【夏風ノイズ】呪術師連盟

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【夏風ノイズ】呪術師連盟

 天候だけは最高の真夏日だ。暑い・・・かき氷でも食べたいが、今はそんな状況ではない。

「ゼロ、済まなかったな・・・」

 傷だらけの男性は数枚の呪符が貼られた木刀を杖代わりにして立ち上がり、茶髪の少年に力なくそう言った。

「・・・気にしないでください。斬島さんは悪くないんですから」

 茶髪の少年はそう言ったが、明らかに動揺している。呪術師のゼロ、それが彼の通称だ。木刀の男はもう一度ゼロに頭を下げた。斬島さん、俺達の所属する呪術師連盟T支部の幹部で、黒呪術師の男性だ。彼の着ているワイシャツは所々が破れ、血も滲んでいる。

「T支部の幹部が全員揃ったところでこの状況とは・・・随分と舐められたものですね」

 ゼロが行き場の無い怒りを吐き捨てながら地面を蹴った。殺気が彼を纏っている。何故、こんなことになったのか。事が発覚したのは、今から約二時間前のことだ。

 ゼロの事務所に集まった俺達は、サキという蛇の妖怪から三年前の俺の妹が殺害された事件の真相を明かされた。重い空気の中、誰かのケータイのコール音が室内に鳴り響いた。

「もしもし」

 電話はゼロへのものだった。彼は電話相手から話を聞きながら、初めは真剣な面持ちで相槌を打っていたが、次第に表情を強張らせていった。

「はい・・・わかりました」

 彼はそう言って電話を切ると、青ざめた顔でこう言った。

「T支部が潰された。父さんも、本部に連れて行かれた・・・」

 最初、俺は言葉の意味をよく理解できなかった。ただでさえ三年前の事件のことで頭がいっぱいなのだ。他のことに気を遣う余裕があまりなかった。

 電話を掛けてきたのは斬島さんで、彼は支部で面会中だった支部長でゼロの父親、神原雅人さんと、俺の知人で神主をやっている中年の男性、長坂さんの守衛係として他の構成員たちとT支部に残っていたのだ。ゼロによると、長坂さんが面会を終えて帰った後、呪術師連盟本部の人間がT支部を襲撃し、雅人さんを拉致すると共に支部の解体命令を出されたのだという。

「父さんが言った通りだ。本部は何を企んでいるかわからない・・・」

 ゼロが顔を強張らせて言った。父親を拉致され、組織の上から唐突な解体命令を出されたのだ。当たり前だろう。

 俺達は急いでT支部へと向かい、そして今に至る。

「クソッ!まさかこんなことになるなんて・・・」

 金髪の男性、藤堂右京さんはT支部だったコンクリートの壁を殴りながら言った。

「本部に裏切られたのは確かです。まずは神原支部長の安否が分からなくては、下手に動けません」

 右肩に使い魔のイズナを乗せた女性、市松さんはそう言ってゼロを見た。

「父さんは、恐らく生きてはいます。そもそも、あの父さんが簡単にやられるはずがありません。斬島さん、父さんが連れて行かれるところは見ていましたか?」

 ゼロは斬島さんを見て訊ねた。

「見ていた。確かに、支部長が抵抗している様子は無かった。本部から来た連中に幻術使いも居なかったから・・・支部長は何かを知っているか、それとも何か対応策があるのか」

「そうでしたか。父さんなら、何か考えているのかもしれません。しかし・・・」

「神原雅人は本部に引き抜く。神原零と神原琴羽、お前らもだ」

 不意に話し出した声の主は、近くの木の影から姿を現した。半袖のポロシャツにジーパンというシンプルな服装で、歳は俺と同じくらいの男だった。T支部のあった場所は森の奥で木々に囲まれており、隠れやすかったのだろう。

「アンタは、春原・・・」

 木の陰から姿を現した男をゼロはそう呼んだ。

「よぉ零、久しぶりじゃん。悪いなぁ、上からの命令なんだ」

「・・・春原、何か知っているのか?」

 ゼロは春原を睨み付けて言った。

「あぁ、会長が神原家の人間だけ欲しいってさ。残りの雑魚はいらねぇって」

「悪いが、僕は本部の構成員になるつもるはない」

「まぁ、そうカリカリすんなって。素直に本部へ来てくれれば、二人とも幹部入りだ。あ、それとお前」

 春原はそう言って俺のことを指さした。

「雨宮浩太郎の孫だったな。会長が会いたがってたぜ」

「俺に?」

 雨宮浩太郎、おれの祖父の名だ。有名な霊能者だったということは知っているが、その認知度は俺の予想を遥かに上回っていたらしい。

「しぐるさんも僕たちも、本部には行かない。支部が無くなった今、僕らは自由に行動させてもらう」

「私もお兄ちゃんと同意見。お父さんを返して」

 ゼロに続いて琴羽ちゃんもそう言った。琴羽ちゃんがこんなふうに話しているところは初めて見た気がする。そもそも、普段は無口な印象が強い。

「なるほどな、お前らの態度はよく分かった。本部に逆らったらどうなるか教えてやるよ」

 そう言うと春原は瞬間的にゼロの目の前まで移動した。

「早いっ!?」

 ゼロはそう言いながら慌てて躱そうとしたが、春原の攻撃が先制した。ゼロは術でバリアを張っていたらしく、突き飛ばされはしなかったが、ダメージは受けたようだ。

「油断禁物だ小僧」

 いつの間にか春原の背後へ回っていた岩動さんが右の拳に強力な念力を込めて殴り掛かったが、春原はそれを片手で受け止めた。

「その程度の念動力じゃ俺のバリアは壊せねーよ」

 春原は岩動さんの腹部に平手で念を押し当て、勢いよく突き飛ばした。

「グハッ・・・!」

 岩動さんはコンクリートの壁に背中を強打し、その場に倒れ込んだ。

「クソッ、プラズマサイズ!」

 ゼロは身体から電気を発生させ、雷の鎌を生成した。それを振りかぶると、春原へ向けて薙いだ。春原は最初の攻撃を躱したが、ゼロは続けて鎌を振り回しながら猛攻を加えている。春原もそれに対抗するかのように両手に集中させた念動力で鎌を受け止めている。

「派手に攻撃してくるなぁ。だが、隙だらけだぜ」

 春原はゼロの振り翳した鎌を避けると、ゼロの腹部に平手で念力を押し当て、そのままゼロの身体を突き飛ばした。ゼロの鎌は消滅し、彼は地面へと倒れた。

「ゼロ!大丈夫なのか!?」

 俺がそう叫んだ瞬間、目の前に春原が現れた。先程から念動力で高速移動をしているようだが、それにしても早すぎる。

「お前は来るか?」

 春原は俺にそう言って笑みを浮かべたその刹那、春原の身体を何かが貫通し、彼は体勢を崩した。

「クソッ!なんだ!?」

「ガキ一人を相手に随分と苦戦されてますなぁ」

 声のした方を振り返ると、そこには長坂さんの姿があった。

「長坂さん!」

 俺が名前を呼ぶと、彼は右手を軽く上げた。

「テメエ、御影か?」

 春原の問いに長坂さんはニヤリと胡散臭さ満載の笑みを浮かべた。

「如何にも、だが御影というのは仮の名。本名は長坂だ」

「なぜ戻って来た?」

 斬島さんが長坂さんを見て言った。

「帰宅途中で連盟本部の呪術師三人が襲ってきたんでなぁ、逆に取っちめて理由を聞き出したらこうなっとることが分かったから戻って来たのだ。神原さんが攫われたというのは本当か?」

 そう言うと長坂さんは俺を見た。

「はい、どうやらそのようで・・・」

 俺は未だに状況が飲み込めておらず、曖昧な返事をした。

「おいおい、本部の呪術師三人を相手に余裕だったみてーだな・・・」

 春原が腹部を手で押さえながら言った。先程の長坂さんの攻撃が効いているのだろう。

「当然だ。お前たちとは見てきた世界が違う」

「流石は禁術使い・・・さっき俺をぶっ刺した悪霊もアンタが使役してんのか?」

「その通り。俺の使役している式はお前でも除霊できんぞ」

 長坂さんは自慢げに言った。先程春原の身体を貫通したものは長坂さんの使役している式だったのかと俺は理解した。

「フンッ、今日のところは引き上げてやるよ。零、少し考える時間をやる。気が向いたら本部まで来いよ~」

 そう言うと春原はスゥッと消えていった。まるで幽霊のように。

「クソッ、あの野郎逃げやがった!」

 ゼロが春原のいた空間を睨みながら吐き捨てた。これほど怒りを露わにしているゼロを見るのは初めてだ。

「神原少年、俺も協力してよろしいかな?」

 長坂さんがゼロに近寄りながら言った。ゼロは暫く俯いていたが、軈て顔を上げると長坂さんを見た。

「お願いします。しぐるさんの師匠ということで、長坂さんとお呼びさせて頂いてもいいですか?」

「うむ、しかし御影でも構わんぞ?」

 長坂さんが冗談交じりに言うと、ゼロは真剣な顔で答えた。

「これでも由緒ある神原家の次期当主なのでね。禁術使いの御影とは関りを持ちたくありません。なので、今回限りはしぐるさんの師匠である長坂さんということで、僕たちに協力して頂こうと思います」

 ゼロの目は、まるで異形を見るようなものだった。長坂さんを嫌っているわけでは無いだろう。ただ、禁術を軽々しく使う御影という闇の人間に、嫌悪感を抱かざるを得ないだけなのだろう。

「ん、分かった。禁術は使わんよ」

 長坂さんはそれを察したのか、両手を軽く上げてそう言った。ゼロはその行動を無言で見終えると、服の汚れを掃って口を開いた。

「皆さん、お騒がせしてすみませんでした。支部は潰されましたが、今後も僕に協力して頂けますか?」

 その言葉には此処にいる全員が頷いた。勿論、俺もだ。

「ゼロ、大丈夫か?」

 俺はゼロに向かって何故かそんな言葉を掛けた。漠然とした感情だが、彼が心配だった。ゼロは俺を見て軽く笑った。

「僕は大丈夫ですよ。それよりしぐるさん、今日は帰って休んでください。斬島さんも病院行かなくて大丈夫ですか?」

 斬島さんは頷いた。ゼロはその様子を見て話を続けた。

「そうですか。でも今日は家に帰って休んでください。岩動さん、市松さん、昴さん、あと長坂さんは僕に着いてきてください。少し話があります。あとの方は帰って頂いて結構です。あ、サキさんも来て頂けますか?」

 ゼロは露の右肩に乗っている蛇の妖怪に声を掛けた。

「あ?おう、わかったよ」

 サキはそう言って露の肩を下りると長坂さんを呼び、彼の右肩に乗った。

「じゃ、行きましょう。では、しぐるさん、ゆっくり休んでくださいね」

 ゼロはそう言って長坂さんたちを引き連れ、行きに来た道を戻っていった。どうやら俺のことをかなり心配してくれているらしい。実際、体調が悪いわけではないのでグダグダ休んでいるわけにもいかない。

「で、俺達はどうするよ。しぐちゃんたち、送ってこうか?」

 右京さんがポケットから車の鍵を取り出して言った。

「鈴那と露を、家まで送ってやって頂けますか?俺は、少し寄るところがあるので」

「しぐ、どうしたの?あたしたちは・・・」

 鈴那が首を傾げて言った。

「いや、個人的な用事だから、二人は先に帰っててくれ」

 俺の言葉に鈴那と露は顔を見合わせてから頷いた。

「よし、じゃあ車乗って~。斬島は大丈夫なの?」

 右京さんは斬島さんを見て言った。

「問題ない、一人で帰れる」

 斬島さんはそう言って歩き出した。

「そっか、気をつけてな」

 右京さんは鈴那たちを車の停めてある場所まで連れて行き、この場には俺一人だけが残された。

「さてと・・・」

 俺は深呼吸をするように言葉を吐くと、最寄りのバス停を目指して歩き始めた。まずは駅まで行かなければ、目的地はこことは別の地域だ。気分転換という訳でもないが、少し自分を落ち着かせたい。森の新鮮な空気を吸いながら、道の続く方へ歩を進めた。

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