中編5
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自殺霊

名前を言ってはいけない。

その場所に入ってはいけない。

この街に住んでからは、大人達にそう教えられて育ちました。

何故、そういった話があったかはわかりません。

ただ、自我が芽生えたばかりの子供に大人は耳袋噺として、語り聞かせました。

教えられていたのが夏の蒸し暑い夜だった事もあり、私は大人達が創作した怖い作り話として考えていました。

実際、そのトンネルの先に何があるのか。

私は何も知らなかったからです。

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冬の寒い夕暮れ。

学校帰りのバスに乗って、うとうとと眠気に苛まれていると、駅前の停止地でバスが止まりました。

普段はここで降りて、家に帰っていたのですが。

私が降りようとした時に、ある女性がバスに乗って来ました。

その女性はいかにも都会から来たような華美な格好をしていて、まだ大人になりかけだった私の目にはとても新鮮に映り、いつもの場所で降りずにその女性と一緒にバスに乗ってしまいました。

他にも大人が乗っていたのですが、

皆、その女性を無視しているのか。

あるいは見えていないのか。

女性に視線を向ける事も無く、

バスに乗っていました。

やがて、乗っていた大人達が減っていき、バスの中には運転手と女性と私だけになりました。

窓の風景を見ると、夕暮れ時から夜に変わる風景でとても長い間バスに揺られていたと感じたのを今でも覚えています。

思えばこの時にバスから降りていれば、

良かったかもしれません。

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読みかけていた小説を読みながら、その女性がどこに降りるのか興味本位でバスに乗り続けたものの、一体彼女がどんな目的でこのバスに乗ったのか一向に分かりません。

旅行目的にしては、私の住んでいる街は見窄らしく、観光地もなにもないのです。

ますます、この女性がどこに向かうのかが気になり、バスの定期券を買って良かったなどと、良くわからない安心感と好奇心から生まれたのか仄かな興奮を覚えました。

バスはまだまだ止まる気配はありません。

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やがて停留所もなにもない所でバスが止まりました。女性は席をたつと、バスを降りようと降車口に向かいます。

私はそれを追って、その場所に降りようとした時にバスの運転手から鉄が割れるような罵声を受けました。

『降りるなッ!!!』

運転席に座っていたバスの運転手は、目を血走らせて私に警告しました。私は、その張り上げた声の衝撃にバスを降りるのも忘れて

立ち尽くしてしまいました。

その瞬間に、降車口が閉まり、私は降りる事が出来なくなりました。

どうして、私だけに言ったのだろう?

どうして、あの女性には言わなかったのだろう?

バスの中の私と外の女性との間に挟まれた扉。

バスの運転手からの警告が分からずにいました。

途端に女性の事が心配になって、

降車口の窓を見ると、女性が窓にへばりついていて、青い顔でニタニタと笑っていました。

奇麗な化粧が施された顔を、

お福仮面の様に歪め、

涎を垂らしながら、

私に言ったのです。

❨いっしょに死のう?❩と。

女性が降りたのはあの噺のトンネルの前でした。

暗いトンネルの向こうに何があるのかは分かりませんが。

女性の後ろの暗いトンネルの中に、

大量の人のような何かがこちらを覗いていたような気がしました。

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それからの事は覚えていません。

気がつけば、下りのバスの中にいました。

バスの運転手の停止地で交代場所だったのでしょう。

まだ呆気にとられていた私の頭を誰かがバシッと叩くとこう言いました。

『いつまで、乗ってんの?』

容赦なく頭を叩かれた痛みに、思わずその人物の顔を見るととても若い男性の運転手が私を睨みつけていました。

『お金、払えるの?親の電話番号は?』

運転手の機嫌の悪い声に私は萎縮してしまい、私はあわあわと声を吃らせると、若い運転手は私の鞄から学生証と定期券を無理矢理出し、

『今から君の親に電話するから。どんな事情があったか知らないけど、こんな時間帯に学生がバスに乗ってる事は有り得ないからね。』

と険悪そうな声色でそう言いました。

運転手の言葉に慌てて携帯端末の画面を開くと、

次の日の[AM3:00]になっていました。

私は若い運転手の威圧的な態度にまだ萎縮して吃り声を漏らすものの、今までの事情を説明すると運転手の態度が変わりました。

『駅前の上りのバスは夕暮れの時間帯にはやってないよ。あそこはあのトンネルの近くが最終地点だからね。夕暮れ時の上りのバスはみんな駅前で止まる。』

『どうせ最後まで乗るとしても自殺者ぐらいで秋に廃線になったんだよ。』

『こっちの下りは隣街の駅前からが始点。君はどこから来たの?』

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それから私の一夜の失踪は、事件として取り扱われ警察沙汰にもなりました。

その時の乗ってたバスの運転手の顔写真を探して欲しいと、警察署に呼ばれましたが私に警告したあの運転手の顔写真はどこにもありませんでした。

代わりにバスに乗ってた女性の事を話すと、運転手の写真とは違った一般人が映った運転免許証用の写真を見せられました。

あの女性の写真。それと、それ以外合わせて28人。その写真に映る人たちは全て、あのバスに乗っていた大人達でした。

『この一年の自殺者だよ。その人たちは』

警察官の人たちは、そう言って、私にあるものを見せてくれました。

それは二つの写真。

トンネル前の写真と、トンネルの向こうの森の写真。

トンネルの向こうは沢山のお地蔵様が並ぶ、森林でした。

森林の至る所には縄が吊るされていて、そのトンネルに入る人たちがどうやって死ぬのかをその不気味な風景が物語っていました。

そして、もう一枚目の写真。

あの不気味なトンネルの暗い穴の前を映している写真でした。

それを私の前に置くと、警察官はこう言いました。

『この写真に29体そういう人たちが映っているらしい。君、この中の顔写真以外に誰か見なかったか?』

発見された自殺者の数が一つ少ないんだ。

そう話す警察官の目を見た途端、私は戦慄しました。

警察官の目の中には私の姿が映っています。

ですが、私の傍に何かがいました。

その何かは私の肩を掴んでいました。

それは、あのバスの運転手によく似ていて。

私を見て、お福面の様な青白い笑顔を向けていました。

その表情は首吊り自殺をした自殺者が悪霊となった表情で、彼等がいる土地、山や川には人は近寄らない方が身の為らしいです。

何故なら、彼等の近くには地獄界があり、その地獄界に生きている人間を引きずり込もうとすると成人した後に街の住人に聞きました。

あのトンネルから先は、彼等の地獄界。

今でも自殺者が絶えないそうです。

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