長編7
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視えない視界

今回のお話は地元での就職一年目に初めて迎えたバレンタインのお話です。

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バレンタイン当日、私は職場の先輩の黒川さんと外回りの途中お昼時になり、彼女の行きつけの喫茶店でランチを取っていました。

そのお店はケーキやお茶、軽食を出すお店だったのですが、ランチにも力を入れていて日替わりのパスタランチなどで人気がありました。

私はその日がバレンタインという特別な日だということもあって、朝から黒川さんが義理でもいいのでチョコをくれるかどうかそわそわしていました。

しかし、朝から現在に至るまでそのような話は一切されず、かといって私の方から催促をするようなことももちろんできませんでした。

そんなとき、もともと広めのお店だったので大勢のお客さんでにぎわっていたのですが、さらに男女二人ずつの四人組の若いグループが入ってきました。

平日のお昼に私服だったので、歳から見てもおそらく大学生だと思われ、私達の隣のテーブルに着いたそのグループはちょっとうるさいぐらいの大きな声ではしゃぎはじめました。

私も普段であればそんなことには一切気にはしないのですが、私の向かいに座っている黒川さんはなぜかじっとそのグループを見ているような気がしました。

私はその様子を見て何か注目することがあるのかなあと少々気になり、そのグループの話に聞き耳を立てました。

すると、どうも昨晩心霊スポットの探訪をしていたようでその時の感想をお互いに話し合っているようでした。

しかし、心霊スポットとはいえ恐怖の体験をしたというわけではなく、楽しそうに話をしていました。

黒川先輩はいわゆる霊感の強い女性で私も今まで彼女と行動を共にするうちに様々な心霊に関わる体験をしていました。

しかし、その霊感の強いこととは裏腹に彼女はできるだけそのような心霊的な事象にはかかわらないようにする性質だったので、私は不謹慎ながらも、なぜこのようなありきたりな心霊スポット探訪のグループを彼女が気にしているのか興味がありました。

そんなことを考えていると、彼女はおもむろに自分のカバンに手を伸ばし、何かのケースを取り出しました。

何だろうと思っていると彼女はそのケースから眼鏡を取り出し、そのままその眼鏡をかけたのです。

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衝撃の光景でした。

その眼鏡は彼女の知的な雰囲気をさらに引き上げ、スーツ姿に眼鏡という大人な魅力に私は心臓が張り裂けそうなほどの感動を覚えていました。

彼女の目が悪いという話は聞いたことがありませんでしたし、今までも眼鏡をかけている姿は見たことがありませんでした。

私は自分が非常にレアな場面に遭遇していることを認識して、自分の今の立場を放り出してでも彼女の眼鏡姿を携帯で写真に撮っておくかどうかを真剣に考えてしまいました。

そんな動揺している私の想いを見透かしたのか、彼女が話しかけてきました。

「なんだ、朝からそわそわしてると思ってたけど、バレンタインのチョコの事気にしてるんでしょ?」

私が今最大に注視しているのは目の前の眼鏡の事だったのですが、彼女の指摘が外れてはいませんでしたので、混乱しながらもうなずきました。

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「もう、心配しなくてもちゃんと用意してるわよ、本当は私の方が日ごろのお礼ということで欲しいぐらいなんだけど」

笑いながらそう言うと、彼女は喫茶店の店員さんを呼んで、何か話をしました。

店員さんは彼女の話を聞くと店の奥から大きめの紙袋を持ってきました。

「ねえ、みえてるの?」

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彼女はその紙袋の中から、透明なケースに入ったチョコを一つ取り出して机の上に置きました。

「はい、これはあんたの分、このお店で注文してたのよ、結構高いんだぞ」

黒川先輩のオーダーしていたチョコレートはビターっぽい黒いチョコの中に何種類かのナッツが入っている大人な感じのチョコでした。

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「まあ、もちろん義理チョコだけど、せっかくならおいしい奴の方がいいじゃない」

彼女がそういうだけあって、本格的なお菓子を扱うお店のチョコでとてもおいしそうでした。

「ねえねえ、ぼくたちのことみえてるんでしょ?」

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「それにしても中学生じゃあるまいし、こんなチョコぐらいのことで朝からそんなに緊張することないじゃない」

「そ、そんなに、そわそわしてましたか?」

「もう、まるわかりよ、こっちが逆にチョコのこと話しかけづらくなるぐらいだったわよ」

私の反応にからかうような笑みを浮かべながらも、彼女は嬉しそうでした。

「いまさらみえないふりしたってだめだよ、さっきぼくたちのことみてたでしょ!」

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「じゃあ、ホワイトデーには白いものでお返ししないといけませんね」

「え、白いもの?」

彼女の表情が少し驚いたように曇りました。

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「あ、いや、アメとかマシュマロとか、白いものでお返しするんじゃなかったでしたっけ?」

私は何かまずいことを言ってしまったのかと思い、ホワイトデーのお返しのことを確認しました。

「むかつくなあ、みえてるのにみえてないふりして!

もういいや、こいつらころしちゃお」

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「あ、ああ、アメとかね、そうねえ、真珠とかプラチナとかでもいいわよ」

「どうしてチョコのお返しが貴金属になるんですか」

「お返しは倍返しでしょ」

「倍どころか、十倍でも足りませんよ」

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「・・・はんのうがないね。

ほんとうに、こいつらみえていないんだ、じゃあ、いいや」

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黒川先輩といつもの掛け合いをしながら、ランチも食べ終わり、店員さんがセットの飲み物を持ってきました。

チョコの話もしながら時間をかけて食べていたので、気にしていた心霊スポット探訪の若者グループは私達より先にお店から出ていきました。

それを確認してか、黒川先輩は深く息を吐き出しながら疲れたような表情で眼鏡をはずしました。

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「何がいたんですか?」

私はあらためて黒川先輩に尋ねました。

チョコの談笑をしている間、ずっと姿の視えない何かの話しかける声が聞こえていました。

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「あんた、よくわかったわね」

「いや、前触れもなく今まで見たこともない眼鏡をかけたりしたから、多分何かあるのかなあと思って」

黒川先輩は重たそうにもう一度息を吐き出しました。

「多分、さっきの奴らが心霊スポット・・・もしかすると廃寺とか史跡なんかに行ったのかも」

「・・・廃寺ですか?」

「並の妖怪とは比べ物にならない禍々しさ、あれは多分その土地で祀られなくなった神様じゃないかな・・・」

「神・・・ってどんなのが憑いてたんですか?」

「・・・全身白い坊主の子供みたいな奴らだったわ、目と口のところが黒い空洞でね、表情がないから何を考えているのかもわからなかった。

でも、長年放置されてきた強い憤りだけは激しく伝わってきて、あれは私でも全然相手にできないわ」

そこまで聞いて、事情がすべて呑み込めました。

「でもいくらあんたが視えないとはいえ、私に眼鏡のことを追求しないで普通にやり取りをしてくれたから、あれを欺くことができたのよ」

黒川さんは心霊探訪のグループに憑いていたものを眺めていましたが、途中で見てはいけないものだと気付き、見ないようにしようとしましたが、向こうに気づかれてしまい、慌てて視線をわかりにくくする意味でそれ用の眼鏡をかけたようでした。

白い坊主の子供、それで私が白いものという単語を出した時に一瞬驚いたことが理解できました。

「まあ、それでも、みえてるんでしょ、って話しかけられた時は内心ドキドキでしたけどね」

私のその言葉を聞いた黒川先輩は驚愕の表情を見せました。

「え、あんた、あれの声は聞こえてたの?」

黒川さんは私があの白いものの姿も視えていないし、声も聞こえていないと思っていたようでした。

しかし、実際は彼らの声は聞こえていました。

「え、ま、まあ、しつこく視えてるのかって聞いてましたよね」

「そ、それであそこまでしらを切ってたの?」

「は、はい」

私は黒川さんの迫力に押されながらもゆっくりとうなずきました。

それを確認した黒川先輩はレシートをもつとレジの方に向かいました。

「あ、僕の分は自分で払いま・・・」

「今日の分は私に奢らせて。

・・・助かったわ、ありがとね」

振り返りざまにかけられたお礼の言葉の衝撃でさっきもらったチョコ以上に体が固まってしまいました。

しかし、次の言葉はさらに衝撃でした。

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「でも、あんたはこちらがわの世界に馴染みすぎるようになってきてる。

・・・今回は助けられたけど、それは逆にとても危ういことだとも思うわ」

そう呟いた彼女の横顔は無表情で言葉に込められた感情はよく感じ取ることができませんでした。

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帰りに車の中で私は考えていました。

心霊的な世界に慣れてきている、確かに最初のころに比べて、妙に落ち着いて対処できるようにはなったと感じています。

黒川さんに会ったばかりの私なら、おそらくこの後あの白いものが憑いていた四人はどうなるんでしょうという何の意味もない質問をしていたはずでした。

なぜ意味がないかというと、そんなことを聞いても黒川さんが何かできることもないし、やる謂れもありませんでした。

いたずらにこれから凄惨な目に遭うであろう彼らのことを考えることになるだけで、全く無意義で愚かな質問でした。

だから、事務所に戻る途中で、警察車両が交通事故の整理をしていて、中央分離帯に乗り上げて大破している車が先ほど喫茶店で窓から見えた四人組の白いスポーツカーに似ている気がしましたが、深くは考えないことにしました。

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そして、もしあの四人組の交通事故の記事でも目の当たりにしてしまえば、彼らのむごたらしい最期が私の心の中に根付き、穏やかな生活が送れなくなってしまう恐れがありました。

そのため、私はこのとき冷淡なようですが、これからしばらくは新聞もテレビのニュースも見ないようにしよう・・・そう考えていました。

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とても面白かったです。
続きものと気づかずに読みましたが、
単体でも面白かったです。

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