長編44
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蛇の道は蛇…

私の友人シノブは、おねえさんです。

出会った時は、お兄さんでした。

そんなシノブと、今でもたまに思い出しては話す、

昔話をしたいと思います。

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シノブは、スナックのママをしていたお母さんの後を継ぎ、二代目ママとしてお店を切り盛りしています。

私も若い頃、よくお手伝いに行っていました。

ある日、シノブが我が家に遊びに来ました。

父母、ばあちゃんもいて、みんなでシノブを出迎えます。

父が

「お前が来ると、犬がすげー、吠えるな。恐怖してるな。」と言うと、

「パパヤン、私は見た目はすごく良い男だから、

恐怖するわけないじゃないッ!

ココンチのワンコはお利口だから、私が来た事をとても喜んでるのよ。」と言い、

母は、

「シノチャン、オネエでも何でも良いから、

にゃにゃみを嫁に貰ってよ?おばちゃんは、シノチャンみたいな男の子が息子になって欲しいよ?」と言い、

「ママリン、にゃにゃみはね、誰かと慎ましく生きてくタイプの女じゃないわよ。1人で自由に生きてるのが似合ってるし、にゃにゃみらしいわ。楽しそうで、私、そんなにゃにゃみが大好きだわぁ。

ママリンの事、私もとても好きよぉ。もう、ココンチの子だと思ってるから。私、ココンチの息子よぉ?」と笑い、

ばあちゃんは、

「シノブ…、

中身が女だというなら、もう少し静かに話しな。

あんたが喋ると、家に地響きが走るよ。」とたしなめ、

ばあちゃんをとても尊敬してくれてるシノブは、

「ごめんなさい。気をつけます。

ここに来て、みんなと話すと、とても元気が湧くの。」

と、照れくさそうに話します。

みんながそれぞれに、シノブの来訪を歓迎するのですが、

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ドンッ!

激しい音がして扉が開き、そちらを見ると、

妹が立っています。

「何だ、怪物野郎。何しに来たんだ。

とっとと帰れ。」

第一声がこれです。

そんな妹に、シノブは、

「あーらー。相変わらずな化け物っぷりのパー子じゃないの。まだ、帰らないわよ、今来たとこよ。

あんたねぇ、嘘でもいらっしゃいや、こんにちは、くらい言えないと、良い男、捕まえられないわよぉ〜。」とあしらいます。

「うるせ〜、怪物。

あんたは、彼女も彼氏も無理だろうがッ!」と言い返す妹に、

「私は、どっちもいけるわよッ!あんたなんて、生き物として、まずどうよっ!」とうなり返すシノブ…。

妹とシノブは、とても仲が悪いのです。

そんな2人にも、私達は慣れたもので、

「やめなよぉ〜。私、友達は怪物、妹は化け物パー子はやだよ。」と私が言うと、

「俺は、どっちも怖いわァ。」と父は笑い、

「怪物はないでしょう?良い男じゃないの?」と母は妹を

困った顔で見ます。

ばあちゃんに至っては、

「どっちでも良い。」

…。

この様な会話が繰り広げられながら、

みんなでお昼ご飯を食べだしました。

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ご飯を食べながら、父がシノブに、

「店はどうだぁ?」と尋ねました。

シノブは、

「うん、まあまあってとこよ。

女の子も増やしたし、お客さんの集客も上がってるし、

何よりオカンが楽みたいで。

パパヤンに相談して良かったわ。」

と答えました。

シノブが後を継ぐことになった時、

自宅兼店舗を新築し、お店への通勤を無くして、

お母さんを楽させてやりたいと、シノブは父に相談し、

父の知り合いの工務店さんに依頼して、

念願の「オカンの城」を築いたのです。

新築祝い、開店祝い、それに伴う準備やら、参加していた

私や父母も、とても嬉しかった出来事でした。

「でも、最近少し気になることがあるのよ。」と

シノブは言いました。

どうしたのと聞くと、

「オカンが食事を取らない。」と言うのです。

母はそれを聞き、

「どこか具合でも悪いの?」と聞くと、

目立ってそんな様子はないと言います。

咳をしたり、腹痛を訴えることもない…。本当に、どこか患ってる様には見えない。

いつも通りなのに、

シノブのお母さんは食事を全く取らないと言うのです。

そして…、

「飲むには飲むのよ。お茶やらコーヒーやら、お酒も。

でもね…、

何だか、何ていうんだろ。違うのよ。

飲んでる…、感じが、しないのよ…。」

飲み物を口に含んでる、喉に流して飲み込んでるのに、

それがまるで、そんな感じがしないと。

それは、飲んだフリをしている感じとは違い、

シノブは見ていて、

「体に物を入れてる感じがしないのよ…。」

そう、表現しました。

ちょうど、私達は食事中だったのですが、

食べなくなったという事は理解できても、喉を通っている物が、体に入れてる感じがしない、という事が、理解できませんでした。

私と同じく、父や母も、うまく理解できない様で、

父は味噌汁を何度か飲んで自分の喉を触り、

母は、それをまじまじと見ていました。

シノブは、

「ごめんなさいっ!私ったら、お食事中にする様な話じゃなかったわ。」

そう言ってまた、ご飯を口に運んだのですが、

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「シノブ…、あんた、何か拾ったか?」

ばあちゃんが、ポソッと、そう聞くと、

ビクッと肩を震わせました。

「何も、拾わない…。」

そう言ってシノブは、ばあちゃんの方を見ました。

ばあちゃんは、

「拾うというのは、物に限らず、何か厄介は無いのか?」と聞きます。

シノブは、戸惑った顔をしていました。

「シノブ…、話はきちんと…、

困って、聞いて欲しい話なら、尚更きちんとするんだね。

あんたが、物を拾って、そのまま持って帰る様な人間で無い事は、わかってるよ。

『厄介なもの、情、人、拾わなかったか?』

私はそう聞いてるんだよ?」

シノブは、お茶碗を持ったまま、お箸も握ったまま、

顔だけばあちゃんの方を向いて、

次第に顔を青くしていきました。

何も言わないシノブに、ばあちゃんは、

「シノブ…、

何がそんなに、怖いのか?

何も拾ってないと言いながら、

私には、心当たりがある様にしか見えないけどね。

シノブ…、あんた、何を見つけたの?」と聞くのです。

途端、シノブは、持ってたお茶碗もお箸もテーブルの上に

ガチャッ!と音を立てて置き、

ガバッとばあちゃんの方に体ごと向き直し、頭を下げていました。

「…拾った、なのか分からないんだけど、

心当たりは、1つ…。何かと言われたら、これしか無い…。

おばばちゃん、知恵を貸して欲しいの。」

シノブは、絞り出す様な声で、

頭を下げたままそう言いました。

妹は、そんなシノブを涼しい目をして一瞥し、

またテレビに目を戻して、食事していましたが、

私と父母は、びっくりして、

シノブの頭をさげる姿を見ていました。

見かねた母が、

「おばあちゃん、シノチャン、どうなっちゃったの?」

そう聞き、

「シノブ、ちゃんと話せ、意味わからんぞ。」

と父が言い、

「何?何なの?おばさん、どうなってんの?

違うの?シノブなの?」

私は、1人でアワアワしていました。

頭を上げて、ちゃんと話せと言うばあちゃんに、

シノブは、ゆっくり頭を上げて、

お店の開店の時に入ってくれた女の子が1人、事情があって辞めたから、求人を出した…と、話しだしました。

ちょうどその頃、私がヘルプでお店に手伝いに行ったりもしていました。

「1人、面接したんだよね?」

私がそう聞くと、シノブはうなづき、

「本当は、1人で、人数は間に合ったんだけれど…。」

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面接に来てくれた子の採用を決め、その子が初出勤の日、

シノブは少し早めに店に出てきたと言います。

採用した子に、仕事の事を軽く教える為でした。

初めてスナックでバイトすると言ったその子に、せめて灰皿やおしぼりを変えたり、手渡すタイミングなんかを伝えておいてあげようと思ったのだそうです。

扉が閉まっていては、緊張して入りづらいかも知れない、

そう思いシノブは、従業員の出入り口にしてる、勝手口の扉を開けっ放しにして、

待ってる間、お客様側の玄関に、ゴミなど落ちてないか、確認しに行ったのですが、

そこでシノブが目にしたのは、

ベッタリと扉に、張り付く様な状態で、

中を覗き込もうとする、女性の姿でした。

シノブは驚きはしたものの、努めて落ち着いた声で、いつもより男性的な声を出して、

「何か?」と、声をかけたと言います。

まるで、目と顔が、別々に動くかの様に…、

先に目だけがシノブの方を向き、後から追いつく様に顔をシノブの方に向けたその女性は、

「ここは、スナックですか?」と…。

「そうですよ。」

シノブが答えると、その女性は、

「ここで働かせてください。」

そう言って、手に持っていたチラシをシノブに差し出してきました。

シノブがチラシを受け取り、見ると、

前の週に前に出した、シノブの店の求人欄に、赤いペンで、グルグルと丸く囲ってありました。

「面接希望の方ですか?あいにく今回は、1人だけの求人で、もう決まってしまいました。すみません。」

そう伝えたシノブに、その女性は、

「体験入店、だけでも良いんで、させて貰えますか?」と

聞いてきました。

シノブは、即答で、

「良いですよ。ただ、今は、正規採用は無いですよ。」と答えたと言います。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「何で?採用しないのに、体験入店なんて。」

そう聞く私に、シノブは、

「そう言ったら、帰ると思ったのよ。採用されないのに、体験入店なんて、普通はしないわよ。

そうか…。

私は、それもそうだと納得したのですが、シノブは

「それにね、何だか怖かったのよ…。

体験入店も出来ませんって、返すのが何となく怖かったの。次の日も、来そうな気がして…。

だから、それでも今は採用はしないわよって事を、伝えたかったの。

でもね…」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「それでも良いです。1日だけで良いから、働かせてください。正規採用なくても良いので、働かせてください。」

そう言いました。

「もし、経験がおありなら、他のお店を当たってみてはいかがですか?うちでは、正規採用無いんですよ?」

もう一度、シノブはそう言ったのですが、

「ここで、働かせてください。経験はあります。

今日、体験入店させてください。」

女性はそう言ったそうで、

シノブは驚いたと言います。

どうしたものか…。

採用枠は埋まったと伝え、体験入店をさせたところで採用は無いと伝えた上でも、「働きたい」と言う女性…。

でも、このまま返すと、明日も来そう。

ずっと、毎日…、

ベッタリと扉に、さっきみたいにへばり付いて、中を覗き込もうという姿で…。

困ったという気持ちと、女性に対するよく分からない怖さ…。

何となく…、この女性に、長く、ここにいて欲しく無いという気持ち。

女性は、うつむいたまま、シノブの前に立ち、

シノブはどうしたものか、と考え込んでいたその時、

「おはようございます。」

そう声がした方を見ると、新人の女の子が立っていて、

シノブは、ハッとし、

「いやだ、もうそんな時間?」とその子に声をかけました。

あと半時間もすれば、他の子達も出勤しだし、お客様もいらっしゃる…、

もう、仕方が無い!

シノブはそう決断し、

「分かった。ただし、本当に今日だけ。正規採用なしでね。良いかしら?」

女性は、

「良いです。1日、お願いします。」と答え、

シノブは、新人の子とその女性を連れて、店に入りました。

女性には、店にあったワンピースの中から選んで着替えて貰うように指示し、

新人の女の子に、一通りの説明をしていると、着替えた女性がロッカールームから出てきます。

先ほど外で話していた時とは違い、

お化粧も直し、ジーパン姿からワンピースに着替えた女性は、綺麗なお姉さん、と言った感じで、

「経験はある。」と言ったのは、なまじ嘘では無いなと

思い、それでもシノブは、

「体験だし、お客様と話し合わせるくらいで良いから。

気になるようなら、灰皿変えてくれる?」と

言うに留めました。

お店での名前を聞くと、

女の子は「ホノカ」、女性は「ユイコ」と名乗りました。

開店早々に、週末ということもあってかお客様があり、

ママであるシノブは、お客様にホノカちゃんを紹介して回ります。

ユイコさんは、カウンターのお客様にだけ、

今日だけの子なのよ、と紹介しました。

ニッコリ笑い、品よく挨拶し、お客様の話にも上手く乗れていて、

常勤メンバーと2人で接客させてはいたけども、灰皿の交換だけと言わず、トイレに立った際のおしぼりや、飲んでいるお酒を作るなど、問題は無いユイコさん。それは、意識してする新人のそれとは違い、自然と体が動いている、経験者の動きでした。

動きに無駄がない、そんなユイコさんの仕事ぶりを見ている内に、

最初に出会った時の、怖く感じた気持ちはどこかに行き、

お客様と3人で、笑って話をしたりもして、

ユイコさんにも来てもらおうかしら、なんて、

あれだけ採用しないと言ったのに、そう、思ったりもしたと言います。

忙しく時間が過ぎ、閉店となった時、

シノブは、ユイコさんを控室に呼びました。

チーママのヨウコさんが、お給金を計算し、シノブに手渡し、シノブが確認して封筒に入れ、ユイコさんに手渡されます。

「体験、ご苦労様でした。体験、の働きっぷりではなかったから、少し、気持ちを乗せておくわ。」

そう言って、シノブは体験入店時の時給でなく、通常の時給計算で、お給金を渡しました。

ユイコさんは、

「有難うございます。」と言いながら、

手渡されたそのお給金だけをずっと見ています。

両方の口の端だけが、キュッと上がった様な笑みを浮かべ、目は瞬きをすることを忘れてしまってるかの様…。

その時になって、シノブはまた、最初に感じた薄気味悪さを感じたのですが、

「有難うございました。お世話になりました。」と頭を下げて、サッと出て行ったユイコさんを追いかけ、

勝手口から出て、すでに帰り道を歩くユイコさんを追いかけました。

ユイコサン、

呼び止め様とした時、ボソボソ、ユイコさんが呟く声が聞こえてきました。

「やった、やった、やった、やったやった、やった…

オカネ、オカネ、オカネ、オカネ、オカネ、オカネ、オカネ…、

どうしよう、何買おう、何買おう、何買おう、どうしよう、

行かなくちゃ、買いに行かなくちゃ、行かなくちゃ、食べなくちゃ、飲まなくちゃ…」

ボソボソ、ボソボソ、

声をかけそびれ、後ろを付いて歩くシノブにも気づかず、

そう言って…、

歩いていたのが早歩きに…、それが小走りに…、

そして…、ついには走り出し…、

その頃にはもう、怖くて後ろを付いていくこともできなくなったシノブに、

1度も気付くことなく走り去って行きました…。

店に戻ると、

ほとんどの女の子は帰っていて、お給金待ちの女の子が待っていました。

シノブの顔を見て、女の子達は、

「ママ、平気?顔色、すごいよ?」と心配してくれたのですが、シノブは慌ててお給金を渡し、

「寄り道せずに帰りなさいッ!」と送り出し、誰にもユイコさんの先ほどの姿について話さず、

チーママのヨウコさんは流石に、

「ユイコさんと何かありましたか?」と聞いてきましたが、「平気よ。今日だけの子だから。」とだけ言い、ヨウコさんを見送って、自分も家に入りました。

家に戻ると、お母さんが起きていて、

シノブを見るなり、

「何があったの?」と聞いてきました。

店の子達には話さなかったシノブでしたが、

お母さんには、ユイコさんの、出会った時の様子、打って変わった仕事での動き、そして、帰り際の彼女のおかしな言動…、

出会った時に感じた、店に入れたくない、という気持ちに従えばよかったかも、といった話をしました。

「いろんな子がいるわよ。出会わなきゃ、知ることもできないし。

次、来たら、きっぱり断れば良いのよ。

新人の子、明日、褒めてあげなさいよ。今日、お疲れも言えてないんでしょう?」

お母さんはそう言って、気にせず寝なさい。と言い、自室に入っていきました。

シノブも、シャワーを浴び、サッサと布団に入りましたが、耳の中にユイコさんの呟きが…、頭の中には出会った時とオカネを手にした時のユイコさんの顔が浮かび上がり、なかなか眠ることが出来なかったそうです…。

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ばあちゃんは、無表情にその話を聞き、

父は、しかめっ面で口を歪めていました。

私は、出会ったことのないユイコさんを思い浮かべて、

鳥肌が立ち、

母もやはり、言葉をなくしていました。

「何よ、その女。気持ち悪ッ!つーか、その話と怪物のオカンがどう関係あるんだよ?」と

妹がテレビから目を離し、シノブを見て言いました。

妹が話を聞いていた事にも少し驚きましたが、

シノブは、妹に向かって、

「分からないけど。

前の晩、なかなか寝付けなかったから、私、お昼過ぎまで寝てたのよ。起きて、リビングに行ったら、オカンが、

『お店の掃除と、気持ち悪いから塩撒いたわ。』って言うのよ。どこに撒いたのって聞いたら、

『どこってことないわよね、あちこち撒いてきたわ。家の周り、くるっと。』って。

それで、

『そしたらお腹空いて、悪いけど、店の冷蔵庫のイチゴ、食べたわよ?』そう言ったの。」

「その時点では、食べれたんだ。」

そう聞く私に、シノブは、

「私も、オカンがそんな事するの珍しいから、

どんだけ動いたんだって思ってた。

それから少しして、帳簿を店に置きっぱなしだったの思い出して、私、店に降りたのよ。

そしたらね…。』

食べたと言ったイチゴが、

器に盛った状態で、カウンターに置いてあった、

シノブはそう言いました。

「私、オカン、動き回って食べた気でいるだけで、本当は食べちゃいなかったんだわって、そう思って、

帳簿を取って、いちご持って、家に戻ったの。

で、オカンに

食べてないじゃないの、起きっぱなしだったわよって言ったら…」

『食べたわよ?私。いちご、甘かったわよ。

何よ、あんた。私がボケてるとでも言いたいの?』

そう笑いながら、言い返してきたと言いました。

「食べたいちごが、何で置いたままになってるのよ。

かまそうとしてるのオカンでしょ?

本当は、食べる気無くして、忘れて帰って来たんでしょう?」

シノブも言い返しますが、お母さんは確かに食べたと言い、

「しょうもない事言って、担ごうとしないでよ。」と、ムスッとした顔をしたと。

いちごくらいで、これ以上空気が悪くなるのは嫌だと思ったシノブは、

「じゃあ、家に持って上がろうとして、忘れたんだわ。」と思ったのを口にはせずに、それ以上その話はしなかったと言いました。

ところが、その日のお夕飯の時から、

お母さんは食事を取らなくなったというのです。

「何だか、作ったら満足して、食べたくなくなったの。」

そう言って、食べなくなったと。

しかし、毎日3食、きちんと食事は作るというのです。

二人暮らしのシノブとお母さん。

作られる量は、

「軽く、5人前はあるのよ。」

それが、もう、10日ほどになると。

最初はそう気にしていなかったシノブも、

毎食作られる、大量の食事、それを全く口にしないお母さんに見かねて、

「食べなさいよ。」と促すと、

「私、食べてるわよ?」と答えるそうで、

なのに、食べてるところを見た覚えが、ここ最近無いとシノブは言いました。

10日ほど食べてないって、かなり痩せて無い?

そう聞くと、

それよりも…と、

「お腹が出てきたの。」とシノブが言いました。

「元々、オカン、ヒョロヒョロでしょ?

横から見たら、本当、薄っぺらい感じの体型じゃない?

なのに、お腹だけね、ポッコリ、胃の下辺りから出て来たのよ。」

確かに食べてない日が長く続いている事で、痩せてはいるんだけれど、それよりも、お腹が出てきた事の方が、おかしいというのです。

「病気なら、病院に行けば、治す事も出来る。

病院にも、『行かないわよ、悪いとこないのに』って聞かないし。

食べない、飲んでるけど変な感じ、お腹が出てる…。

そう言ってもね、

本人に、その自覚が無いのよ。

『食べてる、飲んでる、お腹なんてこんなの出てるうちには入らないって、変わってないわよ』って言うのよ。」

そう言ってシノブは、

ガクッと下を向いてしまいました。

「たくさん作って、余ったらどうしてるの?」

妹は、まともな口調で質問しました。

シノブは、

「店の突き出しに出したり、どうしようもなかったら捨ててる。」

そう答えました。

「その女、それから来ないのか?」

今度はばあちゃんがシノブに聞きます。

「来ないわ。だけど、どうしても、オカンの事見ると、

ユイコさんの顔が浮かぶのよ。

だって本当に、あの日からオカンはおかしくなったのよ。

直接会ってないにしても、オカンだけが、私の話を聞いて、ユイコさんが変だった事を知ってるの。

私、ここで話すまで、店の子にだってこの話をしてないわ。

オカンだけなのよ。この話を知ってるのは…。」

話を知ってる…、

それだけで、お母さんはおかしくなってしまったのでしょうか?

では、実際、その不気味なユイコさんの姿を見たシノブは、なぜおかしく無いのでしょう。

関連性がよく見えないなと思っていたのですが、

その時また、妹が、

「おい…、その話聞いたからあんたのオカンがおかしくなったなら、聞いた私達もおかしくなる事になるじゃない。

ふざけるなよ、怪物ッ!」と怒り出しました。

その言葉を聞き、父は妹にゲンコツを落とし、

母は「どうして困ってるのに、一緒に考えてあげないのッ!」と叱りつけました。

「うちに来やしないよ。」

ばあちゃんが静かにそう言いました。

来ないって…。

おかしいのって、何か来たからなの?

家族が全員、俯いてたシノブさえも、少し驚いた顔でばあちゃんを見ました。

「なんで?何がいるの?うちに来ないって、どうして分かるの?」

そう聞くと、うちには入れない…、そう言うのです。

ばぁちゃんが、居てくれてるから?

私は何となくそう感じ、

「じゃあ、ばあちゃん、シノブんち、行ってあげようよ。」と言ったのですが、

「私は行かない。」と言うのです。

シノブもきっと、ばあちゃんが悪いものを寄せ付けないようにしているのだと思ったのでしょう。

「おばばちゃん、お願い。

うちに来てくれない?お願いします。」と

言いました。

それでもばあちゃんは、

「行かない。」と言い、

私に、

「あんたが行っておいで?」と言いました。

私?私なの?何で私?

私の家族は、私以外、どこか勘の鋭いところがあるのですが、私に至っては、全くと言っていいほど鈍く、

私が行って、何かがわかるとか、何か出来るとか、とても思えませんでした。

「おばばちゃん…。

いくら何でも、にゃにゃみは…。

だってこの子、変なもの見えたって言ったら、

怖いって逃げてるつもりが、変なものがいる方に走っていくような子よ?全くわかってない子よ?」

ばあちゃんは、フフフっと笑って、

「にゃにゃみのあれは、毎回見てて、笑えてくるよね。」と言います。

毎回…、と言うほど、私はそんな事をやっているのか。

父と母も

「にゃにゃみでは無理よ。おばあちゃん行ってあげてよぉ。」

「そんなお前、よう分からんまま、そっち向いて走っていくような奴、足しにならんだろぉ?」

そう言ったのですが、

とにかく、私に行けと、ばぁちゃんは聞かないのです。

シノブと私は顔を見合わせ、

「どうしたらいいの?私が行くと何とかなるの?」と

聞きました。

「んー、とにかく、まあ、行ってみればいい。

もしかしたら、とんでもないことが起こるかもしれないよ。」

そう言って、座椅子にもたれて、目を閉じてしまいました。ばあちゃんが昼寝をする時の格好です。

何それ?どういう事?と、聞いても、目を開けてくれないどころか、スイー、スイーと寝息を立て始めました。

私とシノブ、そして父と母は、互いに顔を見合わせましたが、

「何だかよく分からないけど、おばさん心配だから見に行ってくるよ。」私はそう言いました。

「何か起こるかもって言ったわよ?あんた、なんか起きても、何がいるかもわからないのに、どうするのよ。

あんたもおかしくなったらどうするの?」

シノブはそう言いましたが、

「だって、私は何か起きても、何かいても、良く分からないわけだし、それにここに帰ってきたら、『何か』は入ってこれないわけでしょ?大丈夫だよ、きっと。」

と私は言いました。

父と母もとにかく、行っておいで。お母さんの様子を見ておいでと。そして、おかしな事があったらすぐ連絡しておいでと言いました。

母は、

「お土産って持って行ったら、とにかく一口でも食べるかも。」と言い、家にあったゼリーの詰め合わせを持っていくようにと準備してくれ、

私がそれを持って玄関に向かおうとした時、

「ねぇ、私も行きたい。」

そう言って妹が立ち上がりました。

「何しにくるのよ。遊びに行くんじゃないのよ?」

そういう私に、

「お姉ちゃんだって、あんまり行く意味わからないまま行くんでしょう?何かとんでもない事があるかもって、ばあちゃん、言ったよね?面白そうじゃない。見てみたい。」

妹はそう言うのです。

「あんたね、おばさんが大変な時に、面白がってるんじゃないわよッ!見るって何を見るのよッ!来なくていいッ!」

私は、怒ってそう言い返しました。

すると妹が、

「いーじゃないッ!付いて行ってもッ!意味わかんないまま、何もわからないお姉ちゃんが行くのと、面白がって私が行くのとどう違うのよッ!どっちも大して変わらないじゃないッ!連れて行ってよッ!」

無茶苦茶な言い分で、怒鳴り返してきました。

それなのに、父が、

「連れて行け。」と言いだし、

シノブに

「こいつが何かやらかしたら、殴って気絶させろ。」と

言います。

父にそう言われたシノブは、

「分かった。パー子も行きましょ。」と答えます。

「ご迷惑にならないようにねっ!分かってるのッ!」

母は、妹にそう言って、

妹は、

ヤッタァーッ!と大きな声をあげました。

何なのよ、もう。ロクでもない事になっちゃうわよ。

面白がって付いてくるだなんてッ!

とんでもない事って、あんたがとんでもない事を大抵引き起こすんじゃないッ!

私はふてくされて、ワァワァと玄関先で話す4人から目を離し、ふと居間に目をやり、飛び上がりそうになりました。

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座椅子で寝ていたはずのばあちゃんが、立ち上がって私を見ていたからです。

「ばあちゃん、寝てなかったの?驚いた。

シノブんとこ、行ってくるよ。」

私がそう言うと、ばあちゃんは、

「蛇の道は蛇…。

うまくいくよ、きっと。

あの子が何をしても、とにかく好きなようにさせるんだ。

いいね?あっ、と思う時まで、目に余っても好きにさせるんだよ。」

そう言うとまた、座椅子に戻って目をつぶってしまいました。

妹の

「早く行こうよッ!」と言う催促の声で、

私は玄関に行き、シノブの家に向かう事となりました。

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シノブの家に着いて、自宅に先に行く事になりました。

とにかく、ばあちゃんは、行ってこい、とだけ言っていたので、

お店に行くのか、シノブのお母さんに会うために行くのか、分からないねと道中話していて、

それならもう、シノブ母にも会って、お店にも入ってみようという事になったのです。

シノブの家は三階建てで、一階がお店、二階、三階は自宅です。

「ただいま。オカン、にゃにゃみとパー子が来たわよ。」

そう言って中に入っていくシノブに続いて、

私と妹もおうちに上がらせてもらいます。

「あらぁ、いらっしゃい。妹ちゃんが来るの、初めてよねぇ。」

そう言って出迎えてくれたシノブ母は、

明らかにげっそりと痩せていて…、

「どうしたの?そのお腹。すっごい出てるじゃない。」

妹は、こんにちはと挨拶する事もなく、

これも明らかにポッコリ出ているお腹を指差してそう言いました。

私は、やめなさいっ!と言いかけ、

ばあちゃんの言った事を思い出します。

『あの子が何をしても、とにかく好きなようにさせるんだ。

いいね?

あっ、と思う時まで、目に余っても好きにさせるんだよ。』

好きなようにさせる…、あっ、と思うまで…。

でも何にあっ、と思うんだろう。

この子といると、常に、あっ!と思って、止めなくちゃと思うんだけども…。

頭の中でそんな事を思っていると、

「いやだ、もう、妹ちゃんまで。シノブも同じような事、言うのよ。

これくらい、年食ったら出てくるのよぉ〜。」

そう笑うシノブ母の様子は、

確かにどこか体を悪くしているようには見えないのです。

笑顔も無理をしてるものにも見えません。

「何だか痩せたんじゃない?疲れてるとか?」

私はそう聞きました。

「食べてる、食べてる。

私は実際より細く見えるのよ。

年とって太るのも嫌だけど、痩せてるのも嫌よぉ〜?」

シノブ母は、自分の体が変わってしまってる事を、

全く気にしていない、と言うより、シノブが言ったように

気づいていない様に見えました。

そうだッ!と思い出し、

「コレ!急に遊びに来たもんだから、お土産選ぶ時間なくて。ウチにあった美味しそうなゼリー、持ってきちゃった。食べて?」

私は、母の持たせてくれたゼリーの詰め合わせを、シノブ母に手渡します。

「何よもう。手ぶらで来なさいよ。気なんか使わないで?でも本当、美味しそうね。ありがとう。」

そう言って受け取る様子にも違和感はなく、

意図して食べない、病気で食べれない様には思えませんでした。

リビングに私達は通され、シノブは私達に、アイスティーとアップルパイを出してくれました。

もちろん、シノブ母の分も用意されています。

私と妹は、頂きますと、頬張ったのですが、

シノブ母はやはり手をつけようとしません。

食べないなぁと思っていると、

シノブ母はアイスティーに手を伸ばします。

さりげなくその素振りを見るのですが、

私には、シノブの言う、体に入れてる感じがしない、という様子がやはりわかりません。

どうしよう…。やっぱり何もわからない。

そう思っていたら、

「ねぇ、おばさん、美味しい?」

妹がそう聞きました。

え?

シノブ母が不思議そうな顔で妹を見た時、

「ねぇ、甘いの?どうなの?苦い?」

そう妹がまた聞くのです。

「喉、通ってるの?味は分かるの?匂いはしてる?」

なぁに?困った笑顔で聞き返すシノブ母に、妹は、

「ねぇ?熱い?冷たい?」

そう聞くのです。

手に持つグラスの中は、

氷が入った、冷たいアイスティー…。

「ねぇ…、」

妹が声をかけても、シノブ母はそのグラスから目を離しません。

ただ、開いているだけの眼…、

何よ。

いつ、そんな表情になったの?

さっきまで、妹の言うことに、笑顔だったり、戸惑ったり、困ったりって、表情があったじゃない…。

シノブも、驚いた顔で、それを見ています。

「ねぇ…、おばさん、何を飲んでるの?」

更に、

「ねぇ…、それ何?」

妹の顔は、人を楽しんで追い詰めてる様な表情で、

目はギラギラして、口は卑しく笑みを浮かべています。

シノブ母は、何も答えなくなり、持ってるものを、目だけ動かし、確認しています。

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「ねぇッ!何を持ってるのッ!?」

突然、苛立った妹の声が響きました。

私とシノブは、ビクッと肩を震わせたのですが、

シノブ母も、その声に、ハッと表情が変わり、

「ごめんごめん、ボーッとしてた。

何だっけ?えっと、あー、これもアイスティーよ?

妹ちゃんと同じものよ?」

そう慌てて答えました。

妹は、そんなシノブ母を横目に見て、

「へえ〜ッ。」と気のない返事を返します。

私はそんな妹の態度に内心ヒヤヒヤしていたのですが、

それよりも、

シノブ母が、首をひねり、自分の頭を拳でポコポコっと軽く叩いているのが気になりました。

シノブは、面食らった顔で、シノブ母のその様子を見ていましたが、

妹がまた、

「ねぇ、おばさん。」とシノブ母に声をかけました。

「なぁに?」

シノブ母は、妹の方を見て、どこか気を使っている様な顔つきで返事をします。

「それ、食べないの?食べなよ?」

妹はそう言って、アップルパイを指差しました。

「食べなよ?美味しいよ?」

シノブ母は、

「そうね、美味しそうね。食べよう。」

そう言ってお皿を手に取り、アップルパイにフォークを当てたのですが…、

そこからピタリと動かなくなってしまいました。

動かなくなる瞬間を見て妹は、

「どうしたの?食べないの?美味しいよ?食べなよ?」

そう言ってまた、さっきのとても意地悪い顔になります。

「何で食べないの?こんなに甘くて美味しいのに?

食べないの?ねぇ?食べなよ?」

シノブ母はまた、アップルパイを目を見開いて見てるだけで、何も言わなくなり…、

妹はそんなシノブ母にゆっくり近づいて行って、

自分のお皿の上のアップルパイを手に取り、大きな口を開けて噛り付きました。

モグモグ、モグモグと咀嚼して、

「食べないの?」と

静かな太い声でシノブ母に聞きました。

シノブ母はまた、ハッとした顔をして、

そのまま立ち上がり、キッチンにお皿を置くと、

「少し部屋に戻ってるわね。」

私達にぎこちない笑顔を向け、そそくさとリビングを出て行きました。

私はただ、驚いて、

声をかける事も、妹の失礼な態度を誤る事もできなかったのですが、

シノブを見ると、シノブはまた、青い顔をして、

「何なの…。今の、何あれ?

オカンなの?あれ。」と言うのです。

一緒に生活してて、あんなの初めて見た。

「何よ、あれ…。」

シノブはそう言って、私を見ました。

私は、

「ごめんね、何かおばさん、しんどくなったんじゃないかな?」と言うと、

シノブは、

「オカン?オカンなの、あれ?」と言うのです。

オカンなのって…。

オカンじゃないの。様子がおかしくても、

あなたのオカンでしょ?

どうしちゃったの?とシノブに聞こうと思った時、

妹がまた、イライラした声で口を開きました。

「ねぇッ!何でこんなに、変な匂いがするの?

怪物ッ!あんた、ちゃんと風呂入ってるのっ?!」

そうシノブに聞くのです。

シノブは、何を言い出すのかといった顔をして、

「入ってるわよ、何よ?変な匂いって、どんな匂いがすんのよ?」

と聞き返しました。

「じゃあ、おばさんじゃないのッ!?臭いよ、この家ッ!

風呂入ってない人間の匂いがしてるじゃないッ!

臭いよねッ!?お姉ちゃん!」

…臭くない。

どちらかと言うと、鉢植えのユリの匂いがして、

良い匂いです。

お部屋だって、ちゃんとお掃除が行き届いているし、

第一、シノブも、シノブ母も潔癖症に近い人だと私は知っています。

「もう、あんた本当に…。

ちょっと、やめて?臭くないわよ。ユリの匂いがするじゃない。シノブもお風呂なんて、ちゃんと入ってるわよ。何言うのよ。」

「じゃ、おばさんだね。」

私が言い終わるか終わらないかの所で、妹はそう言います。

「何言うのよ、もうっ!あんた、本当、やめてよ。

ごめんね、シノブ。失礼な事言ってごめんッ!」

私がそう言ってシノブに謝ったのですが、

シノブはそれどころではない様でした。

頭を抱えて、考え込んでいる顔をしています。

そんなシノブに、妹は立ち上がって近づき、

シノブの羽織っていたパーカーを背中側に引っ張りました。

シノブも私も驚いて、

「何やってんのッ!」と言ったのですが、

妹は素知らぬ顔で、シノブの首元にヌッと近づき、スンスン、スンスン、と音を立てて、シノブの事を嗅いだのです。

まるで、臭いの元を確認する様に鼻を這わせて、あっちこっちと、シノブの体を嗅ぎ回り、

スッと離れたかと思うと、

「バカっぽい女、みたいな匂いしかしないわ。

やっぱり、臭いのお前じゃない。」と、

そう言うのです。

その、妹の、行動に、私は呆気に取られ何も言えず、

シノブも、

「あら、そう…。

それはどうも…。」と、

間の抜けた返事をしたのですが…。

だとしたら、妹のいう匂いって何なのかしらと、シノブは言いました。

「オカンだって、入ってるわよ?あの人、朝と夕方、2回入るのよ?今朝だって、入ってたし。

一緒にいてて、臭いなんて事、無いわよ。

家を臭いと思った事も無いし。」

妹は、そう言うシノブを見て、

「さっきの変な様子だって、

今日まで見た事なかったんでしょ?

それで、おばさんじゃ無いって、何で言い切れんのよ?」

と、言うのです。

そして、

「あんたさぁ…、さっきのおばさん見て、

あんたの知ってるオカンだって、

言えんの?」

とても憎たらしい笑顔で、そうシノブに聞くのです。

私はもう、嫌になってきて、

いつもなら、妹がどんな事言おうが、何でもポンポン言い返すのに、言われっぱなしのシノブにも、

病気でなくても、明らかに体を痛めてるシノブ母への妹の態度も、

だけど、本当におかしな様子だったシノブ母にも、

そして、臭いという匂いがわからない事にも…、

何だかもう、とても嫌になってきて、

「もう、帰ろうよ。やっぱりばあちゃんに来てもらおうよ。」と言いました。

シノブも、何だか、うちに来た時より、訳が分からなくなっていたと言います。

「そうね、また、近い内に

私が、オカンを連れて行くわ。おばばちゃんに、会ってもらうわ。」

シノブもそう言うので、私は立ち上がり、

リビングをフラフラ歩く妹に、

「帰るよ?」と声をかけました。

妹は、こっちに振り向き、

「あー、イライラしたッ!帰ろ〜ッ!」と

とても大きな声で言うので、

私は

「もう、本当にいい加減にしてよ!おばさんに聞こえるじゃ無いッ!感じが悪いッ!やめてっ!」と

声を抑えて妹に怒りました。

すると妹は、

「ハァ?

感じ悪いのは、ここじゃないのッ!

臭いし、おばさん変だしッ!

腹立つわッ!」

と言い、玄関に走って行って、飛び出して行きました。

本当にごめんね。

ひどい事言って、ごめん…。

私が言うと、シノブは、

「良いのよ。あんたじゃないわよ。

それに、私も、変だと思ったもの…。」と言うのです。

何が?と聞くと、

やはり先ほどのシノブ母の状態の事でした。

「それはだって、

自覚してなくても、あんな風に、2回3回あった程度の人に言われたら…。」

私が言うと、

「オカンは、

オカンはそんな、タマじゃない…。」

そう言うのです。

確かにそう、シノブ母…、少々人に突っ込んで来られたくらいで、あんな風にはならない人…。

私はシノブに聞きました。

「ねぇ、さっき、あの子がおばさんに詰め寄った後…、シノブ、

オカンなの?って、私に聞いたよね?

何で、あんな事聞いたの?」

すると、シノブは、

「だって、

だってね、

オカンの顔じゃなかったもの…。」

おばさんだったよ?と聞く私に、シノブは、

「あれはオカンの顔じゃない…。

オカン、あんなにドロドロしてないもの。」と答えます。

ドロドロって何?

また、私が聞くと、

「パー子が、オカンに詰め寄ってた時の、オカンの顔をちゃんと見てた?

何だかとても、くすんだ顔して…。

あれじゃそりゃ、何か食べたりしないわって、そう思ったの…。

オカン…、やばいって…。」

シノブが、涙を流しながら、

そう言いました。

「泣かないで?ちゃんとばあちゃんに相談しよう。

今日の事も話そう?」

そう言って、玄関で話していると、

ガチャッと奥のドアが開き、少しだけ開いたドアから、

シノブ母が

「もう、帰るの?」と聞いてきました。

「うん、また、遊びに来るね?

おばさん、うるさくしてごめんね?それと、あの子が、

失礼でごめんなさい。恥ずかしいからもう、連れてこないね。」

私はそう言いました。

すると、おばさんは、スルリとドアの隙間から出てきて、

「そうしてね。」と言ったのです。

その瞬間…、

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ドカーッ!と玄関の扉を蹴って、

妹がものすごい勢いで入って来ました。

そして、靴も脱がずに家に上がり、シノブ母の前まで行くと、

「おばサァン?

今の、聞いたよ?」と小さい声で言いました。

「そうしてねって、どうして欲しいの?

また来るねって、お姉ちゃん、言ったよね?

私は連れて来ない、とも言ったよね?

そうしてねって、

どうして欲しいノォ〜?」

シノブ母にベッタリ顔をくっつけるくらいの距離まで迫り、妹はそう言いました。

シノブ母は、目を見開いたまま、体を縮まらせ、

また、キョロキョロ、眼球だけ動かしています。

私とシノブはもう、ただ、見てるしかありませんでした。

すると妹が、

スン…、と、

鼻を鳴らすのです。

シノブ母はその音に、敏感に反応して、

ハッと妹の目を見ています…。

スンスン…、スンスン…、

スーーーーッ、長く吸った息を、

妹はハァ〜ッと口から出しました。

そして、

「なぁんだ、やっぱりおばさんじゃない。」

と言うと、

それはそれはもう、

言いようのない怖い笑顔をして、

さらに一歩、シノブ母に近づきました。

「臭いねぇ、ひどい匂いがするよ?

何をしたらこんな匂いがするの?

どうしてこんな匂いがするの?

どうしてこんなに臭いのに気にならないの?

こんなに臭くて、嫌じゃないの?

こんなに臭くても、自分じゃ気づかないの?

ひどい臭いだよ?

これ、人間の油の匂いだよ?酷く汚れた人間からする匂いだよ?

臭くないの?鼻があるのに、嗅げないの?

あー、本当に臭い。

鼻が痛くなるよ。

痛くて痛くて堪らない。

目もクラクラして来るよ。

何でこんなに臭いのに分からないの?

ちゃんと、言ってる事、分かってんの?

臭いって、言ってんだよ?

返事、出来ないの?

臭いか臭くないか、わかるか分かんないかって聞いてんのッ。」

妹は、シノブ母の眼の前で、

臭い臭いと言いながら、

少しも距離を取ろうとはせず、ゆっくりした口調で、

私達には分からない匂いの原因はシノブ母だと、責め続けます。

「何とか言ったらどうなの?

臭いのよ?

普通さあ、人が遊びに来てんのに、臭い体でウロウロとなんて、いくらなんでも、しないよねえ?

なのに何?

さっきの何ィ〜?

そうしてねって、なぁにィ〜?

聞いてるんだから、答えたらどうなの?匂い嗅げなくても、口は聞けるでしょうが?

聞いてんのよ?私がッ!」

シノブ母は、目の前のにいる妹が、だんだん大きな声で責めてくるのを、大きく目を開け見ています。

体を縮まらせ、ギュッと抱きしめ…。

ただ、少し開いた口から、カタカタカタカタ…、と歯のなる音が聞こえていました。

妹はさらに続けます…。

「人をこんなに不愉快にさせて、

それでいて何?そうしてねって…。

どういう意味よ?

どうして欲しいのよ?

また来てねって事?

それとも…、」

バチィンッ!!!!

妹が、平手で壁を叩き、

「私に来るなって、言ってんの?」

体の底から、ゾワッと恐怖するような声で、

妹はそう言いました。

シノブ母は、飛び上がり、ガチガチガチガチ歯を鳴らし、

へたり込んでしまいましたが、

それでも妹から目を離しはしないのです。

壁の方に体を小さく折って、まるで押し付けるような体勢をとりながらも、

妹から目を離しません…。

私は、

まるで、野生の動物の順位付けを見てるみたい…。

そう思っていました。

力の強い者から、逃げる様に、避ける様に、隠れる様にする弱い者。

だけど決して、目は離さない…。

離した途端に、背中から、トドメを刺されるのを防ぐために…。

目だけで、

私はあなたを恐れてる、あなたより弱い、あなたを襲うなんて力はない…、

そう伝えてる…、そんな表情です。

シノブも同じく感じたと言います。

それがますます、

「オカンじゃ無い…。」

そう確信させたと言うのです。

「イライラする。」

また、妹が口を開きました。

「今更そんな目で見ても、ゆるさないから。」

絶対、ゆるさない

妹はそう、呟きました。

そして、

「潰してやるからなっ!!!」

とてつも無い大きい声で、シノブ母の頭の上から、叫びました。

私とシノブは、ちょうどリビングを出てすぐの玄関前に立ち、その左前辺りにいる妹の額に、

3筋ほどの血管が浮き上がっているのが見えました。

目も血走っています。

そんな妹を見て私は、

あれをどうやって止めたらいいのか?

次どうするつもりか…、目に余るとしてもって、

余り過ぎるくらいの事をしてるけど、

あんなのどうやって止めたらいいの?

そう思っていました。

その間、

顔を歪め、怯えながらも妹を見続けるシノブ母は、

足をバタバタバタバタッ!と、座り込んでるとは思えない速さでバタつかせ、

ハーッ!ハーッ!ハーッ!と、荒い息を吐いて、

それが、声にならない悲鳴だと思えるくらい、大きく口を開けています。

シノブが私にギュッと抱きついて来て、

「怖い、怖い、怖い、怖いッ!」

そう言って、でも、ずっと2人を見ていました。

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しばらくすると、

ハーッ!ハーッ!ハーッ!と荒く息だけが出ていた口から、

あーッ!あーッ!あーッ!あーッ!と、

言葉が聞こえてきて…、

そして、ハッハッハッハッと、

荒い息を落ち着かせる様な息使いに変わり、

その頃にはシノブ母は、汗で顔がベタベタになっていて、

フッと汗の臭いがしました。

妹から離す事のなかった目を、キョロキョロっと、動かして、シノブと私の方を見た時、

シノブ母は、

「何なの?これ?」と、言いました…。

妹はまだ、座り込むシノブ母に覆い被さる様な格好で、上から睨みつけています。

「何?私、どうしてた?今。」

そう聞くシノブ母は、さっきのシノブ母とは全く違う人でした…。

「どうしてたって…、パー子に怒鳴られて…、」

シノブがそう言い、シノブ母はその言葉につられて妹を見上げましたが、

「そう、えらい怒鳴られて…、

私、ここでそれ、見てたけど…、」

「怒られてたの、私なの?」

そう聞いてきました。

妹はそれを聞くと、やっとシノブ母から離れて、

「まだ、臭いッ!部屋ッ!つーか家の窓、全部開けてよっ!臭いッ!臭いッ!臭いッ!臭いッ!臭いッ!」

今度は、私たちの方を見て、怒鳴りだしました。

私とシノブ、そしてへたり込んでたシノブ母も立ち上がり、

私達3人は走り回って、窓やらドアやら、開けて回りました。

妹は玄関から離れず、ずっと立ってそれを見ていましたが、しばらくするとリビングに靴のまま入ってきて、

「やっと、臭くなくなった。」と言い、

シノブ母に向かって、

「おばさん、えらい顔してるよ?

風呂、入ってよ。おばさんの汗が臭いよ。」

と言い放ちました。

シノブ母は

「えっ?あー、そうだね、何だかベタベタ気持ち悪いから、お風呂に入るわ。

妹ちゃん、靴、ちゃんと脱いで入ってきてね。」と言い、

いつも通りのシャキシャキした足取りで、お風呂に入っていきました。

私は、

「臭いって、何?

おばさんの汗が、ずっと匂ってたの?」

と、妹に聞きました。

すると妹は、

「違うよ。本当に鈍いんだね、お姉ちゃん。

汗の匂いは確かにいい匂いではないけど、臭かったのは人間の油の匂いだって言ったでしょ。

おばさんの汗が臭いって言ったのは、普通に汗臭いって事だよ。

流せば取れるよ、そんな匂い。」と言うと、

そのままスタスタとソファに座りに行きました。

私は全く意味がわからず、シノブを見たのですが、

シノブも私を見て、

「何か、わからないけど、終わったんじゃないかしら…?

だって、オカン、あんなにパー子に怒鳴られたのに、

『靴、ちゃんと脱いでね?』って言ったわ。

あんなに、怯えて、バタバタしてたのに…。

あれ、いつものオカンよ?」

そう言いました。

言う通り…、あんなに怯えていたのに。

今のシノブ母は、いつものシノブ母です。

私は妹の所に行って、靴を脱ぎなさいと言いました。

すると、妹は、

「私は疲れたの、持って行ってよ?」と言うと、

私に脱いだ靴をポイっと投げてきました。

私はそれを仕方なしに玄関に持って行き、

妹の隣に座りました。

シノブーッ!

お風呂場からシノブ母が呼ぶ声がして、

シノブは

「何ッ!」と慌ててお風呂場に走っていき、

リビングで私は妹と2人っきりになりました。

ねぇ、お姉ちゃん…、

そう声をかける妹の方を見ると、

「私は、何の匂いが臭かったんだろ?」と聞いてきました。

私は、えっ?と言って、

「何のって、さっき、人間の油の匂いって言ったじゃない。」

そういう私に妹は、

「そうだよ。」と答え、

「誰の?」と聞いてきました。

誰のって…。

「おばさんじゃないの?」

そう言う私に、妹は、

「お姉ちゃん、ちゃんと聞いてた?

さっき、おばさんは汗の匂いがしてるから臭いって言ったよね。」

ーー洗い流せば取れるよ、そんなの。

そうだ、確かにそう言った。

「誰のって…、誰なの?じゃあ。」

そう聞く私を、妹はジーッと見て、

「分かんない。分からないのに、とにかく臭かった。

それがどうしようもなく腹が立ったの。」と答えました。

分からない者から出る、人間の油の匂い?

どういう事と聞き返そうかと思った時、

シノブがリビングに戻ってきて、

冷蔵庫から、あれやこれやと出し始めました。

私がどうしたと聞くと、

「お腹すいたって言うのよ。とにかく食べる物作れって。

口の中がカサカサするって。

やっぱり、食べてなかったのよッ!口の中がカサカサに感じるくらい、やっぱり食べてなかったのッ!

とにかくお粥作るわッ!

飲み物とか、適当に出して飲んでよ?」

そう言ってシノブは支度を始めました。

1週間以上は食べてるそぶりがないと言ってた事を思い出した私は、とにかく病院に連れて行った方がいいと言いましたが、

「食べるっていう時に、とにかく何でも良いから少しでも食べさせるわッ!

とにかく、食べさせるッ!」

そう答えたシノブの目には、いっぱい涙が溜まっていました。

きっと、お風呂に呼ばれて行った時、

やせ細った体を見たのだと分かりました。

それは、見た者が、充分ショックを受けるに値する物であろう事も、想像がつきました。

親子であれば、尚の事…。

私は、

「そうだね。とにかく食べなくちゃね。」

と言い、また妹の横に戻り、ソファに座ったのですが、

すぐ立ち上がり、

「私達、帰るよ。明日また、連絡するね。

何かあったら、すぐ来るから、電話して?」

そう言うと、シノブはキッチンから走って来て、

私をギュッと抱きしめました。

私もシノブを抱きしめると、

「ありがとう。ありがとうね。」

シノブはそう言いました。

私はやはり心配だからと、ばあちゃんかかりつけの、往診をしてくれるお医者さんに連絡しておくと言うと、

シノブは私を抱きしめたまま、

「助かる。外に、出たくないと思うの。お医者さんに来てもらえたら、本当に助かる。」

そう言って、ありがとうとまた、言いました。

泣き顔を見られたくないのか、シノブはそれだけ言うと、

私からサッと離れ、またキッチンに戻って行きました。

私は、ソファで居眠りしかけてた妹を起こし、

シノブの家を後にしたのでした。

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車に乗るなり、妹は、居眠りを始め、

私は1人で、さっきまでの事を思い出していました。

明らかに、私ではなく、妹が…、

やり方は無茶苦茶ですが、何かに始末を付けたのです。

何だったのかしら。だいたい、ユイコさんの話、関係あったのかな?たまたま?

いや、でも、ユイコさんの話を聞いた次の日から、食べなくて、おかしく感じたって言ってな。

おかしかったよね、確かに。

あの妹に怯える姿、どう見たって普段のシノブ母なら、あんなに怯えた姿、考えられない。

それよりも、そう、特に違和感を感じたあの言葉…。

妹を、もう連れてこないようにするねと言った私に、

「そうしてね。」と言ったあの言葉。

シノブ母は、あんな事、絶対言わない…。

来て欲しくないって思ったら、自分で本人に言うはず。

それが親しい人でも、子供の友人でも…。

じゃあ、私、あの時、誰と話してたの?

そんな事を考えながら家まで帰り着き、

家に戻った私は、シノブの家であった事を、

父母、そしてばあちゃんに話しました。

そして、結局、私には何もわからなかったと言いました。

どこにユイコさんが絡んでいたのか、さっぱり分からない。

シノブ母が、何であんなに妹を恐れたのか分からない。

誰と会話していたのか、分からない。

妹にだけわかる匂いの意味が分からない。

私はそう言いました。

するとばあちゃんが、

「ガキツキって知ってるか?」と聞いてきました。

ガキツキ?何それ。

「ガキツキってのは、餓鬼に憑かれた人間の事だよ。

餓鬼ってのは、色々いてね。

ユイコってのはおそらく、持っても持っても足りないって質の餓鬼憑きだろうね。元々憑いたのがそれで、後はうまく、他のにもタクシー代わりにされてんだよ。

それを落としていったんだよ、シノブの店に。」

何で?何でそこに落としていったの?

「シノブが隙を見せたからだよ。

言ってたでしょ?このまま、来てもらっても良いとさえ思えたって。」

確かにそう言ってたなと、私はシノブの話を思い出していました。

「隙をついて来るんだよ、あんな奴らは。

その女が店に来たのは、なぜかは分からない。そうさせられてるのか、シノブの店が目に止まったってだけかもしれない。

だけど、隙を見せたもんだから、そこにホロっと落ちたんだよ、1匹…。」

「でもそれなら、シノブに憑くんじゃないの?」

私がそう言うと、ばあちゃんは、

「憑かないね。あの子には、餓鬼に取って、旨味がないもの。まぁ、少し勘が鋭いのもあるんだけど、あの子は、自分が思ってるより、神経質なんだよ。

『異質』であるものに対して、ちゃんと無自覚にも壁を作れるんだよ。

覚えてる?私は最初、あの子になんて聞いた?」

厄介はないか?変なもの、拾わなかったかって…、そう言ったよね。

「そうだよ。ちゃんと思い出してごらん。」

ちゃんと…。

「厄介なものは拾わなかったか…。」

「厄介な、人や、情…、拾わなかったか?」

そうだよ。

ばあちゃんは言いました。

「あの子は、人に弱い。

異質な得体の知れないものに対しては、完璧な壁を作るのに対して、人には弱いんだよ。

あの子は優しい子だから、

異質なものが人であった時、それがボケる。

だから、おかしいと思いながら、女の話を聞いたんだよ。

それは、仕方ない事。あの子の「人」がそうさせる事なんだよ。良いところでもあり、悪いところでもある。

憑かれた女が、人に弱いシノブの前に現れて、少しでも心を緩めたから、そこに、落ちてきたんだよ。」

落ちた餓鬼は、何でおばさんに憑いたの?そう聞くと、

「落ちたは良いけど、

店は掃除されて、何にもない状態になるわけだよ。

さっきまで女に少し気を許してたシノブもピリピリしてるから、

壁を作るでしょ?神経質だから、あちこちに、周りの人間含め、壁を作る。降りたは良いけど、憑く場所がなくて、

店の中に居たんだろう。

そしたら、ひょっこり現れた人間がいた。

それがシノブのオカンだよ。

きっと、掃除をして、食べ物置いたままにしてたんじゃないかな。

そいつは、それを見て、シノブのオカンに憑いたんだよ。

ここに憑けば、食物にありつける…、

そう、思って、憑いたんだよ。

食べてると、シノブ母は言ってたんだろ。

食べてたのは、食べさせられてたんだね。少しだけ、シノブ母に分けて、自分は腹を満たしていったんだよ。

なぜか、分かるだろ?死なせないためよ。死んだら、自分に食物をよこす人間がいなくなるじゃないか。

餓鬼って言うのが、どんなものか知ってる?

まぁ、強欲であったり、人を人とも思わない扱いをしたり、精進する者を邪魔するような事をした者がなるんだよ。

食べたり、飲んだり、出来ない…。

口にした瞬間、火になってしまったり、自分の吐く火の息で燃えカスになってしまうからね。

だから、餓鬼憑きの人間は、

シノブ母のように、食べても身にならない…。

ユイコって女みたいに、手に入れても、満足出来ない…。

ユイコって女が何をして、餓鬼憑きになったのかは分からないけど、そりゃもう、救われないよ。

仕事がまともに出来たのは、そうさせないと、

食えない、飲めない、買えない、手に入らないだろ?

どうしようもないよ、それなりの事を、その女もしたんだろうさ。

あんたは、その女を知らないんだ。

どうしてやる事も出来ないし、してやる事も無いんだよ。」

ばあちゃんは、静かな声でそう話しました…。

「ばあちゃんは、シノブに話聞いて、それ、分かってたの?」

私はそう聞きました。

「そうだろうなぁ〜と思った。だからあんたに行けと言ったんだよ。」と言います…。

でも、私は何も結局、しなかったよ?

そういう私に、ばあちゃんは…、

「あれを連れて行ったろ?」と言いました。

そして、居間の隣にある、妹の部屋を見ました。

「違うよ?あの子は、ばあちゃんが、

『とんでもない事があるかも』

って言うから、来たんじゃない。

ばあちゃんが、うまく仕向けたんでしょ?」

私はそう言ったのですが、

ばあちゃんは、

「…。

それならまぁ、それでも良いよ。」とだけ言いました。

ばあちゃんにはもう1つ、聞きたかった事がありました。

「ねぇ、蛇の道は蛇って…、何の事?」

蛇の道は蛇、きっと上手くいくよと、

そう言ったよね?と。

するとばあちゃんは、

「あんたが今日、見てきた事がそれだよ。

その道にいるから、どうするのかがわかる…。

分かってただろ、あれ(妹)は。

おかしい事に、おかしな様子に、おかしな匂いに、

あんたもシノブも気づかない内に、あれは気づいてたろ?

自分と同じ様なタチの、よく似た他所者が、自分と同じに居て、自分より弱いのに、のさばってるのが相当気に入らなかっただろうね。

得体が知れなくても、あの子の本質はそれを感じ取って、

得体が知れなくても、あの子はそれを許さなかったんだよ。

人でありながら、

自分よりもすごいヤツが来たものだから、あっちは、

驚いたろうねぇ。ひどい怖がり様だったろう?

私が行くよりも、あれが動いた方が、

手っ取り早く済んだんだよ。」

ばあちゃんはそう言って、

「今日はまあ、あれもクタクタだろうね。

似てるとこにいても、本当は住む場所が違うもんと、

グッと近づいたんだから。

あれ(妹)は、自分が分かっちゃいないから、

そんな事、分かってないだろうけどね。

実際、何にあんなに腹が立って、何がそんなに臭かったのかも、分かっちゃいないよ?

それでも、散らしてしまえるんだよ、あの子は。

上手く、付き合っていきな?」

とんでもない事と言うのであれば、

その日1番のとんでもない事は、私にして見れば、

ばあちゃんのその話でした…。

私は、自分の部屋に戻り、ベッドの上に寝転がりました。

あー、本当に、何だったの。

私は、ばあちゃんに踊らされた気がして、疲れがドッと溢れ出て来て、そのまま、眠ってしまいました。

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次の日、朝起きてキッチンに行くと、妹が珍しく早く起きていて、コーヒーを飲んでいました。

父母、ばあちゃんもまだ起きておらず、

私もコーヒーを入れ、妹の前に座りました。

「お腹、空いてない?何か食べたの?」

そう聞くと妹は首を振るので、私は、ベーコンエッグを作り、トーストを一緒に出しました。

しばらく何も言わずに、食べてるだけだったのですが、

「怪物から、連絡なかったんだね?」と妹が聞いてきたので、

「うん、何かあったら連絡するって言ってたから、

何もなかったんだと思う。

お医者さんにも、往診頼んでるから、大丈夫じゃないかな。

後で、連絡入れてみるよ。ばあちゃんに、帰ってきてから聞いた事を、シノブにも聞かせたいし。」

と私が答えると、

ふぅん。と言い、

「おばさん、とにかく良かったね。」と言いました。

私は、妹に、

「昨日…、ありがとう。」と言いました。

すると妹は、

「何が?」

私は、どうであれ、とにかく妹が怒った事で、

おかしなモノがどこかに行ったらしいと、軽く説明をし、

「だから…、

来てくれて、ありがとう。」

と、言いました。

あははははははッ!

突然、大きな声で、妹は笑い出しました。

そして、驚いている私に向かって、

「それなら私もありがとう。」と言います。

そしてまた、笑い出しました。

なぜ私が、ありがとうと言われるのか分からずいると、

「昨日のお姉ちゃん、もう、おかしかったよぉ〜。

おばさん見ては、アワアワして、

私を見てもアワアワして…。

家中、バタバタ走り回って…。

本当に、おもしろかったッ!

最高だったよぉ〜。」

そう言って…、また、

とてつもない意地悪な顔で、

ニャァ〜ッと笑い、

「私がついて行ったのは、

そんな、お姉ちゃんを見るためだったから…。

予想以上だったけどね。

あははははははははっ!

あの時のお姉ちゃんの顔ったらッ!

今、思い出しても笑っちゃうよっ!

本当に、『とんでもなく』おもしろかったよ。」

そう言って、何度も何度も、

あの時どんな顔をした、この時どんな事をしたと、

私の事を、笑っていました…。

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お昼にシノブに連絡し、

無事、少しずつ、おかゆを食べ終わった頃、お医者さんが来てくれ、療養は必要だけど大丈夫と言ってもらえたと聞き、とても安心しました。

私からも、シノブにばあちゃんがした話を聞かせ、

それを聞いたシノブは、シノブ母の体調が戻り次第、

念のためお寺に、ご供養に行ってくると言っていました。

シノブとの電話を切った私…、

私も、一人暮らししているアパートに戻る事にしました。

昨日の事が少し頭をかすめ、

怖いなと思ったりはしましたが、

それよりも私は、妹の側にいる事の方が、

私を笑いたいから、あの場に足を運んだという妹が、とても怖かったのです。

朝、散々私を笑った後、妹は私に、

「お姉ちゃん?

お姉ちゃんの事は、私がずっと見ててあげるよ。

だから、ずっと、訳も分からず、どこにいるのか分からないものに、必死になってアワアワしててね?

お姉ちゃんはきっとずっと、わからないままだよ。

面白いから、そのままいて?

いろんな事に、巻き込まれてね?」

と言い、

分からないなんて、ほんと、かわいそうだねぇ〜。

と言いながら、

部屋に戻って行きました。

妹は、本当に自分がわかってはいなかったのでしょうか?

何が出来るのか、わかっている上で、

人が1番怖く感じたり、気持ち悪く感じたり、不気味に思うようにしたんじゃないかしら。

私は、

これからも、それに惑わされていくのかしら…。

そんな事を考えると、

少しでも良いから、妹と離れて過ごしたい…、

あの子が、私の慌てる顔を見て、ニャァッと笑うあの顔は、とても怖いから…。

私はそう思いながら、実家を後にし、

帰り際に、知り合いのお寺さんで、お説教を頂いて、

今回の出来事に区切りをつけました。

ユイコさんとシノブが出会った事で始まったのですが、

私には、『妹を知るために必然の出来事』だったように思えて仕方のない出来事でした…。

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あんみつ姫さん( ´ ▽ ` )お気になさらず。

ご丁寧に、ありがとう〜。

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すみません。
私のコメントの文章に誤りがありましたね。
訂正いたします。
芥川龍之介を芥田川龍之介と誤って送信してしまいました。
長い間、気づかぬままで申し訳ございませんでした。

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妹さん凄すぎ…破天荒って今までのを読んでてもピッタリな言葉です。お話待ってました( *´艸`)

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