中編6
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『現代版・メリーさん』

小学校五年生になったカスミ。塾にも通っていて、帰りが夜遅くになることも増えたので、親から携帯電話を持たされた。

携帯電話が手元に届くと、カスミはすかさず“チャットアプリ”をダウンロードした。既にカスミの周りのクラスメイトは携帯電話を持っている。これで、連絡が取り合える、と思うとカスミは嬉しくなった。

特に親しいエミとは、後日学校でチャットの連絡先を交換。そして早速、その夜からチャットでたわいもないことを夜遅くまでやりとりした。

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夏休みも間近に迫ったある日。カスミが塾から帰宅した時だった。

「カスミ、話がある」

とカスミの父が言った。普段はおちゃらけている印象しかない父が真剣な表情をしているので、カスミは少しの違和感を覚えた。

「何?」

「カスミには申し訳ないが、お父さんの仕事の関係で、ここから引っ越すことになった」

始めカスミは、父が何を言っているのかよくわからなかった。ややすると、その言葉の意味がわかり、瞬時にカスミの頭には「転校」という言葉が思い浮かぶ。

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「え、じゃあ転校するの?」とカスミは恐る恐る父に尋ねた。父はとても申し訳なさそうな表情をして、ゆっくりと頷く。カスミは、ショックのあまりに言葉を失った。そして、泣き崩れた。

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クラスの皆は、盛大にカスミを送り出してくれた。写真が詰まった手作りのアルバム、花束、手紙などのプレゼントも用意してくれて、カスミ一人では持ちきれない程の量だった。

だが、今は携帯電話がある。いつでも連絡できるし、その気になればまた会える、とカスミはそう思ったら、悲しみが少し和らぐ。それでも、人一倍泣いていたのは、エミだった。

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夏休みに入ると、カスミは家族皆での海外旅行で家をしばらく空けていた。そして、一週間が経つと、肌をこんがり焼いてマンションに帰宅。カスミの母が、たくさんの土産をリビングに降ろすと、流れ作業のように留守番電話のボタンを押した。

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「お久しぶりです。○○小学校で担任をしてました。ササキと申します」

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 カスミは久しぶりのササキ先生の声にすぐに反応した。手荷物を自分の部屋に置くと、すぐに電話の元へ駆け寄った。だが、一体先生が私に何の用なんだろう、と不思議にも思った。

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「誠に残念なことなのですが…同じクラスメイトだったオオシマエミちゃんが、昨日…死にました」

えっ。カスミ、母、父、と皆同時に声を出して驚いた。

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「警察の方から聞いた情報だと、マンションの屋上から飛び降りた自殺だ、と言っていました。特に遺書のようなものはないので、断定はできませんが…。○○日にお葬式が開かれるとのことなので、来られるようならばまた連絡ください。では、これで失礼いたします」

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留守電が切れると、プープーと電話の不通音がリビングに鳴り響く。三人共にショッキングな出来事に言葉を発せない。

カスミは、今まで電源を切っていた携帯電話をポケットから取り出し、電源を入れる。すると、チャットアプリに何十件のメッセージが受信された。そのほとんどが“エミ”からだった。

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「ずっと黙っていたんだけどわたしいじめられてたの」

「カスミちゃんがいなくなって、よりいっそういじめがひどくなった」

「あなたがいないからよけいにたえられない」

「夏休みに会う約束まもれそうにないや」

「ごめんね、さよなら」

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それは、明らかにエミが自殺するまでの記録だった。カスミはふとした瞬間に愕然として膝から崩れた。私が、私がこの時に旅行してなければ、エミを助けられたかもしれない…。その事実に気づいてしまうと、一気にカスミには罪悪感が芽生える。途端に、絶叫を上げてカスミは泣き始めた。

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カスミは葬式に行けなかった。いじめていた人が誰かはわからないけど、来ているかもしれない場にとても行く気になれない。もう忘れよう、エミのことは忘れてしまおう。そうでもしないと、カスミはいつまでも悲しみに引きずられ普通に暮らせない。

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エミに貰った手紙をこれが最後だ、と思い、もう一度読み直した。すると、カスミは、見過ごしていた文章を見つける。それは「〇月〇日に遊びに行くね!」と手紙の最後に書かれていた。その日は明日だった。

それが余計に悔しく感じ、カスミはまたそこで号泣する。もうエミには一生会えない。これが「死」なんだ、とまだ幼いカスミには残酷過ぎる現実が突きつけられた。

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翌日。両親ともに夜から出かけて行った。久しぶりのデートをさせてくれ、とのことだった。カスミも、一人で留守番することぐらい何も苦ではないし、むしろのびのびできるので、喜んで二人を見送った。

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テレビを見ながら寛いでいた。すると、携帯電話から呼び出し音が鳴る。

shake

誰からだろうと、携帯電話の画面を覗く。チャットアプリにメッセージが届いていた。送り主は「エミ」だった。

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誰かのいたずらかと思ったが、メッセージには「○○駅にいるよ」と書かれていた。それは、カスミの家から徒歩十五分程度で着く、最寄り駅だった。間もなくして、動画も送られてきた。カスミは恐る恐る再生する。

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「カスミちゃーん今から行くねー」

shake

頭の右半分が陥没し血塗れのエミの顔面がドアップに映し出される。「きゃっ」と悲鳴を上げるカスミ。誰が見てもそれはこの世の者ではなかった。

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パニックパニックパニック。カスミはどうしていいかわからなかったが、とにかく母に電話した。だが、繋がらない。父にも電話したが同様だった。

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どうしようどうしよう、と悩んでるとき、携帯電話が鳴った。

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「今、○○マンションの前に着いたよー」

妙に陽気な文章が恐怖を際立たせる。動画は送られてこなかったが、エミのアカウント画像があの血塗れのエミの顔になっていた。これは、冗談ではない。身の危険を悟ったカスミは、すぐに玄関に向かう。

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カスミが住んでいるマンションはオートロックで、扉についている鍵も四つある。カスミはその全てをロックした。物理的には、この扉を開けない限り誰も入ってこれない。そして、カスミは怖さを紛らわせようとテレビをバラエティ番組にして、心を落ち着かせようとした。

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携帯電話が鳴る。

shake

「今エレベーターだよー」

 えっ。オートロックが突破されている。

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カスミは焦った。咄嗟にリビングにあるソファーを玄関に向けて押し始めた。やっとの思いで扉まで届くと、縦に起こして扉に立て掛ける。ひ弱なカスミでも、恐怖のあまり防衛本能がこうさせたのだ。

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チャイムが鳴った。

shake

カスミはゴクリ、と音を立てて唾を飲み込んだ。恐る恐る外を映すモニターのボタンを押した。

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エミの顔が前面に映し出される。真っ赤に染まり、片目を失っている崩壊したミカの顔面がにやっと笑っている。カスミは尻もちをついて驚いた。

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「ねえー約束通り遊びにきたのにー出てよー遊ぼうよー」

 エミの声ではなかった。擦れた低い声だ。

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「ねえーねえーねえーなんでー親友でしょーあけてよーあけてーあけてー」

インターフォンから永遠とエミの声が流れ続ける。

「帰って! あなたはもう死んだの!」

必死にカスミはエミに訴えた。そしてその場に泣き崩れる。

すると、エミの声が聞こえなくなり、モニターにも誰も映っていない。カスミは、ひとまずホッとした。カスミは、多分エミも寂しいんだ、と思い、エミに同情した。だが、いくらなんでも霊のエミを相手にはできない。

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携帯電話が鳴る。

shake

肩を上下に振動させて驚いたカスミは、恐る恐る画面を見る。母からの着信だった。慌てて電話に出て「もしもしお母さん? 今どこ?」と興奮ぎみにカスミは言った。しかし、何も反応がない。

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えっと思い画面を見ると、そこには血塗れのエミのアカウント画像が映っていて、その下には「エミ」と記されている。そして、携帯電話からエミの低い低い声でこう聞こえた。

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「あなたの後ろにいるの」

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目を開けるとそこにはエミの両親が心配そうな表情を浮かべている。

「よかった意識を取り戻したのね」

「一時は危なかったんだぞ」

二人は各々で声を上げて喜びの涙を流している。

なんでエミちゃんの親がいるの?

「何て馬鹿なことをしたんだ! 父さんに相談してくれればよかったのに」

「まあ確かに最近の私たち喧嘩ばかりで、離婚するところまでいってたからこの子に気をつかわせちゃったみたいね」

「ああ、そうだな悪かったよエミ」

私はカスミ。カスミだってば。

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奇跡的に一命を取り留めた“エミ”の両足はなくなっていた。両腕も上手く機能しない。

いじめ、両親の離婚、その現実を受け止められないエミは、小さい頃から大事に大事に可愛がった人形カスミに移り変わったのだ。命を投げ出した時に、その記憶が現実になってしまった…。

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その後、エミに正しい人格が戻ったかどうかは未だにわかっていない。

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