長編9
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心霊相談のできる喫茶店

「はい、一日遅れだけどバレンタインのチョコ、も、もちろん義理よ、売れ残りで安くなったのを買っただけなんだから」

その日はバレンタインの翌日だったのですが、私は知り合いの藍さんという女性から夕食に誘われました。

以前、私がお寿司を奢ったことがあり、そのお返しということでした。

とはいえ、藍さんは両親の作った借金を返済中でお金がないことは知っていたので、高いお店ではなく、以前から気になっていた喫茶店を希望しました。

なぜ、気になっていたかというと、知り合いからそのお店のマスターは幽霊の除霊ができるということで近所のちょっとした有名人という話を聞いていたからでした。

夕方、藍さんとそのお店に私の車で行き、いざ入店してみると意外なことに私より少し年上と思われる二十代半ばの若いマスターと見た目がさわやかな印象の可愛い店員さんがいました。

除霊のできるということから勝手にある程度年配のマスターを想像していたのでいささか驚きました。

私達二人はカウンターに座って、さっそくマスターに気になっている心霊にまつわる心配事を相談しようと思っていたのですが、いきなり藍さんから不意打ちのチョコをもらってしまいました。

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「店長、リアルツンデレですよ、私初めて見ました」

大学生のアルバイトと思われる店員の女の子がマスターにぼそぼそ話しています。

おそらく私の隣にいる藍さんとは同じぐらいの年齢の印象でしたが、その学生特有の雰囲気は既に高卒で会社勤めをしている藍さんとは別の人種のようにも思えました。

こんな風に自分のお店でかわいい店員さんとゆったりと過ごせるというのは羨ましいなあとこちらもぼそぼそと話していました。

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「何言ってるのよ、自営業なんだから顧客管理したり、お客さんの愚痴聞いたり、従業員の管理したりと大変よ、毎月お給料が振り込まれる勤め人の方が私は気が楽だわ」

藍さんが私の話に夢も希望もない受け答えをします。

「ええ、もう本当に従業員には手を焼きますよ」

聞こえていたのかマスターが笑いながら答えました、というかそこ一番の苦労どころなの、こんなかわいくて利発そうな店員さんなのにと思ってしまいました。

そして、私は本来の目的の心霊相談をしようと思ったのですが、いきなり心霊の相談事を切り出すのも悪いと思い、私は取り敢えず何か注文しようとメニューを開きました。

するとその中に一つ手書きで書かれたものを見つけました。

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『気まぐれ沙希ちゃんのおまかせパスタ・・・600円』

私は非常に気になったので、マスターに尋ねてみました。

しかし、その質問を聞いて店員の女の子が代わりに答え始めました。

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「これはですねえ、私がその日の気分で冷蔵庫の中身と相談して作る日替わりパスタですよ」

ああ、なるほどこの店員さんが『沙希ちゃん』なんだと納得しながら、同時にこれは地雷メニューなんじゃないかと訝しい思いが出てきました。

しかし、私の思いを代弁するかのように藍さんが声をあげました。

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「ちょっとお、マスターみたいなプロが調理するパスタならわかるけど、あんたみたいな素人の料理になんで600円も払わないといけないのよ」

私が以前奢ったお寿司はたしかその十倍以上の値段でしたが、自分がお金を払うときはその値段がいたく気になるようでした。

「私ならおんなじ有り合わせで作っても、三分の一以下の材料費で作れるわよ」

藍さんは自炊でよくパスタを作っているようなので、どうにも納得がいかないようでした。

「言いましたね、店長、うちの店が侮辱されてますよ!」

「大丈夫だ倉科、主にお前ひとりが非難されてる」

「あ、あれえ、わ、わかりました、そんなに言うなら・・・」

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マスターが倉科と呼んだ女の子は力を込めて藍さんに挑もうとしていました。

「あなたがパスタを作ってみるですよ!」

あれ、聞き間違いかな、こういう場合って倉科さんがパスタを作る場面じゃないのかなと思いながら状況を整理しようと努めました。

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「いいわよ、お金はないけど、売られた喧嘩は買う主義よ!」

お金に関係なくできれば買わないでほしいと思うのですが、藍さんの性格からもう何を言っても無駄なのかなあと早々に諦めました。

マスターの方を見ると私と同様に頭を抱えて諦めているようでした。

なるほど従業員の管理って大変だと思いました。

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藍さんはカウンター裏の調理スペースに入りました。

「もう、せっかくだからみんなの分四人前作らせてもらいますね」

藍さんはエプロンを着けて、最初にパスタを茹でるお湯を鍋で沸かし始めました。

そして、お店の冷蔵庫を覗きこみます。

「えっと、ベーコンと・・・あっキノコもある、じゃあシイタケとエリンギを使わせてもらいますね」

適当に四人分で大体八百円になるような食材を選びました。

「ベーコンとキノコを食べやすい大きさに切って・・・」

慣れた包丁さばきで具材を切っていきます。

沸騰したお湯に四人分のパスタを入れて、すぐにベーコンとキノコを炒め始めました。

早茹でのパスタだったので、三分ほどで茹で上がり麺をザルに取りました。

よくお湯を切ったあと、程なくして麺を具材と合わせました。

「このままちょっと香ばしく色目が付くぐらいに炒めて、細粒の岩塩で味付けしてできあがりです」

本当に十分ほどでパスタが出来上がってしまいました。

それにしても実に単純な調理で、隠し味だとか特別な手順は何もなく、心配になってきました。

「はい、じゃあ、食べてみてよ」

藍さんは四人分のパスタをそれぞれお皿に盛りつけました。

「ふふん、こんなぱぱっと作って、馬鹿にしてるんですか、言っときますけど、勝負は私がおいしいって言わなかったらあなたの負けですからね」

ということは、倉科さんがわざとまずいと言ってしまえば良いわけで、どんな料理を作っても最初から藍さんの勝ちはなかったことになります。

「えっ、な、なにそれ、卑怯じゃない!」

「わはは、この世の中はルールを作るものが勝つようにできてるんですよ、いい社会勉強になりましたね!」

そう言い放つと、倉科さんは藍さんのパスタを一口ぱくつきました。

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「うんま、これ、うんま!」

口の中をもぐもぐさせながら、倉科さんは絶叫しました。

と同時にしまったという表情をしましたが、フォークが止まらないのか黙々と食べ続けました。

そして、私達が呆気に取られて見つめているなか食べ終わるとフォークを皿の上にゆっくりと置きました。

「ふう、『おいしい』という言葉が出なかったから、私の勝ちですね!」

その瞬間、倉科さんの頭の上にマスターの重そうなげんこつが落ちてきました。

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「もうほんとすみません、逆にどこまで恥を重ねることができるのか見守っていましたが、あれで限界でした」

「いえ、よく耐えられたなあと」

私達の脇では倉科さんが頭を抱えてうずくまっています。

「もちろん、今回のお代は結構ですので」

「いえ、そういうわけにはいきません、ちゃんとお支払いします」

藍さんは本当に律儀でした。

件のパスタはといえば、倉科さんが店長の天誅を食らった後、私も食べてみましたがシンプルな食材と調理法なのにまるで熟練の中華料理屋の親父さんが作ったチャーハンのような病みつきになる磨き上げられた美味しさでした。

おそらく、私が同じ材料と調理法で作っても、ここまで夢中になるような味には絶対に仕上げられないと感じました。

「・・・じゃあ、材料代だけ、二人分で四百円だけいただけますか」

マスターが優しく提案し、そのあとお詫びにと紅茶を入れてくれました。

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そして、ようやく私は本来の目的の心霊相談を始めました。

最初、マスターは心霊相談については店員の倉科さんが勝手に広めたものだからと謙遜していましたが、少しでも判断の一助になるのでしたらと聞いてくれることになりました。

私は自分の職場の教育係である先輩がかなり霊感の強い女性であること、その彼女とは『視える部分』も含めて最近ようやく打ち解けてきたのだが、彼女の方が私と心安くなることに懸念を持っているようだということなどをこれまでのエピソードを交えながら話しました。

一通り話を聞いた後、マスターは口を開きました。

「お話を聞く限りでは確かにその彼女はあなたの教育期間が終わることを機に一定の距離を置こうとしているのかもしれませんね」

やはりそうなんだと私はがっかりしましたが、その理由の詳しいところは理解ができませんでした。

「もちろん、今まで彼女が視えてしまうことであなたにも危害が及びそうなこともあったわけですよね」

マスターの問いかけに私は頷きました。

「しかし、あくまで私の勘ですが、その彼女には気心が知れるようになることで逆に距離を置きたくなる明確な理由があるような気がしますね」

それは私も感じていたことでした。

彼女の心霊的な部分の背景にはまだ何か私を含めた近しい人に隠している要素があるような気がしていました。

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そのとき、私達の話を聞いていた倉科さんが口を開きました。

「その彼女さんは心霊事件にもっとかかわりたいんじゃないですか?」

最初、何を言ったのかよくわからなかったのですが、倉科さんの言葉を頭の中で反芻してみました。

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『彼女はもっと心霊事件にかかわりたい』

その言葉の意味を理解すると、はっとさせられる一言でした。

今まで彼女は心霊的な事件にはなるべくかかわりたくないようなそぶりを見せていましたが、本当はもっと親身になって解決したいと考えている・・・

あり得る推測でした。

だから遠回しに私達を遠ざけようとしているのでしょうか。

「仮にそうだとしても、その人には命を助けてもらったこともあるし、私は別に構いませんよ」

藍さんが倉科さんの言葉を受けて答えました。

「あなたが良くても、自分のせいで災厄が降りかかることが辛いんですよ、わかってませんね」

倉科さんが容赦ない言葉を藍さんに浴びせかけました。

正論だったので悔しそうな表情をしながらも藍さんは黙りました。

「ま、まあ、私もそれほど霊感が強いわけではないのに、心霊事件には突っ込んでいきがちですから人のことは言えないのですが・・・」

マスターが場の空気をほぐすように優しく語り始めました。

「とにかくその人との関係を今後どうしたいのか、よく考えることだと思います」

「店長、それ、普通すぎません?」

倉科さんが呆れたように店長の助言に割り行ってきました。

「そんなことないですよ、あなたの出した答えが何であれ、これ以上は考えられないというぐらい考え抜いた答えというものは、それがたとえどんな結果を招いたとしても案外納得するものだと思います」

マスターは続けました。

「逆に深く考えることなく、流れに任せるままに行ってしまった方が後で後悔すると思いますよ」

私と藍さんはマスターの言葉に深く頷きました。

結局、私達次第ということのようでした。

そのあともマスターは私達の遭遇した心霊事件やマスター自身のかかわった事件も交えながら楽しく話をすることができました。

そして、時が経つのも忘れるほど有意義な時間を過ごし、気が付けば閉店間近の時間に差し掛かっていました。

名残惜しかったですが、私達はお礼を言い、帰り支度をしました。

またすぐに来たいけど、ちょっと無理をして遠出してきたので、頻繁には無理かなあと考えながら、出口に歩いていきました。

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「・・・その人が視る世界は、どんな世界なんでしょうね」

不意に透き通るような声が後ろから聞こえた気がして、私は思わず振り返りました。

他に誰かいたのかと見まわしましたが、マスターと倉科さん以外は誰もいません。

二人はと言えば、パスタのメニュー名を『沙希ちゃんのベーコンキノコパスタ』に変えようとしている彼女に『沙希ちゃんの』じゃないだろ、とやりあっています。

まさかね、と思いながらも私はもう一度深くお辞儀をして店を後にしました。

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ろっこめ様、こちらの作品も読んでいただきありがとうございます。

私も基本的には他作品のオマージュは許可が下りた時かそういう企画の時のみですね。
この作品もフレール様が、ラグトさんの脳内妄想書き込まれるのまってますと言っていただいたので書き上げることができました。

とはいえ、ろっこめ様の言う通り、そのキャラの感じ方はそれぞれで、私の書いた展開にその作者様が不快感をいだくことも当然あり得ると思います。
そんなロシアンルーレットのような緊張感の中でもフレール様の素晴らしいキャラクターを書かせていただいたことは本当に有意義なことでした。

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ラグト先生、今月の「グッドコラボ賞」おめでとう御座います!…ひひ…

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