長編10
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ライブ 【A子シリーズ】

仲良さげにキャッキャしている三人を遠目がちに見ている私と、はとちゃん(感触のみ)の方に、雪さんが顔を向けて手招きします。

「ちょ、来て」

呼ばれた私が、はとちゃんの手を離し、三人のところへ行くと、雪さんは何かのチケットを私にくれました。

「これな、ライブのチケットやねんけど、ウチは行かれへんから、アンタ達にやるわ」

受け取ったチケットを見ると、黒地にスタイリッシュな金色のアルファベットが目立つチケットで、開演は今夜です。

「……レ…」

いさ美さんがチケットの文字を読もうと試みますが、流れるような筆記体で書かれている上に、多分ですが英語じゃなさそうです。

「rêve(ルィーヴィ)……ですよ!フランス語で夢って意味です」

どうした、月舟さん?らしくないよ?

あの月舟さんがサラッと読んだことに、私が驚愕していると、月舟さんがニッコリ笑って言いました。

「ワタシ、フランス文学専攻なんで、フランス語は少し読めるんですよ」

じゃあ何でファンタスマゴリー知らなかったの?アレ、フランス語だよ?

『人は見かけによらない』を目の当たりにした私が感心しながらチケットを見ていると、雪さんは何かを思い付いたのか、ポンと手を打って言いました。

「そうや!お近づきの印にタコパせぇへん?ウチのタコ焼きは旨いでぇ~」

お昼も近いし、本場仕込みのタコ焼きにも興味津々の私達は、雪さんのお誘いに二つ返事で甘えさせていただくことにしました。

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近くのスーパーで材料の買い出しをし、雪さんの部屋で準備を始めます。

キッチンに立つ雪さんに、いさ美さんが「お手伝いします」と駆け寄るも、雪さんは一人でやらないと気が済まない質らしく、笑顔で「えぇから座っといて」と包丁を向けて言いました。

雪さん、危ないです。

月舟さんは、テーブルの真ん中に鎮座したタコ焼き器を見て目を輝かせています。

「これがタコ焼き器ですかぁ~♪初めて見ましたよ」

そう無邪気に言った月舟さんに、雪さんが目を見開いたまま驚嘆の声を上げます。

「逆に何であらへんの?ここ、日本やろ?」

雪さん、大阪スタンダードがえげつないよ……。

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何やかんやしている内に準備が整い、タコパ開始です。

雪さんがタコ焼き器の溝にハケっぽい物で油を塗り、生地を流し込みます。

そこに小口切りしたタコを入れて、ネギを散らしたところで、月舟さんから物言いが入りました。

「雪せんぱい……ワタシ、ネギはちょっと……」

申し訳なさそうに言う月舟さんに、雪さんは豪快に笑いながら言います。

「なんや、ちょっとならイケんねやったら大丈夫やん!タコ焼きにネギなかったら、ラーメンにネギ入ってないのと一緒やんか」

雪さん……そりゃそうですよ。

雪さんの強すぎる関西の勢いに月舟さんも観念したのか、黙って俯きました。

タコ焼きの焼ける良い香りがしてくると、雪さんがピック的な物を上手に使いながら、タコ焼きを真ん丸にしていきます。

「雪先輩、上手ですね」

いさ美さんが軽く感動していると、雪さんは熊を見つけたマタギのような眼をして言いました。

「ちょ、ゴメン……今、ウチ、真剣勝負してんねん」

雪さんのタコ焼きに懸ける情熱が止まりません。

パーティーとは思えぬ緊迫した空気に、しばし無言になる私達でしたが、タコ焼きが焼き上がると、雪さんの表情がいつもの雪さんに戻って、場が一気に和みました。

外はカリッと、中はトロトロの本格的なタコ焼きに、テンションが上がります。

「雪せんぱいっ!めちゃめちゃ美味しいですぅ♪」

「せやろ?生地に秘密があってな……おっと、これ以上は言われへんわ」

私も一つ食べてみましたが、有名チェーンのタコ焼きなんて比じゃないほどの美味しさで、思わず顔がほころびました。

次々に焼き上がるタコ焼きを堪能していると、ダイニングテーブルの下から、私のお腹をツンツンする感じがあります。

はとちゃんだな……。

私はタコ焼きを二つほど小皿に乗せて、素早くテーブルの下に差し入れると、モソモソと動く雰囲気がして、時折小さく「あちちっ」と言う声もしました。

嗚呼、幸せだ……。

雪さんこだわりのタコ焼きは本当に美味しくて、私もついつい食べ過ぎそうでしたが、何だかいさ美さんの様子があんまりよろしくなさそうです。

「どうしたん?口に合わへんかった?」

雪さんが心配そうにいさ美さんの顔を覗き込みますが、いさ美さんは辛そうな笑顔で答えました。

「いえ……とっても美味しいです」

そうは言ってますが、明らかに具合が悪そうないさ美さんに気づいた雪さんは、何を思ったのか、いさ美さんの左耳に小指を突っ込んで、何かを思い出しているように目線を上にしています。

「うん、36.2度……平熱やな」

ホントに!?

セルフで耳から体温計る人、初めて見ました。

「えぇから、ちょ、横になり!」

雪さんがいさ美さんを支えながら、自分のベッドに寝かせ、いろいろ訊いたり、触診したりしている中、私はふと、はとちゃんの気配が消えたことに気がつき、テーブルの下を覗き込むと、やはり、はとちゃんの姿はありませんでした。

「どうしたんですか?せんぱい」

テーブルの下を覗く私を不思議そうに見つめる月舟さんに、私はばつ悪そうに頭を掻きながら答えます。

「いや、タコ焼き落としちゃったかと思って」

笑いながらごまかすと、月舟さんは子供に諭すような口ぶりで、私に言いました。

「もぉ~せんぱいってば、お子ちゃまみたいですねぇ」

口の周りがソースべったりのあなたにだけは言われたくない……。

そう思いつつ、私はタコ焼きが消えた小皿をジッと見つめていました。

雪さんの部屋で少し休んだいさ美さんは、すっかり元気を取り戻し、出かける雪さんと一緒に部屋を出ました。

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もらったチケットをどうしようか、私達三人が近くのカフェで相談していると、知らない人から突然、声をかけられました。

「すみません……そのチケット、レーヴのですよね?」

ちょっぴり派手めのお姉さんが、私の手にあるチケットを指差して言うと、月舟さんが眉をヒクつかせて言います。

「ルィ~ヴィだよ!これだからジャポネは……」

ネイティブはそうかもだけど、あなたもバリバリのジャポネーゼだからね?

「実は、そのルィ~ヴィなんですが、今夜解散ライブなんですよ。お願いです!!そのチケット、売ってもらえませんか?」

月舟さんのネイティブフレンチに引っ張られたその人は、コアなファンらしく、かなり圧強めに迫ってきます。

どうやら人気のバンドらしく、解散ライブのチケットは超レア、しかも私達が持っているのは、ライブ後にバックステージにも入れるプレミアムチケットなんだそうです。

「50000円でどうですか?」

私が何となくチケットを見ると、チケット代は6000円と書いてあり、約8倍の提示に心が揺れました。

「はぁ?ルィ~ヴィのプレミアムチケットがたったの50000円?あのルィ~ヴィだよ?」

ダフ屋さながらの月舟さんが足下を見ながら、ファンの人に凄んでいます。

この子、もらい物の値段を釣り上げる気だ……。

ファンの人も是が非でも欲しいらしく、値段が10万円まで上がったところで、月舟さんの路上オークションを静観していた、いさ美さんが立ち上がって、ファンの人に深々と頭を下げました。

「本当に申し訳ありませんが、このチケットはどうしてもお譲り出来ません……もし、何かメンバーの方にお伝えすることがありましたら、代わりにお伝えしますので、どうかご容赦ください」

丁寧に話すと、ファンの人も諦めたのか、いさ美さんに分厚いファンレターを託しました。

「必ずお渡ししますね」

いさ美さんがその場を穏便に治めると、月舟さんが残念そうに呟きます。

「12万くらいにはなりそうだったのになぁ」

「……さや子さん?これは雪先輩から私達にいただいた大切な物ですよね?それを転売すると言うのは如何なものでしょう」

静かで抑揚のないトーンで話し出すいさ美さんの表情からは、感情が消えていました。

いさ美さん、怒ると敬語になるんだね……一番怒らせちゃダメなタイプの人だ……。

そこからはいさ美さんのターンで、平坦ながらも重々しい口調で、月舟さんを理詰めで追い詰めていきました。

流石の月舟さんも、いさ美さんの覇気に圧倒されて、泣きそうになりながら謝り倒していました。

私も気をつけよう……。

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開場時間が近くなったので、ライブ会場へ向かった私達は、カラフルな頭の方々がごった返しているのを見て、流石にビビります。

私達三人は目の前の季節外れのハロウィーンにビクビクしながら、チャチャッと入口でチケットを見せて、ササッと中へ入りました。

ライブハウス初体験の私が、オノボリさんさながらにキョロキョロしていると、開演を今や遅しと周りはざわついています。

薄暗い場内にひしめき合うオーディエンス達に混ざって、私達も開演を待っていると、場内の照明が突然、落ちました。

「何?停電?」

軽くパニクっていると、スピーカーから高めの男性の声が響きました。

「今夜はオレたちのラストギグに来てくれて、本当にありがとうな!!」

暗闇の中で聴く声に、何だかホッとするのも束の間、ギターやら何やらの大音響と共に、スポットがステージを照らし、スラリとした男性がスタンドマイクの前に立って、決めポーズを取っています。

「まずはコイツからいくぜ!!」

イケメンヴォーカルの合図と同時に、曲が始まりました。

私は苦手なジャンルでしたが、何曲か聴いている内に、体が自然とリズムを刻んでいることにライブ終了近くで気づき、ちょっぴり恥ずかしかったです。

私達は、ライブ終了後のメンバーに会いに楽屋へと通されました。まさか、初耳のバンドの初ライブが解散ライブで、そのままメンバーに会いにいくとか、ある意味罰ゲームです。

楽屋の中にいたのは、ヴォーカル、ギター、ベース、ドラムスの四人。

全員初めましてです。

「あの……これ、ファンの方からは預かって来ました」

いさ美さんがヴォーカルの方に預かってきたファンレターを渡すと、ヴォーカルの方は気さくに受け取ってくれました。

「おぉ、ありがとな!わざわざ来てもろた上に、こんな配達人みたいなことまでさせてもうて」

ん?この声は……。

ヴォーカルの方は自分の髪の毛をむんずと掴み、一気に上に引っ張ると、髪の毛がその形のまんま取れました。

その下から現れた黒いロングヘアを手櫛で整えると、改めて私達に向き直りました。

「「「雪さん!!」先輩!!」」

私達は軽くパニックになりました。

特に、月舟さんは、雪さんの男装姿に一目惚れしていたらしく、気絶寸前です。

「いやな、ずっとバンドやってきてんけど、ウチもそろそろ本腰入れて勉強せなって思て、夢との決別のために、どうしても見といて欲しかってん」

照れくさそうに笑う雪さんを、私は何だか可愛く思うのと同時に、しっかり自分の進路を考えていることに、尊敬の念を抱きました。

「雪先輩、とってもカッコ良かったです!!」

「雪せんぱい!!もっかいヅラ被ってもらっていいですか?もう見納めなんでしょ?ワタシの目にしっかり焼き付けときたいんで……」

いさ美さんはライブを心から楽しんでいたようですが、月舟さんはまだ未練があるようです。

諦めなさい……外見はイケメンでも、中身は雪さんなんだから。

雪さんの前に立つ二人の後で、私は蚊帳の外感を感じていると、また左手を小さな手が握る感触がしました。

はとちゃんが私を心配して来てくれたようです。

雪さんと二人の会話を聞きながら、私が傍観していると、突然いさ美さんの体がヨロめいて、そのまま倒れてきました。

私は咄嗟にいさ美さんの体を支えますが、力のない私では支え切れず、いさ美さんはゆっくりと床に倒れてしまいます。

「どないしたん?」

雪さんはすかさず、いさ美さんの上半身を抱き起こし、すぐに脈を取ります。

「ちょ、アンタ!手伝って!!ツッキー!救急車呼んで!!」

「はいっ!!」

雪さんの指示通りに、私はいさ美さんの体を支えながら、上着のボタンを外し、月舟さんは救急車を呼びます。

「何でやろ……脈の振れが弱くなっとる……」

雪さんが不安そうにいさ美さんを見ていると、月舟さんが何だか騒いでいます。

「だから、救急車ですよ!!ピピポンじゃなくて!!」

まさか……。

私は月舟さんのスマホを引ったくって見ると、案の定、時報にかけてます。

「何してんの!!」

「救急車って、早く来たら117(いいな)じゃないんですか?」

このゆとりが!!

私もゆとり世代なことを棚に上げて、月舟さんを叱り飛ばし、救急車を呼びました。

「ごめんなさい……」

月舟さんは心の底から反省してますが、それどころじゃないので、相手にしてあげられませんでした。

到着した救急車に雪さんが乗り込み、救急隊員に指示を出しながら、急いで出発します。

残された私と月舟さんは、さっきのことで何だか気まずくなり、言葉を交わすことなく、その場で別れました。

このことが、あんなに大変な事態になるなんて、この時は思いもしませんでしたが、それはまた別の話です。

Concrete
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最高に続きが気になりますΣ(゚д゚lll)

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