人間は愛しき災厄とともに

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人間は愛しき災厄とともに

今回のお話は就職一年目の二月十四日、バレンタインの午後の出来事だったと思います。

その日、私は職場の黒川先輩と一緒に取引先の高遠さんのところを訪ねました。

もちろん営業の打ち合わせのためでしたが、そこの従業員の絵梨花さんが黒川さんの親友で昨年高遠社長の息子と結婚して最近娘さんが生まれていました。

黒川さんはお昼休みに仕入れたバレンタインのチョコを彼女へ渡すために打ち合わせが終わったあと、事務所二階の住居スペースに行きました。

玄関で出迎えてくれた絵梨花さんはパジャマ姿でした。

以前出産直後に訪問した時もパジャマ姿でしたが、もう出産から三ヶ月が過ぎているので少し違和感がありました。

少々顔色が優れないようでしたので、体調が悪いのかと思い尋ねると、昨晩娘の椎奈ちゃんが一晩中泣き続けていたためにほとんど寝ていないということでした。

まったく泣き止む様子がなかったので何かの病気かと思い、夜中に病院にも連れて行ったらしいのですが、特に悪いところは見つからなかったようです。

そして、今は泣き疲れたのかようやく眠ってくれたと絵梨花さんはつらい表情で力なく話しました。

一晩中の夜泣きをあやしたり、深夜に病院へ連れて行ったり、育児は本当に大変だと感じていました。

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「あら、お客様?」

絵梨花さんにチョコを手渡していると、奥から声がして玄関にもう一人女の人が出てきました。

私は思わず息を呑んでしまいました。

その女性は白いネグリジェを身に着けていました。

理知的な顔立ちと生まれつきなのか色素の薄い肌と髪がその服装と相まって、まるで外国の深窓の令嬢といった雰囲気の女性で、こんな田舎の事務所という空間の中では違和感があるほどでした。

「あっ、お義母さん大丈夫よ、私のお客さんだし、具合も悪いんでしょう」

絵梨花さんがお義母さんと発したその会話に私は驚きました。

「えっ、お義母さん?」

そのとき私は思い出しました。

ここの高遠社長の奥さんで、確か玲さんという名前だったはずです。

私は以前社長と一緒に飲んだときにこの奥さんとのなれそめ話を聞いていました。

確かにとても素敵な女性で社長が話していたとおり、必死でプロポーズしたというのもうなずけました。

絵梨花さんの義理の母親ということは少なくとも四十代と思われましたが、目の前のこの人はどう見ても二十代後半ぐらいにしか見えませんでした。

絵梨花さんも幼く見える童顔の幼児体型でしたが、玲さんの場合はその色の薄さからも激しく活動できないために身体が老化していない、そんな印象さえ受ける外見でした。

「えへへ、お義母さん、若いでしょ、このネグリジェも似合うと思って私が通販で買ったんだよ」

ネグリジェといっても卑猥な感じではなく、むしろ部屋着としてのシンプルなデザインで可愛らしい装いでした。

「ええ、もう、こんな格好、ほんとに恥ずかしいのに」

具合が悪くて休んでいたということで、顔色は悪かったのですが、玲さんの言葉にはどこか周りに対する苛立ちのような気を含んでいました。

「四十代なのにお尻とかも全然垂れてないんですよ」

いつものことでしたが絵梨花さんの軽い口調に玲さんは舌打ちをしました。

「・・・もう、あなたが死んでくれたら、そんな耳障りな言葉も吐かなくなるのかしら」

「えっ、あ、あれ、お義母さん?」

私たちの目の前で彼女は絵梨花さんに対して死という言葉を口にしました。

姑の言葉に絵梨花さんも戸惑っているようでした。

嫁姑関係が悪いのだろうかと感じながらも、私は何か形容のしがたい雰囲気の悪さに気持ちが悪くなってきました。

居心地の悪さにもうここを後にしたいと感じてしまい、黒川先輩の方を見たのですが、彼女も気分が悪くなったのか右手を額に当てて少し苦しそうに眼を閉じていました。

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「ねえ、あんたも気が付いてる?」

彼女は私に対して何かの確認を求めてきました。

彼女が私に対して確かめたいこと、そして伝わってくるこの気持ち悪さ、私はあっと思いました。

この頭の芯から響いてくるような独特の気持ち悪さに私は覚えがありました。

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「・・・来てるわね、なんか良くないものが」

険しい表情でそう言うと彼女は玄関の奥をゆっくりと見やりました。

良くないものという言葉に絵梨花さんも気が付いたようでした。

「えっ、瑞季さん、この家に何がいるんですか?」

黒川さんはじっと奥の暗がりを見つめながら小さく呟きました。

「かなり老齢の男の人・・・たまたまここに現れたようじゃないわね、強い因縁を感じる、たぶんえっちゃんかお義母さんの関係者かしら」

黒川さんが霊感の強い人ということを良く知っている絵梨花さんはすぐに彼女の話を理解しているようでしたが、玲さんの方は彼女が何を言っているのかまるで分からないようでした。

「この人は助けを求めて来ている・・・だれか身内の方で心当たりのいる人はいませんか?」

助けを求めている霊と言われて玲さんも最初は訝しんでいましたが、一応黒川さんの話には合わせてくれました。

「・・・いえ、私の身内や親しい人でそんな助けを求めてくるような故人は心当たりがないわ」

「・・・瑞季さん、私も両親の供養はしてるけど、歳のいった男性というのはちょっと・・・」

絵梨花さんは昔両親を自殺と事故で亡くしていて、以前その両親の因縁に取り込まれそうになったことがありましたが、その時も黒川さんがうまく対処し、事件後絵梨花さんは両親の供養を始めていました。

そんな事情もありましたが、二人とも今ここにきている人物には心当たりがないようでした。

その返答を受けて、黒川さんは目を閉じて、何か他の情報を霊から感じとろうとしているようでした。

「名前を・・・あなたの名前を教えていただけませんか?」

黒川さんは石のように身を固くしていて、かすかにですが体が震えているような気がしました。

そして、黒川さんは抑揚に乏しい声で呟きました。

「よ、し、ざ、と、りょ、う、ご・・・よしざとりょうご、と言っているように聞こえます」

その名前を聞いて玲さんは著しく反応しました。

「えっ、どういうこと・・・その名前は・・・私の父の名前よ・・・」

衝撃を受けながらも懸命に震えた声を絞り出しました。

黒川さんは玲さんに彼女の父親のことを尋ねました。

彼女の話では玲さんの父親は彼女が子供の時に外に女をつくって家を出ていったそうです。

異例の事態を受けて、玲さんはすぐさま自分の母親に連絡を取りました。

すると一ヶ月ほど前に浮気相手の女性から父が亡くなったという連絡があったことを彼女の母親は驚きながらも告白しました。

しかし、もはや何の関係もなかったので玲さんの母親は葬儀にも行かず、彼女にもそのことを告げなかったようでした。

「今からここに来ている彼をいったん追い払います」

厳しい気配が彼女の表情に浮かびました。

私達が見つめる方向とはわずかにずれた場所に瞳を据えて、人差し指と中指を立てながら流れるような動作で空間を切りました。

黒川さんの眉が苦しそうに寄せられました。

霊が視えていても、彼女自身の容貌は他の女性と何も変わりません。

しかし、視えない私達にとっては何もない空間に除霊をしている光景は逆に異質に浮き上がって見えて、目立ちました。

「・・・あ、うん?」

玲さんが突然不思議そうに声をあげました。

同時に黒川さんも動作を止め、目を閉じて重く息を吐き出しました。

「・・・昨日から続いてた気持ち悪さが消えたわ」

どうやらこの場から霊はいなくなり、憑かれていた玲さんの体調不良も消えたようでした。

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しばらくして場の雰囲気が落ち着いたころ、黒川さんは突然大きな声をあげました。

「あ、あの、お義母さん」

急な声に玲さんは驚きながらも黒川さんの方を振り返りました。

「な、なに、かしら?」

「お願いがあります、お父さんの霊を供養してはもらえないでしょうか、今回のお義母さんの不調も椎奈ちゃんの夜泣きもお父さんの霊の仕業です」

「・・・えっ、どういうこと?」

玲さんは訳が分からないという感じで尋ねました。

「あの霊は苦しんでいることを身内の人間に気付いてほしくてここに来ていたようです」

「・・・どうしてここに・・・それに娘の私はともかくとして、椎奈は関係ないじゃない」

「おそらくは浮気相手の女性や玲さんのお母さんのところにも既に行ったはずですが、自分の訴えに気づいてくれなかったので、血の繋がりをたどってここに来たんだと思います」

恐ろしい説明を彼女は続けます。

「どうも椎奈ちゃんは霊を感じやすい体質のようです、そのことをお父さんが気が付いたために狙われたんだと思います、そしてあの霊は再びここに戻ってくるはずです」

「えっ、瑞季さん、追い払ったんじゃないんですか?」

私の問いかけに黒川さんは困ったように私の方を一度振り返りました。

「・・・浮遊霊がついて来たというのならともかく、あの霊はお義母さんに強い因縁があります、少々追い払ったぐらいではすぐにまた戻ってくるでしょう」

瑞季さんの声のトーンが一段下がりました。

「・・・おそらくあなたのお父さんは今回の件で椎奈ちゃんが自分の求めに気づいてくれていると思ったはずです、このままでは椎奈ちゃんの命も危ないんです」

「で、でも、なんで、私が?」

戸惑った視線を向けられて、黒川さんはびくりと身を縮めました。

「・・・身内の方で、当人を想える人でないと、供養することが難しいんです」

黒川さんはすがるような目で玲さんを見つめていました。

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「・・・私はもう昔のことですから、父を恨んでいるということはないですが、私が父を供養すればこの問題が解決するというの?」

「本当に突拍子のないことを言っているのは解っているつもりです、しかし死者の供養はどうしても身内でないと本質的な念がこもらないんです、他人では無理なんです」

黒川さんは必死でした、突然こんな説明をして玲さんの不興は百も承知で彼女の足元に身を投げ出さんばかりの雰囲気でした。

玲さんは数瞬の間、どう判断するか考えているようでしたが、やがて黒川さんの方を見つめて答えを告げました。

「・・・分った、あなたの言う通りにしてみるわ」

玲さんはぎゅっと目を閉じると、ゆっくりと目を開き答えました。

「・・・私も昔、接客業をしていたから、初対面でもその人の人柄はある程度分かるの、それに私の不快感があなたの処置で消えたのも事実だしね」

「・・・ありがとうございます」

黒川さんの顔に安堵の表情が広がっていきました。

そして、玲さんはしばらく考えたのちに難しい表情をしました。

「・・・実はね、吐き気なんかもすごかったから、妊娠したのかもと思ってたのよね」

もごもごと独り言のように呟きました。

「・・・ほほう」

絵梨花さんがすぐさま玲さんの言葉の意味を感じ取ったのか、にやりと笑いました。

「あ、ち、違うのよ、えっちゃんがこんなネグリジェを買ったものだから、あの人が元気になって・・・いや、ちがう、ちがうの!」

耳まで真っ赤にしながら玲さんは壮絶に自爆し続けました。

ひどく狼狽した様子で何とか逃げを打とうとする玲さんを見て、なるほど、いつもはこんな感じなんだと納得してしまいました。

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帰りの車の中で私は黒川先輩に尋ねました。

「それにしても、何だか変な話ですよね、娘の玲さんにしても、ひ孫の椎奈ちゃんにしても、身内の霊が結果的に家族を苦しめるなんて」

ひどくゆっくりと黒川さんは私の言葉に応えました。

「・・・浮かばれない霊は気付いてもらうために血の縁をたどっていくから、巡り巡ってこんなところまで来るのよ」

「・・・でも、愛するべき家族を苦しめちゃ意味ないじゃないですか」

「・・・どうして?」

「えっ、どうしてって?」

そんな風に返されるとは思っていなかったので、私は少し混乱してしまいました。

「奴らからしてみれば愛するべき家族が苦しむことでむしろ喜ぶこともあるのよ・・・今苦しんでいる自分のことを気付いてもらえると思うわけだから」

黒川さんは玲さんの父親ではなく、『奴ら』という表現を使いました。

それは同じような事例がこの世の中で溢れているということを暗に示しているように聞こえました。

「・・・今回は椎奈ちゃんが感じやすい体質だったから狙われたけど、最終的に狙われるのはその家族の中で一番大事にされている人の場合が多いのよ、自慢の息子だとか、最愛の娘だとか」

「??・・・どういうことですか?」

「言ったでしょ、家族が苦しむことで自分のことを気付いてほしいって、身内が一番傷つくのは最も大事な人がおかしくなってしまった時でしょう」

昏い絶望が彼女の表情を染めていくようでした。

「直接関係がなくても、その身内の中で最も愛されている人が獲物にされてしまうのよ」

私は彼女の言葉になんて皮肉なことだと思うと同時に底知れない恐怖を感じてしまいました。

「・・・もしかして、私たちの社会の中の災い事のなかには身内の霊が関わっていることが多いんでしょうか?」

私のその言葉に彼女は浅く息を吐き出しました。

「・・・多いなんてものじゃないわよね、今回みたいな不快な気分、憂うつ感、仕事の不調、病気、事故、自殺への誘導、奴らは気付いてもらうために何でもするからね」

「・・・そんなに多いんだったら、黒川さんはそんな霊に対処する仕事をやったら儲かるんじゃないですか」

黒川さんの表情がいらついた感じになりました。

「・・・今回みたいなケースは本当に稀なケース」

「えっ?」

「死者の魂を弔うということが希薄になってしまったこの社会で・・・霊の存在を信じていない人を説得する言葉を私はもっていない」

そう言われて、私はようやく自分がなんて軽はずみなことを言ったのかを認識しました。

今回の件の様に親友が身内の霊に憑りつかれて苦しんでいるときに供養をお願いしても気がふれているのかとその家族から罵倒されてしまう、そんなリアルな現実が感じ取れてしまいました。

彼女の言葉は今のこの社会の在り様を映し出しているようでした。

凄惨な背景のある心霊スポットを嬉々として訪れる人々、死者の怨念などないかのように行われる命にかかわる虐待・・・

仮に今回のお話をネットでまとめたとしてどれだけの人が現実の出来事として感じることができるのか・・・

浮かばれない霊が自分の苦しみに気づいてもらうためにその最愛の家族を徐々に深い闇に引きずりこんでいく・・・

助かる術はない、仮にそれが視えている人がいたとしても、彼らから救いの言葉が発せられることもなければ、言われても当人は理解ができない、それが生きづらいこの社会の中のリアルなのだと感じてしまいました。

そんな社会の中、彼女はいったいどんなものを背負っているのでしょうか・・

彼女は遭遇する怪異には常に冷然な反応をしていましたが、本当はその災厄に襲われた人々を助けたかったんじゃないか、そんな風に感じてしまうのです・・・

・・・だから、私は隣に座っているこの女性に惹かれているのではないか。

そんな途方もない孤独を抱えてきた彼女を少しでも支えたい、今更ながらに自然とそう感じていました。

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瑞季さん、あなたの視ているこの世界はいったいどんな光景なんですか。

強まる想いとは裏腹に、彼女が私の教育係である一年がもうすぐ終わりを迎えようとしていました。

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shibro様、面白いというコメントが最もうれしい感想の一つです、ありがとうございます。
私のお話で何かshibro様の創作に刺激を与えることができるならそれもまたうれしいことです。

私もこのサイトの作者様には大いに影響を受けてお話を書くことができています。

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面白かったです!
勉強させていただきました!(^◇^)b

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私の最後の晩餐は白米とお揚げの味噌汁です、私もロビン様の作品が読めて嬉しいです。
また、これからも色々とビビット来たお話や姉妹のお話も読みたいですよ
でも、すずちゃんはにげてー!
そもそも、ろびんさましなないでー!
そして、甥っ子にサンタ帽ライチュウを自慢されました。

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確かに僕も死んじゃってもまだ苦しみが残っていたら「助けてよー、苦しいよー、寂しいよー」って、この世で一番愛している姪っ子の鈴ちゃんに憑いちゃうかも!やあ、最後の晩餐はハッピーターンと決めているロビンミッシェルだ。

ラグト先生のお話もまだ読めてないものが幾つかありますので、命ある内に読みに上がりたいと思います…ひひ…

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こげ様、大変なご苦労をされておりますね、心中お察しします。

私も黒川さんじゃありませんが、仕事などでこちらの話を聞く土台がない人に対しては説明をあきらめることが多いです。
それで当初の案のままで失敗してから、あらためてその案ではだめだったことが分かりましたということでもう一度説明をはじめます。

次回も楽しみと言っていただけると一番うれしいです。
これからもよろしくお願いします。

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ラグトさん、新作大変興味深く読ませていただきました。
実際に起こってもおかしくない話でありながら、何とも言えない辛さを思い知らされました。
ただ、瑞季さんの言ってることがすごくわかる気がします。
人命が尽き霊魂となり、その地、家族に未練があればあらゆる事をして気付いてもらいたい、死しても愛されたいと思うんでしょう。
家族、子供、孫に何かしらの危害を加えて喜ぶ… これもその1つだったんですね。
とても深い話でした!
ありがとうございました!

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