

救急車で運ばれたのは、住居人でもあまり知らない人でした。

騒ぎを聞きつけた野次馬の中にお婆さんを見つけたので『お婆さんも身体に気をつけてね?』と声をかけました。

お婆さんは何も言ってくれませんでした。

あれ?聞こえてないのかな?と思うと同時に、会社に遅刻する!という焦りが出てきたので、あまりお婆さんの事は考えてませんでした。

仕事が終わって帰って来た時も、廊下でお婆さんと会う事はなかったです。

その夜。僕は夢を見た。

夢の中で僕は市営住宅の駐車場にいた。

車の中にいて、停車するところだった。

あ、夢だコレ。

普段は起きた時に『なんだ。夢か。』と思うのに、何故かその時は夢の中にいると分かった。

そんな事を考えてるうちに、共同玄関からお婆さんが歩いて出てきた。

お婆さんの左右には小さい女の子がいて手を繋いでいる。

僕から見ると双子の姉妹だと感じた。

お婆さんはニコニコしてたので、僕はお孫さんと一緒で幸せだな。と思った。

そんな事を思っていると、お婆さんはニコニコしたまま双子の姉妹をバシバシ叩き始めた。

叩いてる間、お婆さんの口が動いていたので何か言ってるのは分かったが、何を言っているのかは聞こえなかった。

気がつくとお婆さんの顔は笑顔ではなく無表情になっていた。

双子は『止めて!叩かないで!』と言って泣きじゃくっていた。

いつも優しいお婆さんが人を叩くなんて思いもしなかったから、夢の中とはいえ凄く怖かった。

双子の姉妹を助けなきゃ。

そう思って車のドアを勢いよく開けると。

その瞬間…

僕の耳元にお婆さんの顔があった。

口はずっと動いてて、映像を早送りした時のキュルキュルって音が耳に残っていたが、何を言っているのか分からなかった。

ただ『殺してやる』って言葉はハッキリと聞こえて、何回も何回も繰り返し言われた。

恐怖で全身の血の気が引いたのが分かった。

勢いよく開けたドアを閉めようとするとお年寄りとは思えない強い力でこじ開けられた。

どうにかお婆さんを突き倒して車のドアを閉め、カギも閉める。

一瞬の安堵

ルームミラーを見ると後部座席にお婆さんが笑顔で乗っていた。

ニコニコ笑顔ではない。

ニタニタしてて、怖くて見れたものじゃなかった。

お婆さんの左右には、先ほど叩かれてた双子の姉妹が泣いて乗っている。

いつの間にか息が出来なくなっていた僕は、自分が出せる最大の声と一緒に精一杯の力で車のドアを開けた。

呼吸は荒く、身体は動悸でドクンドクンしてました。

僕は、夢から覚めていました。

なんて怖い夢だったのか。と思いつつも夢で良かったと思いました。

ちょっとお婆さんと顔を合わせづらいなぁ。

そう考えてから1週間。

お婆さんと会う事はありませんでした。

しかし、その翌日。

仕事から帰ると廊下にお婆さんが立っていました。

『最近、見かけなかったんで少し心配しましたよ〜』と声をかけると。

『ちょっとお出かけしてたのよ』とお婆さん。

『温泉巡りですか〜?』と聞くと。

『孫に会いにね』と言う。

僕の脳内ではあの日の夢がフラッシュバックしていた。

僕が『へぇ〜。よかったですね』と言い、そそくさと自宅に向かおうとすると。

すれ違い様、廊下の窓にお婆さんの顔が写ったのが見えた。

『殺してやる』

そう、夢の中で僕に言った後のニタニタした形容しがたいあの笑顔が。

その後、何度かお婆さんに話しかけられたりしたが、目を合わす事はなくすれ違う事が多かった。

それから1年後、僕は一人暮らしする事にした。

決してお婆さんが理由ではない。

あのお婆さんは今も笑顔でいるのだろうか。

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