中編4
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舌打ち

不景気真っ只中、就職氷河期と言われている頃、男は類に漏れず、就職浪人二年目に突入していた。

 何もかもが上手く行かず、男は行き場のない怒りを溜め込んでいた。

 そんな中、大学の同期から呼び出され、男は待ち合わせ場所に向かった。

 「よぅ!」

 気安く声をかけてきた同期に、無言で手を挙げる。

 同期は難関の一流企業に就職を決め、順風満帆な人生を謳歌していた。

 趣味のいいスーツを着こなし、みすぼらしい自分の服装とつい見比べ、嫉妬の炎が燃え上がった。

 同期は高級そうなクラブに男を連れだち、中に入った。

 煌びやかな豪華な店内に、色とりどりのドレスを着た若い女性達、まさに銀座と言わしめるような所に、男は場違いさを噛み締めた。

 本革の長ソファーに座らされ、名前だけは知っている銘柄の酒、見た目だけのフルーツの盛り合わせを前に、男は縮こまっていた。

 「好きなだけ呑めよ」

 大人の余裕を見せる同期を前に、自分の境遇を呪いながら、ガブガブと酒を煽る男を、同期は哀れみと侮蔑の目で見ながら、グラスを傾けていた。

 息苦しい酒宴が終わり、会計の際に同期がかざした黒光りのカードを見て、男は更に劣等感に打ちのめされた。

 店を出た去り際に放った同期の一言。

 「頑張れよ」

 蔑むように吐き捨てたこの一言を背中に聴いて、男は「チッ」と舌打ちをした。

 翌朝、男は呑み慣れない高い酒を呑みすぎた所為か、昼過ぎに目を覚ました。

 その日は就職面接の予定があり、とうに約束の時間は過ぎていた。

 その日行くはずだった面接案内の紙を見つめ、男はまた「チッ」と舌を打った。

 男は怠惰に夕方までゴロゴロしていた。

 ふと一応、昨夜のお礼を言おうと、同期に電話をかけようと思い立った。

 上手くいけば、その企業に口を利いてもらえるかもなどと、浅はかな算段もあった。

 男は携帯を鳴らす。

 「この番号は、現在使われておりません……」

 感情のない音声ガイダンスが流れてきた。

 「番号変えたのかよ……」

 男は苛立ちまぎれに携帯を放り投げた。

 バカにしやがって……。

 男は腸が煮えくり返りそうな怒りがこみ上げて、別の仲間に電話した。

 細やかな悪評を広めるためだ。

 電話に出た仲間に開口一番で口火を切る。

 「なぁ、あの柏木っていたろ?」

 すると、仲間は男の話しを遮った。

 「はぁ?誰だよソイツ」

 気の抜けたような仲間の声に、男が返す。

 「柏木だよ!あのいけ好かないヤツ!いつも女をはべらせてた……」

 「んなヤツ知らねぇよ?大体、お前と俺、モテないモン同士で、他のヤツと付き合いなかったろ?」

 男は困惑した。

 昨夜のことはおろか、大学時代のアイツは誰だったんだ?

 「いやいや、とぼけんじゃねぇよ!!お前も覚えてんだろ?一緒に悪口言ってたじゃねぇか!!」

 「だから、んなヤツ知らねぇって言ってんだろ?これからバイトだから切るぞ」

 一方的に電話を切られた男は、放心した。

 そして、自棄になって放置していた面接予定の会社へお詫びの電話をした。

 「この番号は現在使われておりません……」

 また、あの無機質なアナウンスが流れた。

 冗談だろ?

 男は面接案内の紙を探したが、何処にも見当たらなかった。

 消えた……のか?

 男は再び放心した。

 まさか……あり得ない。

 男は着の身着のまま部屋を飛び出し、面接予定の会社へ向かった。

 男が会社の入っているビルに入り、入口のテナントボードを見た。

 嘘……だろ?

 会社の名前は無かった。

 男はしばらく立ち尽くしたが、とぼとぼと帰路に着いた。

 これは夢だ。

 そう自分に言い聞かせ、翌日の面接に備えて眠りについた。

 翌朝、目覚めは爽やかとは言えないものの、時計に目をやり、時間を確認する。

 余裕はあったが、早いに越したことはないと、男は身支度を始めた。

 顔を洗い、念入りに歯を磨いた。

 シェービングクリームを付け、だらしなく伸びた髭をT字カミソリで剃り始めた。

 「痛っ!!」

 何ヵ月も替えていないカミソリの刃が、男の肌を切りつけた。

 頬に残った泡が赤く滲んでいく。

 男は鏡に映った自分を見つめて、忌々しげに「チッ」と舌打ちした。

 数ヶ月後、生活臭溢れる状態の部屋で、持ち主不明の家財一式が発見され、小さなニュースになった。

Concrete
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ふたば様

コメントありがとうございます。

ちょっぴりデスノっぽいですよね。

わたしも書き上げてから、あれっ⁉って思いそうになりました。

掲示板なんてのもあるんですか。

後程、拝見させていただきますね。

まだ分からないことだらけですので、いろいろご教授いただけると、嬉しいです。

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珍味様

センスを感じるだなんて初めて言われて、こんな時、どんな顔をしたらいいのか分からないわたしです。

(笑えばいいと思うよ)
などとセルフツッコミを入れてみる。

ブラックユーモアとかイヤミスとかがビビりのクセに大好物のわたしとしては、最上級の褒め言葉です。

有り難い御言葉に恐縮しっぱなしです。

本当にありがとうございます。

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mami様

コメントありがとうございます。

奥様は魔女とは、アニメでしょうか。

わたしはそういうことに疎いので、残念ながら分かりません。

申し訳ないです。

この能力が悪いことに使われる前に消えてくれて有り難いことですよ。

デスノより怖いじゃないですか。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

有り難い御言葉感謝です。

このサイトに投稿して本当に良かったと思います。

皆様、お優しくて嬉しい限りです。

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