中編6
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迷子のご案内です。

僕らは電車を待ってた。

駅のホームで、スマホを弄りながら。

会話のネタが尽きると、大概そうなるのが、現代人らしい。

僕は動画を観てたんだけど、友達が肩を小突いてくる。

ニヤニヤしてて腹立つな。

僕「何だよ?」

友「イヤホン外せよ」

僕「なんで?」

友「良いからさ」

動画を止めて、イヤホンを外す。

僕「……」

僕「なんもねぇじゃん」

友「いやいや、少し待ってくれよ」

なんなんだこいつ。

すると、放送が流れた。

『迷子のご案内です。A君(知らない名前だ)がお待ちです。田中太郎(仮)さん、田中(仮)さん、お近くの駅員か、駅員室までお越しください。』

友「お前じゃね?」

僕「俺じゃねぇよ」

くっだらない。まぁ電車が出るまでの時間暇だったから、こいつも気づいたのだと思う。

呼び出された人は、僕と同姓同名だった。

さして珍しくもない名前だ。

また放送。

さっきと大して変わらない内容だ。

友「A君が待ってるぞ!行ってやれよ」

ニヤニヤしながら実に鬱陶しい。

そもそもA君と苗字が違う訳だけど、A君と謎の同姓同名さんの関係はなんだろう?

複雑な関係なのかもしれない。

僕らは会話のネタを見つけ、実に身勝手な話をしていた。

異母兄弟、連れ子、年の差カップル(!)

勝手な話をし続けて、電車を待っていた。

また放送が入った。前とは違った内容だ。

『迷子のご案内です。A君がお待ちです。B大学、二回生、田中太郎さん、駅員室か、お近くの駅員までお越しください。』

僕らの会話はピタリと止んだ。

友「…なぁ」

僕「いやいや、なくね?な?」

友「この駅にはいねぇだろ」

僕「そうかもだけどないっしょ」

大学、学年、共に僕と同じだった。

この駅には、僕しかいない筈だ。

なんで呼ばれてんだ?よくわからない。

友「確認したら良いだろ?」

ニヤニヤと腹立つ。他人事だから当然か。

友「あ、もしかして複雑なご関係で?」

ニヤニヤが大きくなり、カチンと来た。

僕「違ぇよ、行きゃわかるさ」

友「おうおう、いったれいったれ!」

本当に腹立って来た。

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駅員室なんてよくわからない。

近くの駅員に話すと、アッサリ連れて行ってくれた。

なんて言ったら良いのか。

とりあえず、「あのー呼ばれた田中太郎なんですが、えーと」

ホント、なんて言ったら良いのか。

友達はニヤニヤしながら後ろについてくる。

駅員さんは心得顔で通してくれた。

違うと訂正するタイミングもなく、子供の前へ。

まぁなんで田中太郎を呼んだか、聞いても良い。力になれるかもしれない、そう思ってた。

何か口を開く間も無く、子供が抱きついて来た。

友達と顔を見合わせる。

(やはり複雑なご関係で?)そう言いたげな表情と、口パクをしてきた。

恐らく、この子を案内してきたっぽい女性は、貼り付けたような笑みで此方を見てる。

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女性の不自然さもあるけど、子供が明らかにおかしい。

凄まじい力で脚にしがみついてる。

必死なのか、なんでかわからない。

よく見ると少し痩せてる。

子供「お兄さん!帰ろ!」

僕らはまた顔を見合わせた。

もう友達の笑みはなくなっていた。

駅員さんは一つ面倒が片付いた、そんな晴れやかな表情で、此方を見ていた。

いやいや。

僕「うーん、どういう意味かな?」

顔をわかるように真っ直ぐ見る。

子供は、どこか怯えたような目をしていた。

子供「お兄さん!帰ろうよ!」

ますますわからない。そもそも家知らないし。間違いではないらしい。

友「送れってことじゃない?」

僕「うーん、そうなの?」

子供「違うよ!早く帰ろ!」

興味を無くした駅員さん、行儀よく待ってる女性、混乱してる僕ら。

まぁ送るしかないよね。

僕「住所言えるかな?」

子供「わかんない」

僕「お名前は?」

子供「Aです!」

名前だけじゃなぁ。

駅員さん「あれ?保護者ではない?」

僕らが答える前に、沈黙を守っていた女性が口を挟んだ。

女「いえいえ、わたくしたちはこれで出ますんで、お手数おかけしました。」

ますます混乱した僕らは、ただ連れられるまま、駅員室の前に出た。

とは言え、子供をほっぽり出して行くわけにもいかない。

僕「お家の電話番号わかるかな?」

子「ううん」

僕「思いつく地名とか学校は?」

子「あ、かけるよ!スマホ貸して!」

友達は呑気に女性と談笑してる。美人を見るとこれだ。

何にせよ、書けるのはありがたい。ひらがなだったら意味ないけど。

でも、そこに書かれたのは地名じゃなかった。

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『すぐ逃げて』

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僕「これは…どういうこと?」極力小さい声で尋ねた。

子「んとね、僕がね、公園で困ってたとこをお姉さんが連れてきてくれたの。それで、お兄さんの名前を聞いたの」

声は無邪気なままだった。でも目は白いとこがうっすら見えるくらい見開いてた。

僕「これは…今なの?」

子「うん」

ますますわからない。子供を案内した、親切な女性じゃないか、美人だし。

僕の気持ちを知ったか、子供は腕をまくった。

子「転んじゃったんだ」

腕は真新しいアザでいっぱいだった。

僕「…お兄さん達がいなくなったら、お家帰れるね?」更に小さい声で尋ねた。

子「お母さんが待ってるから」

少し声を張って伝えた。

僕「そっかーお姉さんのおかげなんだねぇ」

子「うん!」

そして、二人に声をかけた。

僕「お二人さーん帰りましょ」

友「おう!帰ろうぜ!」

友達がそう言い、スマホをいじり始めた。

すぐに僕のスマホが鳴った。ラインが来たらしい。

『この女やべぇぞ』

友達からだった。子供はその隙に、足早に帰った、というよりも逃げていた。

女「誰からだったんですか?」

ニコニコと話しかけて来た。

僕「いやぁ彼女からです。今日家に来て欲しいって」

女性はみるみる顔の色を喪い、こちらをジトリと睨みながら言った。

「なんで嘘つくの?」

言い繕うつもりが、眼差しに圧されて二の句がでなかった。

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「知ってるよ、知ってるの。君のこと全部知ってる。二ヶ月前に別れたでしょ?なんで嘘つくの?先月は女の子のお店行ったでしょ?あたしがどう思うとか考えないの?悲しむとか思わない?だいたいなんでさっきもあたしに最初に声かけないの?おかしいよね?君知らないの?毎日毎日会ってたでしょ?授業中にもずっと見てるのに、なんで話しかけてくれないの?おかしいよね?男から話しかけるもんでしょ?今だってあたしからじゃん?なんで?あのガキとしか話さないなんてどうかしてるんじゃない?ねぇ?ずっと知らないフリしてヒドイと思わない?ねぇ?こたえてよ。ねぇ?」

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この女ヤバい。

友達も硬直してる。

僕も何も言えない。

彼女はひたすらまくし立ててる。

わけのわからない話をずっと。

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綺麗な顔が、怒りに歪んでる。

ツバを飛ばしながら、たまに怒鳴りながら、訴えてる。

通行人がみんなしてこちらを見てても気にならないみたい。

「でもね」

急に穏やかな表情になった。

顔がぐっと近くにある。

「今日はちゃんと来てくれたから、これだけで許してあげるね」

鼻息がかかるような距離、彼女はまとわりつくように、僕の肩に手を回した。

そんな時でも近くで見ても綺麗、そう思った。通った鼻筋、クリクリとした目、整った眉、透き通るような肌、何よりも甘い香り。

心地良く痺れるような声で、耳元に彼女はそっと囁いた。

「鏡で見るたびに思い出さないとダメだよ?」

僕の耳をそっと口に含んだ。

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耳が焼け付くような熱を持った。

僕はのたうち回る。耳を触る。ない。何もない。

ただ、手が濡れていくだけだった。

彼女の口には僕の耳と血があった。

彼女は僕の耳をしゃぶるようにしながら、耳についた血を舐めとっていた。

顔や服についた血は気にもせず、僕の耳の血をひたすら舐めていた。

手でかざし、愛おしげに眺め、またしゃぶる。

幾度か繰り返していた。

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友達は我にかえり、彼女を殴り倒した。

そして通行人に叫んだ。

友「何みてんだよ!警察呼べ!早く!」

バタバタともがく彼女を組み伏せながら、僕らは警察を待った。

女「返せぇ!返せよ!!」

友達が僕の耳を取り返してくれた。

ついた血は既になく、彼女の涎でテカテカと光っていた。

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美容整形はすごい。

耳は元に戻った。

費用は彼女の両親が出した。そこそこ名家らしい。

大ごとにしないならと、結構な金額を渡された。

転学と引越し、残りの授業料含めてもお釣りがでる額だ。

友達とは疎遠になった。

人づてに聞いたけど、ふざけて駅員さんに話しかけさせたのを悔やんでるらしい。

まだ夢に出る。

穏やかな表情、香り。

思い起こすと胸が甘く痺れる。

この痺れがどんな感情なのか、もう良くわからない。

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