中編5
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隣人の狂気

寒いこの時季に食べる鍋は最高に美味い。

鍋料理は手軽に作れるということもあり、ここ1週間、毎日のように味を変えつつ鍋料理を食べている。

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自分の住むアパートは家賃3万円台のボロアパートで、2階建て全8部屋のこの物件には空き部屋も少なくない。

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1階に住む老夫婦と、2階の両角部屋にKさん(40代くらいか?)と私がそれぞれ住んでいる。

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今日の夕飯はKさんを招いての鍋だ。

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鍋を囲むには、ひとりよりもふたりのほうがいい。

先日、Kさんに迷惑をかけてしまったので、今日はそのお詫びも兼ねて。

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実は先週、夜中に女を連れ込んで羽目を外しすぎた。

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恥ずかしいことに、女を自宅に連れ込むのは久しぶりのことで自分も興奮してしまい、ついつい夜中ということも忘れ、はしゃぎすぎた。

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その女も声でかいんだ、わざとかっていうくらい。

あまりにも声が大きすぎたのか、玄関ドア越しにKさんにぶち切れられた。

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このKさん、年中作業着を着た肉体労働系の人で、体つきもよく背も高くて、とにかく見た目が恐い。

その時はただただ平謝りしまくった。

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Kさんとは普段、顔を合わせれば挨拶する程度で1階に住む老夫婦と同様に特別仲が良いわけでもない。

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それでも今まで2~3回くらいはKさんの部屋で酒を飲んだこともあった。

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自分の部屋にKさんを招くのは今回が初めてで、食事し始めて間もなくはお互いの間に妙な緊張感があった。

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それでも鍋をつつきながら程好く酔いもまわってきたころには、最初の緊張感もほぐれてきた。

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それを見計らって先日の件をあらためて謝罪した。

Kさんは上機嫌らしく「女遊びもいいけどよ、次からはホテルにでも行ってくんなぁ。」と、もうそれほど怒ってはいないようだ。

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「それにしてもこの鍋、美味ぇなぁ。よく煮込んであって肉もたくさん入ってんしよぉ。」

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「あっ、そのツミレとか自分で仕込んだやつなんですよ。むね肉と鳥のひき肉と混ぜて、種取った梅肉も一緒に練り混んでて。」

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そんななんでもない会話をしつつ、鍋もそろそろ締めの雑炊に差し掛かった頃、Kさんがこんな話をし始めた。

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「最近この近所で惨殺死体の事件あったろ?にいちゃん、あれの犯人しってるか?」

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Kさんがニヤリと不気味な笑みを浮かべ話し始めた。

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最近この近所の河原で若い女性の頭部、両手足のバラバラ死体が発見された。

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手足は胴体から手首、足首の先だけが切断されていて胴体の部分は未だに発見されていない。

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新聞やTVのニュースでも連日この事件について取り上げられている。

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「あの事件だけどな、胴体見つかってないだろ?なんで犯人は胴体も棄てなかったと思う?」

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「たしかに、頭部と手足だけを棄てるというのは謎ですね。自分には見当もつかないですけど、Kさんは犯人が誰だか知ってるんですか?」

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相変わらず不気味な笑みを浮かべたまま、今度は一段と低い声でKさんは言った。

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「じゃあ、質問変える。にいちゃん、人の肉を食ったことあるか?」

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(え?なに、その質問。この人なに言ってんの?マジ恐ぇし、超ビビる)

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目を合わせないように雑炊作りながら黙る自分。というか、恐くて目を合わせられない。変な汗までかいてきた。

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(なに、このKさん殺人犯フラグ。苦笑)

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「手足ってさぁ、骨多くて食べづらいんだよ。頭部も捌くの迷惑でよぉ。」

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「まるでKさん、自分が食べたことあるかのように話しますね。そういう冗談やめましょ。」

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「若い女の肉は柔らかくていいねぇ。でもな、男の肉も身が締まってて美味ぇんだよ。」

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完全に言ってることがおかしい。

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もし、今この場で、この目の前の大男に襲いかかってこられたら自分に勝ち目はない。

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最悪の状況を想定する。

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玄関ドアはこの男の背中側、横を抜けて逃げようにも狭い室内では捕まる可能性が高い。

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自分の背中側の窓から飛び降りて逃げるか。

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しかし、無傷では済まないだろう。

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骨折でもした挙げ句、捕まればもう終わりだ。

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だが他の方法が思いつかない以上、それしか方法はない。2階からの高さなら死にはしないだろうし、外で大声をあげれば助けも来るはずだ。

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「だいぶ酔ってらっしゃるみたいですし、ちょっと換気でもしましょうか。」

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そう言って自分が窓に手をかけると背後で、

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「逃げんのか?やめときな、骨折しちまうぞ。それにこの高さだと下手したら死ぬかもな。」

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とKさんが言う。

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「逃げようなんてしてません。Kさん、もういい加減に冗談やめましょ。」

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Kさんは煙草に火をつけると立ち上がり、こちらに近づいてくる。

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こうしてみると本当にでかい。身長差20cm以上はあるか。

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じりじりと、わざとらしく、ゆっくりと距離を縮めてくる。

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こちらの反応を楽しんでいるかのようだ。

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もう逃げ場はない。Kさんのにやけた顔がすぐ目の前まで近づいている。目だけは全然笑ってない。

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俺の人生もここまでか。女連れ込んで怒られて、謝罪のために夕飯招待したら今のこの状況。なに、これ。

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目の前に起きてる状況についていけずテンパってしまったのか、思わず笑けてくる。

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「ヒッ、ヒッ、ヒッ、」

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と、自分の情けない泣き笑いを聞いたとたんに目の前のKさんも笑い出した。

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「にいちゃん、騙されねぇのな。職場の若いやつは前にこれで騙されてよぉ、小便もらしたっけねぇ。にいちゃんはダメだったか。悪い、悪い。」

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どうやら今までのは全部Kさんの演技だったようだ。

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「にいちゃん、途中はもしかしたらって思ったか?」

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「少し。でも、あの事件の犯人が自分の前にいるわけないじゃないですか。それに人食いなんかがそうそういるもんでもないって、世間の普通の人なら考えますよ。」

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「まぁ、そうだよな。本当ごめんな。そんじゃ今日は帰るわ。ご馳走様。」

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Kさんのようなのが実際に人を殺したりしていてもおかしくはない。

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最近の世の中は物騒な事件も多い。

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しかしながら、Kさんは今回の事件の詳細なところまでは新聞やTVなどで知なかったらしい。

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今回の事件で発見された若い女性の頭部は頬の肉が削ぎ落とされて発見されていた。

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「次は頬肉、食べさせてあげよっと♪」

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