中編4
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赤秋

 

 背番号10の投手がマウンドに登場した瞬間に4万超の観衆のどよめきが聞こえたような気がした。

お盆の14日の土曜日は、18年ぶりの夢を見たさに釘付けとなった。

「なんでエース温存なわけ。この期に及んで」大きな声を出してしまう。

どちらも優勝候補と囁かれていた両校の対戦は、実質、決勝戦さながらの熱気にあふれていた。

 左バッターが揃った相手チームにはサウスポーをぶつけるセオリーは確かにある。だけどセオリーどおりにいかないのが高校野球なのだ。

新人監督の采配は空振りし、投手は罠にはめられ、ぼこぼこに打たれてしまった。

期待のエースが現れた時には既に取り返しのつかないまでになっていた。いくら屈強な肉体であっても高校生のメンタル経験値は低い。

まだ試合が終わってもいないのにベンチで泣き出す者もいた。試合終了のサイレンが鳴り出したと同時に今年も私の熱くて短い夏が終わってしまった。

もう明日からテレビは絶対に観ないと言いながら、バスンと電源を切った。

 気がつけばテーブルの上や下にビールの空き缶がいくつも転がっていた。どれもこれも握りつぶされひしゃげていた。

18年前の地方大会の時から毎年打ち鳴らしていた、紐のついた黄色いメガホンはところどころ変色し、変形し口をあてる部分は噛みちぎられギザギザになっていた。

私のお守りだったのに。

 激しい喉の渇きと、もっと酔いたい気分になり冷蔵庫を開けてみるが、ビールが一本も残っていないことがわかり、ひどく落胆した。

近くのコンビニに買いに行くことにした。

 八月の陽は長く、沈みそうで沈まない太陽がしぶとく歩道橋の端っこにしがみついていた。

長い影と粘っこい熱い風が私にまとわりついていた。

 帰り道、ふらつきながら歩く私の右脇すれすれを何人もの地元の男子中学生が走りすぎていった。どの子もお揃いのエンジ色のアンダーシャツを汗まみれにしていた。坊主頭の少年達は野球部だとすぐにわかった。

あの試合を観戦したあと、熱中症を避けるためにもこの時間帯に走り込みをしているのだった。

「次は俺たちにまかせろ」と言わんばかりに精悍な顔をしている。疾風を起こし走り去ったあとには、少年特有のあま酸っぱい酢豚のような匂いが残り鼻腔を刺激する。

 歩道橋の中程まで来たときだった。

一人の少年が欄干にもたれかかり、下を見つめている姿が目にとまった。

走っているうちに体調が悪くなり、仲間に追いつけないでいるのだろうと思い、私は酔いのせいもあり、

「ドンマイ。ファイト」と近づき声をかけた。

少年は顔を上げ私に身体を向けた。

左下あごが欠損していた。上あごからむき出しの歯がのぞいていた。頭蓋が陥没していた。血液がしたたり落ちた。

エンジ色だとばかり思っていたシャツ本来の色は白であることもわかった。

夕陽が更にそれをエンジ色だと間違わせた。

本当なら表情さえ作れそうもない顔なのに、なぜか私にはニッコリと笑っているかのように見えた。

 少年は右手の人差し指と親指で自分の下まぶた辺りをつまむと、ちぎれた自らの小さな肉片をじっと見つめ、口に放り込んでしまった。

私は手に下げたビールカートンの入ったレジ袋を思わず落としてしまった。

大きな音をたて、バラバラと缶が転がっていく。

少年はふらふらとロウソクの炎のように体を揺らしながら、ずっと先に行ってしまった野球少年たちのあとを追いかけていった。そして夕陽の中に溶けるようにして消えてしまった。

「タカシなの?いや、ちがう。あんな顔じゃない」

私の頭の中のちっぽけなスクリーンに10年前の夏の映像がハイスピードで映される。

あの日、息子のタカシは黄色いメガホンを肩にかけ応援に出かけていった。

あれだけバイクは危ないからやめろと言ったのに。

戻ってきた息子は寒い霊安室の中にいた。

ぐるぐると幾重にも巻かれた包帯に血が滲んでいた。

これじゃ顔も見れやしない。キスもできないね・・・・・・。

でもあの黄色いメガホンだけは今も私の傍にある。

 「そうか。今日はお盆だったね。あの子の好きだったケチャップどっさりのナポリタンをお供えするね」

よろよろと、転がり散らばったビールを拾い集めた。

「あんたの青春は短かったけど、母さんはこれからもずっと赤秋を生きてやるんだから」

陽の落ちた公園のベンチに腰掛けビールを取り出しプルを引いた。

缶の半分を顔にぶちまけてしまった。

【了】

 

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烏賊サマ師様。はじめまして。
お越しいただきましてありがとうございます。怖ぽち頂き恐縮してます。
烏賊サマ師様は高校野球に携わっておいでなのですね!
私も毎年繰り返されるドラマに胸が熱くなります。
過ぎ去りし自分の青春に重ねる部分もありますね。
今ある命に感謝したくなる時もあります。
自分、年とったなー。とも(笑)
ありがとうございました。

バンビ様。この度もありがとうございました。
私もこの秋の長雨で久しくお日様を浴びていないせいもあり、かなり欝が入ってきました。
人恋しくて仕方ありません。でもこうして皆さんのお顔を思い浮かべながらメールを打っていると幸せ感じます。
ありがとうございました。

虎鳴真矢様。はじめまして。
この度はありがとうございました。評価頂き嬉しかったです。
そうなんですね。お年頃の息子さんがいらっしゃるとのこと。いくら親がダメと言っても聞いてくれない、親として誰もが必ず通る道なのかもしれませんね。心配で胸が張り裂けそうですよね。
もう祈るしかないですよね。バイクに早く飽きてちょうだい。と。
ありがとうございました。

ふたば様。この度もありがとうございました。
そして深いお話に胸がいっぱいになりました。青春時代はきれいごとばかりではないということも・・・。
お友達も悔しかったでしょう。プロで活躍できる人も、ほんの一握りですし、いつクビになるかわからない。
成功したとしても、身を持ち崩す人もいます。残酷で厳しい世界ですね。
でもそれだからこそ、無心に夢を追いかける若者の姿に人は感動するのでしょうね。
ありがとうございました。

珍味様。お越しいただきましてありがとうございました。
そしてありがたいコメント、評価、嬉しいです。とても励みになります。
そうなんです。応援していたチームが負けた途端、からっぽになってしまったのですが、今回オリンピックに助けられました。連日連夜、大興奮の逆転劇で寝不足。お肌ボロボロでしたけどね(笑)
ありがとうございました。

sun様。この度はありがとうございました。
sun様も高校野球がお好きなんですね!嬉しい。
あの純粋さがたまりませんよね。私の毎年欠かせないイベントになりました。
ありがとうございました。

mami様。お越しくださって嬉しいです。
コメント、評価いただき、ありがとうございました。
深く読んで頂き、めちゃくちゃ嬉しくてすごい励みになりました。
そしてmami様の温かい母性を感じました。
ありがとうございました。

はる様。
この度もありがとうございました。俳優の仲代達矢さんは私も好きです。
私も昔「役者」という著書を読んだことがあります。
女優の神崎愛さんのセリフに「赤秋」という言葉があったように記憶しています。
ありがとうございました。

まりか様。
はじめまして。この度はありがとうございました。
雨ばかりの日々に、せつないお気持ちにさせてしまい・・・。まりか様の優しさを感じました。
コメント嬉しいです。ありがとうございました。

あんみつ姫様。
この度もありがとうございました。お彼岸なんですね。昔、親が「おはぎ」を作ってくれたのを思い出しました。年々季節感がなくなってしまうような感じがします。
秋の長雨、あんみつ姫様も体調崩されませんように。ありがとうございました。

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せつないですね
この季節はとくに人恋しくなります
思い出に押しつぶされそうにもなります
恐ろしい描写と優しい思いが交錯する不思議な作品ですね

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こよりさんはじめまして(*^^*)
息子がバイトしてお金貯めて、免許取ってバイク欲しいって言っているので、こんな未来を想像したら怖くて泣きそうになりました(´;ω;`)

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切ない話しですね…
高校野球は私も大好きです!
ひたすらに勝ちにこだわる素直な子ども達をみていると涙がでます。
だから余計に切ない話しでした( ᵒ̴̶̷̥́ _ᵒ̴̶̷̣̥̀ )

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赤秋」本作にぴったりの題名ですね。
「怖い」というより、「切ない淋しさ」を感じさせるお話でした。
ビール 高校野球 ともに夏の風物詩ですが、秋の訪れとともに、それとは別の味わいを感じさせます。今宵は、故人たちを思いつつ、過ごしたいと存じます。秋彼岸に相応しい作品を ありがとうございました。
2016年09月22日 20時05分